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ザ・サイドワインダー/リー・モーガン

トランペッター、リー・モーガンの63年録音作品『ザ・サイドワインダー』を取り上げましょう。

録音:1963年12月21日
スタジオ:ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオ、ニュー・ジャージー
エンジニア:ルディ・ヴァン・ゲルダー
プロデューサー:アルフレッド・ライオン
レーベル:ブルーノート

(tp)リー・モーガン  (ts)ジョー・ヘンダーソン  (p)バリー・ハリス  (b)ボブ・クランショウ  (ds)ビリー・ヒギンズ

(1)ザ・サイドワインダー  (2)トーテム・ポール  (3)ゲイリーズ・ノートブック  (4)ボーイ、ホワット・ア・ナイト  (5)ホーカス・ポーカス

ザ・サイドワインダー/リー・モーガン

本作は全曲リー・モーガンのオリジナルから成り、表題曲の秀逸さを筆頭に異なったカラーを有する他曲とのブレンド感が、アルバムの魅力を生み出しています。

リーダーのブリリアントなブロウをはじめ、メンバー全員の素晴らしい演奏が作品のクオリティを向上させています。
ブルーノート専属ベーシストの感を呈するボブ・クランショウのオントップで的確なサポート、魅力的な音色のシンバル・レガートに加え、タイトで堅実なサポートぶりが光るビリー・ヒギンズ、意外な人選のバリー・ハリスですが的確な伴奏とサトルなピアノソロを展開します。
そしてジョー・ヘンダーソンの傑出したプレイは彼の参加作品中屈指のもの、ホレス・シルヴァーの作品『ソング・フォー・マイ・ファザー』、『ザ・ケープ・ヴァーディーン・ブルース』での「ブチ切れた」プレイに並び称されます。
ジョーヘンのアドリブソロは自身のリーダー作以上に、サイドマンでその真価を発揮する傾向にあります。

ジョー・ヘンダーソン

本作は予想だにしないブルーノート・レーベル史上空前の大ヒットとなり、ビルボード200ヒットチャートで25位、シングルカットされた表題曲も81位を記録し、ジャズアルバムとして破格のベストセラーとなりました。
他のブルーノートのヒット作品と比較してみると、ホレス・シルヴァーの代表作『ソング・フォー・マイ・ファザー』が95位、ジョン・コルトレーンBN唯一のリーダー作『ブルー・トレイン』も同じく95位、ヒットメーカー、ジミー・スミスの63年作品『ロッキン・ザ・ボート』が62位、同じく『プレイヤー・ミーティン』が86位にランクインされました。
他レーベルですがマイルス・デイヴィス最大のヒット作『ビッチェズ・ブリュー』が35位である事を考えると、『ザ・サイドワインダー』のヒット振りは自明の理ですが、実は本作がブルーノート・レーベルの社運を大きく変える展開を見せるのです。
またモーガンが72年2月、ニューヨークにて33歳と言う若さで不慮の死を遂げる遠因になったとも捉えています。

リー・モーガン

表題曲のリズムはニューオリンズのセカンド・ラインのテイストを導入したジャズ・ロック、フォームとしては倍の長さ24小節のブルース、シンプルながら意表を突く構成とシカケの連続、ブレークや唐突なまでに意外なメロディがキャッチーなサウンドとなり、多くのジャズファンにアピールし、自動車のCMに使用されるなど、従来のインストルメント・チューンとは違った展開を見せました。

以降柳の下の泥鰌を狙って、数多くのジャズマンが似た傾向の楽曲を世に放ちましたが、モーガン本人のリトライも含め、結実したナンバーはありませんでした。

ブルーノート・レーベルは演奏内容、録音、ジャケットデザイン全てにこだわりを持った作品を多数リリースしています。ブルーノートがモダンジャズとその周辺の文化を作り出したと言っても過言では無いでしょう。
ところが販売実績が伴わず50年代中頃に低迷期を迎え、他社に身売りせざるを得ない状況にまで追い込まれます。
具体的には大手アトランティック・レーベルへの売却です。互いの利益が合致して実現寸前にまで交渉が纏まりましたが、ご破産になります。
ブルーノート首脳陣はよくぞ踏みとどまったと思うのですが、リハーサルにまでギャラを支払う経営陣の、ミュージシャンに対する手厚い加護から相変わらず厳しい経営状態が続きます。
ひとえにヒット作が少なかった故ですが救世主現る、ホレス・シルヴァーのナンバーの売れ行きが好調になり糊口を凌ぐことが出来ました。

義理人情という概念が欧米人にもあるのかどうか分かりませんが、恩義を受けシルヴァーは以降も破格の条件でブルーノートから作品をリリースし、レーベル終焉まで所属します。

その後の『ザ・サイドワインダー』青天の霹靂の如き大ヒットに、レーベル首脳陣はさぞかし喜び、安堵感を覚えた事でしょう、これでジャズレコード制作を安定して行う事が出来るようになったと。しかし事態は寧ろ真逆に向かい始めました。
当時米国の中小レコード産業はヒット作を出した場合、ヒットを出し続けなければ運営資金を調達する事が出来ないシステム下にありました。
ブルーノートは結果未だかつて無い量産体制を取らなければならず、自転車操業に拍車がかかりました。

言ってみればたまたま大きなヒットを飛ばしてしまったマイナー・レーベル、ブルーノート、ジャズやジャズマンをこよなく愛する情熱家アルフレッド・ライオン、フランシス・ウルフの二人、第二次世界大戦下のホロコーストをギリギリ潜り抜けたユダヤ系ドイツ移民たちが異国の地アメリカでジャズを広めるべくレーベルを立ち上げ採算度外視で運営、美しいまでに純粋な仕事をしていた彼らにとって、突如として重大な試練が訪れました。

その後の展開は経営状態だけではなく、元々心臓に持病を抱えていたライオンの身体を蝕み始めます。ストレスは覿面に健康状態に作用しますから。
更には当時始まったレコード市場の巨大化が資金の乏しい中小のレーベルにダメージを与え、ブルーノート・レーベルも66年、遂に業界大手リバティ・レーベルに売却、吸収される事になります。
時代の転換期もありましたが、大ヒットを産み出したばかりに本末転倒よろしく、レーベル倒産と言う残念な結末を迎えたのです。

不幸中の幸いは売却先のリバティーに於いて、旧経営陣がそのまま残ることを認められ、それまで通りのスタッフでブルーノートを運営して行く事が可能になった事です。
しかし心臓に不安を抱えるライオンはこの時潔く引退を決意し、67年同社を去る事になりましたが、周囲にとっては足元から鳥が立つ出来事であったと思います。レーベルの発足者で中心人物がいきなり抜けてしまったのですから。

残された相方のウルフは、ピアニスト、アレンジャーのデューク・ピアソンと共に経営を続け、アルバム制作を継続して行きます。しかしウルフもまた長年の苦労によって体力的な衰えを示し71年3月病に倒れた後、手術後の心臓発作により亡くなってしまいます。
レコード会社経営は経済力のほか精神力、体力、寿命をも消耗させる過酷なビジネスなのでしょう、ジャズに対する情熱や愛情を持ち続けたとしても継続には問題が待ち構えています。

二人の創設者が去った後も、残された人々によってブルーノートの経営は続けられましたが、79年ついにその活動を停止してしまいます。
85年には新生ブルーノートとして再開し今に至りますが、現在のレーベル社長ドン・ウォズは、ライオンとウルフがレーベル設立時に書いたマニフェストを守って運営していると語っています。
初代の音楽的理念、作品制作への情熱やジャズに対する愛情が受け継がれている事を望んで止みません。

昨年3月ブルーノート・レーベルを題材とした映画『ザ・ブルーノート・ストーリー』を観に行き、ストーリーの詳細を確認するために結局、映画館に2度足を運びました。
ライオンとウルフのジャズに対する真摯な態度や言動、レーベル発足から発展に至る社史、ゆかりのミュージシャンやエンジニア、評論家たちの証言、史実を伝えるべく再現フィルムの如きアニメーションを交えて上映していました。
映画ではレーベル終焉に関する話にはさほど時間を割いておらず、今回調べてここに書き記して行った事柄により、自分の中で映画のストーリーが完結したように感じました。

アルフレッド・ライオン、フランシス・ウルフ

それでは収録曲に触れて行きましょう。
1曲目表題曲ザ・サイドワインダーは米国西部に生息するガラガラヘビの名前と同じですが、モーガンがTVで見た悪漢から名付けられたと言われています。

ボブ・クランショウが奏でる印象的なベース・パターンから始まります。指が弦を弾く摩擦音もリアルに収録された録音、続くピアノとドラムが繰り出すリズムもバランス良くクリアーに聴こえ、臨場感が伴うのはエンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーの常です。
リズム隊による1コーラスのイントロが奏でられ、トランペットとテナーサックスのよるテーマ奏になります。両者の1オクターヴ違いの音域から成るアンサンブルはモダンジャズ黄金の響き、互いに無い音の成分を補いつつ結果重厚さを響かせます。特にモーガンのブライトな音色とジョーヘンのダークなトーンは、ブレンド感抜群です。

ユニークなメロディラインを有するこのナンバー、リズミックな要素も十分に持ち合わせ、ブレーク部分が効果的なアクセントとなり進行しますが、潜在するダンサブルなテイストがオーディエンスにアピールしたように感じます。
メロディ部分では2管のユニゾン、リズミックなパートではハーモニーを演奏する対比もメリハリを感じさせます。

ソロの先発は作者自身、軽やかでスピード感溢れるフレージングは、僅か19歳で華麗なソロを聴かせた57年コルトレーンの作品『ブルー・トレイン』から、より遊びや唄心を感じさせるスタイルに変化しています。

続くジョーヘンのソロはあまりにもナチュラルなプレイなので、スムーズに耳に入り込みますが、隅々まで配慮の成された完璧と言って良い構成のストーリー、しかもジャズの伝統と自身の個性が絶妙に合わさり、トリッキーでチャレンジャブルな要素も織り込んだ申し分の無い表現に徹しています。
私の憧れのテナーマン、本領発揮の巻であります。

ハリスの朴訥とした打鍵振りには、よく聴かないと聴き逃してしまいそうな、ハッとさせられる瞬間が随所に設けられており、脱力感が半端ないピアニストです。ソロの後半に管楽器によるバックリフが効果的にプレイされています。

クランショウは安定感に満ちた、暖かさを感じさせるソロを聴かせます。人柄も大変大らかだったと聴いています。様々なスタイルのミュージシャンと共演出来る柔軟性、更にはソニー・ロリンズのバンドを長年勤め上げる事が出来る、高い芸術性を持ち合わせています。

ベースソロ後徐にパターンに戻り、ラストテーマへ。エンディングはリズム隊だけでヴァンプを繰り返して次第にフェードアウトです。

ボブ・クランショウ

2曲目トーテム・ポール、エキゾチックなサウンドでイントロが始まります。
1曲目のタイトルが仮にガラガラヘビを意味したのならば、組曲の如く連続して米国北西沿岸の特色を表した事になりますが。
ヒギンズとクランショウが織りなすイーヴン系のリズムがムードを高め、ハリスのバッキングが良い味を出しています。

テーマは2管のハーモニーによるアンサンブルと、交錯するライン、ブレーク、サビでのスイングのリズムがチュッティ部となり、ドラマチックにプレイされる佳曲です。
先発モーガンは前曲以上に曲の持つムードに合致したテイスティなソロを聴かせます。バックのヒギンスはリズムキープが中心ですが、それだけで十分と感じさせるほど的確なシンバルワーク、時たま入るフィルインの無駄の無さも印象的で、クランショウのグイグイと前に行くオントップなベースがその分映えることになります。

続くジョーヘンのソロは様々なフィギュアの音符から成る、豊富なヴァリエーションを有したイマジネーティヴなライン、そしてその連続。絶好調ぶりは前曲から継続しています。

ハリスのソロはセロニアス・モンクのテイストを感じさせるアプローチ、レイドバック感が堪りませんが、快活さが同居するためにスピード感も伴っています。

その後先程とは打って変わってアグレッシヴさを湛えたアプローチで、モーガンが再びソロを取ります。2コーラス存分に吹き捲くった後にラストテーマへ。冒頭のテーマよりもよりエネルギッシュにプレイされ、エンディングのヴァンプではフロントが抑圧しながらソロを取りつつフェイドアウトです。

3曲目ゲイリーズ・ノートブックはユニークなイントロから始まるワルツ・ナンバー、曲のフォームとしてはブルース、複雑なメロディラインを有する2管のハーモニーが魅力的です。
ソロの先発はジョーヘン、テーマでも用いられていた1拍半のビートをリズム隊は更に強調しながらテナーをプッシュし、2コーラス目からワルツへ、ソロは助走態勢から次第に熱を帯び、シンコペーションのラインやシングルタンギング、最低音域を駆使しつつ自由な発想のアドリブを展開します。

トランペットソロも1コーラス目は同様に1拍半を強調し、2コーラス目からワルツへ、ヒギンズのスネアが良きにアクセントなりモーガンを鼓舞します。

ピアノソロでも同じキックが採用されます。ハリスのアプローチはフロント二人よりもオーソドックスな方法論からなりますが、寧ろ対比となり楽曲の表現の幅を広げていると感じます。
ラストテーマ後はイントロ時よりも1拍半を強調したヴァンプが演奏され、フェードアウトです。

バリー・ハリス

4曲目ボーイ、ホワット・ア・ナイトは6拍子のブルース・ナンバー、3拍子と6拍子は基本的に同じグルーヴですがアクセントを変えているので、前曲とは全く異なって聴こえます。クランショウのランニング・ベースが要となり、ヒギンズのスネアが管楽器の伸びている音と休符にカラーリングを施し、ブレークも効果的に用いられています。

1コーラスピアノトリオでイントロがあり、テーマへ。こちらもジョーヘンが先発ソロイストを務めコンパクトに纏めていますが、チャレンジ精神を貫きユニークなアプローチに基づいたアドリブを聴かせます。
続くモーガンはビートに対し、サーフィンをするが如く軽やかに乗っています。
ハリスは右手のラインを中心にプレイ、左手はアクセント的に打鍵し両手ユニゾンも聴かせていますが、バド・パウエルを感じさせる瞬間をいくつか認めることが出来ます。その後はラストテーマへ、エンディングはしっかりとリタルダンドしてFineです。

5曲目ホーカス・ポーカスは魅力的なハードバップ・チューン、モダンさとオシャレ感を伴うので、ネオ・ハードバップと呼んでも良いでしょう。良く練られた曲構成はソロイストに刺激を与えるポテンシャルを内包しています。
先発はジョーヘン、案の定ここでも水を得た魚状態でスインギーなソロを繰り広げます。
レスター・ヤングやチャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズをしっかりと通過してきたテイストを振り撒きながら、流麗にしかし意外性をスパイスとし、テクニカルにもプレイします。
モーガンはブラウニーを横目で見ながら、自分のテイストを発揮すべくイメージを膨らませて、朗々とブロウしています。

ハリスには打って付けのナンバー、本作中最も自然に彼らしさを表出しており、パウエル直系ピアニストを印象付けています。

その後はテーマのモチーフを用いたセカンド・リフとドラムのトレードが行われますが、ヒギンズはこの頃まだフィリー・ジョー・ジョーンズのテイストでソロを行っていました。後年はより深く彼のスタイルが構築されます。

ビリー・ヒギンズ



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