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スキルがないから芽が出たシゴト

「ごきげんギター」というギターがある。

それは寂しさやハプニングをきっかけに、偶然生まれた奇跡のギターで、①左指二本だけで②どんな曲でも③カッコよく、弾き語れてしまうという、ウソのようなホントのギターだ。

そんなギターの弾けないギタリストである私が“発見”したごきげんギターを、昨年の5月頃からしばらく、必死に世に広めようと努めた。Youtubeの動画を10本作り、2時間でLet It Beを弾き語るイベントもやった。

だがなんとなく別の仕事が増え、爾来、ごきげんギターはもっぱら私の個人的なギアとして演奏や曲作りに活用されるにとどまっていた。音楽業界にノーベル賞があれば受賞間違いなしと確信していたものの、如何せん世に広める取っ掛かりもなく、絶望的なまでに音楽系の動画は世に溢れ過ぎていた。

そしてなぜか、ごきげんギターは地域でのシゴトにはつながりえないと決めてかかっていた。なるべく地域内で仕事も消費も循環させる「地域内引きこもり」を実践していた私には、ごきげんギターをシゴトにするのはほぼ不可能に思えた。

ところが、である。

ごきげんギターを世に広めるぜ!と意気込んで昨年開催したLet It Be弾き語りイベントからちょうど一年が過ぎた、先月7月、思わぬところから芽が出始めた。

きっかけは、とあるイベントだった。

それは、魔女と呼ばれる友人がセルフビルドで建てた雰囲気溢れる西洋屋敷で、その魔女の拵えた焼き菓子を食べながら、私の様々な楽器の演奏を楽しむ、というなんとも稀有なイベント。

コロナの影響もあり集客が危ぶまれたものの、二部合わせて(密を避けるため二部入れ替え制にした)9人もお客さんが来てくれただけでなく、みな一様に満足度が高かった。

かつては「世に広めねば!」と使命感に燃えていたごきげんギターも、今や分不相応な熱はとうに冷め、当たり前のように淡々と楽器を紹介し、弾き語りをした。まるでその他の楽器(私は二胡や三線やヴァイオリンを弾く)と同列であるかのように、淡々と。

すると、どうだろう。

「ワークショップやって!」「私も!」「てか楽器は売ってくれないの?」「家に弾いてない楽器が眠ってるの!」「毎月やって欲しい!」

当初私が予想していたリアクション、色々やってみた結果なかば諦めていたリアクションが、次々と飛んできて、うまく事態が飲み込めない。

世界に打って出れる大発明のはずだった。コロンブスの卵的称賛の嵐となるはずだった。だがフタを開けると、目ぼしい反応はなく、ネットの大海の藻屑として消えかけていた、ごきげんギター。私は考え違いを恥じた。

そんなごきげんギターが、母数の圧倒的に少ない、顔の見える手の触れられる地域内で、称賛を浴びているのがどこか申し訳なかった。勝手に無理と決めつけてスルーしてごめんなさい。

半信半疑のまま、8月にはレッスンをやってみた。

なんと9人ものギター未経験者が集まってくれて、みんなで2時間でLet It Beを弾き語った。1000円〜3000円で購入したジャンクギターをリメイクしたごきげんギターが4本も売れた。レッスンは想像を超えて大好評で、そのままマンスリー開催が決まり、次回9月の曲は「上を向いて歩こう」になった。

分からないものだ。

ギターを諦めた私を救うために始めたごきげんギターが、ひょんなきっかけで地域でのシゴトになった。しかも普及のためのマスへの働きかけを諦め、自身の演奏と曲作りに使い続けていたら、身近なところでポッと火がついた。

たかだか1ヶ月15,000円程度の稼ぎで、シゴトだなんて烏滸がましい。小遣い程度じゃないか。

そんなふうに私は全然思わない。

なぜなら私はひとつのシゴトで1ヶ月3万円までしか稼がない「月3万円ビジネス」を実践中で、その働き方でいけば、もはや達成率は50%なのである。そして、今までやってきた実感から予測するに、月3万円に達するのにそう時間はかからない。

しかし、ごきげんギターは他のシゴトとは別格に、感慨深い。

なぜなら、通常はスキルがあってマネタイズを試みた結果として仕事につながるところを、「スキルがないこと」がシゴトにつながった、という私としてもはじめてのケースだからだ。スキルがあったらごきげんギターは生まれなかったし、ごきげんギターを私は弾かなかった

とはいえスキルが仕事につながる、いやスキルがないと仕事にはならないという信憑は根強く、いまだにスキルオリエンテッドな仕事の奪い合いをしてる人は多い。

膝関節に喩えよう。

膝関節がスムーズに動くためには、筋肉や腱や骨のような「スキル」だけでなく、曲がるための空間のような「ノンスキル」がどうしたって必要になる。

スキルだけでは社会という関節は動かない。ノンスキルというアソビがあってはじめて、淀みなく痛みなく動く。軟骨もすり減り、アソビをなくした関節は、動かそうとするたびに激痛が走り、早晩動くことを諦める。

とカッコいいことを書いてみたけれど、まあ今回のことは偶然でたまたまでラッキーケースであることは理解している。

とはいえ「ノンスキルを温める」という、このギスギス社会においては至難を極める奇行を辛抱強く続けていなければ、芽が出ることも火がつくこともなかったわけで、その点においてはなかなか私も捨てたものではない。

アソビとしてのシゴト。

少しだけ分かってもらえただろうか。



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