問いかけられた「差別社会」(後編)
事件から1年が経った今も、顔を出し、実名で取材に応じてくれる遺族や家族はほとんどいません。そんな中、2つの家族が写真の提供に応じてくれました。
写真からは事件で奪われたものの大きさが伝わってきます。
こちらを振り返るように笑顔を見せる女性。植松被告に殺害された19人の犠牲者の一人です。
3歳で脳性麻痺と診断され、生活は家族が支えていましたが、がんになった母親の治療のため、2012年、やまゆり園に入所しました。
「植松被告にうちの娘が殺されたとは今でも思えません。娘が殺された実感がないのです。ただひとつ、コミュニケーションを取れない人を殺したと彼は言いましたが、コミュニケーションは取れていました。施設で働いていた職員であるならわかっていたはずです。」
一命を取り留め、今は横浜市の施設にいる野口貴子(のぐち たかこ)さん。
笑顔の写真は、事件の前に撮られたものです。植松被告に頭など4カ所を刺されたショックは今も強く残っていると父親は話します。
「事件後は笑みを忘れた。」「トイレに1人で行けたのがショックで行けなくなった。(娘は)話すことができない。痛さを人に『キャー』とか『痛い』とか言えない。つらいだろうと思うよ。痛いって言えないんだもん」
一方、事件直後から一貫して、顔と名前を出し、取材に応じてくれたのが、
息子の一矢(かずや)さんが重傷を負った尾野(おの)さん夫妻です。
父親の剛志(たかし)さんはその理由をこう語っています。
「家の息子が知的障害者であることを知られたくない。知られると何か言われるとか差別されるとかあって、結局しゃべらない人たちが多い」
「こういう家族が実際にいたんだということを知ってもらえれば全国の人たちが新聞やテレビ見てくれれば少しは理解してもらえるのではないか」
『植松被告の差別的な発言の根っこには、社会全体の障害者への理解不足がある。だからこそ、自分たち家族のありのままの姿を見てもらうことで何かを変えたい』剛志(たかし)さんはそう訴えます。
「同情してもらいたいわけじゃなくて、『そうなんだ、こんな大変な人たちがいるんだ。じゃあ私たちも少し考えようね』っていう風になってくれたらいいなと思っています」
事件から1年が経った今も、母親のチキ子さんは一矢さんの為におにぎりを握っています。
Q一矢さんの様子はどう?
「一矢さんの様子、あまり芳しくないです」
最近、一矢さんの調子が悪く、そんな時事件に対する悔しさが抑えられなくなります。
「絶対に握っている気持ちは違うと思う。」「私のおにぎり握る気持ちまで変えて どうしてくれるのって思う。やっぱり悔しい」
「はい、こんにちは~」
手作りのおにぎりを口いっぱいほおばる一矢さんですが、
表情はかたいまま。
しかし、両親が帰り支度を始めると…。
「お母さんは今度の水曜日?」「今度の水曜日行きますよ」
「お父さんは今度の水曜日?」「今度の水曜日来るね」
「来る!」「はなまるです」
「あの顔でこっちはメロメロになっちゃう」
TBSテレビ報道局 社会部 西村匡史 菅原佐和子