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Head Hunters / Herbie Hancock

今回はHerbie Hancockの1973年録音作品「Head Hunters」を取り上げたいと思います。彼の最初の大ヒット作、キャッチーにして高度な音楽的内容を讃えた傑作です。

Recorded: September 1973
Studio: Wally Heider Studios Different Fur Trading Co. San Francisco, California
Recording Engineer: Fred Catero, Jeremy Zatkin
Label: Columbia
Producer: Herbie Hancock, David Rubinson

key)Herbie Hancock   ts, ss)Bennie Maupin   b)Paul Jackson   ds)Harvey Mason   perc)Bill Summers

1)Chameleon   2)Watermelon Man   3)Sly   4)Vein Melter

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膨大な数の作品を発表しているHancock、本作は彼の12作目のリーダー作に該当しますが最初の大ヒットを遂げ、Billboard top 200の13位まで登り詰めました。ジャズファンのみならずロックやR&Bファンにも熱狂的に支持され、以降の彼の音楽的方向性の一つを決定付けました。初リーダー作62年5月録音「Takin’ Off」でBlue Note Labelから華々しくデビュー、収録曲Watermelon Manがヒットしました。
ジャズロックがシーンに流布し始めた時流に上手く乗り、Mongo Santamaria楽団レパートリーにも取り上げられ、以降ヒット街道を突き進むことになりますが、著作権による印税収入が彼の自伝「Possibilities」にて事細かに書かれています。当時New Yorkで共同生活をしていたDonald Byrdのサジェスチョンにより、自作曲の著作権をレーベルに預けず、自己のものにして管理した事が功を奏しました。
他にもジャズファンの心をくすぐる逸話が満載で、それこそWatermelon Manのメロディは、スイカを売り歩く行商人の掛け声「スイカはいらんかね〜」が元になったと言われていましたが、実は逆にスイカ売りに声を掛け、呼び止める女性の声「ヘ〜イ、スイカ屋さ〜ん」と知り、この曲に対するイメージが変わりました。
またEric Dolphyの64年6月Berlinでの客死の真相については、大きな驚きがあります。
Takin’ Off / Herbie Hancock

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Possibilities / Herbie Hancock

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以降アメリカンドリーム、サクセスストーリーをまさに絵に描いたようなHancockのミュージックライフですが、いずれの作品も単なるヒットだけではない、高い音楽性に裏付けされた内容が魅力で、「作品を制作するならばオーディエンスが心から楽しめ、そしてアルバムの購買意欲にアピールする中身を伴わせよう」という強い意志を感じます。
ハリウッド映画の如きエンターテイメント性を踏まえ、時代が求めるムーブメントを見極める力、尚且つ自分のやりたい音楽に聴衆を巻き込む吸引力を伴わせる先見性、その結果彼自身がジャズシーンや時代性を作り上げたと言って過言ではありません、しかも楽しみながら、ワクワクしながら!
彼に会って話をした事はありませんが、彼の身のこなし、表情や話し振りから大変フレンドリーな人物とイメージしています。溢れんばかりの才能の持ち主ですが、誰にも愛される人柄、そして真摯に音楽に立ち向かう努力家の側面が成功へと導いたと思います。
Herbie Hancock

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それでは本作に至るまでの作品群に触れ、大ヒットに至るまでのプロセスを紐解いてみる事にしましょう。
63年3月録音の第2作目「My Point of View」は初リーダー作と同様に未だ確固たる音楽性を確立していなかったHerbieをバックアップすべく、Donald Byrd, Hank Mobley, Grachan Moncur Ⅲ, Grant GreenらBlue Note Labelご用達All Starsを配した、同様なジャズロックのコンセプトを掲げています。
メンバー中、以降頻繁に顔合わせをする当時未だ17歳(!)の盟友Tony Williamsの参加にHancockの采配を感じます。
My Point of View / Herbie Hancock

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この作品直後の同年4月Miles Davis Quintetに入団、Tony Williamsそして Ron Carter, George Colemanらと名盤「Seven Steps to Heaven」をレコーディングします。
以降Miles Magicにより飛躍的にHerbieの音楽性が成長し、彼の音楽性を決定付ける事になりました。
Seven Steps to Heaven / Miles Davis

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63年8月録音リーダー第3作目「Inventions & Dimensions」録音の頃は前述のキューバ出身パーカッション奏者Mongo SantamariaがカバーしたWatermelon Manがヒットし、Billboard Hot 100で10位、BillboardのR&Bシングル・チャートで8位にランクインされました。
その余波でしょうか、ラテン・パーカッションの名手Willie Boboとのコラボレーション作品制作となりました。いわゆる過渡期を感じさせる内容ですが、既にMilesとの共演で培った音楽性を表出させています。
Inventions & Dimensions / Herbie Hancock

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64年6月録音第4作目「Empyrean Isles」では遂にHancockの音楽性が明確に提示されました。
Freddie Hubbard, Ron Carter, Tony Williamsを擁したカルテットでの演奏、そして魅力的かつ高度な音楽性を湛えたオリジナル曲の表出、間違いなく以降の彼のアルバム制作の原点と言えるでしょう。
収録曲One Finger Snapのあり得ないほどのフレッシュさ、スピード感、カッコ良さ!
Watermelon Manのマイナー調バージョンと言えるCantaloupe Island、このタイトルもマスクメロンの島という事で、Hancock流のシャレでしょうか(笑)?以降の彼の重要なレパートリーの1曲となりました。
Empyrean Isles / Herbie Hancock

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第5作目65年3月録音、彼の代表作である「Maiden Voyage」は前作「Empyrean Isles」にMiles Band共演者のGeorge Colemanを加えたクインテット編成、作曲の才能も一層冴え渡り、名曲のヒットパレードと相成りました。
表題曲のほかThe Eye of the Hurricane, Survival of the Fittest, Dolphin Danceと海洋にまつわる楽曲を配した初めてのコンセプト作品、メンバーの秀逸なプレイも相俟って、ジャズプレーヤーとしての彼の一つの頂点として、またモダンジャズのエバーグリーンとしても君臨する作品であります。
Maiden Voyage / Herbie Hancock

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Miles Quintetや様々なバンド、セッションで引くて数多であったHancock、それまでの作品ではフロント楽器がメロディを奏で、その後ろでバッキングを行うサポートが主体だった彼が、68年3月録音第6作目「Speak Like a Child」では自ら前面に立ちオリジナル曲のメロディを弾き、バックにホーンのアンサンブルを従え朗々と演奏します。
そのホーン・セクションの構成楽器がまたユニークです。フリューゲルホルン、バストロンボーン、アルトフルート、この3管編成が奏でる柔らかくも深いサウンド、アンサンブル、ハーモニーは通常のホーン・セクションとは異なり、ピアノ演奏を邪魔せずブレンドし、むしろ消されがちな倍音域を持ち上げ、ただでさえ美しいHancockのプレイを一層ゴージャスに彩ります。
楽曲のチョイスを含むアレンジャーとしての成熟ぶりも感じさせます。収録曲Riot, The SorcererはMilesの元で既に録音されていますが、ここではまた別次元の演奏を繰り広げ、本作のために書き下ろした表題曲Speak Like a Child, Toys, Goodbye to Childhoodではコンポーザーとしての存在感も見事に表し、演奏、アレンジ、作曲がバランス良く三位一体と化しています。こちらも次なる頂点を極めました。
Speak Like a Child / Herbie Hancock

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69年4月録音第7作目「The Prisoner」ではユニークな管楽器編成がバージョンアップし、フリューゲルホルン、トロンボーン、バストロンボーン、フルート、アルトフルート、バスクラリネットの6管編成は通常では考えられない構成によるユニークなサウンド、当時Hancockが研究していたGil Evans, Stravinsky, Ravelからの影響が顕著です。
68年5月録音のMiles作品「Miles in the Sky」から既にFender Rhodesを弾き始めましたが、リーダー作では初めてになります。ここでは芸術的で崇高な音楽美を存分に表現していますが、同時にそれまでの作品に比べて難解さの表出は否めません。
Miles Davis / Miles in the Sky

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ジャズ的なスパイスが在りつつ耳には心地良く入り、キャッチーで口ずさみたくなるメロディラインを湛え、辿りたくなるような魅惑的なリズムのキメを有するHancockのオリジナルは、聴衆に確実にアピールするテイストを持っていますが、残念ながらここではいつもより希薄です。
ジャズミュージシャンに限らず芸術家は自身が探求する対象を掘り下げれば掘り下げる程、孤高の世界に入りがちです。本作で聴かれる内容はむしろ「音楽的に行き着くところまで行ってしまった」ミュージシャンの表現の発露です。
The Prisoner / Herbie Hancock

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69年10月〜12月録音第8作目「Fat Albert Rotunda」は長年在籍していたBlue Noteを離れWarner Bros.レーベルからのリリース、米国子供向けテレビ番組のサウンドトラックになります。
参加メンバーは前作を踏襲し、曲によってはスタジオミュージシャンを増員して対応しています。
アニメ番組のための音楽ゆえ明るくキャッチーな作風の曲目ばかりですが、緻密にして良く練られたアレンジ、曲構成が光り、オーディエンス側に立ったかの如く、前作の反省を踏まえたとも言える作風で「Head Hunters」に繋がるプロダクションを感じます。
収録曲Tell Me a Bedtime Storyは名曲ですがQuincy Jones 78年作品「Sounds…and Stuff Like That!!」で取り上げられ、Hancockのソロを採譜しストリングス・セクションが演奏するアレンジには感動しました。
Fat Albert Rotunda / Herbie Hancock

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Sounds…and Stuff Like That!! / Quincy Jones

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71年1月録音第9作目「Mwandishi」ではレギュラーバンドを組織しました。
メンバー全員にスワヒリ語の名前を付け、エスニック色の強いモーダルな演奏を行いましたが、当時のMilesのアルバム「Bitches Brew」「On the Corner」からの影響を感じさせます。全体を覆うおどろおどろしさの中にも実験的な要素を感じさせ、次なるステップ、飛躍の予感を匂わせます。
Mwandishi / Herbie Hancock

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第10作目72年2月録音「Crossings」は前作のレギュラーバンドと同一メンバーによる作品、バンドとしての更なる一体感を感じさせます。
Crossings / Herbie Hancock

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前作を最後にWarner Bros.を離れ、以降長い付き合いになるColumbia Labelに移籍します。
72年後期録音第11作目「Sextant」は3作連続でMwandishi Bandでの演奏、そしてこのバンドの最終作になります。自伝にもこのバンド活動での思い出や逸話が数多くあり、彼自身かなり思い入れがあったのでしょう。
芳醇にして緻密、微に入り細に入りアレンジが施され、シンセサイザー演奏、楽器操作やプログラミングに凝り始めた時期でもあるので、様々に実験的な試みが行われていますが、ファンクの要素は未だ皆無です。
アルバムジャケットにも表されていますが、メンバーのルーツであるAfricaのリズム・テイストが基本になっています。
リーダー自身のソロ、バンドアンサンブルもある種極まったものがあり、大変素晴らしいと思うのですが、どうでしょう、些かマニアックな方向性を感じます。Hancockのやりたい音楽的方向性は確実に表出しているのでしょうが、多くのオーディエンスに受け入れられるかどうかは別問題です。
Sextant / Herbie Hancock

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ミュージシャンとしての表現の発露とポピュラリティーの両立は究極の問題です。Hancockはこの事に対する明確な答えを導き出してくれました。それが今回取り上げたリーダー第12作目にあたる「Head Hunters」です。
1曲目Chameleonはワウを施したシンセサイザーが印象的なベースラインを演奏し始めます。ギターのカッティングと思しきサウンドは恐らくPaul Jacksonのエレクトリックベースによるもの。Harvey Masonのタイトにしてヒューマン、心地良いファンクのグルーヴを聴かせるドラミング、Hancockによるクラビネットを用いたキレの良いリズムの刻み、Mwandishi Bandから唯一の留任Bennie Maupinの、他では聴くことの出来ない豊かな倍音を多く含む極太テナーサウンドによるテーマ奏、何と印象的でキャッチーなのでしょうか!ペンタトニック・スケールを基にした誰もが口ずさめるメロディ、複雑なコード進行を排除したワンコードによる曲の流れ、延々と同じモチーフの繰り返しには一切難解さは含まれず、ひたすらダンサブルである事にJames Brownからの影響も感じます。
もう一つのメロディ・モチーフ、テーマ2がほど良きところで登場し、場面が活性化されつつドラムのフィルインが入り、Hancockのソロへとつながります。
この時点で冒頭よりもテンポが幾分早まっているので、クリック〜メトロノームは使用せずに演奏していることが分かります。
延々と、淡々とリピートするパターンの上でHancockは縦横無尽にARP Odysseyシンセサイザーを使いリズミックなソロを展開しますが、物凄いストーリーテラー振りです!Mwandishi Bandとは全く異なる、R&Bやソウルバンドと思しきエンターテインメント性を発揮した、新生Hancockサウンドの誕生です!
Herbie Hancock

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さて、実はこの先からが本題なのです。一度フェルマータで落ち着きますが、すかさずドラムのフィルインに導かれベースが全く違うパターンを弾き始めます。
暫しベースとドラムふたりのグルーヴがあり、シンセサイザー、もしくはパーカッションによる実に細かいシンコペーションを活かした、スリリングなバッキングが入ります。
徐にFender RhodesによるHancockのソロ、全く異なるコード進行を用いてパート2が開始します。
彼のプレイに纏わりつくようにMason, JacksonそしてBill Summersのコンガが実にアクティブにプレイ、次第に熱を帯び始め、時折加わるシンセサイザーがストリングス・セクションのように場に華やかさを加えます。
リズム隊は見事に本領発揮!猛烈なインタープレイの応酬、Hancockの一挙手一投足に全神経を集中しているかの如し、これぞジャズ演奏です!
ではChameleonのダンサブルさは一体何処に行ってしまったのでしょう?
それまでの雰囲気とは全く異なるパートにも関わらず、ナチュラルに耳に入って来るのは、Hancockの音楽的策略以外の何物でもありません!
曲前半部分ではポップさ、キャッチーさという名の羊のぬいぐるみを纏っていましたが、実は中に狼が入っていて、途中からぬいぐるみをかなぐり捨て、ジャズミュージシャンとしての本性を剥き出しにした野獣の演奏に徹しているのです!
その後再びテーマ2が登場、そこからの展開がまた素晴らしい!演奏自体のテンションも鰻登りですが、変拍子を交えたセクションが実にクリエイティブです!
ダンスを踊っている人には厄介な部分でしょうが(笑)
8分の7拍子の変速的なリズムの連続を物ともせず、バンド一丸となってバーニングに次ぐバーニング!その後テーマ2が演奏され、ダ・カーポし冒頭のファンクでMaupinがそれまでを払拭するかのように実に朗々と、キャッチーさを湛えたテキサス・テナー的ブロウを聴かせます。
ファンクビートによるノリ易いシンプルなメロディラインの連続でオーディエンスの心を掴み、心地良い高揚感が続く最中に自分達が本当に演りたいジャズ的要素、バンドのインタープレイをとことん、これでもかと行い、素知らぬ顔でファンクビートに戻る。ファンク〜ジャズ〜ファンクのサンドイッチ状態とは良くぞ発案したものです!
それにしても何と凝った構成でしょうか!この曲、そして演奏があったからこそ、その後のHancockが存在するのです。
Herbie Hancock

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2曲目はWatermelon Man、アレンジはMasonが担当しています。
意表をつくSummersのヒューマンボイスとシンセサイザーによるイントロから重厚なリズム隊がグルーヴを作ります。それらが彼方に向かうかのようにフェードアウトし、メロディが始まります。
旋律自体は幾つかの楽器による分業体制、凝っています。曲自体はWatermelon Manですが、全てがリニューアルされ、既存のアレンジを知っているHancockファンには新たに楽しめる要素満載に仕上げられ、Masonの繰り出すリズム、カラーリングは実に楽曲に相応しくサウンドしています。
Jacksonのベースの素晴らしさは彼が在日中、自分が何度か共演の機会を持てたことで既知でしたが、本作での演奏を改めて聴くとその物凄さを再認識させられます。ビート感とチャレンジャブルなアイデアが尋常ではありません!
Paul Jackson

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3曲目はSly Stoneに捧げられたその名もSly、Hancockが具体的にミュージシャンに捧げて曲を書くことは珍しいと思います。それだけHancock自身も彼の音楽を研究し、尊敬していたのでしょう。
曲自体の構成も大変ユニークでリズミック・アンサンブルやテンポが変わり、ソプラノ・ソロが開始しますがリズム隊とのやり取り、クラビネットの刻みとベースが音符を奏でる位置の絶妙さは特筆モノです。オリジナリティ溢れるMaupinのスタイルには当然ですがWayne ShorterやJoe Hendersonとは全く異なるテイストを聴く事が出来ます。
74年の初リーダー作品「The Jewels in the Lotus」では美しく奥行きのある世界を提示しています。
The Jewels in the Lotus / Bennie Maupin

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Maupinが着火し、更にHancockのソロでリズム隊に火が付きバンドの一体化が有り得ないレベルにまで達していますが、Masonの炸裂ぶりとJacksonのサポートを得てHancockは別次元にワープしそうな勢いです!
その後クールに冒頭のテンポに戻り、無事にFineとなりました。
Harvey Mason

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4曲目ラストを飾るのはVein Melter、マーチング風のリズムが印象的な中にミステリアスなムードを湛えた佳曲、シンセサイザーの用い方に独特さを感じます。Maupinはバスクラリネットに持ち替え、マルチリード奏者ぶりを聴かせます。
レコード発売当時にChameleonが45回転シングル盤でリリースされた際の、B面に収録されました。
淡々と音楽が進行し、最後にバスドラムだけが残り、フェードアウトして行くところに作品のエピローグを感じさせます。

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