見出し画像

Trident / McCoy Tyner

今回はMcCoy Tynerの1975年録音リーダー作「Trident」を取り上げて見ましょう。

Recorded: February 18-19, 1975 Fantasy Studios, Berkley Producer: Orrin Keepnews Label: Milestone MSP9063
p, harpsichord(on1, 4), celeste(on2, 4)McCoy Tyner b)Ron Carter ds)Elvin Jones
1)Celestial Chant 2)Once I Loved 3)Elvin (Sir) Jones 4)Land of the Lonely 5)Impressions 6)Ruby, My Dear

画像1


多作家のMcCoy60年代はBlue Noteから、そして70年代に入りMilestone Labelから続々とリーダー作をリリースしました。レーベル契約初年度の72年には何と3作も発表しています。その後も年間2作のペースでのレコーディング〜リリースをキープしていました。本作は75年録音ですが前74年は「Sama Layuca」と「Atlantis」をレコーディング、そして翌76年には「Fly with the Wind」をリリース、傑作アルバムを続出していました。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこの事を言うのでしょう。

画像2

画像3

画像4


この3作はいずれも比較的大きな編成で演奏されています。「Sama Layuca」はNonet、「Atlantis」はQuintet、「Fly with the Wind」に至っては10人以上の編成のストリングス・セクションや木管楽器が参加した、総勢18名から成るラージ・アンサンブルによるものです。原点に帰ってと言う事でしょう、間に挟まる本作はピアノトリオによる演奏なので自ずとMcCoyのピアノ・プレイにスポットライトが当てられる形になりますが、Elvin Jones, Ron Carterの演奏もたっぷりとフィーチャーされ、文字通りのTrident(三叉)演奏となっています。

本作録音頃のElvinも72年傑作「Elvin Jones Live at the Lighthouse」を皮切りに75年「On the Mountain」「New Agenda」と言った意欲作をリリース、自身のドラミングもJohn Coltraneとの共演で培われたスタイルを邁進させ、音楽の神羅万象を表現するかの如き深淵なグルーヴ、スイング感、他にはあり得ない独自の魅力的なドラムの音色を含め、これらが神がかった次元にまで到達し、更なるディテールの充実化によりダイナミックでありながら繊細さを併せ持つ、雷鳴が轟くようなフォルテシモから耳元で小鳥が囁くかのようなピアニシモまで、実はジャズ史上誰も成し得なかった音楽表現で最も重要な音量コントロールの完璧さを身に付け、真に音楽的なドラマーとして君臨、脂の乗っていた時期に該当します。

画像5

画像6

Ron Carterは60年代Miles Davis Quintetで研鑽を重ね、次第に数多くのセッションに参加するようになります。70年代中頃からCTI Labelと契約し自己のリーダー作をリリースするようになりました。都会的でオシャレなサウンドを提供する事を信条とするCTIのプロデューサーCreed Taylorは、彼のプレイのメロディアスな部分を表出させるべく73年「All Blues」75年「Spanish Blue」を制作、彼の魅力を発揮させる事に成功しました。

画像7

画像8

それでは演奏について触れて行きましょう。1曲目McCoyのオリジナルCelestial Chant、こちらは「天界の曲」とでも訳したら良いのでしょうか、ハープシコードでイントロが演奏されますが、この楽器の持つ音色からか、いきなり厳かで崇高な雰囲気が漂います。McCoyがハープシコードを弾いた録音は恐らくこちらが初めてになり、因みに後年シンセサイザーを演奏した作品もありますが、70年台以降多くのピアニストが弾いたFender Rhodesを演奏した例は僕の知る限りありません。テーマが始まるやいなやElvinがバスドラムを駆使したマレットでの3連符のリズムを繰り出しますが、何という重厚で素晴らしいリズムでしょうか!どこか中国の音楽を感じさせるシンプルなメロディ、McCoyが左手での対旋律を弾かずに、サウンドが薄くなった途端にElvinが楽曲のカラーリングをすべく4拍目を中心にした弱拍に、タムで強烈なアクセントを叩き始めますが、アドリブ中にこのアクセントが再度出る事は無く、このやり取りにも音楽的に深いものを感じます。その後McCoyが演奏を止めベースがメロディを引き続き演奏し、再登場の際にはメロディ奏をピアノで行いますが流石の強力なピアノタッチ、メチャメチャごっついです!ベースは延々とメロディ=ベースパターンを奏で、McCoyはペンタトニック系の4度の超速弾きフレーズを繰り出しつつソロが展開します。時折テーマのメロディを演奏する時にElvinはバスドラムでシンコペーションをユニゾンしています。決して出しゃばらずに、しかし出すところは出すスタンスで的確にサポート、全体を俯瞰しながら音楽を作っていくアーティスティックな姿勢をElvinの演奏から再認識しました。Ronのベースソロにも普段の彼以上のクリエイティブさを感じつつラストテーマへ、ベースソロ後のメロディ奏に再びElvinが4拍目にアクセントを挿入、ラストテーマにもハープシコードが用いられ、次第に収束に向かいます。シンプルなメロディ、ワンコードのテーマとアドリブ構造から成る楽曲の最小限のパーツを手を替え品を替え、巧みに再構築し、最大限に効果を生み出している、Tridentならではの演奏だと思います。ハープシコードの音色が暗めに響いているのは、ピアノよりも若干チューニングが低い事に由来しているのでしょう。
2曲目はAntonio Carlos Jobimが書いた名曲Once I Loved、ボサノバのリズムでしっとりと演奏される機会の多い、美しいメロディを有したナンバーですが、ここではとんでも無い事になっています!冒頭ベースとドラムのリズム・パターンの上でMcCoyはチェレスタを弾いていますが、こちらも初使用だと思われます。この楽器のお披露目的なソロの後、少し間を置きベースのフィルイン、そしてピアノによるテーマが始まります。それにしてもElvinが繰り出すボサノバのリズムの躍動感の素晴らしさ!身がぎゅっと詰まった音符がプリプリと粒立ち、はち切れんばかりのビートを繰り出しています。そして続くMcCoyのソロ!ピアノのSheets of Soundとも表現できるでしょう、拍に対して特に譜割りを意識せず音符を徹底的に詰め込む、50年代Coltrane的なアプローチと言えるかも知れません。コード進行は原曲そのままですがモーダルな解釈を行い4thインターバルの和音、ラインを駆使してまるで異なった曲に仕立てていますが、あまりの変貌、猛烈ぶりに作曲者Jobimが怒り出しそうと、要らぬ心配をしてしまいます(笑)。当然物凄いテクニックが必要になりますが難なく演奏しており、それよりもハープシコードやチェレスタはピアノよりも弱音楽器、楽器自体の構造もずっと華奢なはずです。McCoyの打楽器奏者的強力なタッチで鍵盤や楽器本体が壊れてしまうのではないかと、こちらも要らぬ心配をしてしまいます(爆)。全体的にピアノソロのアグレッシブさに比べてドラム、ベースのアプローチはピアノソロを引き立てるべく比較的シンプルですが、例えば2’12″辺りからのバンプではElvinのマーベラスで難易度の超高いフィルインが聴かれ、これにRonがぴったりと着けています。後にも出てくるバンプでは更に野獣化しています!ピアノソロ最終コーラスに至っては左右の手で全く異なるラインの応酬!物凄いテンションです!ラストテーマ後にチェレスタが再登場しますが、まだ鍵盤は壊れてはいなかったようで(笑)、クロージングに相応しく、総じて歴史的名演の誕生です(祝)
3曲目McCoyのオリジナルElvin (Sir) Jones 、Coltrane Quartetからの盟友Elvinその人に捧げられたナンバー、Sirの称号を付与したくなるのも当然な演奏家です!Elvin得意のラテン系のリズムから始まり、アドリブに入り直ぐにスイング・ビートに変わります。ピアノのソロではありますが、ツワモノたちの三つ巴による音の洪水、Heavy Sounds、McCoy絶好調です!煽るElvin、Ronのサポートがあってこそですが、まるで重装備の装甲車が軽やかなステップを踏んでいるかの如く、あり得ない状態です!ピアノソロがピークを迎えそのままドラムソロに突入、ベースは急には停まれないとばかりに未だ弾いています!そしてElvinのソロ、どこを切っても金太郎飴状態、彼のいつものフレーズそのものですが、どうしてこんなにフレッシュに、クリエイティブに耳に響き、感銘を受けるのでしょう!その後ラストテーマを迎え、装甲車に更なる音の重装備を施し大団円です!ここまでがレコードのSide Aになります。
4曲目Land of the Lonely、ここではイントロでチェレスタとハープシコードを同時演奏し、異なったテイストを加味しています。ドラムとベースによるワルツのイントロが始まりますが、Elvinのドラミングはここでも説得力に満ちており、リズムを刻んでいるだけでワクワクしてしまいます!その後ピアノを用いたテーマが始まりますが、McCoyはピアニスト、即興演奏家としてはもちろん、作曲の才能にもずば抜けたものを持っており、この曲も哀愁のメロディに優しさと癒しを見出すことができる佳曲です。三位一体の演奏ですが、Coltraneもよくワルツを演奏していて、サウンド、グルーブからここにColtraneのサックスが聴こえてきてもおかしくない、三位一体プラス・ワンとイメージしてしまいました。アウトロにもチェレスタとハープシコードを用いて締めくくっています。
5曲目はColtraneのImpressions、前曲でColtrane Quartetを感じさせてからの流れがとても自然です。いや〜当たり前ですが物凄い演奏です!彼らにとって演奏し慣れたレパートリー(McCoyとElvinは Coltrane Quartetで、RonはMiles Quintetにてコード進行が同じSo Whatで)、余裕と風格が漂い、こちらは3人による横綱相撲の様相を呈しています。特にドラムとベースのコンビネーションが申し分ありません!ピアノソロ後はドラムソロになるのかと思いきや、ベースをフィーチャー、Ronは良く伸びる音色でリズム・モジュレーションを多用したソロを聴かせています。エンディングは比較的あっさり目(彼らにとっては、ですが)に終えています。
6曲目Thelonious Monk作の名曲Ruby, My Dear、これまで演奏してきた曲の延長線上にあるので、しっとりとした、いわゆるバラードとは一線を画します。McCoyの力強いタッチでElvinのブラシワーク、バスドラムも時折ハードに叩いていますが必然さが先立ち、ラウドさは全く感じさせません、と言うかElvinのブラシはスティック以上にダイナミクスの振れ幅が大きいと感じます。ここでも、いつもよりも饒舌なベースのソロを挟みラストテーマを迎えます。ジャズ史上に残るピアノトリオの傑作、このエピローグに相応しいテイクに仕上がりました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?