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The Cat And The Hat / Ben Sidran

今回はピアニスト、作曲家、アレンジャー、ボーカリストBen Sidranの1979年リリース作品「The Cat And The Hat」を取り上げてみましょう。

Produced By Mike Mainieri and Ben Sidran  Recorded and Mixed By Al Schmitt Horizon Records & Tapes
1)Hi-Fly 2)Ask Me Now 3)Like Sonny 4)Give It To The Kids 5)Minority 6)Blue Daniel 7)Ballin’ The Jack 8)Girl Talk 9)Seven Steps To Heaven
p, vo)Ben Sidran ds)Steve Gadd b)Abraham Laboriel vib, key)Mike Mainieri g)Lee Ritenour, Buzzy Feiten ts)Michael Brecker, Joe Henderson tp)Tom Harrell pec)Paulinho Da Costa org)Don Grolnick sax)Tom Scott, Pete Christlieb, Jim Horn tp)Jerry Hey, Gary Grant tb)Dick “Slyde” Hyde vo)Frank Floyd, Luther Van Dross, Gordon Gordy, Claude Brooks, Mike Finnegan, Max Gronanthal

当時のジャズ、スタジオ・シーンを代表する大変豪華なミュージシャンによる作品です。 LAのCapitolとSanta MonicaのCrimsonスタジオでレコーディングし、NYのThe Power StationとLAの The Sound LabでMixしています。演奏曲によってうわ物のメンバーはかなり異なりますが、ベイシックなリズムセクション=ドラムス、ベース、ギター、キーボードは不動、この辺にプロデューサーMike Mainieri, Ben Sidran二人の拘りを感じます。

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実に良く練られた構成、アレンジ、選曲、メンバーの人選、演奏、フィーチャリング・ソロイストの全く的確なアドリブ、ぐうの音も出ないとはこのレベルの音楽を指すのだ、という位完璧な音楽性を有する作品です。僕の中ではジャズ、フュージョン、AORシーンでもっと取り上げられても良いと常々思っている作品中、筆頭に位置しています。

この作品はSidranの第9作目にあたりますが、前8作目「Live At Montreux」は78年7月23日Montreux Jazz Festivalでのライブを収録した作品でRandy、MichaelのBreckersをフィーチャーしています。

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こちらもライブ録音にも関わらずSidran独自の個性、スタンダード・ナンバーへの捻りのある解釈が良く表れた名作で、次作「The Cat And The Hat」に通ずるテイストが遺憾無く発揮されています。いずれもが佳曲のオリジナルの他、John LennonのCome Together、そして白眉がスタンダード・ナンバーSomeday My Prince Will Comeでのユニークな8ビート・アレンジ!ここでのMichaelの歌心100%の華麗なソロはファン必聴のテイクです!ここでは途中(3chorus目)からソロがカットされている事が後日発掘された映像から判明しました。完全版の長いソロも素晴らしいのですが、レコードの収録時間のために短く編集されたソロとはいえ、とても上手くコンパクトに収められています。ひょっとしたら予め「長く演奏してもレコードには全部入り切らないからね」とディレクターに言われていて、当日Michaelは「収録されるのはこの辺りまでだろう」とそこまでしっかり考えてソロの構成を練っていたかも知れません(カットされた3chorus目からのソロがそれまでとはアプローチの雰囲気が異なることからも想像できます)。彼だったらそこまでやる人、出来る人間です。

当時彼らが在籍していたArista Labelのアーティスト、Arista All Starsによる「Blue Montreux Ⅰ, Ⅱ」はこの前日、前々日に録音されました。

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このコンサート演奏時日本ではTV放映とFMの同時生放送という、当時としては画期的な方法でライブを中継していました。現代ではTVの音質も飛躍的に向上したのでこのような形を取る必要も有りませんが、FM放送のHi-Fi(死語の世界でしょうか?)具合とTV画像のリンクを目の当たりにした僕は興奮しまくったのを覚えています。そしてこれは同年9月に来日を果たすNew York All Stars、演奏鑑賞の格好の予習になったのです。こちらも後日別テイクの映像が発掘され、両日全く違う演奏アプローチを行っていたArista All Starsメンバー全員のジャズ・スピリットにも感動しました。

それでは「The Cat And The Hat」の収録曲に触れていきましょう。大勢のゲスト陣を巧みに振り分けてカラーリングし、曲毎のアレンジに適材適所を得ている作品ですが、ベイシックにあるリズムセクションの演奏が何より素晴らしいのです。ギタリストLee Ritenourのカッティング、バッキング、Abraham Laborielの重厚で堅実なベースライン、そしてそして、この人のドラミング無しには当作品の完成度は有りえません、Steve Gaddの神がかった演奏が全体のカラーリングに更なる色合い、グラデーションを施しているのです。この当時、70年代後半にリリースされたアルバムの実に多くにSteve Gaddの名前を見つける事が出来ます。演奏の露出度は他のドラマー誰よりも高かったので彼のドラミングのスタイル、華麗なテクニック、演奏から感じる唄心を我々よく耳にしており、ナチュラルに耳に入って来ますが、今回改めて聴いてみると実は物凄い変態ドラムです(笑)。グルーヴ感、フィルインの構造、フレージングの仕組み、アイデア、構成力、ソロイストに対するアプローチ、力の抜け具合、以上全てが普通ではない次元、別格、他の追随を許さないオリジナリティに溢れています。「一体何処からこんな発想が…」「奇想天外な技のデパート」「超絶技巧で有りながら全くtoo muchを感じさせないテクニック」さぞかし現代音楽や難解な音楽理論を駆使した音楽性を有すると思っていましたが、以前何かの雑誌でのGaddのインタビュー(多分70年代後半)、「あなたのフェイバリット・アルバムを1枚紹介して下さい」の回答がCount Basieの「This Time By Basie!」でした。「Steve GaddがCount Basie?」その当時の僕の感性ではこの作品がGaddのお気に入りになり得るとは全く理解出来ませんでしたが、今現在しっかりと納得出来るようになりました。僕もやっと大人の音楽の聴き方が出来るようになったのでしょう(笑)。そしてGaddはドラムを叩かず音楽を奏でていると再認識しました。

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1曲目ピアニストRandy WestonのオリジナルHi-Fly、オープニングを飾るに相応しいアレンジが施され、原曲のメロディは聴こえるものの全く別な曲に再構築されています。Sidranはボーカリストとしての歌唱力はさほどでは有りませんが、個性的なメッセージ性を湛えています。歌詞はボーカリスト、Jon Hendricksのバージョンが採用されています。そしてここでのMichaelのテナーソロの素晴らしさといったら!アレンジに全く同化していつつ、自身の個性が見事に表出しています。想像するに、間奏に感してプロデューサーの的確なディレクションが有り、それを基にソロを構築したのではないでしょうか。Michaelのサイドマンでのプレイは常に一定したハイ・クオリティさを感じますが、ここでのソロには更に突っ込んだプラスワンがあるからです。テナーの音色はOtto Link Metal使用と聴こえるので、79年頃からBobby Dukoffを使い始める直前、78年末から79年初頭に録音されたと推測できます。(本作は録音年月日に関するデータが未掲載です)
2曲目もやはりピアニストThelonious Monk のAsk Me Now、歌詞はSidran自らによるものです。MainieriのFender Rhodes、Ritenourのアコースティックギター、良い味わいのサポートを聴かせています。Gaddのブラシワークがムードを高めています。
3曲目John ColtraneのオリジナルLike Sonny、この曲のみボーカルが入らずインストで演奏されています。しかしこの選曲とアレンジの意外性には尋常ではないセンスを感じます。ラテンのリズムでのメロディ奏の後、一転して印象的なベースパターンのファンクに変わり、ギターのカッティングも絶妙です。バンドのグルーヴを聴かせつつ、リズムやメロディが変わって行き、Sidranのピアノソロを経てエンディングに向かいます。結果何とも不思議なLike Sonnyに仕上がりました。
4曲目本作中唯一のオリジナルGive It To The Kids、SidranとMainieriの共作、ここまでがレコードのSide Aです。後半に聴かれる子供達のコーラスを交えたナイスなナンバーです。Michaelのソロもぶっちぎりです!ここではギタリストSteve KhanのオリジナルSome Punk Funk(アルバム「Tightrope」収録)のメロディの一節がフラジオ音のHigh C等を交えつつ引用されています。

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5曲目アルトサックス奏者Gigi Gryce53年のオリジナルMinority、歌詞をSidranが手がけました。原曲はコード進行がどんどん転調していく、なかなか手強い一曲ですが、ホーンセクション、フルートが効果的に使われたヘヴィなファンクナンバーにアレンジされています。ここでのMichaelのソロはリズムセクションとのトレードという形でスリリングに進行し、自在に歌い上げています。
6曲目はトロンボーン奏者Frank Rosolino作曲のワルツBlue Daniel、ここでもSidranが作詞を行っています。ベースをフィーチャーしたルパートのイントロからTom Harrellのトランペットのフィル、その後のSidranの歌とトランペットソロを活かすべく施されたゴージャスなアレンジがLAの気候のように気持ち良いです。
7曲目は1913年作曲の大変古いナンバーBallin’ The Jack、Chris Smith作詞作曲、歌詞をSidranが加筆して軽快なロックナンバーに仕上げています。Gaddのロックンロールもカッコいいですね、Eric Claptonのバンドを長年やるくらいですから当然ですが。Buzzy Feitenのギターソロも流石で効果的に用いられています。
8曲目Neil Hefti作曲、Bobby Troupe作詞のナンバー Girl Talk、やはりSidranが歌詞に加筆しています。こんなに原曲に相応しい、その後の演奏を聴くことを楽しみにさせてしまうイントロはそうはありません。ストリングスも実にムードを高めるに役割を果たしています。Gaddのフィルインはビッグバンド然としていて、曲の場面を的確に転換させています。アウトロには再びイントロが用いられ、余韻を残しつつ曲が去って行きます。
9曲目作品の最後を飾るのはVictor Feldman作曲の名曲、Seven Steps To Heaven。作詞担当はSidranですが、One, Two, Three, Four, Five, Six, Seven, Steps To Heavenと言う歌詞を思いついた時はSidran自身、自分で相当ウケた事でしょう!余りにも語呂が良過ぎです!これはジャズ界の嘉門達夫状態ですね(笑)そしてここでの演奏が本作の目玉といってよいでしょう。ソロイストにJoe Hendersonを迎えたのも素晴らしいチョイス、アレンジにも原曲のコード進行を用いず別な進行を用いたのもこの演奏が炸裂した要素の一つかも知れません。Gaddはまさに水を得た魚のように巧みなドラミングを聴かせ、彼の名演奏の一つに挙げる事が出来ます。イントロのソロドラムからして聴き手を引きつけるフェロモンを発しています。テーマの最中のドラムソロもカッコイイです!インタールード後にJoe Henのソロが始まりますが、イヤ〜なんじゃこれは?Joe Henフレーズの洪水、猛烈なテンションと凄まじい集中力、構成力、さらに意外性も加わり独壇場!Gaddとのインタープレイも壮絶!空前絶後!Joe Hen自身も彼の名演奏の一つに数えられるに違いありません。後奏のJoe HenとGaddのやり取り、なんでFade Outするのかな〜もっと聴きたかった〜!

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