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俺の音楽変歴 〜悶々たる青春編②〜

【前回までのあらすじ】
幼少時よりバイオリンとピアノのレッスンに通ったものの、まるで上達せず中学で辞めた俺。高校に入りシンガーソングライターになろうと心に決めたが、ギターは上達しなかった。
ある朝、放送委員の仕事でタマキさんに出会い、わかりやすく恋に落ちた。

タマキさんは茶華道部(茶道も華道もやる部)に入ってて背が低くてころっとした感じで、草食の小動物のような人だった。言葉や話し方に知性が漂い頭の回転が早く、何より笑った顔がかわいかった。

放送室でたまに話をすると当時よく聞いてた東野純直という歌手を彼女も好きだということが判明して、これは運命だと直観した。

1999の噂なんて 僕らへのJEALOUSY
笑い飛ばそうよ
2001年の風の丘 きっと僕らは深呼吸で行く
君を 君を 愛で抱く きっと抱きしめる
『深呼吸で行く』東野純直

ノストラダムスの大予言によれば1999年に世界は滅亡することになっていた。滅亡まであと2年ほど。阪神大震災や地下鉄サリン、何よりも思春期特有の厭世観のせいで「滅亡」は身近なワードで、2000年以降の話をするのがどこか恥ずかしかった。

滅亡を控えて出会った二人というバトロワ的なラブロマンスを俺は思い描いていたが、滅亡を控えていたのは俺だけで、コマキさんにはニシカワくんという恋人がいた。ニシカワくんは俺が一緒につるんでボーリングやゲーセンに行ってたグループのひとりで、そのグループの連中はある日を境に突然俺をハブにして陰湿なイジメを繰り返していた。

ニシカワくんは澄んだ大きな目をしてて、俺のイジメには加わっていなかったが、仲間の嫌がらせを止めない時点で俺にとっては同罪だった。

円形脱毛症になった。しかもそれは床屋で発覚した。直径2cmほどの更地は指先でふれるとやけにツルツルしてて、気持ちかった。毛根なんてまるで存在してなかったみたいにのっぺりしっとりしてた。

貯まったバイト代で17万のクラビノーバ(エレキピアノ)を買った。

ピアノを叩いて生まれてはじめて曲を書いた。「心残りの空」という曲で、SONYのオーディションに応募したがかすりもしなかった。才能がないと諦めた。

タマキさんのためだけに曲を書くことにした。それがタマキさんのためになるか、タマキさんが喜ぶかなんてどうでもよくて、「タマキさんのためだけに」何かをしていたかった。カセットテープのMTRを手に入れ多重録音ができるようになった。頭皮の空白地帯は少しずつ元の姿に戻っていった。

控えていたのは滅亡ではなく、受験だった。

バイトをやめ、当てこすりのように家で勉強をした。その間にもクリスマスソングやバースデーソングを作ってはタマキさんに贈った。返事はなかった。

弾ける曲しか作れないのでピアノは特に上達しなかった。ギターは2本ともヌマノにあげた。中学から仲のよかったヌマノは別の高校に進学し俺の影響でギターを始め校内のスターダムにのし上がっていた。素直に羨ましかった。

志望大学に無事合格し、合格したら最後の告白をすると決めていたので「手紙」という曲を書いて贈り案の定玉砕し高校生活は終わりを告げた。

邂逅のキャンパスライフ編につづく】

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