見出し画像

Eddie “Lockjaw” Big Band / Trane Whistle

今回はテナー奏者Eddie “Lockjaw” Davisのビッグバンド編成による作品「Trane Whistle」を取り上げてみましょう。

Recorded in Englewood Cliffs, NJ; September 20, 1960. Recording by Rudy Van Gelder Prestige Label
ts)Eddie ” Lockjaw” Davis tb)Melba Liston, Jimmy Cleveland tp)Clark Terry, Richard Williams, Bob Bryant ts, fl)Jerome Richardson, George Barrow as)Oliver Nelson, Eric Dolphy bs)Bob Ashton p)Richard Wyands b)Wendell Marshall ds)Roy Haynes Arrangement by Oliver Nelson(1, 2, 4 & 5), Ernie Wilkins(on 3 & 6)
1)Trane Whistle 2)Whole Nelson 3)You Are Too Beautiful 4)The Stolen Moment 5)Walk Away 6)Jaws

画像1


本Blog少し前で取り上げたホンカー4テナーによる「Very Saxy」にも参加していたEddie “Lockjaw” Davisを、ビッグバンドをバックに存分に吹かせた作品に仕上がっているのが本作「Trane Whistle / Eddie “Lockjaw” Big Band」です。Lockjawは途中別レーベルでもレコーディングしていますが、58年から62年の間に双頭リーダー作を含め合計17作(!)をPrestige Labelからリリースしており、如何に当時人気絶頂のテナー奏者であったかを知る事が出来ます。通常サックス奏者がビッグバンドを従えてフィーチャリングされる場合、ホーンセクションにも参加し、アンサンブルもこなしつつソロを取ることになりますが、本作では別にアンサンブル要員がしっかりと配され、ソロイストに徹しています。そのようなシチュエーションだからでしょうか、多分Lockjaw専用マイクロフォン使用にてレコーディングされたテナーの音が一層くっきりと、音の輪郭、音像、音色のエグさを聴かせています。

ビッグバンド編成ではありますがブラスセクションの人数が若干少なく、本来4人のトランペット・セクションが3人、同じくトロンボーン・セクションは2人です。サックス・セクションが通常の5人編成なのでブラスのリストラには何か狙いがあったのでしょうか、それとも当日単にメンバーが来なかったとか、手配の行き違いでメンバーが足りずともレコーディングを行ったのかも知れません。たとえメンバーを間引いた編成であったにしろ、アレンジャーOliver Nelsonの強いこだわりでサックス・セクションは通常の編成〜アルト×2、テナー×2、バリトン×1で通したのではと思います。総じてブラス・セクションの人員が少ないので多少サウンドの厚みに欠けるのでは、と感じる部分もありますが、Lockjawの演奏がそれを補って余りある迫力を提供しています。

このアルバムはLockjawの演奏にスポットライトを当てた以外に、いくつかの特記すべき事柄があります。まず一つは名アルト奏者Eric Dolphyのアンサンブルへの参加です。リードアルトをアレンジャーOliver Nelson自身が担当しているので、3rdアルトという事になりますが、あの超個性的なサックス奏者の参加にして本作中全くソロがありません(汗)。彼が本当にレコーディングに参加していたのかを裏付ける意味合いか、本作ライナーノーツにEric Dolphy(whose unique bass clarinet sounds can be heard briefly on the closing of The Stolen Moment)とあります。The Stolen Momentラストテーマ後のエンディング部分7’24″以降で低音楽器の音が断続的に聴こえ、これはバスクラリネットのようでもありますがバリトンサックスの可能性も捨てきれない次元の聴こえ方で、どちらかかは判断しかねます。僕はライナー執筆者Joe Goldberg氏の勘違いで、Dolphyは録音当日アルトだけでの参加であったように思いますが、いずれにせよDolphyはソロ時120%自分の個性を発揮、一方こちらで聴かれるようにアンサンブルではあたかもスタジオミュージシャン然と自身の個性を集団に埋没させ、アンサンブルの歯車の一つとして職人芸を発揮する、バランスの取れたプレイヤーという事になります。
Eric Dolphy

画像2


Herbie Hancockの自伝「Possibilities」にDolphyについての記述があります。そちらを紐解いてみましょう。

画像3


Dolphyは64年Charles Mingus Bandの楽旅に参加中、西ベルリンで持病の糖尿病の発作に見舞われました。通説ではその際に心臓発作を起こし客死した事になっています。死因は心臓発作には違いないのですが、ライブの最中に糖尿病の発作を起こして病院に担ぎ込まれた際、担当医師がドラッグを使用していたと思い込み解毒治療を施し(アメリカの黒人ミュージシャンが演奏中に倒れるなんてドラッグが原因に違いないと高を括ったのでしょう)、適切な処置〜インシュリンの注射をしなかったために容態が悪化、心臓発作に見舞われ36歳の若さで亡くなりました。医療ミスの最たるもので、彼はドラッグなどやっていなかったのです!医師が患者の症状をしっかりと認識し、インシュリン一本注射してさえいればDolphyは存命し、音楽活動を展開し続け、この優れた稀有な才能がジャズ史を変えたかも知れないのです。本当に残念でなりません。

続いて挙げるのは、このThe Stolen MomentがOliver Nelsonの代表作にしてモダンジャズ史上に輝く名盤の一枚、「The Blues and the Abstract Truth」収録曲Stolen Momentsの初演に該当する事です。

画像4


遡る事5ヶ月前に本テイクが録音されましたが、独特のムードとハーモニー感、アンサンブルの斬新さを既に聴く事が出来ます。Nelson自身の他、Dolphy, Roy Haynes, George Barrowが引き続き参加しており(Barrowはバリトンサックスに持ち替え) 、当時の音楽仲間だったのでしょう、彼らの他にFreddie Hubbard, Bill Evans, Paul Chambersら豪華メンバーを迎え素晴らしい演奏を繰り広げています。Dolphyこちらの作品では水を得た魚状態で大活躍、先鋭的なソロをたっぷり聴かせています。

本作での演奏はトランペット奏者とLockjawのソロをフィーチャーしており、こちらの演奏はビッグバンド編成なので迫力あるサウンドを聴かせていますが、曲のコンセプトや人選から鑑みると「The Blues and the Abstract Truth」の演奏の方に軍配が上がるように思います。Nelsonここで新曲を実験的に披露し、手応えがあったので自作にも採用したという事でしょう。

もう一つはドラマーRoy Haynesの参加です。Charlie Parker, Bud Powellの昔から60年代以降はStan Getz QuartetやChick Corea Trio等、時代を超えた柔軟な音楽性でシャープなドラミングを聴かせています。本作のようなビッグバンドのフォーマットでも実に的確なサポート演奏でアンサンブルをまとめ上げ、ソロイストを鼓舞しつつ盛り上げるドラミングには、ビッグバンド専門のドラマーでは表現仕切れないジャジーなセンスを感じさせます。
Roy Haynes

画像5


ところで皆さんはベーシストBill Crowの著書「Jazz Anecdotes」という本をご存知ですか。

画像6


Crowは50年代からNYでStan GetzやGerry Mulliganのバンドのレギュラー・ベーシストとして活躍しました。当時の現役ジャズプレーヤーならではの情報収集力を生かし、様々なジャズメンの逸話を集めて面白おかしく語っています。いずれの話もジャズファンが読めば誰もが頷いてしまう内容から成るエッセイで、日本ではジャズに造詣の深い村上春樹氏が翻訳を手掛けました。そこに収められているLockjawについての話が大変に興味深いので紹介したいと思います。(原文のまま掲載)

Eddie “Lockjaw” Davisがジャズ・プレイヤーになりたいと思ったのは、実用的な目的があってのことだった。<べつに音楽がやりたくて楽器を買ったわけじゃなかった。音楽が好きで、ミュージシャンになりたくて、それで楽器を手にしたというパターンとはちと違うんだ。俺は楽器というものがもたらす効用のほうに興味があった。ミュージシャンを見ていると、奴らはいつも酔っぱらって、ヤクを吸って、女にもてて、朝は遅くまで寝ていた。かっこいいと思ったね。それから俺は、同じミュージシャンでも誰がいちばん目立つのかなあと思って、注意して観察した。いちばん注目を集めるのは、テナー・サックス奏者か、ドラマーか、そのあたりだった。でもドラムは見ていると、組み立てや持ち運びが大変そうだった。だから俺はテナー・サックスで行こうと思ったんだ。これ本当の話だよ>♬

(笑)あまりに本音丸出しの表現です。裏表のない実直な人なのでしょう、きっと。でももしかしたらBill Crowの脚色もあるかも知れません。さらにLockajwは自分でサックスの教則本を手にし、独学でテナーサックスをマスターしたという話を聞いたことがあります。ミドルネームのLockjawは独特なマウスピースの咥え方に由来するそうで、彼独自の音色、他に類を見ないソロのアプローチ、そもそもの楽器への携わり方にユニークさを感じます。これらを踏まえて彼の演奏を聴きこむと、また違った音が聴こえてきそうに思います。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Oliver NelsonのナンバーTrane Whistle、Nelsonの60年5月録音の作品「Taking Care of Business」に収録された曲のビッグバンド・ヴァージョンになります。

画像7


ミディアムテンポのブルース、テーマ後Lockjawのソロの冒頭部、気合がかなり入ったのか、テナーの音量入力オーバーで一瞬歪みが生じ、いきなり録音レベルが下げられました。物凄い音色です!めちゃくちゃルーズなアンブシュアなのでしょう、倍音、付帯音が乗りまくりです!マウスピースやリード、楽器も良いもの(当時は当たり前だったのでしょうが)を使っていそうです。その後もホーン・セクションのバックリフが入ると本人エキサイトするのでしょうね、ソロの内容がフリーキーなまでに炸裂、ヒートアップしています!続くNelsonのアルト、Lockjawと比べると音色がツルッとしていてクラシック・サックス風に聴こえてしまいますが、比較対象の問題で、これはこれで素晴らしいジャジーな音色です。この部分がDolphyのソロであったら…と願ってしまうのは無理強いというもの。Nelsonのソロ内容はとても端正でロジカル、教育者、アレンジャー然としたものを感じます。その後のTutti部分ではHaynesのドラムフィルがアンサンブルへの呼び込み感を聴かせています。ラストテーマで聴かれるLockjawのオブリは、音量控えめなサブトーン感がエンディングに向けて効果的です。ところでタイトルのTraneはJohn Coltraneの事で、ライナーによれば彼のディレクションがあったようですが、残念ながら具体的なところまでは分かりません。
2曲目NelsonのオリジナルWhole Nelson、Miles DavisのオリジナルHalf Nelsonのタイトルに肖ったナンバーでしょう。ジャズメンはこういった言葉遊びの類が大好きですから。ソロの先発はRichard Williamsのトランペット、バックリフとのトレードが面白いです。このレコーディング直後に録音された彼のリーダー作「New Horn in Town」は以前よく聴いた覚えがある、隠れた名盤です。

画像8


Lockjawのソロに続きますが、この日の彼の絶好調ぶりは誰にも止められません!バックリフにも呼応しつつ独自のフレージングにグロートーンを交え、ホンカーの本領発揮です!続くトランペットソロ、今度はClark Terryの出番です。美しい音色でテクニシャンぶりを聴かせています。
3曲目はRodgers – Hartの名曲You Are Too Beautiful、この曲のアレンジはNelsonからテナー奏者Ernie Wilkinsにバトンタッチ。さあLockjaw on Stageの始まりです!美しいメロディをホーン・セクションをバックにOne and Onlyな節回し、低音域から高音域までサブトーンを自在に駆使して益荒男ぶりをこれでもかと聴かせます。エンディングではテナー最低音のB♭音を見事にサブトーンで響かせていますが、多くを吹いてからのこのロングトーン、実は相当高度なテクニックです!ピアニストとしてはLockjawのソロに的確なバッキングを付けるのは難しいのでしょう、Richard Wyands淡々とコードを繰り出す演奏に徹しています。アレンジの関係か、人員欠如によるものなのか、ブラス・セクションの音の厚みがやや薄く聴こえます。
4曲目The Stolen Moment、前述のようにNelson自身の作品でも取り上げる事になるナンバー、この人は自分の作曲を積極的に他のアルバムでも取り上げる傾向があるようです。ソロ先発はBob Bryant、続くLockjawは珍しくスタンダード・ナンバーSummertimeのメロディを引用、ウネウネ、ウダウダ感が半端ありません!ここでもバックリフの音圧を浴びてハッスルしたLockjaw、ホンカー風に熱くブロウして盛り上がり、Haynesのドラムも呼応してフレッシュなフィルイン・フレーズを繰り出しています。
5曲目NelsonのオリジナルWalk Away、再びミディアムのブルースです。イントロのBryantのピアノソロが良い雰囲気を出しています。深くかかったビブラートが古き良き時代を匂わせるテーマ奏、Dolphyもさぞかしビブラートをかけてアンサンブルを行なっている事でしょう。ここでのLockjawのソロは特に堂々とした豪快さを聴かせ、他のテイクよりも落ち着きを感じさせます。ホーンのアンサンブルとLockjawとのcall & response、面白いやり取りに仕上がっています。
6曲目アルバムラストを飾るのはLockjawアップテンポのオリジナルその名もJaws!こちらもErnie Wilkinsのアレンジになります。トランペットのバトルはTerry, Williams, Bryantの順番に行われています。それにしてもトロンボーンにはMelba Liston, Jimmy Clevelandと行ったソロに長けたプレイヤーが参加しているのに、こちらにもソロは回らず仕舞いです。Haynesのフレーズを受けテナーのソロが始まります。アップテンポでのLockjawはそのドライブ感にターボが掛かり正に独壇場です!更にバックリフによりスーパーチャージャー状態!この曲でもTuttiでLockjaw大暴れ、ラストの締め括りに打って付けの演奏に仕上がりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?