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Joe Henderson Big Band

今回はテナーサックス奏者Joe Hendersonの集大成的な作品、1997年リリース「Joe Henderson Big Band」を取り上げてみましょう。

1)Without A Song 2)Isotope 3)Inner Urge 4)Black Narcissus 5)A Shade Of Jade 6)Step Lightly 7)Serenity 8)Chelsea Bridge 9)Recordame(Recuerdame)
On 1, 5, 8 recorded at Power Station, Studio C, March 16, 1992
On 2, 4, 7, recorded at The Hit Factory, Studio 1, June 24, 1996 On 3, 6, 9, Same Location, June 26, 1996 Verve Label
ts, arr)Joe Henderson ss, as)Dick Oatts as)Pete Yellin, Steve Wilson, Bobby Porcelli ts)Craig Handy, Rich Perry, Tim Ries, Charles Pillow bs)Joe Temperley, Gary Smulyan tp)Freddie Hubbard, Raymond Vega, Idrees Sulieman, Jimmy Owens, Jon Faddis, Lew Soloff, Marcus Belgrave, Nicholas Payton, Tony Padlock, Michael Mossman, Virgil Jones, Earl Gardner, Byron Stripling tb)Conrad Herwig, Jimmy Knepper, Robin Eubanks, Keith O’Quinn, Larry Farrell, Diane Zawadi b-tb)David Taylor, Doug Purviance p)Chick Corea, Helio Alves, Ronnie Mathews b)Christian McBride ds)Joe Chambers, Al Foster, Lewis Nash, Paulinho Braga cond, arr)Slide Hampton arr)Michael Mossman prod)Bob Belden(track 2~4, 6, 7, 9 ) prod)Don Sickler(track 1, 5, 8)

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今までにも当BlogにてJoe Henはリーダー作、サイドマンでしばしば取り上げて来ましたが、今回はまた違った側面から彼の事を論ずる事が出来そうです。

作品収録全9曲はJoe Henのオリジナル7曲、かつて自身の作品で取り上げた事のあるスタンダード・ナンバー2曲から成ります。オリジナルは大変ユニークな曲構成を持ったものから、崇高な美学を湛えたナンバー、Joe Henのフレージングをそのまま曲のメロディラインにした如き変態系(?)楽曲まで幅の広い音楽性を有しています。スタンダード・ナンバーもJoe Henならではのセンスが光るチョイスです。これらのナンバーの音楽性を最大限に発揮させるべく、アメリカを代表するアンサンブル・ワークの精鋭達に集合を掛け、更にはJoe Hen所縁のジャズ・リジェンド、ジャイアンツから成る超豪華なゲスト・ミュージシャンを各セクションの要所に配した特別編成のビッグバンドを組織し、何曲かにはこれまたトップクラスのアレンジャーを採用し(Joe Hen本人も素晴らしいアレンジを共作も含め何と5曲も提供しています)、63年録音の初リーダー作「Page One」から始まる約30年に及ぶJoe Henワールドの集大成をビッグバンドで表現しようというVerve Labelのプロジェクトが企画されたのです。何よりリーダーJoe Hen自身の全く的確なビッグバンド・アレンジの提供、そこから感じる音楽表現に対する強靭な意志、さらには凄味さえも感じさせるアドリブ・ソロから意気込みがひしひしと伝わって来ます。
個人的にはCaribbean Fire Dance、Mode For Joe、In’n Out、The Kicker、If、Mo’ Jo等Joeの他のユニークなオリジナルや、オハコのスタンダード・ナンバーInvitationもビッグバンド・バージョンで聴いてみたかったところです。

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ビッグバンドという形態はジャズという音楽でありながらパッケージ的な要素が強いために、スポンテニアスなアドリブやジャズの醍醐味であるインタープレイがどうしても制約されてしまう傾向にあります。66年から継続的に演奏活動を行なっているThad Jones Mel Lewis Big Band(現在でもThe Vanguard Jazz Orchestraとして活動中)は、アンサンブルとアドリブのバランスがかなりの次元まで表現されていた事で有名なビッグバンドでしたが、本作もJoe Henのアドリブがサイズ的にコンパクトな中にもコンボジャズのテイストがしっかりと織り込まれており、Joe Hen自身も一時参加していたThad – Melに引けを取らない、寧ろジャズ史上に残る緻密でハイパーなアンサンブルを従えた、ビッグバンド〜コンボ、文武両道のジャズ名盤に仕上がっています。

この作品でJoe Henがビッグバンドのアレンジを手掛けているのは意外な感じがするかも知れません。実は彼は60年代に自己のビッグバンドを組織していました 。時系列として、65年末Thad – Mel Big Bandが結成されるとテナー奏者Frank Foster、ピアニストDuke Pearsonも彼らに続きビッグバンドを立ち上げ、Joe Henは半年遅れの66年夏頃に、彼にとっての指導者的立場にあるトランペッターKenny Dorhamと双頭バンドという形でビッグバンドをスタートさせました。

Joe HenはDetroitのWayne State Universityで、クラスメイトのBarry Harris、Donald Byrd、Yusef LateefやPepper Adams達に囲まれて音楽を学び、Bartok、Stravinsky等のクラッシックも学びました。それ以前の高校時代にはStan Kenton Orchestraに興味を持っていたそうで、他のアレンジャーではBill Holmanにご執心、またテナーサックス奏者ではLester Youngを随分と研究しており、Youngのソロの完全コピーを暗譜して吹いていたそうです。その頃から曲作りやビッグバンドのオーケストレーションにもかなりの興味があった事が本作に繋がりますが、彼の演奏が構築を重ねてドラマチックに盛り上がり同時にストーリー性を有しているのは、Youngのアドリブ・スタイルのフォーマットにオーケストレーションを勉強していた事が加わって成り立っている可能性があります。

63年にBlue Note Label(BN)からアルバムデビューを飾ったJoe Henですが、作曲の才能を開花させるのはBNの彼の作品群で可能になりましたが、ビッグバンドのアレンジを披露する場には恵まれませんでした。BNではビッグバンドのレコーディングにはさほど積極的では無かったので、Dorham、Pepper Adamsら志を同じくする仲間達でリハーサル・オーケストラを組織しましたが、ライブハウスやコンサートへの出演機会もほとんど無かった中でただひたすら、黙々と練習を重ねました。どうやらその頃のリハーサル模様を録音したテープが複数存在するらしいのですが、未だ日の目を見ていません。ぜひ発掘して貰いたいものです。当時のリハーサルに参加したメンバーとしては、Lew Soloff、Jimmy Knepper、Curtis Fuller、Chick Corea、Ron Carter、Joe Chambers達の名前が挙げられますが、本作参加メンバーにも彼らの名前を見る事が出来ます。他にも参加ミュージシャンでPete Yellin、Virgil Jones、Idrees Sulieman、Jimmy Owens、Ronnie Mathews、Dick Oatts達もリハーサル参加経験者ではないかと想像しています。しかし、バンド活動は人前での演奏行為あっての継続性です。ギグがなければ練習にも身が入らなくなり、1年後にはDorhamが退団、その後数年でバンドはフェードアウト状態に陥ってしまいました。「メンバーには苦労させちゃったから恩返しをしないとね、ビッグバンドの録音には必ず彼らを呼ばないといけないね」とJoe Henは考えた事でしょう、後年実現したわけですが、我々は作品の人選の裏話を垣間見ています。

その後69年前任者のSeldon Powellが抜けたThad – Melに後釜としてJoe Henが加入、短い間でしたが熱い演奏を繰り広げました。自己のビッグバンドでの無念を晴らすべく、と言う側面もあった事でしょう。70年代に入りCrossover、Fusionの台頭によりメインストリーム、モダンジャズに活況が見られなくなり、ビッグバンドも当然勢いがなくなって行きました。Joe Hen自身も仕事が少なくなり拠点としていたNew Yorkを離れ比較的スタジオ・ギグの多かったSan Franciscoに71年移住しました。同時期にロックバンドBlood, Sweat & Tearsに参加という離れ技(?)も披露してくれました。

70年代はMilestone Labelにコンスタントに作品を残しており、以降80年代から徐々に60年代の往年の活躍ぶりを取り戻し、以前当Blogで取り上げた91年の「The Standard Joe」から本格的再始動が始まります。同年録音「Lush Life: The Music Of Billy Strayhorn」でのGrammy Award受賞がきっかけとなり再ブレークしたわけですが、この翌92年に本作のレコーディングを開始、Without A Song、A Shade Of Jade、Chelsea Bridgeの3曲を自身のアレンジで録音しています。臥薪嘗胆、虎視眈々とはまさにこの事、ビッグバンドのレコーディング・プロジェクトを狙っていたのでしょう、今がその時期だ、とばかりに録音しましたが、この後96年まで更なるレコーディングは行われておりません。Verveと何らかの契約があったのか、第2作目にビッグバンドの作品を制作する事が叶わず93年第2作目「So Near, So Far(Musings For Miles)」、94年第3作目「Double Rainbow: The Music Of Antonio Carlos Jobim」のコンボ編成2作をリリースしたのち、96年に一挙に6曲のビッグバンド録音を行い、合計9曲を収録したVerve第4作目として97年リリースとなります。文字通り満を持してのJoe Henderson Big Band、それでは収録曲について触れて行きたいと思います。

1曲目スタンダードナンバーWithout A Song、Milestone67年録音のアルバム「The Kicker」に収録されています。ここではJoe Henによるビッグバンド・アレンジ、92年録音。60年代にSonny RollinsやFreddie Hubbard達も取り上げていたナンバーです。イントロなしでいきなりJoe Henのテーマから始まります。自身のアレンジで自分をフィーチャーしてビッグバンドをバックに演奏する、こんなサックス奏者冥利に尽きるシチュエーションはありません!テーマを含め計5コーラス演奏していますが、ソロ3コーラス目からのバックリフ、続くシャウト・コーラスの何てカッコイイ事!オープニングに相応しくJoe Henの独壇場、吹きっきりでの演奏です。

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2曲目オリジナルIsotope、Blue Note 64年録音の「Inner Urge」収録、Joe Henのアレンジで96年録音。初めのテーマから既に大騒ぎ状態です!ソロの先発、切り込み隊長はChick Corea、さあJoe、雰囲気を作って場を温めておきましたよ、どうぞ存分にブロウして下さい、と言わんばかりの的確なソロに続きJoe Henの登場です。曲のアレンジ構成を最も分かっている本人ならではの、アンサンブルとのやり取りが素晴らしいソロです。続く4コーラスにも及ぶシャウトコーラスの凄まじさ!本作殆ど孤軍奮闘のChristian McBrideのベースソロを経て更に、一層大騒ぎ、成層圏まで届きそうなJon Faddisのリード・トランペットのハートーンが聴けるラストテーマに繋がります。こんなラインやアレンジを書けるJoe Henって何て凄いミュージシャンだろう、と再認識させられます。

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3曲目オリジナルInner Urge、前曲と同じ同名アルバム収録になります。 96年録音、トロンボーン奏者 Slide Hamptonのアレンジです。
これから展開されるであろう音の壮大な構築を予感させる、問題提起感満載の妖しいイントロから、Joe Henとベースのユニゾンのメロディ、テーマ2コーラス目はアンサンブルです。タダでさえカッコイイ曲が超絶カッコ良くアレンジされています!先発Joe Henのソロは作曲者ならではのサウンド・アプローチが聴かれます。2番手Coreaのソロのまた素晴らしいこと!Joe、貴方の演奏の後をしっかり締めておきましたよ、とばかりの展開です!ピアノソロ後のルパートのアンサンブルを経てLewis Nashの短いドラムソロ、そしてアレンジャーHamptonの美学が冴えるチュッティ、シャウトコーラスのエグい程のゴージャスさ!最後は再びJoe Henとベースのユニゾンのテーマ、終わったかに見せかけてのエンディングの、これまたえげつない位に素晴らしいダメ押し。ため息が出るほどに聴き応えがある演奏です。
4曲目オリジナルBlack Narcissus74年録音の同名作に収録、そして遡ること5年、69年録音の「Power To The People」(いずれもMilestone)で初演されています。Bob Beldenアレンジ96年録音。耽美的な美しさを湛えたワルツ・ナンバー、Joe Henも再録音するほどのお気に入りの曲です。ソロの先発Corea、リズムセクションとのインタープレイが素晴らしいです。
ドラマーのアプローチが前曲とは異なると思いきや、やはりAl Fosterに変わっていました。アンサンブルを含めたFosterのドラミングによるカラーリングが、実に曲の場面を設定させています。

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5曲目オリジナルA Shade Of Jade、Blue Note66年録音「Mode For Joe」収録。 92年Joe Henのアレンジで録音されています。バリトンサックスのフィルイン・メロディが印象的なテーマのアレンジ、これまたメチャイケてます!Joe Henのソロも絶好調、96年録音時よりも92年の方がソロに一層の冴えを感じます。
続くトランペットはFreddie Hubbard、この時彼は病み上がりで万全のコンディションではありませんでした。確かにいつもの神がかったインスピレーションやタイムの素晴らしさに今一つ翳りを感じます。
再びJoe Henのソロが登場、アイデアが尽きません!アンサンブルとのやり取り、その後のこれでもか、とばかりのシャウトコーラスの充実ぶりにJoe Henのアレンジにかける執念を感じました。

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6曲目オリジナルStep Lightlyはトランペット奏者Blue Mitchell63年8月録音の同名作と、同年12月録音ビブラフォン奏者Bobby Hutchersonの「The Kicker」両方に収録されているナンバー。良い作品にも関わらず、いずれも何故かオクラ入りしていたために、Mitchellは88年、Hutchersonの方は99年にリリースされました。96年録音Bob Belden、Joe Hen共作によるアレンジ。 唯一Joe Henのリーダー作以外からのナンバーです。軽やかなステップ、リラックスした雰囲気の変形ブルースです。先発ソロイストはNicholas Payton、正統派然とした素晴らしいソロが聴けます。何気にバックのアンサンブルのテンションが凄まじいです。
こちらもドラムがFoster、さすが晩年のJoe Hen御用達ドラマー、Joe Henのソロにとても的確なアプローチを聴かせています。続くCoreaもJoe Henの音楽性をしっかりと意識した演奏を展開しています。

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7曲目オリジナルSerenityは64年録音、Blue Note「In’n Out」収録。 BNを代表する秀逸なレコード・ジャケットの1枚です。
96年録音、Slide Hamptonアレンジです。Serenityとは「静けさ、平穏」の意味ですが、イントロでは既に静寂が破られています(笑)。ここでのテーマ提示感が素晴らしく、続くテーマ本編への繋がりにワクワクしてしまいます!この曲ではJoe Henのテナーサックスの音が他曲よりも前に出ているように感じます。テナーソロ導入部のバックグラウンド、Coreaのソロ後、アカペラから始まるチュッティ、アンサンブルのソプラノリードが印象的だったり、随所に聴きどころを作った凝り凝りのアレンジで、アレンジと言う枠組み、その内部に収納されている演奏の密度の濃さはとてつもないレベルです。

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8曲目Billy Strayhornのオリジナル・バラードChelsea Bridgeは1曲目と同様「The Kicker」に収録されています。 92年録音、Joe Henアレンジです。個人的にはバックのアンサンブルの音量が大きすぎて、Joe Henがしっとりとppで吹いている部分が消えがちなのが残念です。バラードでのテーマ演奏後、すぐに倍テンポのスイングになるのは然もありなん、かなり元気の良いバラード演奏です。コード進行を変えつつ、各セクションのアンサンブルが綴れ織りのように交錯するするアレンジは見事です。
9曲目アルバム最後を飾るのはオリジナルRecordame、「Page One」収録。96年録音、トランペッターMichael Philip Mossmanアレンジ。この名曲は一時日本でもずいぶん流行り、どこに行っても演奏した覚えがあります。この曲のみリズムセクションのメンバーが変わり、p)Helio Alves b)Nilson Matta ds)Paulo Braga、ドラマーのBragaはJoe Henの前作「Double Rainbow」にも参加しているブラジル出身のミュージシャンで、ピアニスト、ベーシストいずれもブラジル出身者です。ボサノバ・ナンバーを本格的なブラジル・テイストのリズムで演奏したかったのでしょう。Mossmanのアレンジは洒落たセンスの中にもある種の毒気を感じさせるものが多く、ここでもそのセンスを遺憾なく発揮しています。Joe Hen、Payton、Alvesがソロをとっています。

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