同中の友達が死んだお話。

2020年4月。2年前のお話になる。
友達が死んだという連絡が、人伝いに耳に舞い込んできた。

死亡したのはKくん。
彼は中学生にしてグレていた。
兄がヤンキーだったらしく、力も強く、喧嘩っぱやかった。
中学生なのに平気で酒タバコを嗜んでおり、しれっと僕に勧めてきたりもした。(言うまでもないがもちろん断った)

そんな彼と、陰キャの代名詞の僕がどうやって友達になれたのか。
簡単だ。

殴り合った。


いや、こう書くと語弊があるな。

何度もボコされた。


はい。これには深いわけがある。

僕は当時陰キャの巣窟卓球部にいた。
当時ジャンプで連載していた卓上のアゲハに影響されていたのを覚えている。

知ってる人は仲良くなれます

さて、一年後、そんな卓球部にある時、新入部員が来た。
Kくんだ。
最初は(なんでグレてる子が卓球部?サッカーとか出来そうなのに)と思った。
話を聞くと、お兄さんが卓球部だったらしく、お古のラケットを使えばお金が浮くからだそうだ。

納得した僕は卓球部らしく練習に励んだ。
意外だったのはKくんが真面目に練習しており、その後メキメキと腕を上げ、レギュラー入りしたことだ。
負けず嫌いだったのか、やるからには全力というスタンスなのか。
僕はそんな彼を大いに好きになった。僕も負けず嫌いでやるからには全力な男だから。

が、一方。
友達がまともにいなかった僕は悪ノリを体験したことがなく、小学校の素敵な道徳により倫理感が形成されてしまったため、ヤンキー、というか、悪いことが嫌いだった。

結果どうしたかというと。


煽った。死ぬほど煽った。
めっちゃ馬鹿にして、めっちゃ殴られた。

そりゃそうです。卓球で勝てない相手から煽られるなんて中学生ですもん手だって出ます。
でも僕は屈しません。
正義の心は暴力には屈さないのです!!!

とまぁそれっぽいことは言ったけど。
Kくんの暴力に屈するという、“負け”が嫌いだっただけだ。
何度殴られても煽る僕はさぞむかついたことでしょう。
そのムカつく顔が僕は見たかったんだ。

さて、話を戻そう。
そんな犬猿の仲のKくんと僕がどう仲直りしたかと言うと……

わかりません。

いや本当に分かんない。
毎日部活で顔を合わせるのだ。
どんだけ嫌いでも一度殴り合えば理解者。
知らないうちに僕らは意気投合していた。
それだけだ。子供なんだから、恨みだってそう深くはなかったんだろう。

僕はKくんと仲良くなって、悪ノリを覚えた。
タバコや酒は流石にやらなかったが、柵を飛び越えたり、そういう、『先生に少しお叱りを受ける程度』の事を何度かした。
僕とKくんは、友達になった。

さて、冒頭でも言った通り、彼はタバコを僕に勧めた。
その時のお話をする。

中学3年の時、卓球の大会でとある大きな会場にいた。
僕らは試合まで暇で、会場の近くを彷徨いていた。
すると彼はおもむろにカバンから煙草をだし、吸った。

なんの衝撃もなかった。
「吸うと思っていた人間がすった」それだけだ。
(あぁ、やっぱり吸うのか)と納得したのを覚えている。

会話の繋ぎに「肺、悪くなるよ」と言った。

彼は「お前もいる?」と返した。

ずるい人だ。今までの付き合いで僕がそんな非行をする男じゃないと分かって薦めている。

「僕はいいや」

彼は笑って煙草をしまった。

あれ以降、彼は僕の前で煙草を吸っていない。
相当上手く立ち回っていたのだと思う。
それでも僕に見せてくれたのは、「コイツならチクらない」という、彼と僕の友情の証のように感じて嬉しかった。

それから数年後、僕は進学、Kくんは就職という形で離れた。
卒業後、僕とKくんは連絡が途切れ、学校で繋がっていた友達なんだと気づいた。

そして来たる2020年4月。彼の訃報が届いた。詳しい死因こそ聞かされなかったものの、酒煙草バイクのいずれかだろうということは、誰の目にも明らかだった。
その時僕は懐かしさを感じた。
彼が煙草を吸っている所を見た時の納得。
「早死にすると思っていた人間が死んで」(あぁ、やっぱり死んだのか)と。
あの時の納得に似たものを感じていた。

別に僕とKくんは親友じゃない。
連絡だってしばらく取ってないし、向こうは僕のことを覚えてるかも分からない。
今となっては同中の他人。
だから僕は悲しいという気持ちはあまり感じなかった。

それから数ヶ月後、僕らの学年だけが集会で呼び出された。
そして先生はこう言った。
「同じ学年の○○くんが、交通事故で亡くなりました」

名前も知らない、同学年の死。
その後、僕らは先生に言われるがまま、彼に黙祷した。
黙祷中、死んだその子がどんな子だったのか想像した。
僕はKくんの死で、死は身近にあると体験していたので、この時はショックはなかった。
少なかったではない。完全になかった。どこかの知らない誰かが死んだだけだからだ。
悲しむのは、僕には筋違いだと思った。
だから現に、名前も覚えていないので、この記事ですらイニシャルを出して弔ってやれない。

黙祷がおわり、目を開けると、先生が命の大切さを語った。
みんな、身近な人の死に、顔が暗かった。

話が終わり、先生が解散を告げると、一組から順に立ち上がり体育館を出ていく。
そして僕が立ち上がった時、隣のクラスの男の子、Mくんが泣き崩れた。
隣のクラスは、交通事故で亡くなった子のクラスだった。
きっと亡くなった子と親友であろうMくんは近くの人や先生が駆け寄って慰められていた。

僕はその光景をみて、今は亡きKくんを思い出した。

僕はKくんの死に、涙を流すどころか悲しみも感じなかった。
本当は彼のように泣いてあげられたらよかったのでは。
そんな考えが脳裏によぎる。


僕は自分と他人に強く線を引く。
僕の倫理観が、自己の損得のみにより社会は形成されている、というものに基づいているため、自分の気分がよければ他人なんてどうでもいい、という行動を僕はよくする。
その損得感情に義理や人情も入る、ということは言葉足らずで勘違いされやすいが。

おかげで僕は他人にあまり興味をもたない。
だけど僕にもずっと友達の人たちもいる。
こういう人たちを世間では親友と呼ぶのだろう。
うん、僕も彼らは親友だと思っている。

じゃあ、親友が死んだ時、僕は泣けるのだろうか。
親友が死んだ時、僕の中でフッと線を引き、「あぁ、死んだんだ。自然の摂理だからね。そういう運命だったのさ」
と、無情に前向きに捉えやしないか。
僕は親友が死んだら泣く、と断言できない。それは親も、妹も、彼女だって。

じゃあ、そんな無情な僕のために泣いてくれる人はいるんだろうか。
泣いてくれる人がいたとして、それで僕は嬉しいのだろうか?

僕が泣き続けるMくんを横切ったあの日から、まだ答えは出ていない。

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