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Fuchsia Swing Song / Sam Rivers

今回はテナーサックス奏者Sam Riversの64年録音初リーダー作「Fuchsia Swing Song」を取り上げたいと思います。

1964年12月11日録音 @Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ Recording Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Blue Note Label / BST 84184
ts)Sam Rivers p)Jaki Byard b)Ron Carter ds)Tony Williams
1)Fuchsia Swing Song 2)Downstairs Blues Upstairs 3)Cyclic Episode 4)Luminous Monolith 5)Beatrice 6)Ellipsis

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フリーフォームとインサイドの端境をここでは絶妙なバランス感で渡り歩き独自のアプローチと音色を誇るSam Rivers、13歳から地元BostonでRiversと共演しその音楽性を熟知、寄り添うように煽るように、時につかず離れずのスタンスを図りながら驚異的なレスポンス、タイム感、テクニック、音楽性を遺憾無く発揮する神童Tony Williams、Miles Davis QuintetでTonyと培ったコンビネーションをここでも縦横無尽に発揮しバンドを支えるRon Carter、新旧取り混ぜた幅広いスタイルを網羅、消化しつつも誰でもない確立した個性をバッキング、ソロに存分に聴かせるレジェンドJaki Byard、彼らのプレイによりジャズの伝統を踏まえつつも斬新なテイストが眩いばかりに光るRiversのオリジナル全6曲に、生命が吹き込まれました。60年代を代表するテナーサックス・ワンホーン・カルテットの1枚に挙げられるべき名作だと思います。

1923年生まれのRiversは本作録音時41歳、初リーダー作にしては遅咲きになりますが、その分成熟した演奏スタイルを聴くことが出来るとも言えます。Oklahomaで音楽一家に生まれ育ったRiversは47年にBostonに移住、Boston Conservatoryで音楽の専門教育を受けました。59年から同地在住のTony Williamsと共演を始め、彼の推薦もあって64年Miles Davis Quintetに短期間加入し、同年7月にライブ作「Miles in Tokyo」で演奏を残します。

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アグレッシヴで素晴らしい演奏を繰り広げていますが、当時のMilesにRiversはフリー色が強すぎたのでしょう。日本のオーディエンスにも「謎のテナー怪人現る!」状態だったかも知れません(笑)。数年先の67~8年頃ならばMiles Quintetもフリー色が色濃くなっていたので、Riversの演奏はむしろバンドに歓迎されたかも知れません。有名な話ですが、TonyはRiversのような先鋭的なサックス奏者がフェイバリットであり、彼の前任者であったGeorge Colemanのオーソドックスな演奏があまり好みではなく、Coleman退団時MilesにRiversを紹介した形になります。Tonyの64年初リーダー作「Life Time」、65年「Spring」2作に尊敬するRiversを招いていて、特に「Spring」ではMiles Quintetの新旧テナー奏者顔合わせでWayne Shorterとの2テナーの演奏を聴く事が出来ます。

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RiversはBlue Note Labelから本作を含め計4作をリリースしています。スタンダード集である1作以外は本作同様先鋭的なRiversのオリジナルを演奏しており、一貫したコンセプトを感じます。その1作66年録音の「A New Conception」は相当ユニークなテイストの作品です。When I Fall in Love, That’s All, What a Diff’rence a Day Made等の歌モノを取り上げていますが百歩譲って斬新、超個性的、新たな解釈とも取れなくはありませんが、どうでしょう、残念ながら僕にはスタンダード・ナンバーを素材に挙げる必然性を感じることが難しかったです。この人は自身のオリジナル曲を演奏することが似合うタイプのミュージシャンと再認識しました。

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Blue Note Label以降RiversはImpulseからアルバムをリリース、その後も比較的コンスタントに作品を発表し続けました。70年代に入り、妻のBea(Beatriceの略称)と共にNew YorkのNoHoにジャズロフトであるStudio Rivbeaを運営開始、ジャズ批評家には “The most famous of the lofts”と評され、連日ジャズ演奏のほか多くのアーティスト達による様々なパフォーマンスが繰り広げられました。70年代におけるNYロフトのムーヴメントは、ジャズや芸術全般の発展に多くの貢献を果たしたようです。Rivers自身もここで精力的に音楽活動を展開したことと思います。

ジャズロフトではありませんが、少し遅れて82年にNY, ChelseaにBarry Harrisが設立したJazz Cultural Theatreも、連夜のジャムセッションや定期的にジャズ理論と実技の講座を開き(間も無く卒寿を迎えるHarrisは現在もこういった講座を米国に留まらず全世界で開いています)、ジャズを学ぼうとする者に門戸を開き、87年まで運営していました。伝説的なアルト奏者Clarence Sharpe(C. Sharpe)がホームレスであったためここに住み着き、毎夜ジャムセッションに参加していたのはいかにも当時のNYらしい話です。僕も86年に当所を訪れ、セッションに参加しSharpeと共演しましたが、彼の使用楽器Connから繰り出される素晴らしい音色に魅了され、まさしくCharlie Parker直系のスインギーなフレージングに触れる事ができました。共演後に「New style!, new style!!」と僕の演奏を評してくれたのが印象的、明るい屈託のない方でした(彼の演奏スタイルにしてみれば間違いなく僕の方が新しいですが)。現在のNYでこのような文化に触れることは大変困難になっています。

話がいささか外れてしまいました。演奏曲に触れていきましょう。1曲目は表題曲Fuchsia Swing Song、Tonyのトップシンバルがリズムの要になり、実に小気味好いグルーヴを聴かせます。スティック先端のチップがK Zildjianシンバル上で軽快に跳ね回っているのが見えて来そうな程です。シャープでいて柔らかさが半端なく、スピード感に満ちていてゆったりとしたバネの如きタイム感、そこでのRiversとTonyのカンバセーションが微に入り細に入り、スリリングにして絶妙、インタープレイとはこうあるべきだと周知させるべく声高に宣言しているかのようです。冒頭8小節間テナーとベースのDuo演奏、すぐさまドラムが参加しますがその時のTonyのシンバルの音色の使い分け、さすが見事です!Riversのフレージング、その滑舌の素晴らしさに由来する8分音符のスイング感とTonyのシンバル・レガートは全く完璧にリンクしています!あたかも長年生活を共にした親子のミュージシャンが成し得るレベルの合致度です!インサイドのフレージングとフリー系のアプローチが交錯する中での手に汗握る瞬間や、1’55″から2’00″のRiversのHigh Fキーでのトリッキーなオルタネート音とTonyのバスドラとのやり取り、2’07″辺りのテナーとピアノの絡み具合、直後のTonyのフィルインなど聴きどころ満載です!Carterのベースワークの巧みさがあってこそのTonyのドラミング、Byardの演奏は俯瞰しているが如き、ある種「狙っている」テイストを感じるバッキングです。テナーソロ後ヴァンプのような形でドラムの短いソロがあり、その後ベースが再びwalkingし始めますが珍しく一瞬「おっと!」とラインが重くなりますが、すかさず体制を取り直して演奏続行、スネークインしながらピアノソロが始まります。ラストテーマの前に短くテナーソロがありラストテーマへ。オープニングに相応しい素晴らしい内容の演奏です。
2曲目Downstairs Blues Upstairs、ユニークなテーマのブルースナンバー、キーはF。ウネウネとしたラインはRivers独自のものですが Lester Youngから少なからず影響を受けているように感じます。Byardのソロも独自のテイストを表現していますが、Duke Ellingtonからの影響を特にバッキング時に聴き取ることが出来ます。ここでのTonyは徹底してサポートに回っています。
3曲目はCyclic Episode、曲構成、テーマやコード進行も個性的な佳曲です。テナーソロ始まってすぐにドラムが消え、その後間も無く復帰しての仕切り直しに取り組んでいます。リズムセクションはRiversのソロをデコレーションしようと様々な手法を用いています。Carterの独創的なソロ後ピアノがソロを取りますがこちらも色々なスタイルを内包したものです。以上がレコードのSide Aになります。
4曲目Luminous Monolithは再びアップテンポのスイング・ナンバー、アドリブではストップタイムを多用しフリーフォームに足を踏み入れる直前のせめぎ合いを聴かせ、先発テナーソロは相当な段階にまで音楽を掘り下げています。ピアノソロも何でもアリの状態、ラグタイムやストライドピアノのスタイルまで披露しています。Byardはかなり器用なミュージシャンで、ピアノの他にテナーサックス、ヴィブラフォン、ドラム、ギターまで演奏します。色々な楽器を演奏出来るということで、自身のピアノ演奏にも多くのスタイルとカラーを盛り込むことが出来るのでしょう。彼のリーダー作として67年録音「Sunshine of My Soul」(Prestige)をプッシュしたいと思います。時代を反映したレコードジャケットがいかにもSoul Musicを演奏していそうですが(笑)、内容は紛れもないジャズ、ベーシストにOrnette Coleman TrioのDavid Izenzon、ドラムにはJohn Coltrane QuartetのElvin Jonesとくれば演奏が悪かろうはずがありません!収録曲はSt. Louis Blues以外全曲Byardのオリジナル、Elvinの叩くティンパニ、Byardの弾くギター(こちらはご愛嬌の域です)が異色です。

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5曲目は妻の名前を冠したオリジナルBeatrice、Joe Hendersonが84年録音の自身作品「The State Of The Tenor • Live At The Village Vanguard • Volume 1」で取り上げた事によりジャズミュージシャンの間でヒットとなり、特に日本のジャズシーンで頻繁に取り上げられました。美しいメロディ、どこかメランコリックで穏やかな雰囲気の曲想、難しからず易し過ぎないトライのし甲斐があるコード進行が日本中のジャズミュージシャンを虜にしたのでしょう。Stan Getzも89年の作品「Bossa & Ballads – The Lost Sessions」で取り上げています。

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リリカルなピアノのイントロからテーマ奏、Tonyはブラシで演奏、テナーソロに入ってからはスティックに持ち替えています。曲の持つイメージを踏まえ、最大限に自己表現をすべくイメージを膨らまそうとする創作行為を感じるソロです。続いてピアノソロになると再びTonyがブラシに持ち替えて伴奏し、ベースソロと続きラストテーマを迎えます。
6曲目ラストのEllipsisはRhythm Changeのコード進行に基づいたナンバー。リズムセクション初めは本来のコード進行をキープしつつも先発Riversの破壊工作的ソロにインスパイアされ、次第に変形の道を辿ります。ドラムとベースの交通法規順守の姿勢がフリーフォーム・レーンへの乗り入れを阻止していますが、ピアノソロでは意図的な崩壊か、なし崩し的な空中分解か、ソロ中にフェルマータし、そのままドラムソロになりました。ラストテーマには全員見事にTonyの難解な呼び込みフレーズを聴いて理解し、入ることが出来ました。

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