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M / John Abercrombie Quartet

今回はギタリストJohn Abercrombieの80年リーダー作「M」を取り上げてみましょう。彼の率いた最初のカルテットの第3作目になります。

Recorded November 1980 Tonstudio Bauer, Ludwigsburg Engineer: Martin Wieland Produced by Manfred Eicher An ECM Production
g)John Abercrombie p)Richie Beirach b)George Mraz ds)Peter Donald
1)Boat Song 2)M 3)What Are the Rules 4)Flashback 5)To Be 6)Veils 7)Pebbles

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John Abercrombieは44年12月ニューヨーク州生まれ、少し生い立ちに触れてみましょう。多くの米国の子供がそうであるように彼もRock & Rollを聴いて育ちました。アイドルだったChuck Berry, Elvis Presley, Fats Domino, Bill Haley and the Cometsの音楽性が、その後の彼の演奏に何らかの形で反映されているかも知れない、あまりにも彼の演奏する音楽と違い過ぎるだけに、その事を想像するのもちょっと楽しいです。10歳からギターレッスンを受け、早熟な彼は最初のジャズギタリストとしてのアイドルだったBarney Kesselの演奏について、当時習っていた先生に彼は何を弾いているのか教えて欲しいと質問したそうです。栴檀は双葉より芳し、こちらの話もKesselがAbercrombieの演奏スタイルにどう影響を与えたのか、プレイを注意深く聴くきっかけにもなります。高校卒業後はBerklee College of Musicに入学、そこでSonny Rollinsの作品「The Bridge」のJim Hall、Wes Montgomeryには作品「The Wes Montgomery Trio」「Boss Guitar」で感銘を受け、George BensonやPat Martinoの演奏からもインスピレーションを授かりました。この辺りの流れはコンテンポラリー系ジャズギタリストを志す者としては、至極自然な成り行きでしょう。Berkleeを卒業後NYCに進出、セッションマンとして知られる存在になり、Brecker Brothersが在籍していたバンドDreamsや同じくBilly Cobhamのグループに参加、そして74年に記念すべき初リーダー作「Timeless」をJan Hammer, Jack DeJohnetteらとトリオでECMにレコーディングしました。以降もECM〜プロデューサーManfred Eicherとの関係は続き、双頭アルバムを含め30作近くをレコーディングしました。

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その後Abercrombieは自身の初めてのリーダー・カルテットであるJohn Abercrombie Quartetを立ち上げ、活動を開始します。名門ECMレーベルに同じメンバーで78年「Arcade」、79年「Abercrombie Quartet」、80年本作「M」と毎年1作づつレコーディングし計3作をリリースしました。永らく3枚はCD化されていませんでしたが、2015年に全作収録の3枚組Box Set「The First Quartet」でリリースされました。
第1作目Arcade

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第2作目Abercrombie Quartet

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The First Quartet いかにもECMらしい簡潔にしてセンス溢れるジャケットです

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ピアノRichie Beirach、ベースGeorge Mraz、ドラムPeter Donald、リーダーAbercrombie含めた4人は同世代でしかも全員Berklee同期出身、高度な演奏テクニック、巧みなインタープレイ、ロジカルな音楽性は同窓生のなせる技でもあります。おそらくBerklee在学中に既にバンドとしての形態が芽生えていた事でしょう。気心の知れたメンバーでバンドを組みたくなるのは当然ですし、ましてや初めてのリーダーカルテットならば事は尚更です。同一メンバーで演奏を継続させアルバムをリリースし続けるのは、オーディエンスにとってバンドの進化を目の当たりにする事が出来る至上の喜びでもあります。1作目「Arcade」ではバンド結成の初々しさと今後の展開に対する期待感、2作目「 Abercrombie Quartet」はギグの数もこなし、ミュージシャン同士互いを在学中よりもプロフェッショナルとしてずっと良く知る事になり、バンドサウンドが円熟味を増します。3作目「M」では更なる円熟と同時に、共同作業を継続的に行ってきた芸術家たちならではの緻密なインタープレイ、「行き着くところまで行った」プレイはバンドの崩壊をも予感させるレベル、実際に本作を最後にこの4人が会する事はありませんでした。
左からMraz, Abercrombie, Beirach, Donald、皆さん良い顔しています。

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それでは演奏に触れて行きたいと思います。収録7曲中Abercrombie、Beirachが3曲づつ、Mrazが1曲とオリジナルを持ち寄っています。耳に心地良く、口ずさめるメロディラインやメロウなコード感、キャッチーなリズムのキメ、スタンダード・ナンバーやハードバップ的なテイストからは全く程遠い位置に存在する楽曲ばかりですが、メンバー4人には実はポップな楽曲なのかも知れません。楽しげに演奏している様が音からひしひしと伝わって来ますから。ポップの定義も人や状況により変わって来るのでしょう。1曲目AbercrombieのBoat Song、エフェクトを施したギターによるユニークなイントロ、良さげなムードを設定しています。オーバーダビングによるアコースティックギターやピアノが加わり、ピアノが中心になったパターンからテンポが設定されベース、ドラムが加わります。グルーヴとしてはいわゆるECM Bossa、Even 8thのリズムにより全く自然にギターソロへ、パターンをモチーフにしつつ浮遊感溢れるサウンドを聴かせます。ピアノソロでもパターンのモチーフ使用テイストが継続されますが、Beirachの方のリズム感がよりタイトなのと、ピアノタッチの明晰さから、より明確なメッセージが発せられています。この二人の対照的なアプローチが、このカルテットの一つの個性であると思います。その後テーマを経てアウトロは冒頭のエフェクトが再演されます。
2曲目MはこちらもAbercrombieの作曲、シンコペーションが印象的なイントロからギターのメロディが始まります。ピアノのフィルインも絶妙、さすが表題曲に相応しいカッコいいナンバーです。ギターの音色も素晴らしい!テーマ後リーダー入魂のソロにバンド一丸となって盛り上がります。ドラムはスイング・ビートを刻みますが、ソロを取るが如きラインからwalkingまで一貫して不定形なMrazのアプローチがこの演奏の要になっています。Beirachは打鍵した音ひとつひとつの響きを確認するかのような、スペースを生かした助走からスタート、その合間を縫うMrazのベースが光ります。それにしてもBeirachの演奏の見事なこと!複雑なアドリブラインは高度なテンションを用い、更に左手の意外性溢れる低音やコードとが衝突したクラスターは全く独自のサウンドに変化、これらに素晴らしいタイム感とタッチの美しさが合わさりますが、何処かほのぼのとした彼流のメロディアスな歌い回しが全体を包み込み、インプロビゼーションを構築する理詰めの手法ながら、決してメカニカルな表現に陥らず、ヒューマンな、個人的にはロマンチックさがいつも漂うBeirachワールドに敬服してしまいます。続くベースソロにも力強さの中にクラシックを学んだテクニックに裏付けされた見事なピチカートから、ストイックさと美学とスマートさを感じますが、サポートするドラミングの巧みさにも二人の親密なパートナーシップを見い出す事が出来ます。その後ギターとピアノが同時進行でソロを取り、ラストテーマに向かい、エンディングではイントロのパターンが繰り返されますが、この辺りでバンドの真骨頂を垣間見ることが出来ます。ここでのコレクティブ・インプロビゼーションはレギュラーバンドでしか成し得ない世界ではないでしょうか。
3曲目はBeirachのWhat Are the Rules、彼はこのQuartet3部作いずれにも3曲づつオリジナルを提供しています。冒頭全員でルパートでの、不安感を煽るかの如き、フリージャズの様を呈する演奏、研ぎ澄まされた空間に自由な発想で音が投げ掛けられますが、全てに意思が反映されているためにサウンドしています。Beirachの怪しげなモチーフが発端となりテンポが設定され、ベース、ドラムが合わさります。一体どこまで決められている演奏なのか、全くの即興なのか、最低限の取り決めだけが成されている程度なのかも知れません。ギターからも異なるモチーフの提案があり、メンバー追従し始めます。ピークを迎えたところでピアノに主導権が移行され、新たな展開に入ります。ドラムの対話形式で進行しつつ、ギターとベースが加わり、再びルパートへ、ピアノのアウフタクトがきっかけとなりメチャクチャ高度で難解、でもヒップなアンサンブルが聴かれます!えっ?これでこの曲オシマイですか?そうなんです、テーマ〜ソロ〜テーマのルーティーンに飽きてしまった4人が考え出した演奏形態なのです!

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4曲目FlashbackもBeirachのナンバー、イントロはピアノとギターのDuoで怪しげな空間を設定、ピアノのグリッサンドからベースパターンに入り、ドラムが加わります。ギターが中心となった短いテーマ後、ピアノソロが始まります。ここでもRichieは打鍵した音の響き具合の確認を怠りません!スペーシーな語り口は共演者に伴奏の機会を供給するのです。Mrazのベースパターンの発展、展開のさせ方も素晴らしく、インスパイアされたピアノソロは細かいモチーフを巧みに変化させて物語を叙述、次第に物凄いことになっていきます!メンバーとの信じられないレベルでのインタープレイには開いた口が塞がりません!Beirachの演奏には喋り過ぎがなく、どんなに盛り上がっていても必ず共演者が入れる隙間を用意しているのは、常に音楽的に招き入れる事を念頭に置いているからだと思います。続いてのギターソロ、ベースがしばし残りますが程なくドラムとDuoの世界に突入です!浮遊感満載の変態ハイパーフレーズの連続、多くのフォロワーを生むに相応しいギタリスト益荒男ぶりです!Donaldのドラムも懸命に煽ります!素晴らしいコンビネーション、一体感、Abercrombieが比較的リズムのonでタイムを取るのに対し、Donaldはポリリズム的にアプローチしているため、変化に富んで聴こえます。待ちかねていたかのようにピアノとベースが加わり更なる高みに邁進!脇目も振らずにピークを迎え丁度良いところでテーマが登場、Fineです!いや〜凄い演奏でした!本テイクはレコーディングを意識したコンパクトなサイズでの演奏にまとめられていますが、ライブでは時間制限がないのでさぞかし盛り上がったことだと思います。聴いてみたかった!!
5曲目AbercrombieのTo Be、Abercrombieはアコースティック・ギターに持ち替えてのプレイ、美しいバラードです。ドラムはブラシを用いずスティックでリズム・キープ、カラーリングを行っています。ギター、ピアノ、ベースと短くソロが行われますが、全体を通してベースの伴奏のアプローチがこの演奏のポイントになっています。アコギでのプレイはエレクトリックよりも音のエッジが立つため、より明確なメッセージが表出します。ピアノの伴奏での、テンポのある曲とは異なった耽美的なアプローチ、同じくソロの鬼気迫るまでに集中力を感じる音楽への入り込み方、美しい音色のピチカートによるベースソロのイメージ豊かな世界、スティックによる伴奏はこれらのソロをバックアップするための必然であったようです。
6曲目はBeirach作のVeils、Beirachの独創的なソロピアノから始まります。この人は何と美しくピアノを鳴らすのでしょう!つくづく聴き惚れてしまいます。レコーディング・スタジオ内ではBeirachのキュー出しに注意が注がれた事でしょう、いきなりインテンポでギターとピアノのユニゾンによる曲のテーマが始まります。ヘビーなグルーブのワルツ・ナンバー、3拍4連を多用した旋律とダイナミクスはやはり一筋縄では行かない構成に仕上がっています。曲中ソロを取るのはAbercrombieのみ、曲想に合致しつつ、共演者の鼓舞も交えながら美しくも危ない世界を独断場で展開します。もっともBeirachはイントロでしっかりと世界を構築済みでしたが。
7曲目はMrazのナンバーPebbles、3部作初登場の彼のナンバーです。8分の12拍子のリズムパターンを淡々とピアノが刻み、その上でギターが浮遊します。どこからどこまでがテーマでメロディなのかは分かりません。ドラムも加わりリズムを刻みますが、ベースは大きくビートを提示する役目、ユニークな曲です。ピアノソロ時にはパターンが希薄になる分、ベースとの絡み具合が面白いです。この曲想はMrazが生まれたCzech Republicの風土に起因するのでしょうか、いずれにせよ作品のクロージングに相応しく、to be continued感が出せていると思います。


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