_タクシードライバーは見た__60歳を越えたタクシー運転手の幸せな働き方_のコピー__89_

#タクシードライバーは見た「ループに入る酔ったおじさん」後編

前回の続き
――
「心強いですよ、、うちにも若いのがいるんですけどね~」
「はい」
「車で移動するときとか、運転してもらうんですけど、ナビだけに頼って、それで何度も間違えて怒られそうになったことあるんですよ、それでこの間もまた遅刻しそうになって」
「へ~」

おじさんは一度喋ったことを気づいているのかいないのか、同じ話をとてもコンパクトにまとめて話した。
そしてこれを境に、無限のループへと入っていく。
――



「タクシーの運転手さんにもいるじゃないですか、ナビだけ頼りにして」
「まあそうですね~」
「それに比べて運転手さんは心強い」
「ありがとうございます」

この話も何度も、聞いている心強いと言うのも3回目となった。

「うちの若いのもね、車で移動するときにナビだけ頼りにするんです」

――あれ?
なんとなくだが、違和感を感じた。同じ話・・・だよな?
短い間隔で同じ話の振り出しに戻されたと思ったが、喋り始めがさきほどと違う。

「それで一度遅刻して、」
「え~」
「その取引先は何事もなかったですけど、危ないですからね」
「確かにそうですよね~」
「運転手さんは分かってくれると思うんですけど、ナビに頼っても、初めて行く地域だと間違えることありますよねぇ?」
「ありますね~」
「若いのは『ナビがあるから』っていいますけど、
事前に確認した方が安全じゃないですか~」

だんだん分かって来た、同じ話ではあるが、
一から全部同じ話をするタイプではなく
切り口が違い、すべて断片的に同じ話を繰り返すタイプだった。

「それをこの間も言ったんですけど、全然聞かずに、まぁた間違えて」
「はぁ~」

戻ったり進んだり、
おじさんの話が今どこにいるのか分からない

「そんな頼りない若いのがいるんですよ~」
「へ~」
「この間もそんなことがあったんでね~、遅刻しないかハラハラでこっちは大変ですよ」

もうどの間のことか分からない。

「それに比べて運転手さんは心強い」
「ありがとうございます」

三回目の正直、ならぬ、4回目も心強い。
恋しさとせつなさと心強さと、ならぬ、心強さと心強さと心強さと心強さ。
どんな歌詞の歌になるだろうか。

「今おいくつなんですか?」
「いま25です」
「やっぱり若い、じゃあうちの若いのより若いよ、
確か今年30だったかな、うちの若いの」

それだけ若い言われたら、若くなってくる気がする。

「それじゃあ大変ですよね~」
「まあそうですね~」

だんだんと会話が成り立たなくなっていくところで、
おじさんは静かになった。

そして、高速を降り、お客様の目的地である登戸に近づくところで詳細な道を聞くために寝ているところ声をかける。

「お客様~、まもなく登戸付近です~」
「・・・は、はい~、」
「この先はどうなさいますか?」
「あそこの信号曲がってもらって」
「かしこまりました」

酔っぱらったお客様が寝起きで出す指示は、まったく違う方向や
とっくに過ぎているのに真っ直ぐと言われることもある。

用心しながら進む。

「いや~、安心して寝れましたよ~」
「それは良かったです」

寝ぼけてはおらず、こちらも安心して良さそうだ。

「いや~それにしても、ほんと心強いですよ、運転手さん」
「ありがとうございます」
「うちの若いのがね」

またさっきのループに入って来た。

「うちの若いのが、前も言ったと思うんですけど
ナビに頼って何度も道を間違えてるのに全然直さない」
「はい」
「それで遅刻して、危なかったんですよ」
「へ~」
「これも前言いましたっけ?」
「なにがですか?」
「この間も遅刻しかけて、」
「あ~はい、聞きました」

どうやら“前”というのは、僕へ一度言ったということらしい。
初めて会ったのに、数分前の会話が過去にした会話かのような覚えになっている。

「何度もすみませんね、でも、本当に心強いよ、運転手さんは、、
うちの若いのよりもお若いのに、、」

でも何度も言ったことは覚えていたらしい。

それにしても、“前”って、何度か会ったことあるような言い方。
それに、若いのより若い。
時間の間隔の表現と、比較の尺度の表現が独特過ぎる。
そして到着した。

「お客様、高速代はお引きして、」
「あっ、いや、いいですよ」
「いえ、こちらが提案しましたので、」
「いえいえ、運転手さんしっかりしていて気持ちが良いので
全額払っちゃいます」
「え~ホントですか!ありがとうございます」
「頑張ってくださいね!」
「はい、ありがとうございます!」
「たぶん私、前も運転手さんのタクシー乗りましたよね?」
「えっ!そうですかね?覚えてません」
「いろいろうちの若いのの話させてもらった気がするな~」
「あ~そうですか!」
「まぁいいや、ありがとう、お世話様!」
「はい、ありがとうございました~」

このおじさん、どこかで乗せた覚えはない. . . 。
こっちが覚えてないだけか?とも思うが、でも、あのおじさんの時間間隔が狂っている。
前も乗ったというのは数分前の寝る前の記憶が既に過去のものになっているのかもしれない。

酔って繰り返される話も、これだとちょっといいかも。
そう思えるお客様だった。

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