_タクシードライバーは見た__60歳を越えたタクシー運転手の幸せな働き方_のコピー__89_

#タクシードライバーは見た「ループに入る酔ったおじさん」前編

酔っぱらって何度も同じ話をされるのは苦痛だ。
それが退屈な話だった場合、仲の良い上司であろうと叩いてしまいたい。
それが正直好きでない上司だった場合、、、
これ以上は言わない。

だけど、
こんなにもその時間を楽しめるのはタクシー運転手の仕事だからだろう。
お客様がご機嫌でいてくれることが、
運転手にとってなにより気楽で安心できる状態だからだ。

そのお客様は六本木で乗って来た。
50を過ぎて、見た目は優しく話しかけやすい印象のあるおじさん。
そこに酔いが入り、さらに陽気に見える。
乗ってきて目的地を告げるとすぐに話しかけてきた。

「運転手さん、若いですよね~」
「そうですね~、タクシー運転手では若い方です」
「でも、よくウチの方まで道知ってますね」
「あっち側の地域は得意なんです」

お客様の目的地は登戸という世田谷や多摩方面、東京の西側の地域。
電車でいうと小田急線の駅。
幸い、営業所も東京の西側で、こちら側の地域には詳しいため、
ある程度細かいところまで道を知っているが、
それが逆方面の東側、江戸川区になると、そこまで詳しくは分からない。

「やっぱり、この仕事やってると何度も通るんですか?」
「はい、何度も通りますね」
「いやー心強いですねー、たまに分からない運転手さんもいますから」
「あー、そうなんですね、でも僕はどちらかというと得意な地域なだけなので」
「それでも心強いですよ、それにお若いのにしっかりしてるし」
「ありがとうございます」
「うちの会社でもね、若いのがいるんですけどね、・・まぁーなんだか」
「へ~」

後輩に不満があるのがわかった、けど、それを愚痴るのも好きでないのだろう、言葉が詰まる。
どれだけ文句を言っても誰にも聞かれない、そんなタクシーの空間ですら愚痴を言わない、そんなところに優しさが垣間見える。

「あんまり若いのにあーだこーだ言いたくはないんですけどね、
私らも、たまに車を使って移動するんですよ」
「はい」
「そういう時っていうのは、事前に目的地も知ってるわけですし、ルートを確認することもできるんです」
「はい、たしかにそうですね~」
「でもね、うちの若い子が全然目的地のルートが分からないまま、『ナビがあるから大丈夫です』ってナビだけに頼って、」
「はい」
「ナビも便利ですけど、初めて行く地域ですから間違う可能性だってあるわけじゃないですか」
「それはありますね」
「運転手さんだったら分かるでしょ?」
「はい」
「それで一度、当日のナビだけを頼りにして約束の時間に遅れちゃったんですよ」
「はい」
「まあその時はしょうがないと、許したし、なにより相手も怒らなかったんでよかったですよ」
「はい」
「そのあと、次はそうならないように事前に道を確認しておいてねって言っておいたんですよ、その子が運転を担当してるから」
「はい」
「で、また次の時ですよ、『ナビも使うけど道を事前に確認しておいて』って伝えたんですけど、『ナビあるから』ってまた確認しないで来て」
「はい」
「また迷っちゃったんですよ」
「あらー、やっちゃったんですね」
「時間には間に合いましたけど、『ほら、危なかったろ』と」
「たしかに危ないですね~」
「どうしてそうなるんだと、それがこの間もあったんですよ、
一度確認するだけでも理解度は違うのに。。まあそんな頼りない若いのがいましてね」
「そうなんですね~」

ずっと不満を漏らしてはいたが、そこには憎しみを感じさせるものはなく、
後輩への信頼はあった上で、頼りないところを愛しているように見えた。

「だから、運転手さん、お若いのに頼れる!心強いです」
「ありがとうございます!. . . . すみませんがお客様、、」
「はい、なんでしょう」
「高速のご利用はどうなさいますか?」
「いやー、下道で良いですよ」
「そうですか、それでしたら、高速代は僕が負担しますので、高速で行きませんか?」
「え!?いやいやそんなこと、」

私は、方角的に高速が同じように走っていると、
自腹で高速乗ってでも早いコースを提案することがある。

「正直申しますと、お客様の目的地の登戸の方面ですと、高速使ってもそんなに時間は変わらないので、高速代の分高くなりますが、
高速代はこちらで持ちます」
「えー、ホントですか?悪いな~」

なぜここまでして高速に乗るか、、それは、高速だと楽だから。

「じゃあ、高速使ってください」
「かしこまりました、ありがとうございます」

そう言って高速に乗った。

「初めて自腹で高速乗る運転手さんに出会いましたよ」
「あー、そうですか、僕の周りの運転手はそういう人いるんですが、
登戸ですとそんなに時間短縮ではないのであまり提案しないかもしれないですね~」
「いつも自腹で高速乗ったりするんですか?」
「はい、高速が混んでなければそっちの方が楽だから、っていうのがあるんですけどね~」
「へ~、頼りがいありますね~、お若いのに」
「いやいや、全然ですよ」
「心強いですよ、、うちにも若いのがいるんですけどね~」
「はい」
「車で移動するときとか、運転してもらうんですけど、ナビだけに頼って、それで何度も間違えて怒られそうになったことあるんですよ、それでこの間もまた遅刻しそうになって」
「へ~」

おじさんは一度喋ったことを気づいているのかいないのか、同じ話をとてもコンパクトにまとめて話した。
そしてこれを境に、無限のループへと入っていく。


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