All My Tomorrows / Grover Washington, Jr.
今回はサックス奏者Grover Washington, Jr.の1994年録音のリーダー作「All My Tomorrows」を取り上げてみましょう。
Recorded: February 22-24, 1994 Studio: Van Gelder Studios, Englewood Cliff, NJ. Engineer: Rudy Van Gelder Produced by Todd Barkan and Grover Washington, Jr. Label: Columbia
ts, ss, as)Grover Washington, Jr. tp, flh)Eddie Henderson tb)Robin Eubanks p)Hank Jones b)George Mraz ds)Billy Hart ds)Lewis Nash vo)Freddy Cole vo)Jeanie Bryson
1)E Preciso Perdoar(One Must Forgive) 2)When I Fall in Love 3)I’m Glad There Is You 4)Happenstance 5)All My Tomorrows 6)Nature Boy 7)Please Send Me Someone to Love 8)Overjoyed 9)Flamingo 10)For Heaven’s Sake 11)Estate(In Summer)
愛器3本が写った背後に白装束で本人が佇むジャケット写真が印象的です。70〜80年代数々のヒット作(ジャンル的にはソウル、R&B、フュージョン、総じてスムースジャズとカテゴライズされます)をリリースしたGrover Washington, Jr.、本作は初の全編アコースティック・ジャズアルバムになります。バックを務める素晴らしいジャズ・ミュージシャンたち、曲毎に違ったアレンジャーを迎え様々なカラーを出しつつ、ボーカリストもフィーチャーし、しっかりとしたお膳立てが成されたプロデュースによりGroverにはひたすらメロウに吹かせています。
Groverは1943年New York州Baffalo生まれ、音楽一家で育ち8歳の時に父親であるGrover Sr.からサックスを与えられ、音楽にのめり込むようになりました。徴兵でArmyに入隊した際にドラマーであるBilly Cobhamに出会い、兵役を終えた後にCobhamがGroverをNew Yorkのミュージシャン達に紹介して音楽シーンに参入するようになりました。いくつかのレコーディングを経験した後、アルトサックス奏者Hank CrawfordがCreed TaylorのKUDU Labelのレコーディングに参加できず、Groverに白羽の矢が立ちその代役を務め、71年に初リーダー作である「Inner City Blues」を発表しました。幸先の良いラッキーなスタートです。
時代はクロスオーバー、フュージョンが台頭し始めた頃、Groverの音色はジャズファンはもちろん、R&Bやソウルミュージックのオーディエンスのハートを射止め初リーダー作にしてヒットを飛ばしました。その後74年「Mister Magic」、75年「Feels So Good」の出来栄えでその人気を不動のものにしました。
スタジオ録音だけではなく、ライブ演奏でもその本領を発揮した77年録音の作品「Live at the Bijou」、素晴らしいクオリティの演奏です。ジャズミュージシャンの本質は生演奏にあることを見せつけてくれました。
そして80年Groverの代表作にして最大のヒット作、82年グラミー賞Best Jazz Fusion Performanceを受賞した大名盤「Winelight」を発表しました。
メンバーの人選完璧、Groverの音色、フレージング、音楽性の秀逸ぶり、演奏申し分なし、選曲のセンスは言うに及ばず、アレンジ抜群、企画力の淀みなさ、聴かせどころやハイライトシーン設定の巧みさ、そして何より時代が要求する音楽と内容とが見事に合致したのでしょう、80年代を代表する作品の一枚となり、結果多くのフォロワーを生み出しました。スムースジャズの父という呼ばれ方もされていますが確かに、Kirk Whalum, Najee, Boney James, Brandon Fields, Everette Harp, Gerald Albright, Kenny G, Nelson Rangel, Eric Marienthal, Walter Beasley, Richard Elliot, Dave Koz, Warren Hill, Mindi Abair… 彼以降に現れたスムースジャズのサックス奏者は殆どGroverの影響を受けていると言っても過言ではありません。具体的にはメロディの吹き方、こぶしの回し方、ビブラート、ブルーノートを用いたニュアンス付け等、スムースジャズに於けるサックスのスタイルを確立させました。Charlie Parkerが以降のサックス奏者に与えた多大な影響、John Coltrane以降のテナー奏者がことごとくColtraneの影響を受けた事に匹敵するほどのセンセーショナルなものと言えるかも知れません。更にParker, Coltraneの影響を受けたサックス奏者が開祖の演奏を越えることが困難なのと同じく、スムースジャズのサックス奏者たちはGroverの前では存在が霞んでしまいます。楽器の音色の素晴らしさ、一音に対する入魂の度合い、表現力の深さ、歌い回しの巧みさ、間(ま)の取り方、いずれもがパイオニアとしてのプライドに満ちた風格により、他者との間に大きな溝が存在します。一聴すればGroverとすぐに分かる明確な個性の発露、他のスムースジャズ・サックス奏者は楽器のテクニックの素晴らしさは感じますが、ひょっとしたら僕自身の勉強不足に起因するのかも知れません、誤解を恐れずに述べれば自分自身を表現しようとせずに、スムースジャズ・サックス・スタイルを吹いているので楽器の上手さの方が目立ち、結局皆同じに聴こえてしまうのです。個人的にはフォロワーの中でもKirk WhalumがGroverの後継者たるべく断然その存在感をアピールしています。Whalumの2010年発表のリーダー作「Everything Is Everything (The Music Of Donny Hathaway)」はDonny Hathawayの音楽をKirk流に解釈した素晴らしい内容、そして濃密なテナーの音色で僕の愛聴盤でもあります。因みにKirkはGroverと同様にソプラノ、アルト、テナーを吹き分け、同じく楽器はGroverが愛用していたJulius KeilwerthのBlack Nickelモデルを使用しています。
それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はStan GetzとJoao Gilbertoの76年作品「 The Best of Two Worlds」に収録のナンバー、E Preciso Perdoar(One Must Forgive) 。Getzはもちろんテナーで演奏していますがGroverはあえてキャラが被らないように選択したのか、ソプラノで演奏しています。この曲のアレンジはGrover自身と本テイク参加ギタリストRomero Lubambo、アコースティック・ギターを美しく奏でています。Groverのソプラノによるテーマ奏はひたすらしっとりと穏やかに演奏されますがチューニング、ピッチがずいぶん高く設定されています。特に伸ばした音が次第にキュッと高くなる傾向にあり、この人はいつも高めに音を取る人というイメージがあり、ここではギターとユニゾンでのメロディ奏、ギターの正確なピッチに対してチューニングの高さを感じてしまいますが、サビでのEddie Hendersonのトランペットとのユニゾンではチューニングの違和感を感じないのは互いのピッチ感が揃っているのか、トランペットが合わせているのか。管楽器のチューニングとは相対的なものなのだと再認識しました。ごく自然にソロに移り変わりますが。用いる音のチョイスが絶妙でⅡm7ーⅤ7やDiminishコードのアプローチがさりげなくジャズ的、Groverの演奏はメロウなだけでなく、ジャズ的な表現がスパイスになっています。メロディを担当したプレイヤー達であるHenderson、Lubamboのソロもフィーチャーされていますが、バックを務めるHank Jonesのピアノ、George Mrazのベース、Billy Hartのドラム、Steve Berriosのパーカッションも実に的確です。
2曲目はVictor Youngの名曲When I Fall in Love、Groverのテナーの他、Hendersonのフリューゲル・ホーン、Robin Eubanksのトロンボーンによる3管のハーモニーが大変美しいです。ここでのアレンジはLarry Willis、ピアニストとしても良く知られています。ホーンのアカペラからGroverのテーマ奏、マウスピースのオープニングが広い音色です。確か10番にリードも4番あたりのタフなセッティングでした。随所にアンサンブルが入り、テナーのメロディとの対比を聴かせつつテナーソロへ、倍テンポのスイングになりますがリズムには漂うように大きく乗って吹いています。せっかくのジャズチューンなので徹底してジャズ的アプローチで聴かせてくれるのか、と期待しましたが、ここでもスパイス的な範囲でのジャズが表現されていました。
3曲目はFreddy Coleのボーカルをフィーチャーしたナンバー、I’m Glad There Is You。Hankのピアノイントロに続きソプラノがスイートにメロディを演奏します。ColeはかのNat King Coleの実弟、声質や歌い方は実に良く似ていますが兄のような有無を言わさぬ強力な個性、アクの強さがなく、優しい歌唱を聴かせており、Groverの音楽性に合致していると感じました。ここでのアレンジはGroverとプロデューサーのTodd Barkan、ドラムスはLewis Nashに交替します。Hankのバッキングが一段と冴えて全体のサウンドを引き締めています。
4曲目はGroverのオリジナルHappenstance、Hendersonとの2管で豊かなアンサンブルを聴かせています。Hendersonが流麗にソロを展開し、最後のフレーズを受け継ぎつつHankのソロにスイッチします。続くGroverのソロは力強さも併せ持ったアプローチで演奏を締めています。
5曲目は表題曲All My Tomorrows、Jimmy Van Heusenのナンバーです。再び管楽器のハーモニーが聴かれますがソロイストであるGroverのソプラノ以外6管編成によるアンサンブル、こちらは名トロンボーン奏者にしてアレンジャー、Slide Hamptonの編曲になります。流石のゴージャスなサウンドが聴かれ、一層Groverのソプラノ・プレイが光ります。Hankのピアノソロがフィーチャーされ再びソプラノとアンサンブルによる後テーマ、脱力の境地といった演奏に終始しています。
6曲目はEden AhbezのナンバーNature Boy、Nat King Coleの歌唱やJohn Coltraneの演奏でも有名です。こちらもWillisのアレンジがスパイスを利かせており、メリハリのある構成を楽しめます。ピアノのイントロに続きルバートでのテーマ奏、その後ミディアム・スイングでソプラノのソロですが、レイドバック感とコードに対するスリリングな音使いが素晴らしいです。ドラムはNashに変わりますが、確かにこの手の曲想には彼のドラミング・テイストが似合っています。Hankのソロもツボを押さえた展開を聴かせ、ピアノソロ後にバンプが設けられ、再びルパートでラストテーマが演奏されます。
7曲目は5曲目同様にHamptonの6管アレンジが冴えるPlease Send Someone to Love、Groverのテナーがフィーチャーされます。マンハッタンのジャズクラブにて、メンバー全員がシックな正装でのヒップな演奏をイメージさせる豪華なサウンドです。コンパクトな中にジャズのエッセンスとゴージャスさが上手くブレンドされた、Groverのテナーの本質がよく表れている演奏です。
8曲目は再びColeのボーカルをフィーチャーしたStevie Wonderの名曲Overjoyed、Stevieの85年作品「In Square Circle」に収録されています。ColeとGrover両者のアレンジ、ピアノとソプラノが妖艶な雰囲気で美しくイントロを奏でます。オリジナルのStevieの声質が高めなので、ここではColeの歌声が随分と低く感じます。テーマの後ろでGroverの他、Hendersonのフリューゲルもオブリガードを吹いていますが互いに干渉や邪魔せず、ボーカルの引き立てに役に徹底しています。難しい音程のインターバルをCole果敢に歌ってはいますが、Stevieの完璧なピッチと比較してはいけませんね。ソプラノが歌のメロディを踏まえつつソロを取り、あと歌になります。元の曲の構成が十分に素晴らしいので、アレンジとは言ってもそれらのパーツを再構築した次元に留まっています。
9曲目こちらもムーディな名曲Flamingo、Willisのアレンジは早めワルツのリズムをチョイスしました。Groverはアルト、Hendersonがトランペットでメロディをシェアし、ソロを吹いています。ピアノソロ後にラストテーマへ。ラストの2管のアンサンブルが演奏に終止感を与えています。
10曲目Jeanie BrysonとColeふたりのボーカリストをフィーチャーしたバラードFor Heaven’s Sake、こちらはLincoln Center Jazz Orchestraの指揮者を務めたRobert Sadinのアレンジになります。ソプラノとピアノのDuoでイントロが始まり、ColeとBrysonが8小節づつ交互に歌い、サビでは4小節づつ、その後はColeが8小節を歌い、Groverの目一杯スイートなソロが半コーラス演奏され、フレーズの語尾をキャッチして後半をHankが演奏、あと歌はサビからBrysonが担当し、オーラスにはふたりユニゾンで歌っています。男女の声はおよそ4度異なりますが、ふたりの中庸を行くキーを選択したのでしょう。全編にMrazの堅実にして包み込むような、包容力に満ちたベースラインが健闘しています。
11曲目ラストを飾るのはEatate(In Summer)、GroverとWillisのアレンジになりますがボサノバのリズムで原曲に忠実に、特にキメやリハーモナイズは施されず、Groverのソプラノでのテーマ後ピアノ、ベースまでソロが聴かれます。ラストのバンプ部でフェードアウトになります。スタンダード・ナンバーを自身の作品で取り上げる機会が少なかったGrover、本作ではひたすらリラックスした雰囲気で演奏を繰り広げていますが、この後に「Winelight」他のパンチの効いた彼の作品を聴きたくなる衝動に駆られます。
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