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居場所を見つけられない人にとっての「逃げ場」について、社会がどう捉えるのかっていう映画。 長野智子(フリーアナウンサー)×佐井大紀監督(映画監督)

フジテレビにアナウンサー職で入社後、フリーとなり「報道ステーション」などのキャスターを務め、大手メディアに長く身を置いてきたフリーアナウンサー・長野智子氏。長野氏とこの度、45年前にメディアのバッシングによって社会現象となった団体「イエスの方舟」を扱った映画『方舟にのって〜イエスの方舟45年目の真実 〜』を監督した30歳のテレビマン・佐井大紀による対談が行われた。


◼当時の日本社会、メディア、そしてイエスの方舟騒動とは一体何だったのか?

フリーアナウンサー・⻑野智子氏

⻑野:居場所を見つけられない人にとっての「逃げ場」について社会がどう捉えるの か、っていう映画だと思っていて。 恐ろしいぐらいあの時代から今まで変わってない んだなっていう。あの時に私たちが抱いた疑問とか、取り囲む環境や社会っていうの は何も変わってないんだなっていうのも、実に興味深かったです。

佐井:社会からの逃げ場みたいなことで言うと、イエスの方舟は現在ならコミューン とか、あと女性の生き方とか、個人の生き方とか、 もう少し社会学的な文脈で捉えら れると思うんですけど、当時は多分まだそういう歴史的な解釈がついてきてなかったと思うんですよね。
当時「カルト教団」と騒がれて、メディアもそう思っていた。家族を奪われたと主張する親御さんとか旦那さんを取材するから、ああいう形の報道になっていったんだろうという、その気持ちはわからなくはないんですよ。報道機関としての使命もあるの で、メディアが悪くて彼女たちが正しかったんだっていう二元論では測りきれないと 思って取材していました。

⻑野:当時を思い返すと、最初にメディアが飛びついたのはハーレム的なイメージと いうか、若い女性たちが 1 人の中年男性の周りを囲んでるという状況に対する、ちょっとした違和感や異常性だったと思います。そこから家族と宗教の問題っていうことに発展した記憶があるんですよね。
「これってなんか怪しいよね」って思ったことが、視点を変えると正義な軸もあるの かと初めて知ったニュースでした。私的にはそういう想いがあって、メディアの混乱 も含めて今でも不思議な事件だったと。当時見ていた私たちは何の答えも出ていないままの事件なんですよね。

佐井:僕も実際に取材して、その答えは出しきれないなと思いました。彼女たちの真相というか闇みたいなものが暴かれると期待していた方もいたんですけど、そんな簡単なことではなくて、つまり「イエスの方舟」という一つ別のすごく小さな社会が 形成されているんですよね。僕らが暮らしている社会と違う社会が、 例えば夜のスナ ックみたいなお店(「シオンの娘」)を通して外の社会と接触しているけど、 完全に別の社会が存在していることを認めるってところまでしか踏み込めないというか。

⻑野:それは今、取材してもそうなんですか。

佐井:そうだと思いました。個人個人はいい人たちというか、すごく心の交流ができ るんですけど、 全体となった時に、自分の奥さんや妹がイエスの方舟に入りたいって言った時に、送り出すのはちょっとまた違うよなと思ってしまう。それは、否定でも なければ肯定でもない。
幸せに生きるってなんだろうとかってことが、最終的な作品のテーマになりました。 イエスの方舟ってこういう人たちなんだよと紹介するドキュメンタリー、インフォメ ーションの側面よりも、どちらかというと観る人がみんな「 私自身ってなんなんだろ う?」「私は自分の人生を生きれているかな」「幸せってなんなんだろう」みたいなことを考えて自分に跳ね返ってくる、そんなアイデンティティーの映画になりまし た。
女性たちがあまりにも生き生きとみんな幸せそうなんですよね。 でもこの迷いのなさも同時にちょっと心配というか、本当にまっすぐ意志を全うして生きているから迷い がないのか。 洗脳とかって言葉がありますけど、何か 1 つの考え方に寄りかかっているからそうなのか、そこの確証はやはり得られないわけですよね。
ある人が言っていたのは、社会の仕組みみたいなものを知りたい人が宗教に入るのだと。 私たちの生きている社会ってのはものすごい不条理で、自分たちの手ではどうす ることもできないような問題とか不幸とかがあるじゃないですか。その不条理を普段私たちはあまり考えないようにして、一生懸命目の前の努力とかを積むけど、一瞬で不条理が全てを飲み込んでいく世界で実は僕たちは生きていて、 多分そこに理由付け をしたい人が宗教に行くんじゃないかなっていう。彼女たちも、何かしら目に見えない漠然とした不安、将来への不安とか、自分を見失っているタイミングでおっちゃん (千石剛賢)に悩みを聞いてもらって道が開けて、 イエスの方舟に入っていったんで す。

⻑野:いや、でも、実に人間らしいと思わないですか?彼女たちも人間らしい行動を取っているし、それに対してモヤモヤする私たちもすごい人間だし。
改めて、報道って本当に難しいと思う。 「誘拐された」と発信している家族がいるのに、「いや事件性はないのでは」という対応はよほどの証拠がないと難しい。もし私がそこにメディア側の人間としていたら、そう伝えられるだろうかと。同じことが今起きた時に、私たちがそれに呑み込まれない自信はないですね。



◼傲慢・暴走以前に、元気のない大手メディアの現在

テレビマン・佐井大紀氏

質問:こういった事件を扱うときの、メディアの暴力性や怖さ、可能性みたいなについてお話しいただけますか?最近は SNS が加速して、どんどん事実と違う方に世論が向かっていく傾向は、実は方舟騒動の時代よりも酷くなっているような気がしてい て。

⻑野:イエスの方舟があれだけの大騒動になった時に比べて、今の大手メディアは元 気がなくてですね。むしろ SNS や週刊誌発のニュースに大手メディアがのっかるパタ ーンが多いんですよね。
あの時代と違って、SNS の引用や後追い報道が増えているから、昔のように大手メデ ィアが大騒ぎしてフェイクに転がってくっていうのは、今でいうと冤罪事件とかでし ょうか。警察情報を検証なく報道することで、冤罪事件に加担してしまうということです。それに関してはまだまだリスクがすごくあるなっていう風には思います。

佐井:SNS は多分大手メディアよりはるかに情報の信憑性は低いと思うんですけ ど、パッと情報に飛びついて 一気に人々が燃えてしまって、大手メディアがその対応に追われるっていうところは、 構図として近年あるのかなと思いますね。

⻑野:最近それを大きく感じたのが、鹿児島県警の一連の問題です。元生活安全部⻑ が野川本部⻑が県警内の不祥事について隠蔽したことをメディアに告発したことで、 情報漏洩だと国家公務員法違反で逮捕された件です。
私も当事者に話を聞いたのですが、 元生活安全部⻑ともなると、周囲には大手メディアの番記者がいっぱいいるわけですよ。 ところが彼は、告発文書を周りの大手メディ アではなく、遠く離れた札幌在住の小笠原さんっていうジャーナリストに送るわけで す。そしてその文書は福岡を起点にしてるハンターというニュースサイトに共有され ます。ハンターはこれまで県警の問題を熱心に報じてきたウエブメディアです。
その後、鹿児島県警がなんとハンターを家宅捜索して、そこで見つかった告発文書か ら元生活安全部⻑を逮捕するという捜査手法についても、今大変問題になっています。
一連の問題と軸が離れますが、なぜ元生活安全部⻑は周りにいる番記者に内部告発を しなかったのか。大手メディアの記者クラブは県警がコントロールできていると彼が 判断したからではと考えられます。
大手に渡して潰される可能性があるなら、警察組織もコントロールできないウェブメディアに送った方が掲載されると考えたのではないかと。
これはもう典型的に、大手メディア報道の元気がなくなっているという実例だと感じ ています。これは、大手メディアに対する重要な警鐘だと思うわけですよ。そういっ た意味でも佐井さんのお話に加えると、大手のメディアはかつての方舟の騒動のように、自らがスクープを掘り起こしたり、大騒動を起こすようなパワーがないんです。 寂しいですけど。


佐井:大手メディアに元気がないという件ですが、ただ、その 大手メディアの中にも 気骨がある方とか、例えばそこの周辺にもこれはおかしいと思ってる方がいて、そう いう人がドキュメンタリー映画を何年かに 1 本取って、それがすごく意義深いものに なっていき、冤罪事件のドキュメンタリーとかもロングラン上映になっていく。世の 中にこういうものが求められていることを嬉しいと思う反面、やっぱ映画っていう形 でしか出せてないっていうところが、日本社会全体の問題というか、ドキュメンタリ ー映画が元気になってるってことが社会にとっていいことなのかわからないっていう か。

⻑野:そういった意味では、佐井さんがテレビ局の中にまだいるっていうのはすごく 大きいことですよね。 そうゆう骨を持った人が次々とテレビ局を辞めちゃっている現状の中で、佐井さんがテレビ局の社員としてラブロマンスのドラマまでこなしつつ、 TBS レトロスペクティブ映画企画やドキュメンタリー映画を撮っているのはすごい。 そういう人がテレビ局から生まれてきたっていうのは、1 つの希望ですよね。



映画『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』

全国順次公開中
9月14日(土)より大阪・第七藝術劇場、名古屋・シネマスコーレにて上映開始
※9月14日(土)はシネマスコーレの11:55上映後に佐井大紀監督によるトークあり。
また、第七藝術劇場の14:30上映後に佐々充昭(立命館大学教授)さんと佐井大紀監督によるトークあり。

監督:佐井大紀
企画・エグゼクティブプロデューサー:大久保 竜
チーフプロデューサー:能島一人
プロデューサー:津村有紀
クリエイティブプロデューサー:松木大輔
撮影:小山田宏彰、末永 剛
ドローン撮影:宮崎 亮
編集:佐井大紀、五十嵐剛輝
MA:的池将
製作:TBSテレビ
配給:KICCORIT
配給協力:Playtime
©TBS
2024年/日本/69分/ステレオ/ 16:9

公式X:https://twitter.com/TBS_DOCS
公式HP:hakobune-movie.jp

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