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【小説】太陽のヴェーダ

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どう見ても異常があるのに「異常なし」しか言わない医者たちに失望した美咲。悪化した美咲に手を差し伸べたのは、こうさか医院の若き院長、高坂雪洋。雪洋の提案は、一緒に暮らすことだった。…
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2023年5月の記事一覧

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(16)

(第1話/あらすじ)   ●責任 窓の外は大雨。 うるさいほどの雨音は余計な雑音を払い、かえって心の内にこもることができた。 暗く生ぬるい海の底にいるようで、できることならこのままずっと漂っていたい―― 雨音に紛れて電子音が鳴り響く。 美咲は暗い海の中で細くまぶたを開けた。 「はいよ、もしもしー」 瀬名の軽快な声が聞こえ、途端に美咲の意識が暗い海の底から引き上げられた。 今自分がいる場所を思い出す。 ――瀬名の自宅マンションのリビング。 抱えていた膝から顔を上

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(15)

(第1話/あらすじ) 第3章 救急搬送   ●ネームプレート 「ただいまぁ……」 薄暗い家の中へ声をかける。 美咲にしては珍しく早い帰宅だった。 「先生はまだお仕事かな?」 今日は足もさほど痛くない。 こんな時くらいなるべく家事をやっておこうと、リビングへ寄る。 電気をつけ、適当に荷物を置いて、キッチンでヤカンを火にかける。湯が沸くまでの間、部屋を移動して、雨が降るからと室内干ししていた洗濯物を畳む。 「夕飯、何作ろうかな……」 考えながら畳んだ洗濯物を持って、二

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(14)

(第1話/あらすじ) 「ばかですね。本当ばかですね」 これで何回目だろう。 運転席の雪洋はまだ不機嫌そうな顔をしている。 「そうだ美咲、杖は持ってきましたか?」 先日、雪洋が杖をくれた。 折り畳み式の杖で、一度だけ試しに使ってみたら、これが思いの外良かった。 とても楽に歩ける。でも―― 「持ってくるわけないじゃないですか」 「どうして?」 「杖だけは嫌です!」 美咲にとって杖というのは老人の象徴であり、二十七歳の自分にはどうしても抵抗があり、絶対に人前では使いたくな

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(13)

(第1話/あらすじ)   ●過去の指輪 肩まで短くなった髪の毛を揺らしながら、美咲は部屋の片付けをしていた。 髪は雪洋が切ってくれた。 予想はしていたが、手先の器用な雪洋は髪を切らせても上手かった。 鏡に自分の顔が映ると、まじまじと見つめて顔がほころんでしまう。自分で言うのも何だが、若々しくなって、かわいくなった――と思う。 「先生さすがだなあ……」 髪に触れては笑みがこぼれる。 気持ちが明るくなると、体も調子がいい。 今日は部屋の片付けをする。 この体が過ごしや

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(12)

(第1話/あらすじ) 着替えを終えて、二人で食卓を囲む。 泣いた後だから味がわからない。 「先生、どうしたら先生のようになれますか?」 唐突に美咲は問いかけた。 あんなふうに癇癪を起こしても、結局何もいいことはない。自己嫌悪だけが残る。そんなのは、もう疲れた。 「私も先生みたいに、穏やかに笑って、見守っている側の人間になりたいです。先生みたいに『特技・平常心』って履歴書に書きたいです」 「そんなこと書いたことありませんよ」 雪洋が声を上げて笑う。 笑いがやむと、雪洋