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調布陥没から1年 進まぬ工事と事実上の"立ち退き宣告"問題の核心は地下にあり

「行ってきます」「ただいま」。
毎日を過ごす家がある日「陥没」したら――。
SF小説でも遠い国の話でもありません。
いま、まさに東京のある街で起きている深刻な問題です。

■突如現れた巨大な「穴」その原因は・・・

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新宿から電車で20分。東京・調布市は一軒家やマンションが立ち並ぶ閑静な住宅街です。市内には明治の文豪・武者小路実篤の終の棲家を改装した
「実篤公園」もあり、文学好きには知られた街ですが去年10月、住民の生活は一変しました。
住宅街の道路に突然、“巨大な穴”があいたのです。その穴は長さ約5メートル、幅約3メートルという大きさで、民家のすぐそこまで迫っていました。駆け付けた警察と報道陣、空を飛ぶヘリに街は騒然。穴を埋める作業には一晩かかりました。

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人々がせわしくなく行き交う道の真下で行われていたのが、NEXCO東日本などによる「東京外環道」の高速道路を作るためのトンネル工事です。
当時、NEXCO東日本はすぐにはトンネル工事が原因とは認めませんでした。ところが周辺の地盤調査を実施すると相次いで3つの空洞がトンネルの真上で見つかったのです。中には新幹線1両がすっぽり収まる巨大な空洞もありました。

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調査が終わった今年3月、NEXCO東日本はやっと「トンネル工事の施工ミスが原因」と認めます。これで問題はおおむね解決!となるわけもなく、
現在も住民たちはNEXCO東日本らと補償の交渉を進めながら不安で苦しい毎日を送っています。

■約250軒の家屋が損傷 
   中には事実上の”立ち退き宣告”も

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現在NEXCO東日本が発表している補償は主に2つ。1つはトンネルの真上、地盤が緩んでいる範囲の補修を約2年間かけて行います。大がかりな工事なので、家をまるごと取りつぶして建て直す「仮移転」が必要です。
しかし住民によると、工事業者から

「仮移転をしてもおそらく10年は戻ってくることができない」

と説明され、事実上、立ち退きを迫られている状況だといいます。対象となっている住民は「退職金をはたいて買ったマイホームをまだ住めるのに手放すのは想像もできない、つらい」とまだ現実を受け止めきれずにいます。

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もう1つの補償は損傷した家屋に対するものです。事故現場付近では250軒もの家屋補償の希望があり、ひどい家だと1軒だけで250か所以上のひび割れ、地割れ、家の中の傾きなどの被害が確認されています。
建物の基礎にヒビが入ると建て直しなど大がかりな工事が必要になりますが、最初の陥没事故から1年が経っても具体的な工事のスケジュールは決まっていません。

取材中、家のヒビなどの被害から「NEXCO東日本の説明よりももっと広い範囲で地盤が緩んでいるのではないか」と住民の不安な声を多く聞きました。
実際に複数の住民が、家の中で過ごしていると、

「地下からさーっと砂が落ちる音が聞こえる」

と証言していています。いくら事業者が「地盤に問題はない」と言っても、いつ自分の家が陥没するのかと、普通なら考えもしない恐怖を抱きながら生活しているのです。

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最初の事故から約1年が経った今年10月、事態が動きます。
NEXCO東日本とは無関係の別の専門家が独自に調査を行ったところ、NEXCO東日本が認めているよりも広い範囲で地盤が緩んでいることが判明したのです。
「もっと広い範囲で地盤が緩んでいるのではないか」。取材中に何度も耳にした住民の不安は現実のものとなりました。調査に密着していたTBSがこの結果を報じると、多くの報道機関が取材に動きました。

■住民は工事に合意したのか 地下は誰のモノ?

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ニュースを見ていて「そもそも住民はトンネル工事の許可を出しているのでは」と疑問を感じた方もいるかもしれません。しかし調布のケースでは突然、家で振動や重低音を感じるようになり、初めてトンネル工事が行われていることを知ったという住民が多くいました。
事業者による説明会も開催されましたが、住民がトンネル工事に対して許可を出したことは一度もありません。それは「東京外環道」のトンネル工事が「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」=いわゆる「大深度地下法」という法律に基づいて行われているものだからです。

「大深度地下法」は2001年に施行された法律で、地下40メートル以下の「大深度地下」の空間は、鉄道、道路など公益性の高い事業のために優先的に利用できるとしています。事業者は国や都道府県への申請が通れば、地上の地権者の同意なしに工事をすることができるのです。
「これほどの地下であれば、人が住む地表への影響は出ない」との考えが
根本にあるわけですが、現実として調布では住宅街で陥没の被害が発生。
法律が想定しない事態が起きたのです。
斉藤国交大臣(当時)は「陥没は工事の施工に起因するもの」として、“あくまでも施工ミスが原因であり法律に問題はない”としています。

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しかし地盤工学が専門の芝浦工業大学・稲積真哉教授は、大深度地下法で「地権者の同意が不要」とされているため、事業者は地盤調査を怠ったのではないかと指摘。本来トンネル工事は徹底的な地盤調査を行ったうえで実行されますが、事業者が経費と時間を削減するため地盤調査の地点を減らした結果、今回のような事故が起きた可能性があるとしています。

■あなたの街にも地下トンネルが?

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大深度地下に基づく工事は他にもあります。
JR東海などによる「リニア中央新幹線」の工事は先日、品川から地下トンネルの試験的な掘削が始まりました。そのルート上にある東京・田園調布の住民らは「住民軽視の暴挙」として反発。同じリニア中央新幹線では静岡県でも大深度地下の工事が予定されていますが、大井川を中心とした環境破壊への懸念から、川勝平太知事が今も工事を認めていません。このほか関西でも京都を通過する北陸新幹線の延伸計画が進められていています。

一度地下を掘って地盤を壊してしまったら完璧に元に戻すことは難しく、
深刻な環境破壊に繋がる恐れもあります。全国で大深度地下の利用が進む中、地上への影響は本当にないのか、安全を守るためにどう対策すればよいのか。事業者の安全に対する責任と「大深度地下」の工事のあり方を再考する時が来ているのではないでしょうか。

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引地 深仁 記者

2019年入社。夕方ニュース「Nスタ」を経て、現在社会部。趣味はジャズピアノ。将来の夢は人の記憶に残るドキュメンタリーを作ること。