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わがままと個の尊重

 多様な子供たちを指導・支援している中で、対応に悩むことはたくさんある。今回は、その中でも、「わがままと個の尊重」について考えてみたいと思う。

 なぜ、「わがままと個の尊重」について、考えようと思ったのか。それは、子供への対応を巡る2人の大人の発言に疑問を抱いたからだ。

・スーパーで出会ったご家族の会話

 私は妻の買い物が終わるまで、スーパーマーケットのイートインコーナーで読書をしようと椅子に腰掛けた。ふと、前方を見ると、ソファー席で子供が泣いている。私が推測するに小学1年生くらいの子だと思われる。ソファにうずくまりながら、ぐったりした様子だ。その隣で、両親と思われる2人の大人が、困った表情を浮かべながら、話し合いをしている。話を聞くに子供は、この後のスイミングスクールに行きたくないと言って、泣いてしまったようだ。私は、読書をしているフリをしながら、この親の話に耳をそばだてた。

親A:「ゆうきがスイミングスクールに行きたがらないのは、サボりたいだけ。泣いたってだめだよ。厳しく言って聞かせないと。ここでサボらせちゃうとなんでも自分の思い通りになると思っちゃうし、嫌なことから逃げる頑張れない子供になっちゃう。あれは”わがまま”だよ。」

自分:(うんうん、辛いことがあっても踏ん張る力は大事だ。とりあえず、無理させてでもスイミングに行かせた方がいい。)

親B:「本当にそうかな。今までは、普通に通っていたじゃないか。なんで急に行きたがらないんだろう。ゆうきにも、行きたくない理由があるんじゃないか?今日は、ゆうきを尊重して、スイミングは休ませよう。」

自分:(ん。。なるほど、行きたくない理由か。誰かにいじめられてたとしたら、無理に行かせない方がいいなあ・・・・。)

親A&B「ゆうき、なんでスイミングに行きたくないんだい?」

ゆうき「・・・・。」

自分:(わがままだとしたら、スイミングに行かせた方がいいよなぁ。いやでも、何か理由があるのかもしれないし、子供を尊重して、休ませるべきか。んーー。どっちが正しいんだろう。あれ、そもそも、”わがまま”ってなんだ?”個を尊重する”ってどういうことだ?この辺がスッキリすれば、何か明確になるかもしれないなぁ・・・。)

すると、買い物を終えた妻が現れた。


・「わがまま」の意味

 スイミングに行かせるか、休ませるか。どちらが正しい選択かを考える前に、「わがまま」という言葉の意味を考えてみたい。辞書では、こう書かれている。
わがままとは・・
①自分の思うさまになること。自分の思いどおり。
②他を顧慮することなく自分勝手にふるまうこと。身勝手なこと。また、そのさま。

なるほど。他を顧慮しない、自分の思い通りか。

・一人暮らしをする人は「わがまま」なのか

 辞書通りの意味で捉えれば、一人暮らしの人も相当な「わがまま」なんじゃなかろうか。休日は自分の好きな時間に起床し、好きな時間に好きなものを食べ、めんどくさければ掃除なんてしなくて良いし、好きなテレビを観て、夜遅くまでお酒を飲み、そのまま眠りにつくこともできる。これも一つの「わがまま」と言えそうだ。自分の思い通りだし、他を顧慮してないし。しかし、世間一般の「わがまま」とは、少し違う気がする・・・。

・世間一般の「わがまま」

 では、世間一般の「わがまま」とは、どのような行動だろうか。例えば、

①お菓子が欲しいのに買ってもらえないから、泣いて駄々をこねる。
②友達2人が焼肉に行きたいと言っているのに、自分は、そばが食べたいと言って意見を曲げない。

③オフィスのクーラーの温度が低く、寒いので、勝手にクーラーを止める。

 うん。この例だとしっくりくる。このような人が周りにいたら、厄介だと誰もが思うだろう。
それでは、「一人暮らしのわがまま」と「世間一般のわがまま」では、何が違うのだろう。そう、当たり前のことなんだけど、その違いは、そこに”他者との対立”が関係しているかどうかなんだと思う。(一人暮らしのわがままはわがままとは言わないのかもしれませんね)

・「わがまま」は、他者との対立から生まれる。

 先ほどの例で考えてみる。

①お菓子が欲しいのに買ってもらえないから、泣いて駄々をこねる。
このシチュエーションから察するに、子供が、「お菓子は買わない」と言っている親(他者)と対立している。(”子供”対”親”)の関係


②友達2人が焼肉に行きたいと言っているのに、自分は、そばが食べたいと言って意見を曲げない。
これは、前提として多数決が働いている。3人の内、焼肉2、そば1なわけだから焼肉にするべきである。わがままを言ってないで、焼肉に行くべきだと。(”そば食べたい自分対焼肉食べたい友達)の関係

捕捉:この構造には、”少数派(そば)”対”多数派(焼肉)”の構造が見いだせる。

③オフィスのクーラーの温度が低すぎて寒いので、自分勝手にクーラーを止める
これは、「なんでクーラーを止めるんだよ!」と思っている社員(他者)との対立だ。クーラーの温度がちょうど良いと思っている社員は憤るに決まっている。こういう場合は、寒がる人の方が少ないことが多い。(寒い自分対ちょうど良い社員)の関係

捕捉:こちらも、少数派対多数派がありそうだ。もしかすると、勝手に止めたことに怒っている人もいるかもしれない。勝手であること、誰にも相談しなかったことが「わがまま」につながっているのかもしれない。


 3つの「わがまま」を整理して考えてみた。やはり、「わがまま」には、他者との対立が関係している気がする。さらにいえば、捕捉で示したように「わがまま」=その対立の少数派や権力がない側が意見を押し通すこととされているような気もしてきた。
(①の例で考えると、子供より、親の方が権力があるし、②で考えれば、焼肉が多数派だし、③で考えれば、クーラーがちょうど良いと思っている人が多数派だ。)

「わがまま」=対立の少数派や権力がない側が意見を押し通すこと

なんとなく、「わがまま」とは、何かが見えてきた。

今回は、ここまで

※ない頭で考えているし、私の経験で考えています。ぜひ、多様な意見をお聞かせください。きっとより良い「わがまま」の捉え方ができます。

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