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Echoes Of An Era / Chaka Khan

今回はボーカリストChaka Khanを中心としたオールスターズによる82年リリースの作品「Echoes Of An Era」を取り上げたいと思います。

82年1月14日リリース 81~82年録音 Producer : Lenny White Engineer : Bernie Kirsch Recorded at Mad Hatter Studios, Los Angeles, California Label : Elektra/Musician
vo)Chaka Khan ts)Joe Henderson tp, flugelhorn)Freddie Hubbard p)Chick Corea b)Stanley Clark ds)Lenny White
1)Them There Eyes 2)All Of Me 3)I Mean You 4)I Loves You Porgy 5)Take The “A” Train 6)I Hear Music 7)High Wire – The Aerialist 8)All Of Me(Alternate Take) 9)Spring Can Really Hang You Up The Most

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ジャズボーカルとインストルメンタル・ジャズの醍醐味を正に同時に、いや相乗効果で何倍にも楽しめる素晴らしい作品です。R&Bの女王とまで評されるChaka Khanのジャズボーカリストとしての充実ぶりと驚異的な歌唱力、Freddie Hubbard, Joe Hendersonフロントふたりのリラックスした中にも互いに触発しつつ、されつつ火花を散らすアドリブソロの応酬、Chick Coreaの抜群のテクニック、タイム感、音楽性、歌心に裏打ちされたピアノワークと奏者のソロをホリゾンタルに浮き上がらせるバッキング、 恵まれた体格からコントラバスを軽々と扱いこなすStanley Clarkの、生来の才能に裏付けされたベースラインの安定感、本作のプロデューサーとしての立場からバンド演奏の全体を俯瞰しつつタイトなリズム、センスの良いフィルインを繰り出すLenny White、そんな彼らによる実に見事なインタープレイ、よく知られた(手垢にまみれたとも言えますが)スタンダード・ナンバーをCoreaの抜群のアレンジでフレッシュに歌いあげるChakaを、メンバー全員が一丸となって実に楽しげにバックアップしているのです。他のジャズボーカリストでは本作の充実感は得られなかったでしょう。

1曲目Them There Eyes、冒頭からブレークタイムを用いたFreddieのソロ、奥行きを感じさせ箱鳴りがする音場感、マイクロフォンから一定の距離を置いたブース(小部屋)での収録になります。続くJoeHenは逆にかなりオンマイクな音場感でのJoeHenフレーズ炸裂のソロです。ピアノ、ベース、ドラムの録音バランスが実に良いです!「シャー」っとWhiteのトップシンバルにフェイザーが掛かったような質感、タイトなClarkのベースとの絡み合いの素晴らしさが作品のクオリティの高さを既に提示しています。録音エンジニアが多くのCoreaの作品を手掛けたBernie Kirsh、録音スタジオも当時Corea自身が所有していたLos AngelesにあるMad Hatter Studiosでは然もありなんです。
そしてChakaのボーカルの登場、よくあるボーカル作品ではボーカルが圧倒的に前面に出て他の楽器が如何にも伴奏者の程を表しますが、出過ぎず引っ込み過ぎず、他の楽器とのバランスが大変に良いと思います。Them There Eyesという小唄を小唄として捉えて決して大げさには歌っていないのですが、その存在感と歌のウマさがパンチのある歌唱力をごく自然にアピールしています。Freddieのソロも惚れ惚れするほどイケイケ絶好調ぶりを聴かせます。Coreaのソロはその思索ぶりが映えるクリエイティブな内容で、Freddieのテイストとはある種対比を成しています。ひょっとしたらCoreaはそこまで考えてソロのアプローチを試みているのかも知れません。メンバーの演奏にインスパイアされ、始めの歌よりもかなりシャウト感のある後歌での、フロントふたりのオブリガードがボーカルをしっかりとバックアップします。

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2曲目はお馴染みAll Of Me、イントロ無しでFreddieのミュートトランペットのオブリを従えて外連味なく歌われます。例えばアメリカの有名なポップスシンガーがジャズを歌ったアルバムを聴くと、歌の上手さはしっかりと聴き取ることが出来ますが、肝心なジャズテイストが希薄もしくは皆無で、ジャズの形、名を借りただけのポップス作品としか聴こえない場合があります。Chakaの場合は彼女の歌からしっかりとジャズ・スピリットを聴き取ることが出来る上に、彼女の素晴らしい個性も確実に受け止める事が出来ます。この違いは一体何処から来るのでしょうか?Freddieがオブリに引き続きソロを取ります。間を生かしたスペーシーなソロはCoreaにバッキングの機会を多く与えているのかと思いきや、Coreaは意外と音数の少ないソロにはシンプルに対応し、続くJoeHenのソロにはフレーズの入り方やウネウネフレーズに適宜反応しています。テナーのフレージングを引き継いだピアノソロはごくシンプルに、しかしCoreaならではのサムシングを聴かせています。

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All Of Me別テイクの8曲目についても触れ、更に両者を比較してみましょう。Chick Corea a la Thelonious Monk風のピアノイントロから始まります。ドラムスもアタマの歌ではブラシに持ち替えており、テンポも若干早めなので些か風情が異なります。同様に先発はFreddie、本テイクより饒舌なソロなのでCoreaも触発され、リズミックなアプローチのバッキングを聴かせます。JoeHenのソロも本テイクでは聴けない、気持ちの入った熱いHigh F音でのロングトーンが効果的、Coreaも同様に本テイクよりも深い領域に入り込んだ、 Monkish(余談になりますがMichael BreckerはMonk風に、と言う意味で彼のミドルネーム”Sphere”を用いて”Spherical”と表現し、同名のオリジナル曲を書いています)なソロを聴かせています。Chakaも後歌のシャウトでは一層熱いものを感じさせます。と言う訳で別テイクの方がより音楽的にアピールしているのですが、本テイクの方のエンディングのアンサンブルがバッチリとキマっているのでこちらが採用になったのでは、と推測しています。別テイクのエンディングはリズムセクションの足並みが残念ながら今ひとつ揃っていません。曲の作品としてのクオリティを重んじた末のチョイスと判断できます。別テイクの方が内容的には断然良いものがあるが、本テイクの方も決して悪くはない。だとしたら楽曲上完璧な方を採用しよう、とするのはアレンジャー・サイド当然の流れです。恐らく別テイクの方を最初に録音し、エンディング問題を解決すべく再チャレンジで本テイクを録音したのでしょう。別テイク〜本テイクと続けて聴いてみると別テイクの方がずっと勢いがあるのが分かります。エンディング問題は無事に解決しましたが本テイクの演奏は何処か守りに入ってしまった感は拭えません。ジャズは間違いなくファーストテイクが旬なのです!
3曲目はThelonious Monkの名曲I Mean You、作曲者名にジャズ・テナーサックスの開祖Coleman Hawkinsの名前も連ねられています。歌詞はChakaによる自作自演だそうです!ここでの演奏はインストと遜色は無く、Chakaのボーカルはホーンライクです。テーマのシンコペーションを生かしたアレンジもカッコいいです。先発FreddieのソロでのCoreaのバッキング、Monkテイスト満載です!触発されたFreddie、イってます!Coreaは本作レコーディング最中の81年にMiroslav Vitous, Roy Haynesと「Trio Music」をリリースしました。ここではRhythm-A-Ning, Round Midnight, Eronelと言ったMonkのナンバーを多く取り上げ、Coreaの中ではMonkブームだったのでしょう、自己のスタイルからMonkへのスイッチングが全く自然です。JoeHenはソロを取らず続くCoreaのソロはまさしくMonk降臨!

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4曲目はGeorge Gershwin作曲のバラードI Loves You Porgy, CDのクレジットにはI Love You Porgyとなっています。もちろん文法的にこちらの方が正しいのですが、黒人英語の特徴の一つとして一人称単数現在でも動詞の語尾に”s”を付けることがあります。この名曲をCoreaが素晴らしいアレンジで再構築しています。ボーカルとピアノのDuo、テーマの[A]の部分をリピートせずに1回でサビの[B]に入ります。情感たっぷりのChakaの歌にホーンが被さり、バックビートを生かした本来は無いインタールードが演奏されます。Coreaはこう言ったアディショナルなパート作りに長けています。サビの部分でCoreaのソロ、JoeHenのオブリ入りで再びインタールードを経て、Freddie〜JoeHenと倍テンポでソロが続きます。更にインタールードがあり、ホーンの裏メロディが入りつつ後歌になりますが、短い間に様々なパートが交錯する緻密で大胆なアレンジは、この曲を誰も経験したことの無い別世界に誘いつつ、聴く者の姿勢を正してしまう程の説得力があります。素晴らしい!エンディングにも更にもうひとパート工夫があり、Chakaのシャウトを劇的に、感動的にまとめ上げています。
5曲目Billy Strayhornの名曲Take The “A” Trainには本作中最も手の込んだ斬新なアレンジが施されています。Chakaのメロディ〜スキャット・ソロに到るまでに、延々と2コーラス以上A Trainの原型はしっかりと在りつつもピアノ、ホーンでの手を替え品を替えのメロディやアンサンブルが繰り出される展開には心底参りました!こんなA Trainは聴いたことが有りません!そしてこれ程のアレンジにも映える、対抗しうるボーカリストはChaka以外には存在しないでしょう。Chakaのスキャットのアプローチも相当ユニークです。その後Freddieの華麗なソロはハイノートでまとめ上げてJoeHenに受け渡しますが、こんなに盛り上げられた後ではさぞかしやり辛そうに思いきや、全く意に介さず淡々と自分のペースをキープしてスイングしています。ベースソロの後、いわゆるシャウトコーラスが演奏されますが、これまた意表を突くホーンのメロディライン、カッコ良いです!エンディングは比較的ストレートに終わっています。

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6曲目ハッピーな曲想に対してダークなメロディラインを有するホーンとピアノのユニゾンのイントロが印象的なI Hear Music、曲調とChakaの声質、歌い方が絶妙にマッチしています。[A]メロの5~8小節目を毎回ベースが効果的にユニゾンしています。Freddieが歌に被ってソロを始めますが、本作のホーンのソロは何故か必ずFreddieが先発、長年の付き合いが成せる技かJoe HenはどんなにFreddieが盛り上がってもその後に確実に自己表現を行なっているのが素晴らしいです。ここでもCoreaはMonkの影を拭い去れないようで、シングルノートを中心としたソロから突如としてMonkになってしまいました。ベースソロを経てサビから歌の戻り、エンディングはイントロを再利用してFineです。
7曲目本作唯一のCoreaのオリジナルHigh Wire – The Aerialist、初演はJoe Farrellの79年録音のリーダー作「Skate Board Park」に収録されています。

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ここではCoreaを擁したFarrellのワンホーンカルテットで、コンボジャズ・テイストの演奏が聴かれますが、本作では収録曲中のハイライトとして、ボーカルとインストの完璧な融合が成されていると言っても過言では有りません。曲の美しさと構成のカッコ良さ、Chakaの声質、歌い方が見事にマッチング、Chakaのために書かれたかのような曲と感じてしまう程です!そこにホーンの複雑にしてゴージャスなアンサンブルが絶妙に絡みつつ(Freddie, Joehenのアンサンブル能力の高さに今更ながら感心してしまいました!)、リズムセクションのシカケがここぞとばかりに雰囲気を盛り上げ、更にCorea, Freddie, JoeHenのソロとのインタープレイ、Coreaのバッキングの全ての音が有機的に反応し、壮大な絵巻物の観を呈しています!ボーカルの伴奏、インストルメントとボーカルの融合の一つの理想の形がここに有ります。
9曲目ラストを飾るのは全編ChakaとCoreaのDuoによるSpring Can Really Hang You Up The Most、ただでさえ美しいナンバーを崇高な世界にまで高めつつ更に美の世界を表現しています。情感たっぷりにストレートに歌うChakaの後ろで、Chickがとんでもない色々なバッキングを繰り広げているのが面白過ぎです!Chickのコードワークも然程オリジナルから離れる事が有りませんでしたが、エンディング最後に待ち構えていました!壮絶な代理コードの嵐!Chakaもこの和音でよくピッチが取れるものです!7’57″からの部分で細心の注意を払いつつ歌うChakaも一つの聴きどころです。

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