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Portrait of Sheila / Sheila Jordan

今回はボーカリストSheila Jordanの62年録音、初リーダー作「Portrait of Sheila」を取り上げましょう。
彼女は現在92歳(!)、音楽活動は特に行ってはいない模様ですが、ビバップ勃興の頃よりCharlieParkerを始めとするジャズジャイアンツと親交を持った、貴重なジャズシーンの生き証人です。そのParkerをして彼女は100万ドルの耳を持つシンガーと紹介されたそうですが、大変に名誉な事です。
本作はインストルメンタル・ジャズ名門Blue Note Recordsからのリリース、Label中数少ない女性ボーカリスト作品の1枚です。編成もギタートリオにボーカルと言うシンプルさ、後年エレクトリック・ベースの第一人者となるSteve Swallowがここではアップライト・ベースで参加しています。 

Recorded: September 19 and October 12, 1962 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey
Label: Blue Note  
Produced by Alfred Lion
vo)Sheila Jordan  g)Barry Galbraith  b)Steve Swallow  ds)Denzil Best
1)Falling in Love with Love  2)If You Could See Me Now  3)Am I Blue  4)Dat Dere  5)When the World Was Young  6)Let’s Face the Music and Dance  7)Laugh, Clown, Laugh  8)Who Can I Turn to Now  9)Baltimore Oriole  10)I’m a Fool to Want You  11)Hum Drum Blues  12)Willow Weep for Me 

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Sheila Jordanは1928年11月18日Michigan州Detroit生まれ、15歳の頃から地元のナイトクラブで歌手、ピアニストとして活動していました。彼女はCharlie Parkerのオリジナルに歌詞を付けて歌うコーラスグループのメンバーでしたが、Parkerが当地を訪れた際にメンバー一同で訪ね、彼にその場で歌って欲しいと頼まれた経験をしています。51年にNew Yorkに移り、Lennie TristanoやCharles Mingusにハーモニーと音楽理論を学び、かねてからParkerの音楽に心酔し師と仰いでいた彼女は、熱心にプレイを研究したそうです。さぞかし頻繁にライブに足を運んだ事でしょう、彼が亡くなる55年まで友人としての関係が続き、兄のように慕っていたとも言われています。52年にはParkerバンドのピアニスト、Duke Jordanと結婚、娘Tracyが生まれます。ですが幸せな日々はそうは長く続かず、Dukeの薬物使用量が増えた事により62年破局を迎えました。晩年のParkerの薬物使用もかなりの頻度だったに違いないのですが、兄と亭主では自ずと処遇も変わると言うものです(笑)
とあるインタビューでNew Yorkに移り住んだのは何故ですかという質問に対し、彼女は「私がBirdを追いかけたからよ=Chasin’ the Bird」と答えました。ParkerのオリジナルChasin’ the Birdは貴女のために書かれたのではないかと言われていますが、と尋ねられると「私は知らないの。どうしてそんな噂話が一人歩きしたのかしら」とも答えていますが、それは十分に考えられる話です。
彼女はNew York移住後、昼は秘書やタイピストとして働き、夜はGreenwich VillageのジャズクラブThe Page Three Club等でピアニストHerbie Nichols、以降も長きに渡り共演関係を保つSteve Kuhn達と演奏活動を行いました。夜クラブで歌う事が出来ない場合は昼間に教会で歌う事を代用としながら、娘を育てるために20年間ほぼOLとして働き、演奏だけに専念できるようになったのは50歳を過ぎてから、80年代以降の話です。実際それ以前から断続的ではありますが音楽活動を続けていて、本作初リーダー以降第2作目「Confirmation」は13年後の75年リリース、そのときTracyも22歳、おそらく社会人として世に出たのでSheilaにも余裕が生じたのでしょう。 

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初期の彼女の演奏で特筆すべきものの一つとして、独自の音楽理論を展開するピアニスト、アレンジャーGeorge Russellのアルバムへの参加が挙げられます。62年8月録音「The Outer View」収録のYou Are My Sunshine、3管編成を生かしたアレンジの曲中、全くのアカペラで囁くように始まり、バンドが加わり次第にシャウトするが如く朗々と独白する様には、既に豊かな音楽性を感じさせます。ここでもSteve Swallowのコントラバスの活躍が印象的です。 

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参加メンバーにも簡単に触れてみましょう。ギタリストBarry Galbraithは19年12月生まれ、Stan KentonやClaude Thorhillビッグバンドでのツアーほか、Miles Davis, Michel Legrand, Gil Evans, Coleman Hawkins, Stan Getzらとも演奏、録音し、スタジオミュージシャンとして膨大な数のレコーディングを残しています。New York市立大学、New England音楽院でも教鞭を執った楽理派でもあります。手堅く端正なプレイとコードワーク、出しゃばらず控え目でいて、ツボを押さえた伴奏はリーダーの音楽性を確実にプッシュする事から、引く手数多だったのでしょう。
ベーシストSteve Swallowは40年10月生まれ、幼少期にピアノやトランペットを学び、14歳でベースを始めます。New Yorkに移り住みArt Farmerのバンドに参加、この頃から作曲を積極的に始めます。以降数多くのオリジナリティ溢れる名曲をジャズシーンに送り込み、その名を不動のものにします。60年代からJimmy Giuffre, George Russell, Stan Getz, Gary Burton, Paul Bley, Steve Kuhn, Michael Mantler達と演奏し、70年代から盟友Roy Haynesに励まされつつ5弦エレクトリック・ベースに持ち替え、Carla Bley, John Scofield, Paul Motian, Joe Lovano達と八面六臂の活躍を遂げます。
ドラマーDenzil Bestは17年4月New York生まれ、Ben Webster, Coleman Hawkins, Illinois Jacquet, Lennie Tristano, Erroll Garner, Phineas Newborn, Miles Davisたちジャズジャイアントと共演しました。また彼にも作曲の才能があり、Move, WeeやThelonious Monkの名盤「Brilliant Corners」収録Bemsha Swing, Herbie NicholsとMary Lou Williamsが取り上げた45 Degree Angle、いずれもビバップ〜ハードバップの名曲です。同じドラマーであるElvin JonesやJake Hannaが彼の演奏に称賛の意を表していますが、特にブラシワークが素晴らしく、本作でも全編ブラシを用いて巧みに伴奏しています。 
☆45 Degree Angle収録の2作☆
Love, Gloom, Cash, Love / Herbie Nichols

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Black Christ of the Andes / Mary Lou Williams

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 それでは収録曲に触れて行くことにしましょう。1曲目Falling in Love with Love、ベースのwalkingから軽快なテンポでイントロがスタートします。ハスキーな成分が程よく混じる声質のSheila、ドラムを伴って歌い始め、1コーラスギターレスで、2コーラス目キーが半音上がってギターの伴奏も加わり、続いてメロディ・フェイクを用いてもう1 コーラス歌います。彼女は決してテクニシャンではありませんが、歌詞の内容を噛み締めるように、情感を込めつつ明るい透明感ある声質でリズミックに歌唱するプレイには溌剌さを感じます。Parkerの音楽に啓発されての歌唱ですが、超絶技巧にして常に創造性を全面に押し出す彼のプレイとは異なる、外連味なく、自分のテリトリーを大切にしての演奏と感じ取ることが出来ました。

2曲目If You Could See Me NowはピアニストTadd Dameronのペンによる名曲、元は同じボーカリストSarah Vaughanのために書かれたナンバーで、歌詞はCarl Sigmanによります。イントロ無しでボーカルのアカペラから始まり、半音進行のアレンジが施され意外性を感じさせます。バラードなので声量を控えているのでしょう、そのためハスキーさが際立ち、テンポのある前曲よりも気持ちの入り込みを感じ、説得力が増しています。Swallowの巧みなベースワーク、Bestの堅実なブラシ、Galbraithのさりげなさを伴った確実なバッキングで1コーラス丸々を歌い切ります。 

3曲目Am I BlueはBillie HolidayやRay Charlesの歌唱も存在する映画音楽に使われたナンバーです。ギターとデュエットでしっとりとバースが歌われ、その後本編へ。ベースとデュエットやルパート部も設けられた、メリハリが利いた構成での演奏、深いビブラートも印象的です。 

4曲目Dat DereはBobby Timmons作曲、Oscar Brown Jr.作詞によるナンバー、Swallowと全編デュエットで演奏されます。以前当Blogで取り上げたRickie Lee Jonesの作品「Pop Pop」でも取り上げられていますが、そちらも個性的で素晴らしい歌唱、いずれにせよシンガーにとってはチャレンジャブルなナンバーのようで す。

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この当時ボーカリストがベースとデュオで1曲丸々を歌うという形態はなかったと思います。しかも早口言葉のような歌詞と旋律を持つ難曲をチョイスしてとなると、従来のシンガーとは一線を画する、インストルメンタル奏者の領域に足を踏み入れています。これはParkerからの影響の具現化の一つと言えるでしょう。テーマを歌った後はスキャットを歌唱、その後はごく自然にラストテーマに移行します。当初に比べるとテンポが随分と速くなっていますが、初めからアッチェルランドを想定していたようにも思います。 

5曲目When the World Was Young、Galbraithはアコースティック・ギターに持ち替えイントロを奏でボーカルとバースを演奏します。曲の正式なタイトルはAh, the Apple Tree When the World Was Young、59年にEdith Piafが歌ったことで世に広まりました。本作録音62年頃ボーカリストの間で流行っていたのか、Eartha Kitt, Julie London, Frank Sinatra, Marlene Dietrich, Nat King Cole, Morgana Kingたち第一線の歌手達も録音しています。トリオの伴奏、特にGalbraithの爪弾きが良い味を出していて、彼女も思い入れたっぷりに気持ち良さそうに歌唱しています。 

6曲目Let's Face the Music and Danceは本作中最速のテンポ設定、Swallowが「勘弁してよ、こんなに速く弾けないよ!」とブツブツ言いながら演奏開始したのではないでしょうか? (笑)、彼が演奏放棄する直前(爆)、1コーラスで潔く終わり、テンポは若干遅くなりましたが印象に残るテイクに仕上がりました。 

7曲目Laugh, Clown, Laughは28年米国の無声映画で使われたナンバー、ギターとボーカルでバースをスペースたっぷりに演奏し、テーマが始まります。彼女の声質に合った曲想を軽快に歌っています。59年にAbbey Lincolnが自身の作品「Abbey Is Blue」で取り上げ、こちらも素晴らしい歌唱を聴かせています。

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 8曲目Who Can I Turn to Now、バースを朗々とギターふたりで演奏していますが、その後もデュオで最後までプレイしています。ここでのGalbraithのコードワークが実に巧みに行われています。さぞかし気持ち良く歌う事が出来たのではないでしょうか。 

9曲目Baltimore OrioleはかのHoagy Carmichael42年作曲のナンバー、ここではギターの伴奏を無くしベースとドラムを相手にブルージーに歌っていて、SwallowのベースワークがSheilaを的確にサポート、そして曲想を支配しています。 

10曲目I’m a Fool to Want You、マイナー調のどちらかと言えば「お先真っ暗」的な雰囲気のナンバーですが(笑)、彼女の持ち前の明るさからか、どっぷりと沈み込む事なくジャジーに聴かせています。この曲の新しい解釈と言っても良いでしょう。 

11曲目Hum Drum Bluesは前述Dat Dereの作詞でお馴染のOscar Brown Jr.のペンになる曲、こちらもギターレスでSwallowのベースがコード感、サウンドを提供し当時に於ける新感覚のプレイを披露しています。 

12曲目、アルバムの最後を飾るWillow Weep for Me、Swallowのベースと二人でテーマが始まります。程なくギターとドラムも参加、通常は3連のリズムで演奏されるのですがバラードで、曲の持つ雰囲気に流されずドライなテイストのプレイを聴かせます。

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