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Chet Baker / You Can’t Go Home Again

今回はトランペッターChet Bakerの作品、1977年録音リリース「You Can’t Go Home Again」を取り上げてみましょう。

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1)Love For Sale 2)Un Poco Loco 3)You Can’t Go Home Again 4)El Morro
tp)Chet Baker ts)Michael Brecker g)John Scofield el-p)Richie Beirach, Kenny Barron, Don Sebesky b)Ron Carter el-b)Alphonso Johnson ds)Tony Williams perc)Ralph McDonald fl)Hubert Laws as)Paul Desmond arr)Don Debesky
Recorded At Sound Ideas Studio, NYC Feb. 16, 21 & 22 and May 13, 1977 Horizon Label Producer: Don Sebesky

77年フュージョン全盛期にレコードでリリースされた時には4曲収録、2000年本テイクの他に追加テイク、別テイク、未発表テイクが計16曲も加わったCD2枚組で再発されました。多作家で知られるBakerですが、これほどフュージョンとカテゴライズされる演奏をしたアルバムは他にありません。とは言えBaker自身の演奏はいつもの枯れたトランペットの音色で、淡々とソロを取る、特に何か変わった事に挑んでいる訳でもありません。体調も録音時に万全とは言えずミストーンを結構連発していますが(現代ならばパンチイン、パンチアウトのテクノロジーを駆使して修正すると思います)、彼にしか成し得ない味わいを聴かせています。この作品の豪華な参加メンバー、Don Sebeskyの巧みなアレンジ、プロデュース、随所に聴かれる同じくSebeskyアレンジのストリングス・セクションが織り成す煌びやかなサウンド、フュージョン界のスター2人Michael Brecker, John Scofieldのこれでもか!と言う程の超イケイケプレイ、Alphonso JohnsonとRon Carterのエレクトリックとアコースティックのベース・バトル(!)、Tony Williamsのハードロック・テイスト・ギンギンなドラミング、しかもそれらが有名なスタンダード・ナンバー他を題材にしており、レコードのSide A収録の2曲、Side Bの2曲目にはBakerの存在感はありません。リーダー以外のメンバーの音符のスピード感、グルーヴ感、インプロヴィゼーションやインタープレイ、サウンドのセンスのハイパーさはBakerとは全くかけ離れています。このようにリーダーの音楽性やカラーとは全く関係ないところで共演者が恐ろしい程に盛り上がっている様は、戦前国家元首に清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀を担ぎ出して傀儡政権を樹立した満州国を思い出してしまいます(爆) いささか大げさな表現かも知れませんが、それほどジャズ史上かなり特異な位置に存在するアルバムだと思います。

曲毎に見ていきましょう。1曲目Cole Porterの名曲Love For Sale、イントロからベース、バスドラム、ギターのカッティング、パーカッション、ストリングスが怪しげに響き、これから起こりうるであろう13分近い音のカオスを暗示しています。A-A-B-A構成のこの曲、まずAの部分をBakerが飾り気なくストレートにメロディを吹きます。続くAはMichael Breckerの出番、凄い音圧感です。華麗にメロディを演奏する後ろでBakerがオブリガードを入れています。それにしてもこのテナーの音色、とてもエグいですね!Blogで何度も紹介していますが、使用テナーサックスはAmerican Selmer Mark 6 シリアルナンバーNo.67,853、マウスピースはOtto Link Double Ring6番、リードはLa Voz Med. Hardです。サビに当たるBがスイングのリズムになりますが実にスムースにカッコよくリズムが変わります。さすがMiles Davis Quintetで研鑽し合ったコンビRon Carter~Tony Williams、スイングではCarterのベースが主導権を握ります。Bakerによるテーマも引き続き外連味なく演奏されます。Bサビ後Aメロディは演奏されずにイントロと同じ雰囲気(ヴァンプ)に戻り、ワン・コードでソロが始まります。ソロの先発はBrecker、リーダー自身の先発では企画の趣旨が違って来ます。この時若干27歳!既にどっしり落ち着いた風格を感じさせています。タイム感といいテナーサックスの習得度合、フレージングのアイデア、オリジナリティ、早熟の天才です。個人的にはここでのソロはパターンやリックにやや頼り過ぎてメカニックな印象を与えていると感じます。実は翌78年にはこの点がかなり改善されるのですが。断片的なモチーフを重ねつつソロの構築に挑みますが、その後ろでバッキング担当のメンバーが実に巧みに、研ぎ澄まされた音の空間を埋めています。それも決してtoo muchにならずに。BeirachのおそらくFender Rhodesによるバッキングの緻密なコードワーク、テンションの用い方。John Scoのシャープで遊び心満載のカッティング。TonyがBreckerの2’21″~23″の「割れたHigh F音」のインパクトにロール・フィルを入れています。リズム隊全員がごく自然にその場で瞬時に役割分担をしつつ、最も相応しい音を空間に投入しているかの如くです。何気にMcDonaldが叩くリズム・オンのカウベルが素晴らしいタイムを提供していますが、Bセクション、スイング・ビートになっても2拍飛び出しているのが微笑ましいです。普通後からこの部分は消去されるのですが、ひょっとしたらスタジオ・ライブ感を大切にして音の編集は後被せのストリングスのみ、演奏自体には編集が施されていないかも知れません。MichaelのAセクションでのソロはとことん盛り上がり、起承転結の結は突然訪れますがしっかりと落し前をつけています。Bセクションでのコード進行Ⅱ-Ⅴ-Ⅰのジャジーな音使いには流石、と頷いてしまいます。その後Aセクションも演奏され、再びヴァンプに戻ります。

続くソロ2番手はBaker、自分のペースをしっかり維持しながら歌を繰り出していますが、このメンバーとでは会話の様式が異なっているようです。リズムセクションもどうアプローチしたら良いものかと、探りを入れつつ演奏しているように感じます。Michaelのソロと同様B, Aセクションを演奏して次のソロの3番手John Scoの登場です。ギターの機能を生かしつつのホーンライクなソロ、音色、タイム感、ピッキング、アプローチ、全てカッコ良過ぎです!リズムセクションはもはや水を得た魚状態、Tonyを始めBeirach, Alphonsoの煽り方が尋常ではありません!メチャクチャ盛り上がっています!当時我々はこのようなファンクのリズムでのワン・コードのアドリブ、とことん盛り上がる形態の演奏を「ど根性フュージョン」と呼んでいました(笑) この演奏を聴くとやはりBrecker, John Scoの二人が思いっきり演奏している作品、Herbie Hancockの「The New Standards」を思い出しますが、実はこの作品の一連のコンサートではHerbieがブッチギリでスゴかったです!

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同様にB, Aセクションを経て今度はベーシスト二人のバトルが始まります。直前のJohn ScoのフレージングにBeirachが彼らしいレスポンスをさりげなく聴かせています。ベーシスト二人をフィーチャーした作品ならばベース・バトルも聴くことが当然ですが、トランペッターがリーダーで、テナーサックスやギタリスト、パーカッション等のウワモノが参加した比較的大所帯の作品ではとても珍しい事です。しかもエレクトリックとアコースティックとなれば、プロデューサーSebeskyが以前から温めていた企画を実現させたのではないでしょうか。AlphonsoはWeather Reportを前年退団、テクニカルで歌心溢れるプレイには定評がありました。Carterも当時飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していたスーパー・ベーシストです。どちらかと言えばソロイストと言うよりもバッキングに長けた二人ですが、ここでは丁々発止と掛け合いを行っています。バトルの後半に聴かれる管楽器二人のバックリフも印象的です。ヴァンプからラストテーマはAセクション一度だけ、その後はBaker, MichaelのバトルがBakerのペースにMichael合わせつつ行われ、Fade Outです。冒頭とエンディングの速さが全く変わっていないのでクリックを鳴らしてレコーディングしたのかも知れません、ストリングのオーヴァーダビングの関係もありますから。
2曲目Bud Powellの名曲Un Poco Locoは自身の「The Amazing Bud Powell, Vol.1」収録、スペイン語のタイトルですが意味は英語でA Little Crazy、ここでの演奏はA LittleどころではないToo Much Crazyです!ハードロックのリズムで演奏するなんて作曲者Bud Powellが聴いたら怒り出す、いやいや、むしろ喜んで面白がるかも知れません!サビはスイングで柔らかいBakerのメロディ奏です。対旋律の上昇音階担当、ギターのタイトさといったら!ソロの先発はそのJohn Sco、切れ味良いハードロッカー振りを聴かせます。フレージングはコンディミ・サウンド・エグエグですが!それにしてもTonyってこんなにロックドラマーでしたっけ?そうでしたね、確かに彼のバンドLife Timeはロックバンドでした。Alphonsoのベースが大活躍です!続くMichaelのソロもギンギンのJewish-Coltraneサウンド全開です!(ここでも1曲目同様パターンやリックに頼り気味が気になりますが)そう言えばMichael含めてBaker, John Sco, Beirachは全員ユダヤ系アメリカ人でした。続くBakerのソロは一転してCarterのベースのみ従えてクールダウンした3拍子、Bakerコーナーを設置したSebeskyの采配が光ります。Beirachのバッキングが素晴らしいです!彼は88年5月に没したBakerのトリビュート・アルバムを翌89年にMichael, John Sco, Randy Brecker, George Mraz, Adam Nussbaum達と「Some Other Time: A Tribute To Chet Baker」として録音、リリースしています。

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その後はTonyのドラムソロからラストテーマに入りますが、突入合図のフィルイン後一瞬ベースが出遅れて「おっと!」とばかりに態勢を立て直します。ずっとフォルテシモで激しい演奏の中、Bakerの演奏が癒し系になっていると言えば聴こえが良いかも知れません。
3曲目は本作唯一のBaker本領発揮テイク(笑)、Sebesky作曲You Can’t Go Home Again、スイートな曲想にBakerのトランペット、Paul Desmondのアルトサックス、ストリングスが見事に合致します。実に美しい演奏です。再発時に追加された16曲の多くはこちら側のコンセプトの演奏、Bakerはお得意のヴォーカルも披露しています。同じ音楽的方向性を有する管楽器奏者が2人集まることによりサウンドの厚みが倍増以上になりました。2作分の全く異なった作品を同時に録音し、強引に1枚のアルバムに纏めたために無理が生じたように感じます。ピアニストもKenny Barronに交替しますが、時代を反映して彼にもエレクトリックピアノを弾かせています。
曲のタイトルYou Can’t Go Home Againの意味は諺からの転用で、一度家を出て自立を始めれば自分自身も変わり、その家を取り囲む環境も昔と同じではない事から二度と同じ家に戻ることはできないという事です。つまり自立しているなら実家に戻って昔と同じ生活に馴染むことは出来ないと言う意味です。でも最近北米では学生ローンの支払などの為一度独立した後、実家に舞い戻って親と同居する人が増えていてYes, you can go home again! などとも言われているそうです。何処も世知辛いですね!
4曲目アルバム最後のナンバーは再びSebeskyのオリジナルEl Morro、自身の作品75年録音、リリース「The Rape Of El Morro」収録の同曲再演になります。

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スパニッシュ・ムード満載のイントロではアコースティック・ギターやHubert Lawsのバスフルートが効果的に使われています。Bakerのスローテンポでのムーディなテーマの後、テンポが変わりMichaelの気持ちが入りまくったメロディ奏になります。分厚いストリングス・サウンドやパーカッションを効果的に用いた壮大なテーマのアンサンブル後、Michaelのソロになります。スペーシーに始まりかなり長いスパンのソロスペースが与えてられていますが、実は冗長さを否定できません。Michaelのソロに統一感が希薄な事に起因してか、共演者に説得力あるストーリーを語りきれずに終始しています。アンサンブルを経てBakerのソロ、この演奏にも特にハプニングを感じる事は出来ませんでした。レコードSide B2曲目はEl Morroを収録せず、You Can’t Go Home Again側の小品を2曲、例えば1曲Bakerのボーカル曲を選び、Side AはHard Side、Side BはBaker本来のSoft & Mellow Sideとはっきりと分割すればかなり印象の異なるアルバムに仕上がった事と思います。




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