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映画『Swallow/スワロウ』感想と考察【ネタバレ注意!】

このあいだ『Swallow/スワロウ』という映画をみてきた。
以下、公式サイトとトレーラー。

まず一言、言わせてほしい。
公開日が1月1日だけどこの映画を観た後、妻や旦那のご両親にお正月のご挨拶に行く人はどんな顔して会っていいのかわからなくなるぞ!!

以下、観た人向けに感想やら考察やら。


あらすじ

超金持ちの家に嫁いだ主人公『ハンター』。
広い家、傍から見れば理想的な生活。
しかし夫は仕事人間だし、ろくに話を聞いてはくれない。
せっかく手間暇かけて作った料理も携帯をいじりながら食べる夫。

義理の父母との関係もあまり良好ではない。
夫、義父母の4人で食事をする際もハンターの話にはまるで興味を示さない。
超高級そうなレストランで主人公が氷をグラスから手づかみでとって口に運ぶという粗相も目に入らず、ボリボリという氷を齧る音が聞こえてようやくハンターに注目する。
余談だが、この「氷を食べる」というのは「氷食症」といい、鉄の鉄欠乏や貧血と関わりがあるようだ。また妊婦にもこの症状が現れることがあるらしい。

そんなこんなで主人公のハンターが夫との間に子供を授かる。
心底嬉しそうな夫とは対称的にハンターの表情は不安そうだ。

さらにハンターのストレスは加速していく。
旦那の実家に招かれて義母に「あなた幸せって言ってるけど、本当に幸せ?幸せを演じてない?」と聞かれたり、妊娠中に読んで!と自己啓発本を無理やり渡されたり、「髪、伸ばしたら?うちの息子は長いほうが好みなのよ。」などと言われる。
たぶん良かれと思って義母は言ってるんだろうけれど、こういうのが一番キツい。

あいかわらず旦那は仕事人間で、くっそ広い家の家事は全部ハンターがやることになっている。義母にもらった本を嫌々読みながら家事をし、広い家で一人ぼっちの生活を過ごす毎日。

そんな中、もらった本にはこんな一文が書かれていた。
「びっくりするような事をしてみよう!」

ふと箱に入ったビー玉が目についた。箱からビー玉を取り出すと、口に放り込み飴玉のようにカラコロと口の中で鳴らしたあと、それを飲み込んでしまう。ビー玉を飲み込むとハンターは、何か憑き物が落ちたかのような清々しい表情になる。

その晩、ベッドで旦那に「今日、すごいことしちゃった♥」と言うハンター。「何をしたんだい?」と聞かれるが、ふと我に返り「か…カーテンの色を決めたの!」とごまかす。

こうして「ストレスが溜まる」→「異物を飲み込む」→「人に言えない」→「ストレスが溜まる」→以下略…という負のループが完成する。

翌朝、ハンターはトイレの個室にいた。
昨日飲み込んだビー玉が出てきたのだ。
ハンターは手袋をはめると、自分の出したものの中から大切そうにビー玉を取り出すと、そっと鏡台の上に飾る。

幾度かそんなことが何度か繰り返されたが、とうとう夫と義父母にバレることになる。
妊娠検査のエコーの際、飲み込んだ異物が見つかったのだ。
そのままハンターは緊急手術で異物を取り出し、「異食症」と診断されそれ以降、カウンセリング療法を受けることになる。
一方で家では使用人が雇われ、ハンターは四六時中監視されることになった。
カウンセリングを進めていくなかで、現在の家族との不和の原因を探っていくことになる。異食症の原因となる精神的な問題は現在のものだけとは限らない。
以後、結婚前のハンターの過去に何があったのかに焦点があてられていく。

序盤の主人公像の考察

まず、何も考えずに見るとこの映画の冒頭は「ありがちな義実家との問題」に見えると思う。実際にそういう部分が大半を占めている。
が、あくまで”それ抜き"でみたとき冒頭時点での主人公とは、どのような人物だったのか。

自分が見つけたのは2つ。
まず、食事の用意のシーン。主人公が皿の飾り付けに異様にこだわる部分だ。
皿の上にはメインと添え物が乗っている。この添え物の角度を何度も何度も主人公は直していることから「こだわりが強い人なのだろうか?」と感じた。
2つ目は、ちょくちょく髪型を直す場面が挟まることだ。
一般論では髪を含め、自分の身体の一部に手で触れるというのは不安を感じているときのジェスチャーだとされているが、この場合「髪を崩さないように保っている」と感じられた。

以上の2つから「理想の自分像があり、それに従う(はみ出さないよう抑圧する)人物」というのが、映画開始時点での主人公に対する印象だ。

異物を飲み込むことの考察

後から調べたのだが、異食症は前述の「氷食症」も含め、貧血症状のあるものや妊娠中の若い女性などにみられることがあるらしい。
あるいは極度のストレスによる症状でも現れることがあるとのこと。
順当にいって、この映画での場合はそのどちらもが原因だろう。

異物を飲み込むことについ目が行きがちだが、飲み込んだものを便器から拾い上げ、コレクションしていることについてはどうだろうか。
この映画、とにかく便器のシーンが多い。なんなら便器に始まって、便器に終わると言っても過言ではないくらい多い。
…ということは、それくらいトイレのシーンは重要なのだ。
つまり、飲み込むこととは別に、排出した異物を集めることについても同程度重要なことであるといえる。

排出した異物を集めることの考察

結論から言うと、異物を飲み込み、排出し取り上げるという行為は主人公にとっての「妊娠と出産の代理行為」だと自分は捉えた。

これは中盤以降に明らかになることだが、主人公は望んで生まれた子ではない。
母親が暴漢に襲われ、そのときにできた子供だ。母親はとても保守的なクリスチャンであったため、絶対に子供を堕ろしたりはしなかった。
そして主人公であるハンターも実の父親は獄中で暮らしていると知っていた。

作中では直接的に描かれていないため、あくまでも妄想の範囲を出ないが、実家においても主人公は居心地の悪さを感じていたのではないかと考えた。
終盤で実家に電話をかけたときの「ごめんなさい、今部屋が空いていなくて…」という一言。これは単に「要望に答えられない」ではなく「ここにあなたの居場所はない」という事実を示しているだろう。

異物と主人公の考察

異物を飲み込み排出するのが「出産の代理行為」であるなら、主人公にとって「異物」とはなんだろうか。
ここに主人公であるハンターが解決すべき問題がすべて詰まっている。

主人公にとって「異物」とは「自分自身」だ。

旦那、旦那の実家、自分の実家、あるいは自分を取り巻く環境のすべて。
自分自身がその中にある「異物」なのだろう。

母親が暴漢に襲われて生まれた異物である自分自身。
それは便器の中に転がるビー玉や画鋲とどう違うのだろうか。

ここまで考えると話が冒頭とつながってくる。
「理想的であろうとする人物」なのではなく、「理想的でなくなることを恐れる人物」なのだ。
それは「自分自身が異物であると認識させられること」につながる。

終盤、行くあてのなくなったハンターは実の父親のもとへと足を運ぶ。
実の父親は刑務所から出所した後、質素だが理想的な家庭を持っていた。

涙を流しながら父親は言う。
「俺はクソ野郎だ。あの頃は自分が王様みたいな気分だったが今は自分のしでかしたことが恥ずかしくてたまらない。」
そんな父親にハンターは言う。
「わたしもあなたと同じなの?」
父親はこう告げる。
「きみは俺とは違う。」

このシーンは数日解釈に悩んだ。
単に父親の「俺の人生をめちゃくちゃにしないでくれ。」という言い訳とも、「お前は俺のようなクズとは違う。」という勇気づけとも違うような気がしたからだ。いや、実際には父親はそういうつもりで言ったのかもしれない。
だが、ここまでの話をもとにすると、主人公が父親の答えに見出したのは「わたしも異物なのか?」という絶望感に対する「違う。」という確証だったことだろう。
父親の答えを主人公は静かに噛みしめる。

ラストシーンの考察

最後、主人公は医者から薬を処方される。
おそらく流れからいって中絶薬だろう。
その後、ショッピングモールらしき場所のトイレの個室が映る。
便器の中は血まみれだ。

そしてそのままエンドロールに入り、この映画は終わる。

観終わった後、「え!?トイレで中絶したの!?」と思ったが、おそらく違う。
あのシーンは、直前に食べた異物を排出しただけだろう。
そして重要なのは「それを拾わなかったこと」だ。

それはつまり異物≒重ね合わせた自分自身との決別を表す。

その根拠としてもう一つ、髪型がある。
主人公はラストのトイレシーンの直前で、あれだけ形にこだわっていた髪型を崩してハンバーガーを食べている。
またファーストフードであるハンバーガーは、冒頭で用意した健康的で整った完璧な食事への対比にもなっている。

自分の友人も言っていたが、トイレというのはたいていの人にとって最も『自分自身である』場所だ。家の中で最もプライベートである場所なのだ。
だからこの映画にはトイレのシーンが多い。
思い返せば、トイレの中こそがこの映画の主人公であるハンターにとって唯一、自分をさらけ出せる場所であったように思える(特に中盤以降、監視されるようになってから)。

まとめ

表面的に見ると、この映画の旦那さんの家族はクソ家族に見えるかもしれない。けど、実際規模の大小はあれどありふれた光景ではあると思う。
この映画を「価値観の押し付けをしてくる家族からの脱出」や「抑圧された女の開放」とみる人もいるかもしれない。実際にそういう一面もあると思う。けれどそれはごくごく表層的な話であって、実際はもっと内面に踏み込んでみるといろいろ見えてきそうな気がする。
…ていうか、歯に衣着せぬ言い方をすると「ヤベーやつ V.S. ヤベーやつら」だと思った。

最後にひとこと

調べたらこの主人公のハンターことヘイリー・ベネットさんが製作総指揮なのね。今後に期待。

冒頭で書いたけど、お正月にこれを夫婦で見に行った人ってどんな顔して実家に帰ったのかすごく気になるね!
それからこれ観たあと、無性に氷食いたくなったので僕は帰りにコンビニでガリガリくんを買いました。

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