見出し画像

イリアーヌ・イリアス/シングス・ジョビン

 ピアニスト、ヴォーカリスト、イリアーヌ・イリアス1998年リリース作品『シングス・ジョビン』を取り上げましょう。

録音:アヴァター・スタジオ、ニューヨーク
エンジニア:ジェームズ・ファーバー
プローデューサー:イリアーヌ・イリアス、オスカー・カストロ・ネヴィス
レーベル:ブルーノート

(vo, p)イリアーヌ・イリアス  (ts)マイケル・ブレッカー  (background vo)アマンダ・イリアス・ブレッカー  (g)オスカー・カストロ・ネヴィス  (b)マーク・ジョンソン  (ds & bongos)パウロ・ブラガ  (perc)カフェ ※フェリシダージのみ参加

(1)イパネマの娘  (2)ワン・ノート・サンバ  (3)ソ・ダンソ・サンバ  (4)彼女はカリオカ  (5)黄金の日々  (6)ジサフィナード  (7)ファランド・ヂ・アモール  (8)ジェット機のサンバ  (9)フェリシダージ  (10)ポル・トーダ・ア・ミーニャ・ヴィーダ  (11)ハウ・インセンシティヴ  (12)エスケッセンド・ヴォセ  (13)ポイズ・エー  (14)平和な愛  (15)モヂーニャ  (16)十字路  (17)ザ・コンチネンタル

イリアーヌ・イリアス/シングス・ジョビン

 1960年3月19日ブラジル・サンパウロ生まれのイリアーヌ・イリアス、7歳からクラシックピアノを始め、12歳の頃からビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、キース・ジャレットらのプレイに親しみ、早熟だった彼女はジャズ演奏を構造的に理解したかったのでしょう、アドリブソロを採譜しインプロヴィゼーションの研究をし始めます。
のちの彼女の演奏で、複雑なハーモニーやトリッキーな転調を伴うアレンジをスタンダードナンバーに於いて見出す事が出来るのは こういった背景がもたらしていると認識しています。
15歳でピアノを教え始め、17歳からブラジルのミュージシャンであるトッキーニョやセバスチャン・タバジョス、ヴィニシウス・ヂ・モライス達と演奏活動を始めます。

 80年欧州ツアー中、パリで彼女の演奏を聴いたエディ・ゴメスに認められ、渡米の足掛かりを得ます。翌81年ニューヨークに移住しジュリアード音楽院に入学、その後ゴメスの強い推薦もありバンド、ステップス・アヘッドにドン・グロルニックの後釜として加入、こちらは大抜擢となりました。
83年録音彼らの第1作目アルバム『ステップス・アヘッド』で実質的なデビューを飾り、同年4月コペンハーゲンでのライヴ演奏を収録したTV映像で、彼女の勇姿と美貌を確認する事が出来ます。
 演奏収録場所は大変雰囲気のある、ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館、首都コペンハーゲンにあるデンマークを代表する美術館のひとつ、ニュー・カールスバーグ美術館とも言われます。
収蔵品はビール醸造で有名なカールスバーグ社の創始者J. C. ヤコブセンの息子、カール・ヤコブセンの私的なコレクションが中心だそうですが、大変な規模を有します。
 ミュージシャンと楽曲の持つ雰囲気、演奏内容とロケーション、博物館自体が放つ気品、荘厳さ、オブジェ、展示物の充実ぶり、そしてカメラアングルとが見事に融合した映像作品に仕上がっています。
 この時イリアーヌは23歳の誕生日を迎えたばかり、まだまだ初々しさや未熟さを感じさせますが、それなりに自己をアピールする力が発揮され、印象に残る演奏を繰り広げます。
 映像収録、またレギュラーバンドゆえ、演奏曲は譜面を見ずにメモリーでプレイするようにリーダー、マイク・マイニエリからメンバーに指示があったのでしょう、全員暗譜して演奏していますが、イリアーヌだけは小さな紙片(多分コード進行を書いておいたと推測出来ます)、カンニング・ペーパーを目立たないように(バレバレですが)ピアノ上に貼り付けて演奏しています。これには学生のような可愛らしさを覚えました。

ステップス・アヘッド
ステップス・アヘッド・コペンハーゲン・ライヴ

https://www.youtube.com/watch?v=PN8SAAMG8_o

 ステップス・アヘッドにはマイケル・ブレッカーが在団した関係もあったでしょう、イリアーヌはこの年マイケルの兄ランディと結婚します。
85年ランディのプロデュースによる夫婦共同名義のアルバム『アマンダ』を発表します。タイトルは二人の間に生まれた娘アマンダ・イリアス・ブレッカーの名前、ヴォーカリストとしてデビューし、本作シングス・ジョビンにてバックグラウンド・コーラスを務めています。

アマンダ/ランディ・ブレッカー&イリアーヌ・イリアス

 以降も数多くのアルバムをリリースしますが、コンセプトとして彼女のルーツであるブラジル音楽を題材とした作品が多いです。
サイドマンとしてもブラジル音楽に彼女のピアノ演奏は欠かせない存在となり、ジョビンの容態が思わしく無い頃に録音され没後捧げられた形となった、ジョー・ヘンダーソンがジョビンの音楽をプレイした94年録音『ダブル・レインボー:ザ・ミュージック・オブ・アントニオ・カルロス・ジョビン』、同じく没後マイケル・フランクスが敬愛する偉大なメンター、ジョビンに捧げた95年作品『アバンダンド・ガーデン』収録、ジョビン作曲のナンバー、シネマでの彼女プレイには、彼に対する想いが込められていると感じます。
因みにシネマにはマイケルが参加し極上の唄伴奏、そして唯一無二の素晴らしいテナーソロを提供していますが、イリアーヌのヴォーカルへのバッキングフレーズにマイケルが反応しており、二人の音楽的親密さを垣間見る事が出来ました。

ダブル・レインボー/ジョー・ヘンダーソン
アバンダンド・ガーデン/マイケル・フランクス

 ブラジルではボサノヴァやサンバ、ラテン系の音楽が中心に演奏されているので、リズムに関してイーヴンのノリが主体となります。ですのでブラジル出身のミュージシャンがフュージョンやポップスのような、同様にイーヴンのリズムの音楽を演奏するには問題が無いでしょう。
しかし3連符、バウンス、そして8分音符のレイドバックを要求されるジャズ演奏に関しては、かなりハードルが高くなるとイメージしています。
 ジャズに於ける4ビート、スイングのノリは言語の発音やアクセント、イントネーションと類似していて、ネイティヴに会話するためには単語や文法以上に大切な要素となります。
実際にイリアーヌ初期のピアノプレイはかなりオントップで、スイングのリズムに於ける弱拍、裏拍の概念が希薄に聴こえます。
子供の時から聴いている、周りで鳴っている音楽のリズムはしっかりと身体に定着し、タイム感の基本となります。新たなリズム感=ジャズのグルーヴを宿らせるには既成概念の一掃が必要となり、イメージの刷新と猛烈なトレーニングが不可欠です。
 イリアーヌの場合はどうでしょうか。
本作シングス・ジョビンではブラジル音楽を演奏しているので、自己のルーツである発音を用いてプレイすれば何ら問題はありません。
エヴァンス、ハンコック、キースをアイドルに持つ彼女は果敢にジャズ演奏に挑戦し、チック・コリアやハンコックをゲストに迎えピアノデュオ演奏を収録した作品もリリースしています。ジャズピアニストとしてのタイム感はややオントップ傾向にあるものの、備わるべき素養は十分に獲得していると感じています。

イリアーヌ・イリアス

 それでは収録曲について触れて行く事にしましょう。
1曲目イパネマの娘、冒頭マイケルのテナーサックスとオスカー・カストロ・ネヴィスのアコースティック・ギターだけによる、サビからのテーマ奏が涼しげに演奏されます。ここでのクールさはリオデジャネイロの浜辺で直射日光を避けるべく立てた日傘下で、海風を肌に受けるが如くの涼感、ブラジルは季節が逆転する南半球に位置するので、7~9月が特に爽やかです。
 ヴァンプパートが施され、イリアーヌのピアノ、マーク・ジョンソンのベース、パウロ・ブラガのドラムが加わります。
その後イリアーヌのヴォーカルによるイパネマの娘のメロディが歌唱されますが、ヴォーカルに専念しているためでしょう、打鍵の手を休めコードワークはギターが中心になります。
 彼女のピアノプレイには時として力強さを感じさせる場面もあれば、リリカルな表情やスイートさ等、様々な側面を提示しますが、ヴォーカルに関しては一貫してグッと声量を落とし、穏やかに、囁くように歌唱します。まるで声の付帯音を聴かせるために小声で歌っているかのようで、ハスキーさが豊富な声の成分を常に感じさせます。

 イパネマの娘自体スイートなテイストを有していますが、作曲された62年を鑑みるとサウンドが相当に新しい感覚を確認でき、ジョビンのハーモニーセンスのモダンさをシンプルに代弁したナンバーと言えましょう。伝統的な要素を踏まえながらキャッチーにして斬新、ヒットする要素を内包しています。
 曲はAABA構成から成り、本演奏では2回目のAからキーが半音上がり、意外性を持ちつつサビであるBに入ります。このようなアレンジが施されても曲自体が持つ、類型とは異なるサウンド・センスに包容力があるため、至極自然に耳に入って来ます。
 イリアーヌの歌唱中に挿入される、マイケルが吹くオブリガートの絶妙さと言ったら!の取り方、テンションを効果的に散りばめた音使い、タイム感、テナー自体のトーン、ニュアンス、ヴィブラート、結果文句なしのテナープレイ、伴奏者たる職人技を遥かに通り越した芸術的な演奏には、思わずこうべを垂れてしまいます。引き続きプレイされる間奏の素晴らしさは言わずもがな、聴き手を更なる魅惑の音空間にいざないます。
 ジョビン作曲後間もない63年録音、『ゲッツ/ジルベルト』に収録されたスタン・ゲッツによるイパネマの娘の代表的なテナープレイ、こちらはメロディ・フェイクから比較的シンプルに始まるものですが、徐々にテーマメロディの束縛から飛翔するが如きの創意工夫を発揮する斬新なライン、そしてあと唄でのセクシーで魅惑的なオブリガート、何より付帯音を十二分に湛えた深いテナーの音色が印象的です。

ゲッツ/ジルベルト

 マイケルとゲッツは時代を超えたユダヤ系テナー奏者の両雄、ジョビンの音楽性がユダヤ人の知的センスと創造意欲、テナー吹きならではの美的感覚、ハーモニー感を刺激した結果、彼らは歴史的名演奏を残しました。

マイケル・ブレッカー、スタン・ゲッツ
77年モントルー・ジャズ・フェスティヴァルにて

 伴奏のギタートリオは淡々とトラディショナルなボサノヴァのリズムを繰り出すだけですが、その方が寧ろマイケルのテナープレイをくっきりと浮かび上がらせます。
 テナーソロ後半のヴァンプ部分からイリアーヌが打鍵し始め、テーマのメロディを交えながら演奏、次第にこちらが主役となるので同時進行のテナーソロが主従逆転しオブリガート状態になり、後唄に繋がります。
短い歌唱の後テーマの断片をイリアーヌがキーを変えながら演奏し、マイケルが優雅にソロを取りながらFineに向かいます。

 2曲目ワン・ノート・サンバ、ギターとピアノによる短いイントロから始まり、イリアーヌはギターの伴奏だけで歌唱します。本来はメジャーで演奏される楽曲がマイナー調が主体となり、哀感を湛えたムードを聴かせます。
元のワン・ノートを駆使したリズミックでハッピーな曲想を排除した、ハードボイルドな展開、ユニークなアレンジです。
 1コーラス演奏後ベースとドラムが加わり、元のコードであるメジャーに移行します。そのままサビのメロディをピアノがプレイ、続いて原曲を感じさせつつも大胆な編曲が施されながらのピアノプレイが聴かれ、ラストテーマはこれまたメロディをゴージャスに再構築した編曲を聴かせながら、カットアウト的にFineとなります。

 3曲目ソ・ダンソ・サンバ、冒頭はギターの刻みが主体となりコーラスとピアノが主旋律を提示します。イリアーヌ自身のヴォーカルに繋がり、その後ベース、ドラムが加わりピアノソロが開始されます。テーマのメロディを交えながらも比較的ストロングに打鍵し後唄へ。エンディングはキーを変えながらリズミックにFineを迎えますが、短い中にもメリハリを効かせた構成となっています。

 4曲目彼女はカリオカ、マイケルのテナーとピアノによるテイスティなイントロから始まります。曲中何度かヴァンプとしても用いられていますが、マイケルのプレイはこの部分の繰り返しのみでソロはありません。
イリアーヌのソロもメロディフェイクが中心で、彼女のヴォーカルと可憐な雰囲気の楽曲を聴かせる演奏です。
ブラガは淡々とブラシを使ってボサノヴァのリズムを繰り出しますが、彼はジョビンとの共演歴を持つドラマーです。

 5曲目黄金の日々はピアノの低音から始まり、ギター、ボンゴを携えたイリアーヌのヴォーカルがレイジーなムードを醸し出します。ボサノヴァでの歌唱自体囁くように発声するので声の付帯音が豊かに響きます。ここでは比較的楽曲のキーを低く設定しているので、ヴォーカルのウイスパー感がより一層感じられます。

 6曲目ジサフィナードは冒頭からマイケルのテナーがテーマを16小節プレイします。速めのテンポ設定には軽快さを伴い、引き続きイリアーヌのヴォーカルによる歌唱がスタートします。本人はピアノを弾かずにバッキングはギターに一任されました。巧みに爪弾くネヴィスのコードワークには深い音楽性を感じさせます。
さり気なくキーが変わりソロはマイケルから、流暢さと脱力感を伴った吹奏には、いつもの彼とは一味違ったテイスティさを感じます。
後唄に入り、その後のヴァンプ部分からイリアーヌが打鍵し始め、マイケルがチャレンジ・スピリットを怠らずにソロを再展開しつつ、フェードアウトします。

 7曲目ファランド・ヂ・アモール、全編唄とアコースティックギター二人だけのヴァージョン、ギターがクラシカルなテイストを用いてイントロを奏で、引き続きイリアーヌのヴォーカルが爪弾きをバックに淡々と歌唱します。テンポを微妙に揺らしながらの演奏は曲想に合致し、アンニュイなムードを醸し出しています。

 8曲目ジェット機のサンバはドイツ移民オットー・エルンスト・マイヤーによって27年ブラジルに初めて設立された航空会社、今は無きヴァリグ・ブラジル航空のCMソングとして、63年ジョビンが作詞作曲を手掛けた作品です。
 ジョビンの作曲才能が迸る時期に書かれたためでしょう、CMのために依頼された楽曲とは思えない高度で洗練された音楽性を有し、作詞の素晴らしさも相俟って今もなお世界中の音楽ファン、ボサノヴァ・シンガーたちに愛され、歌われ続けています。
 旅客機から眺めるリオの街の美しさ、愛おしい故郷への心情を魅惑のメロディと共にストレートに歌い上げたこの曲は、同地のPR、観光誘致に大いに貢献し、高く評価されました。
リオにある当時のガレオン国際空港は99年に彼の功績をたたえて、アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港と改名したほどです。

 シンバル音からスネークインします。ブラシを用いた軽快なリズムが曲想に相応しく、ファンシーなメロディとアレンジが相俟った夢見心地状態、宙を舞うかの浮遊感を感じさせるのは、文字通り航空会社のCMとして狙い通りだった事でしょう。脱力感が半端ないイリアーヌの歌唱の合間にピアノソロがフィルイン程度に聴かれる、楽曲とアレンジを堪能するナンバーです。
 曲終わりの部分でイリアーヌの声によるリオデジャネイロを連呼するコーラスが聴かれますが、本人によるオーヴァーダビングか、ライナーには詳細が書かれていないので推測の域ですが、ひょっとしたら娘のアマンダが歌い、ハーモニー付けをしたものかも知れません。
 ここでのジョンソンのベースワークの確実性から、彼がイリアーヌのピアノプレイ、音楽性を支えていると実感しました。彼ら夫婦の場合は夫唱婦随ならぬ婦唱夫随ですが。
曲はカットアウトされたかのエンディングを示してFineです。

マーク・ジョンソン

 9曲目フェリシダージはいきなりサンバホイッスル、パーカッションとドラム、マイケルのテナーによるイントロから始まります。リオのサンバカーニヴァルにテナーの巨人突如として現るの巻です!
パーカッション奏者にはサンパウロ出身のカフェを迎えています。

カフェ

 ここでもヴォーカルにはコーラスが施され、メロディの重厚感を表現しています。男性の声も感じますが、残念ながらこちらもライナーには記載されていません。同様に3曲目ソ・ダンソ・サンバ の男性ヴォーカルにもクレジットはありませんでした。
 イリアーヌの歌のバックでマイケルは楽曲の必要十分条件を満足させる全く的確なオブリガートを吹き、引き続きパーカッション、ドラムを従えて短くも完璧なソロを繰り広げます。レコーディング当日は他の演奏の素晴らしさも合わせ、マイケル絶好調の一日でした。
その後演奏はまさに盛会のサンバカーニヴァル、エンディングはイントロの三人衆によるパレード状態となり、Fineを迎えます。

 10曲目ポル・トーダ・ア・ミーニャ・ヴィーダは美しいピアノイントロから始まり、美の世界を踏襲しながらヴォーカルが加わり抒情的に歌い上げます。
ピアノと歌の録音に於けるブレンド感の素晴らしさに、エンジニアのレコーディング・センスを見出しました。

 11曲目ハウ・インセンシティヴ、リズム隊のイントロからレイジーに始まります。楽曲のテイストを踏まえ、ドラムはリムショットを大きめに表現しています。
ここでもイリアーヌはヴォーカルに専念すべく打鍵の手を休めコードワークはネヴィスに一任します。ムーディなナンバーを特にアレンジを施さず、シンプルに歌い上げた演奏になりました。

 12曲目エスケッセンド・ヴォセはピアノとヴォーカルのイントロに始まり、途中からベースが加わります。その後ドラムも参加しピアノソロがプレイされます。いわゆるジャズバラードのテイストで演奏され、イリアーヌはピアノタッチの良さを感じさせつつリリカルに打鍵し、ジョンソンのアクティヴなベースがサポート感を提示します。その後フェルマータし唄が再び登場、ヴォーカリスト自らが伴奏する弾き語り、これは見事なジャズ演奏に仕上がりました。

 13曲目ポイズ・エーは全編ギターとヴォーカルのデュオによる小品、マイナー調のクリシェが哀感を誘い、イリアーヌの気持ちのこもった歌唱が印象的です。
十分に女性としての色気を感じるのですが、一歩退き音楽を俯瞰しながら演奏に向かっていて、良い意味でのしたたかさ、何処か男性的な側面を確認する事が出来ます。
アコースティックギターの楽器ボディの鳴り方の、深みも伝わる録音の素晴らしさを感じました。

 14曲目平和な愛は英語タイトル、ワンス・アイ・ラヴドとしても知られたナンバー、ピアノトリオ、プラスヴォーカルで演奏されます。通常のコードから離れ、コンテンポラリーにリハーモナイズされたサウンドが耳新しく、イリアーヌの唄と本人の打鍵するコードワークの混ざり具合にも興味を惹かれます。
イリアーヌの端正なソロにはハンコックのテイストを感じました。
エンディングはピアノでメロディをリタルダンドしFineです。

 15曲目モヂーニャ、ピアノのイントロからしっとりと開始され、こちらも弾き語り形式で演奏されます。物悲しい曲想ですがイリアーヌは情に流されず、自身のイメージを確実に持って歌唱します。

 16曲目十字路、ギタートリオを従えたイントロから始まります。楽曲のイメージがストレートに伝わりながらピアノのソロに繋がります。楽曲のコンセプトや歌詞の内容を把握したプレーヤーならではの、表現の発露を感じるテイクに仕上がりました

 17曲目ザ・コンチネンタルはボーナストラック、この曲のみジョビン作ではなく、作曲コン・コンラッド、作詞ハーブ・マギッドソン、ダンスソングとして書かれ、34年フレッド・アステア主演の映画ゲイ・ディヴォースで用いられたナンバーです。アカデミー賞を受賞し、フランク・シナトラをはじめ色々な歌手に歌われています。
明るく楽しげな曲調はミュージカル・ナンバーに通じ、マイケルを始めとしてメンバーは伸び伸びとプレイしていますが、あまりに普通な楽曲のテイストは本作中では寧ろ異質にさえ聴こえ、ジョビンの書く曲とは歴然とした差を感じます。
 ノーブルさ、品格、崇高な美の世界、何処にも存在しない毅然としたオリジナリティ、リオの海岸で強烈な直射日光をパラソルで遮り、何食わぬ顔で涼を取るクールさ、そして個性的とは裏腹に聴き手をごく自然に、知らぬ間に曲中に引き込む強い吸引力、以上は私がイメージする一連のジョビン作曲ナンバーの特徴です。
異なったコンセプトの楽曲ゆえこの曲を作品最後にボーナス収録したのでしょうが、逆にジョビンの書くナンバーの唯一無二さを実感させる形になりました。


いいなと思ったら応援しよう!