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Speak No Evil / Wayne Shorter


今回も前回に引き続き、Wayne Shorterの作品を取り上げたいと思います。「JuJu」の次作に該当する1964年12月録音「Speak No Evil」、トランペッターFreddie Hubbardを加えたクインテット編成でShorterの音楽性がより一層開花しました。

Recorded: December 24, 1964 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Label: Blue Note BLP4194
ts)Wayne Shorter tp)Freddie Hubbard p)Herbie Hancock b)Ron Carter ds)Elvin Jones
1)Witch Hunt 2)Fee-Fi-Fo-Fum 3)Dance Cadaverous 4)Speak No Evil 5)Infant Eyes 6)Wild Flower

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人目を引く、シンプルながら芸術的なデザインの宝庫Blue Note Labelの作品でも、キスマークと東洋系女性がジャケットに写っているのは本作だけ、ユニークなのはもちろんですが、これはきっと女性に対するShorterの愛の証なのでしょう。本人からのオファーだと思います。Blue Noteには硬派なイメージがありますが、むしろ柔軟性に富んだ対応からその表現を許したレーベルとプロデューサーに懐の深さを感じます。写真の女性はShorterが61年に結婚した日系人Teruka “Irene” Nakagamiさんで、彼女との間に生まれた娘のMiyakoさんに捧げたナンバーが5曲目Infant Eyesになります。67年3月録音Shorterの11作目のリーダーアルバム「Schizophrenia」にはまさしくMiyakoと言うタイトルの、美しくも、あり得ないほどに独創的なスローワルツ・ナンバーが収録されています。
67年3月10日録音「Schizophrenia」

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前作「JuJu」から約4ヶ月後の64年12月24日に本作は録音されました。Blue Note Label第1作目「Night Dreamer」が同年4月録音なので、1年間に3作と言うハイペースでのリーダー・アルバム制作は、迸る才能と同年7月頃に名門Miles Davis Quintet、リーダー自身に5年近く嘱望され続けて、いよいよの加入と言う話題性のなせる技でしょうか。本作参加メンバーはShorterの音楽性を最も理解している一人のElvin Jonesが今回も留任ですが、他のメンバーは一新されました。トランペッターFreddie HubbardはShorterが音楽監督を務めたArt Blakey and the Jazz Messengersで研鑽し合った仲、メキメキ腕前を上げていました。ピアニストHerbie HancockとベーシストRon CarterはShorterが加入したばかりのMilesバンドのメンバー、リーダー仕込みの高い音楽性は既に定評がありました。Shorterの個性的かつ難易度の高いオリジナル、しかも今回は表現の発露に更なるオカルト的なエグさが加わった前人未到のサウンドです!曲の構成やメロディライン、コード進行やリズムの複雑さに加え、一貫してダークで重々しい中にきらりと光る知性、ユーモアのセンスを含んだテイストは演奏者に表現上の問題提起を行なっているかのようで、より柔軟性に富んだプレイヤーが必要となり、メンバーの刷新は必須だったのでしょう、これらを演奏するに相応しいミュージシャンが揃いました。コンセプトとしては黒魔術に違いないのですが、前作は「JuJu」と言うことで西アフリカの呪術がテーマ、今回はWitch Hunt(魔女狩り)、Fee-Fi-Fo-Fum(ジャックと豆の木の巨人が発する気味の悪い雄叫び、呻き声)、Dance Cadaverous(死者の踊り)とSpeak No Evil(See No Evil, Speak No Evil, Hear No Evil=西洋的”見猿聞か猿言わ猿”の一節)、そしてWild Flowerの3曲はFinlandの作曲家Sibeliusの”Valse Triste”にインスパイアされたオリジナルで、愛娘に捧げたInfant Eyes以外は西洋の魔術がテーマになっています。Death Metalのジャンルでは存在するのでしょうが(汗)、ジャズでは初めて取り上げられたコンセプトアルバムに違いありません。これら呪術的オリジナルを、精鋭たちが信じられないほどの感性を持って熱演し、ジャズ史に残る名作に仕上げました。ワンホーン・アルバムは、管楽器奏者の個性にフォーカス出来るのが最大の魅力ですがアンサンブルとしてはモノトーン、本作のトランペット〜テナーサックス2管編成はモダンジャズ・ホーンズの黄金のコンビ、オクターヴ違いの音域と異なった音色のブレンド感がユニゾンはもちろん分厚いサウンドを聴かせ、ハーモニー演奏に至っては黄金を通り越したプラチナの響きに該当します(笑)。しかもHubbardのトランペットは技術的、音色、タイム感、サウンドのコンテンポラリーさが断トツに素晴らしく、Shorterと絶妙な相性を提示し、以降も抜群のコンビネーションをキープし続け、76年6月にNYCで行われたNewport Jazz FestivalでのHerbie Hancockのコンサートを収録した「V.S.O.P.」 での演奏をきっかけに、レギュラー活動を展開しました。
1976年7月29日ライブ録音「V.S.O.P.」tp)Freddie Hubbard ts,ss)Wayne Shorter p)Herbie Hancock b)Ron Carter ds)Tony Williams

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V.S.O.P.は同じクインテット編成で、ドラマーがElvinからTony Williamsに替わっただけのメンバー構成、V.S.O.P.で同じくFreddieがMilesに替われば60年代のMiles Davis Quintetになります。音楽的志向が同じミュージシャンが集う傾向にあるのは昔からの常ですが、ElvinとHancockの二人に関してはどうも異なるようです。彼らサイドマン同士での共演作は何枚か存在しますが、お互いのリーダー作には決してどちらかの名前はクレジットされていません。その観点から分析してみると、まず本作テーマのフィルインはほとんどHancockが中心に行ない、Elvinはどちらかといえば追従した形でのフィル、フロントソロ時もHancockが主導権を握りバッキングを行なっています。「JuJu」の演奏ではひたすらElvinがリードしつつ、McCoyがついて行く形で伴奏を行い、同時にバッキングをしたとしてもぶつかる事はあまりありません。ですので結果Elvinのドラミングが曲想に完璧に合致し、全編炸裂した名演奏を聴くことが出来ました。McCoyはColtrane Quartetでのソロ時にバッキングをせず、ステージ上でピアノ椅子に座ったままじっと待つ事のできる辛抱強さ、寄り添う事のできるタイプで、長男ではなく兄貴達と遊びたい弟、兄貴の用事が済むまで待たされても辛抱する末っ子ではないかと(笑)。一方のHancockはMilesの空間のあるソロに対して、いかに充実したフィルインを展開して行くかを求められる状況下で、音楽性が培われたピアニスト、また伴奏を共にしたTonyのドラミングは空間を埋めるタイプではなく、フレージングに対する瞬発力を信条とするプレイヤーです。Hancockの言わば横のラインに対しTonyは縦のラインでのアプローチなのでバッキング時にぶつかり難く、良いコンビネーションを築き上げている間柄です。HancockとElvinの場合は、互いに似た音楽的傾向があると意識していると思います。それ故に相容れないものも同時に存在すると。本作の演奏ではHancockの弾けぶりが凄まじく、Elvinの健闘ぶりも発揮されてはいますが、前作よりは存在感が薄くなっています。ShorterからのオファーでリズムセクションはHancockが中心となってサポートして欲しいと、もしかしたら要望が有ったのかもしれませんが、とにかく彼自身「俺が、俺が」とばかりに真っ先にバッキングを行うため、Elvinの登場部分は限られてしまいました。彼も自分が出なければならない場面では率先してアクティヴになりますが、別の誰かが活躍する時には自己主張を(音楽を壊してまで)絶対にアピールはしません。バンマスShorterは結果これを良しとし、本作の次にリリースされた作品「The All Seeing Eye」(この作品との間に後年発売された2作品が録音されていますが)ではHancockが残留し、Joe Chambersがドラマーの椅子に座り、そして以降の作品にはElvinが戻ることは決してありませんでした。
65年10月15日録音「The All Seeing Eye」

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それでは演奏内容に触れて行きましょう。1曲目Witch Hunt、躍動的なアップテンポのホーン・アンサンブルにリズム隊のキメが合わさる、これだけでも十分楽曲として成り立ちそうな秀逸なイントロから、ドラムが先導してテーマ部に入ります。4度のインターヴァルを中心としたユニークなメロディラインの間には毎回スペースがあり、早速この部分をHancockが慎重にして大胆にバッキングを行います。曲自体にダイナミクスが設定され、mpからffまでを縦横無尽に演奏しますが、この事が楽曲に深淵なメッセージ性を導入しています。テーマの繰り返し部分ではElvinもフィルインを入れるべく試行しますが「ここはHerbieに任せておこうか」とばかりに比較的”音無の構え”、テーマのff部分での巧みなカラーリングには存在感を見せており、更にテナーソロに入る直前の強力なフィルには場面転換に対する強い意志を感じさせます。本作でのShorterのテナー音色は一層の深みが織り込まれていて、独自なフレージングと共に聴く者を魅了してやみません。でもここでのソロの”寡黙さ”は敢えてHancockにフィルインを弾かせ、コールアンドレスポンスによるカンヴァセーションを企てようとしているかのよう、3’07″からはElvinがその企てに乗じてプッシュし始めます!思うにElvinは音楽的に高度に丁々発止のやり取りが出来る、Shorterにとって”間違いのない”素晴らしいパートナーですが、究極Coltraneの影がちらつき、自身のプレイにも影響を与えると感じます。例えば「JuJu」収録Yes or NoでのColtraneライクなアプローチのように。Miles Bandに加入したばかり、リーダーから直接求められる事はなかったでしょうが、早急に自己のスタイルを確立する事が一層の使命となり、Coltraneの影響下を一刻も早く脱却したいとの願望からElvinとの共演を控えるようになったのだと、ここでのソロの方法論を鑑みて自分なりの結論に達しました。

続くHubbardのソロはブリリアントな音色と滑舌の良さ、優れたタイム感、超絶技巧にも関わらず必ず”ウタ”を感じさせるアドリブライン、Clifford Brown, Lee Morgan, Donald Byrd, Booker Little, Woody Showの流れを汲むスタイルは、Shorterとの対比において全く引けをとらない素晴らしいものです!個人的にはHancock 65年3月録音リーダー作「Maiden Voyage」表題曲のソロに、Hubbardのジャズスピリットの真髄を感じています。
65年3月17日録音Herbie Hancock / Miden Voyage

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続くHancockのソロでは盟友の演奏をバックアップすべく、Ron Carterのラインに更なる躍動感を感じます。ElvinはそんなCarterに演奏のレスポンスを任せているかのように、シンプルなバッキングに徹しています。ベースがこれだけ動いていて、更にドラムがアクティヴになれば演奏の収拾がつき難くなるのを懸念したのかも知れません。でもここでのドラマーがTonyであったなら、パーカッシヴなレスポンスの応酬を聴く事が出来たかも知れません。ラストテーマでのスペース部分では、ElvinとHancockお互いのフィルインの探り合いを感じました。
2曲目Fee-Fi-Fo-Fum、この曲のイントロにもユニークなリズムのアクセントが施され、メッセージ性を感じさせます。作品中最も明るい(?)、ファンキー(?)な雰囲気のナンバーですが、やはり一筋縄では行かないコード進行が施されています。メロディラインにもリズミックに強調する箇所が設けられ、メリハリが堪りません!ソロの先発Hubbardはいきなりハイテンションでキャッチーに吹き始めます。唇を振動させて発音するトランペットはサックス以上にコントロールが大変な楽器ですが、Hubbardの常に的確なプレイは日頃の鍛練の賜物、美しいトーンやハイノートも維持するには奏法を洗練させておくことが必須ですが、こちらも万全の態勢です。アクティヴに、スインギーに、端正なタイムをキープし躍動感溢れるソロを聴かせています。続くShorterはボソボソ感とスペースをたっぷりと取った、伴奏者にとってツッコミどころ満載のストーリーを展開、応えるべくここではHancockとElvin、バッキングを上手く分担しています。ファンキーなテイストを前面に出しつつ、トリッキーなアプローチも聴かせるピアノソロを経てラストテーマに突入します。ジャックと豆の木の巨人が発する呻き声は意外にアカデミックなものでした(笑)
3曲目Dance Cadaverous、ホーンとピアノのコールアンドレスポンスが印象的な、8小節の短いイントロから始まるワルツナンバー。曲名はミステリアスですが曲想はムーディなこの曲、テーマメロディの随所で聴かれるHancockの妖しげなバッキングの方にむしろミステリアスさを感じます。先発ピアノソロは独自のアプローチを示しつつスリリングに展開させ、ベースはハーフのグルーヴを維持しながら、テナーソロに入りしっかりとワルツを刻み始めます。テーマのメロディを基本にしながら、様々なイメージを膨らませてのShorterのプレイは、まるでセカンドリフを奏でているかのように見事にマッチングした世界を構築しています。その後ラストテーマに入りますが、その手前でのElvinの場面転換に際する的確なフィルインに、思わず納得させられます。ここではピアノのバッキングが一層の妖しさを発し、まるでHancockのピアノワークのためにある曲の如しです。エンディングの繰り返しもユニークなもので印象に残ります。
4曲目表題曲Speak No Evil、何と言う物凄い曲でしょう!Shorterコンポジションの中でも群を抜いてインパクトを持つナンバーです!そしてそして、冴え渡るHancockの、もはや曲の一部と化したテーマ時バッキングの嵐!これはもうHerbie Hancckバッキング祭り状態です(笑)!これではElvinの出番は封印されたも同じですが、シンコペーションや曲のキメの部分でのドラムフィルはまさしく彼ならではのセンスが光ります!ソロ先発はShorter、ここでもテーマのモチーフを大切にしたアプローチが素晴らしいです!Elvinはピアノとテナーのやり取りとは異なった手法での、独自のインタープレイに着眼したかのように、2’28″から盛大にフィルインを繰り出し果敢に挑みます! Shorterに纏わり付くようにバッキングし続けるHancock、そして激烈に、しかしクールに自己の内面を具現化し続けるテナーソロは信じられない次元にまで、音数は決して多くは無くともバーニングしています!Shorterに対してピアノとドラムと全く別方向からのアプローチが行われ、しかし彼ら二人は決して合わさることなく平行線を辿りつつ曲が進行します。演奏中に行われるソロイストvsリズム隊のインタープレイの他、ピアノvsドラムの互いの自己主張が同時進行し、音楽が崩壊するギリギリのところまでせめぎ合い、この事象が演奏を更なる次元にまで押し上げているようにも感じます!続くHubbardのソロもイメージを猛烈に膨らましながら、この難曲に対して挑むように、しかし何とも言えない色気を放ちつつ、フレージングを展開して行きます。トランペットのフレーズを受け継ぎHancockのソロが始まります。ここでのピアノソロは本作中最も深い次元にまで表現が到達、ある種神がかっているように思います!素晴らしい!その後はラストテーマへ、Hancockバッキング祭りは宴もたけなわ、あり得ないレベルでの演奏、ハイパーなコードの連続です!
5曲目Infant EyesはShorterの作曲技法の結晶といえると思います。メロディのセンス、コード進行の妙、楽曲全体が持つ雰囲気は愛娘への全身全霊の思いから、これほど深い音楽性と情緒を湛えたジャズミュージシャン作曲のバラードは存在しない、とまで感じている名曲です。Stan Getzが76, 77年頃にこの曲をレパートリーに取り入れ、積極的に演奏していました。77年1月Copenhagenの名門ジャズクラブJazzhus Montmartreのライブ盤に収録、GetzとShorter、同じテナー奏者ながら(だからこそ)これだけ唄い方が異なるのを比較してみるのも楽しいです。そして同年7月Montreux Jazz Festivalの模様を収録したアルバム「Montreux Summit vol.1」、こちらは全編大所帯のジャムセッション演奏の中で、この1曲だけGetzのワンホーンカルテットでのプレイ、彼の存在感を誇示した名演奏に仕上がっています。
Stan Getz Quartet Live at Montmartre vol.2

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Montreux Summit vol.1

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リリカルなピアノのイントロに続き、離れた所からスネークインするように低音のアウフタクトからメロディが始まります。艶やかな音色でメロディを切々と歌い上げるShorter、バラードでフィルインを入れるのはいつの世でもピアニストが独占企業、Elvinはお得意のブラシで淡々とキープします。Carterのベースラインにも表情が感じられます。ここでのHancockはShorterのソロやサウンドに一定の距離、付かず離れずのスタンスを置きつつ、バッキングを勤めますが、長年に渡る二人のコンビネーションの原点と言えるのではないでしょうか。97年リリースのDuo作品「1+1」は彼らにとっての集大成的作品です。二人のオリジナルを演奏し、Shorterはソプラノサックスに専念しています。
「1+1」Wayne Shorter / Herbie Hancock

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6曲目Wild Flowerは本作中2曲目のワルツナンバー、美しいメロディと2管のハーモニーが奏る崇高さ、そしてここでも大活躍するHancockのバッキングがジャジーなムードを高めています。先発のテナーソロは一貫してテーマのメロディを感じさせつつ、不定形の極みとも解釈できる自己のスタイルを発揮し、あり得ない世界を構築しています。ソロ終わりに聴かれる大フィルインで珍しく(?)ElvinとHancockの波長が合致しています。続くHubbardのソロも絶好調、リズムセクションとのやり取りも申し分ありません!Hancockのソロを聴くと彼の頭の中はいったいどの様な構造になっているのか、覗いてみたくなるのが常ですが、このソロも例外ではなく摩訶不思議な世界に突入しています。Elvinとのインタープレイも随所に光るものを感じますが、総じてメンバー全員ここでナイスプレーを繰り広げているのは、楽曲が他より比較的ストレートアヘッドな事に由来しているのかも知れません。ラストテーマのアンサンブルは本作中全曲に共通する、初めのテーマよりも音楽的な深さを聴かせて終了しています。


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