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サウダージズ/トリオ・ビヨンド

 ジャック・ディジョネット率いるトリオ・ビヨンド、2004年のライヴ演奏2枚組CD『サウダージズ』を取り上げましょう。

録音:2004年11月21日
会場:クイーン・エリザベス・ホール、ロンドン
エンジニア:パトリック・マレー
編集、マスタリング:ヤン・エリック・コングスハウク、マンフレッド・アイヒャー
レーベル:ECM

トリオ・ビヨンド:(g)ジョン・スコフィールド  (Hammmond organ, el-p, sampler)ラリー・ゴールディングス  (ds)ジャック・ディジョネット

CD 1  (1)イフ  (2)アズ・ワン  (3)アラー・ビー・プレイズド  (4)サウダージズ  (5)ピー・ウィー  (6)スペクトラム
CD 2  (1)セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン  (2)アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー  (3)ラヴ・イン・ブルース  (4)ビッグ・ニック  (5)エマージェンシー

トリオ・ビヨンド/サウダージズ

 本作サウダージズはドラム奏者ジャック・ディジョネットがリーダー、ギター奏者ジョン・スコフィールド、オルガン奏者ラリー・ゴールディングスを擁するトリオ・ビヨンドのデビュー・アルバムで、ロンドンにあるクイーン・エリザベス・ホールで催されたコンサートを収録した作品です。
 各楽器の第一人者ばかりの演奏ですからハイレヴェルなのは間違い無いのですが、全体を貫く凄まじいテンション、メンバーの組み合わせによるケミカルな反応が相乗効果となり、とても3人だけで行われたコンサートとは思えない様相を呈しています。
 しかも演奏やアンサンブルのクオリティに蟻の入り込む隙間もない程の緻密さを湛え、ゴールディングスの足を使って繰り出すベースラインと、両腕を駆使した縦横無尽なオルガン・プレイ、ジョンスコのうねるようにグルーヴしながら繰り出す、アウトするラインと効果音の絶妙さ、更にディジョネットのドラミングの凄まじさには空いた口が塞がらないほどで、ディジョネットが長時間に渡りこれほどの演奏を展開した作品は思い当たりません。
 驚異的なドラミング・テクニックと、豊かなアイデアを伴いつつソロイストに対して有り得ないほどに寄り添いバックアップする、素早く的確なレスポンスぶり、ピアニシモから超フォルテシモを自在に行き来するダイナミクス、何よりドラムを叩かずしてドラムを演奏する(表現の矛盾は十分に承知しています)、音楽をクリエイトする様が手に取るように伝わって来るのが驚きです。

 同じくディジョネットがメンバーの一員としてレギュラー活動を繰り広げるキース・ジャレット・トリオ、ここでのディジョネットは只管ひたすらキースのピアノをフィーチャーするべくのドラミングに徹し、具体的にはアップテンポでもシンバルレガートのみでの対応と、時たま入るスネアのアクセントだけでプレイし、本作とは言わば真逆の演奏を聴かせます。
この猛烈なギャップはディジョネットの音楽家としての幅の広さを物語ります。

 2003年にトリオ・ビヨンドは結成されました。バンドのコンセプトとしては、ディジョネットが在籍したマイルス・デイヴィス・クインテットの前任ドラマー、トニー・ウィリアムスが率いたバンドであるライフタイムの音楽に捧げられています。
 64年8月録音、トニー18歳での初リーダー作品『ライフ・タイム』も同じ名前を有しています。ここでは全曲彼の前衛色の強いオリジナルを、当時のジャズシーンの精鋭たちと演奏していますが、後の同名バンドのプレイとは全く異なるコンセプトです。

ライフ・タイム/トニー・ウィリアムス

 トリオ・ビヨンドのメンバーであるゴールディングスは、97年実際にトニーからバンドへの誘いがありました。トニーはライフタイムのオリジナル・メンバーである同じオルガン奏者、ラリー・ヤングの役割をゴールディングスに委ねようと考えていたのでしょう、しかしトニーが同年2月に51歳の若さで逝去してしまい、バンド活動は幻に終わります。

ラリー・ヤング

 以降トリオ・ビヨンドの名を冠した作品は制作されていませんが、この作品一枚だけでもトリオの音楽は十分に表現されていると思います。もし次作がレコーディングされるならばまた誰か別のミュージシャン、例えばエルヴィン・ジョーンズへのトリビュート作となる気がしています。

トリオ・ビヨンド
ディジョネット、ジョンスコ、ゴールディングス

 ディジョネットのバイオグラフィーをざっと紐解いてみましょう。
42年8月9日シカゴ生まれ、4歳の頃よりピアノを正式に習い始め、13歳でドラムに転向し翌年プロとして初仕事を行います。60年代半ばから地元でR&Bのバンドや多くのジャズバンドで活動します。
 子供の頃からあらゆる種類の音楽を、決してカテゴライズせずに聴いたそうです。オペラやカントリー&ウエスタン、リズム&ブルース、スイング、ジャズ…彼にとっては全てが同じ音楽であり、以降にも通じるフラットな感覚を保ちながら音楽に向かい、また世の中には音楽や人を区別や差別しようとする傾向がある中、ディジョネットはリベラルな考え方を貫いたミュージシャンとしてして、活動し続けます。
 前衛即興派のムハル・リチャード・エイブラムス、ロスコー・ミッチェルらを迎えて自己のバンドで共演し、エイブラムスが発起人となった65年設立AACM(創造的ミュージシャンの進歩のための協会)にも核となるメンバーとして参加し、また謎めいた前衛集団サン・ラ・アンド・ヒズ・アーケストラのメンバーとしても活動します。

 65年9月ディジョネット23歳になったばかりの時に、アルト奏者ジャッキー・マクリーンのリーダー作『ジャックナイフ』に参加します。

ジャックナイフ/ジャッキー・マクリーン

 この頃のマクリーンは50年代のハードバッパーからすっかり脱却し、ジョン・コルトレーンやオーネット・コールマンの音楽に影響を受けており、ディジョネットの起用は相応しいものでした。
 ここでは殆ど初レコーディンの様相を呈する筈のディジョネットの演奏、後年に通じるドラミング・スタイルであるエルヴィン・ジョーンズ譲りの3連符が基本にある、たっぷりとした1拍の長さとポリリズムの提示、重厚なドラムセットの音色、トニー・ウィリアムスに影響を受けたシャープで粒立ちが半端なく、切れ味の鋭いシンバルレガートを十分に確認出来るのですが、これにははっきり言って驚きです。
 17歳でマイルスに抜擢されたトニーもそうでしたが、ジャズドラマーの多くはそのキャリアのごく初期から目覚ましい才能を発揮します。ディジョネットの場合もご多分に漏れませんが、ここでは完璧にその”ディジョネット”ぶりを披露しています。勿論発展途上ではあるのですが、暗中模索を一切感じさせない、それどころか寧ろ熟練したスタイルの発露が見受けられます。
 エルヴィンとトニーのドラミング・スタイルの融合を根底に持つのがディジョネット、そこにフリーフォームのコンセプトとピアノを演奏出来る楽理肌が加わり、ジャンルに捉われないヴァーサタイルさが幅を広げ、他のドラマーの追随を許さない独自の崇高な音楽性を築きながら進歩し続けます。

ジャック・ディジョネット

 66年にシカゴからニューヨークに活動拠点を移し、チャールス・ロイドのカルテットに参加します。ここでのキース・ジャレットとの共演は説明するまでもなくの重要な邂逅となり、以降演奏活動を共にします。
ロイドとは短期間に合計7作もの作品に演奏を残し、66年9月ライヴ録音『フォレスト・フラワー』がロイド・カルテットの代表作となります。

フォレスト・フラワー/チャールス・ロイド

 ディジョネットはこの頃にジョン・コルトレーンのクインテットにシットイン(客演)し、3曲共演する機会を得ます。エルヴィンは既に退団しレギュラー・ドラマーはラシッド・アリ、そしてコルトレーンは前衛ジャズの領域にどっぷりと足を踏み入れていた頃ですが、ディジョネット自身もシカゴ時代に培ったフリーフォームの素養があり、寧ろコンセプトとしては合致していた事でしょう。
録音が残されていたら是非とも聴いてみたいものです。

 68年ビル・エヴァンス・トリオへの参加で6月にモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演、ここでピアノトリオの概念を変えるほどの鮮烈なプレイを聴かせます。アルバムはお城のジャケットで有名な『ビル・エヴァンス・アット・ザ・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』。
近年同時期のライヴやスタジオ録音が発掘されましたが、同様にエディ・ゴメスを擁し、いずれでも素晴らしいプレイを聴かせます。

ビル・エヴァンス
アット・ザ・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル

 同年エヴァンス・トリオがロンドンのロニー・スコッツ・ジャズ・クラブで演奏の際、マイルスがディジョネットの演奏を聴きその才能を認めてクインテットに迎え入れます。以降マイルスの代表作にしてモダンジャズの次なるスタイル、フォームをサジェストした作品ビッチェズ・ブリュー、オン・ザ・コーナー、アット・フィルモアなどのアルバムでディジョネットの壮絶なプレイを、伝説的なワイト島のミュージック・フェスティヴァルの映像でその勇姿を確認することが出来ます。

ビッチェズ・ブリュー/マイルス・デイヴィス

 マイルス・バンド退団後はギタリスト、ジョン・アバークロンビーと組んだグループであるディレクションズ、フリーフォームが中心のミュージシャンたちレスター・ボウイ、デヴィッド・マレイとスペシャル・エディションを組織します。
そしてリーダーの体調不良とベーシスト、ゲイリー・ピーコックの死去により現在は中断しているキース・ジャレット・スタンダーズ・トリオの活動は20作以上にも及ぶ作品群から、その充実ぶりを窺い知る事が出来ます。
 ジョンスコとコンビを組んだ2017年作品『ハドソン』はメンバーのオリジナルほか、ボブ・ディランやジョニ・ミッチェル、ジミ・ヘンドリックスのナンバーを取り上げ、ポップさをスパイスにアレンジを行い、ジャズ・スピリットを表現し、曲によってはフリーフォームに至らんとする、いかにもディジョネットらしい音楽性を盛り込んだ作品に仕上がりました。

ハドソン
/ディジョネット、グレナディア、メデスキー、スコフィールド

 サイドマンとしての活動はマイケル・ブレッカーとのコラボレーションが際立ちます。マイケルは自身の多くのアルバムに敬愛するディジョネットを迎え、マイケルが描くジャズの理想像をディジョネットと共に存分に表現しました。
96年作品『テイルズ・フロム・ザ・ハドソン』は EWIを用いず、テナーサックス奏者としての表現に拘った傑作です。

テイルズ・フロム・ザ・ハドソン
/マイケル・ブレッカー

 それでは収録曲について触れて行く事にしましょう。
CD1の1曲目イフ、ジョー・ヘンダーソンのオリジナル、ブルースのコード進行をベースにした斬新なメロディラインはジョーヘンならでは、彼は他にも多くのユニークなブルース・ナンバーを書いています。
 テーマ演奏はいきなりディジョネットの激しいフィルを伴って開始されます。ゴールディングスの文字通り端正なフットワークがベースラインを刻み、ディジョネットはテーマのリフにビートの塊の様なドラミングを駆使してカラーリングを行います。ジョンスコのギターメロディのカッコ良さ、これは音色の妙とニュアンス、そしてタイミングに由来します。
テーマ2コーラス目はオルガンがメロディにハーモニーを施し、グッとサウンドが豊かになります。
 ラリー・ヤングの65年11月録音作品ユニティにも同曲が収録されています。
ここではトランペットとテナーサックス2管で演奏されていますが、ゴールディングスのハーモニーはユニティでのプレイを彷彿とさせます。そしてドラマーはエルヴィン・ジョーンズ、重厚さと相反するスピード感はディジョネットと全く比肩し得るもの、テーマ奏でのエルヴィンのカラーリングの絶妙さは彼のスタイルと曲想がマッチしており、ディジョネットは恐らくこの演奏を踏まえているでしょう、その上でより密なカラーリングを表現しています。

ラリー・ヤング/ユニティ

 二人のドラマーが繰り出す3連符の強力さ、推進力、粘り具合にジャズのリズム、ビートは3連符由来のバウンスが命なのだと、再認識させられます。
そして既にこの時点でバンドとしてのトリオ・ビヨンド、表現の方向性が明確に打ち出されています。
 テーマ後一度テンションを落とし、ジョンスコのソロがスタートします。
シンバルレガートとペダルによるベースの関係、両者のリズムの構図についてですが、同等の位置に存在するか、シンバルの方がほんの僅か立ち上がりが速いように聴こえます。そしてゴールディングス自身の足が繰り出すベースのタイムよりも、両腕のラインの方が若干早い傾向にあります。
 脱力したギタープレイからは、寧ろ一音一音に魂を込めるべくのパッションが伝わります。イメージを膨らませるためには何しろ力の抜け加減が大切です。しかし何処かにハイテンションを蓄えておかない事にはスピリットの具現化は行えません。ここでも相反する事象が存在する事によって、共演者とのインタープレイが成立するのです。
コルトレーン作のブルース、ベッシーズ・ブルースのメロディ引用、1分48秒から始まるソニー・ロリンズのオレオでのソロフレーズ、そのままの引用(マイルスの『バグス・グルーヴ』収録)を含め、リラックスしつつユーモアを交えて大きく唄うジョンスコ、とは言え一触即発状態は継続し、ディジョネットはギターのフレージングのに絶妙にフィルインを入れ、ゴールディングスはギターソロに的確にバッキングを施し、足で繰り出すベースラインと両腕の打鍵は各々全くの別人格を有するのでは、と想像させます。
 それにしてもこれだけのインタープレイを行い、洪水の如くエキサイティングなフレーズを繰り出すディジョネット、サポーターとして全く密に両腕両足駆使して伴奏を行うゴールディングス、寸分の狂いや揺らぎ無しに演奏を継続出来る二人の恐るべき演奏技能、そしてこれらを産み出す情熱やヴァイタリティには身の引き締まる思いです。

 ソロを終えたジョンスコへ、オーディエンスから盛大なアプローズが贈られますが、レコーディングの音質が素晴らしいのでホールでのライヴ演奏だった事をすっかり忘れていました。
ECMレーベルはもともと録音のクオリティが高い事で知られていますが、本作はいつものエンジニアであるヤン・エリック・コングスハウクが編集とマスタリングの方に回り、ここではパトリック・マレーがレコーディングを担当します。
 マレーはマイルス・デイヴィスのかつての音源の編集やカルロス・サンタナ、ジョンスコのレコーディングを手掛けたエンジニア、本作への起用にはジョンスコの推薦があったのかもしれません。
各楽器の音像、配置、分離感、音色、ダイナミクス全てが申し分のない次元で成されており、「いつものECMサウンド」とは一線を画す、別物に仕上がっています。
しかもライヴ演奏であり、ピアニシモとフォルテシモの音量の幅が半端ないディジョネットのドラミングを的確に捉えてレコーディングするテクニックには、大いに感銘を覚えます。

 引き続きオルガンソロへ。結局ここではディジョネットとデュオで演奏しているのですが、この濃密な音空間は一体どういう事でしょうか。インタープレイは人数の少ない方がより容易なのでしょう、ギターのソロ時よりもディジョネットのドラミングのフォロー感は猛烈で、ジョンスコはバッキングで加わるスペースを見つけ辛い様に見受けられます。
 オルガンソロ後、ジョンスコが割り入るようにソロを始めます。間違いなくゴールディングスとディジョネットのやり取りにインスパイアされ、堪らずにプレイを再開し、スピード感が倍増したかの撥弦を聴かせますが、ドラムとの1コーラス=12小節トレードが始まりました。
音の洪水にして斬新なフレーズ群、何ものにも束縛を受けていないコンセプトによる恐るべき猛打の連続です!
つくづくディジョネットのドラムソロは、一体どのような構造から成り立っているのかと考えさせられます。何度聴いても彼の叩く12小節の長さ、4小節単位のアタマを判別する事が出来ません。
まさかフリーフォームに由来するプレイではないでしょうが、拍の捉え方、ビートの概念が異なり、ポリリズムも加わるため難解になりますが、大変スリリングなプレイの連続です。因みにこの事はエルヴィンのドラムソロでも全く同じ事が言えます。
 ドラミング・フレーズの王道であるフィリー・ジョー・ジョーンズのリック、ドラマーの誰もが一度は影響を受け、ディジョネットに関しても通過したフシは伺えますが、本作ではそこから飛翔し、言語形態や文法、発音からして全く異なるエイリアンの如き奏法を築き上げています。
 ベース音をコーラスのアタマに鳴らすゴールディングスは、概ねドラム・フレージングの構造を把握出来ている様ですが、様子を伺いながら演奏している時も存在します。続いて4小節交換となり、スパンが短くなる分判別は容易になりましたが。
 その後ラストテーマを迎え演奏は大団円を迎えます。トリオ編成にも関わらずのコンプリケートでパワフルなプレイ、アンサンブルの完璧さ、リズムのグルーヴ、サウンドの豊富さ、何より各ソロイストがハプニングを楽しみつつハイパーなインプロヴィゼーションの応酬を行う、こんな凄いブルース演奏を聴いた事がありません!

 2曲目アズ・ワンはゴールディングスのナンバー、オルガンのフリーソロから始まります。落ち着いたところでギターがルバートでメロディを奏で始め、ドラムがマレットを用いてタムを中心にサポートします。メロディにはオルガンがハーモニー付けを行いつつ、ムーディに演奏が継続し、オルガンが最後に伸ばした音に被りながらディジョネットが激しいフィルを繰り出し、次曲に繋がります。

 3曲目アラー・ビー・プレイズド、アズ・ワンからメドレー形式で切れ目なく演奏されるこの曲はラリー・ヤングのナンバー。ライフタイムの70年7月録音アルバム『ターン・イット・オーヴァー』に収録されています。
ブルースフォームを中心とした、テンポが様々に変わる43秒の短いナンバー、こちらも次曲に繋がって演奏されます。

ザ・トニー・ウィリアムス・ライフタイム
/ターン・イット・オーヴァー

 4曲目表題曲サウダージズはメンバー3人の共作よるオリジナルになります。ディジョネットの大きなフィルに引き続きヘヴィーな8ビートのリズムが刻まれ、ジョンスコのカッティングが始まり、ギターによるテーマが提示されます。
リズム・パターンの間を縫うように入るベース・パターンはリアル・ベースプレーヤーの如きセンスに基づいています。
ギターソロがフィーチャーされます。ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユーのメロディとおぼしきラインが挿入され、ジョンスコ・ワールド全開、ゴールディングスは効果音を様々に放ち、トリオは重厚なビートを継続させます。ユーモラスな雰囲気さえ湛えた演奏はレゲエのリズムも感じさせながらフェードアウトします。

 5曲目ピー・ウィー、ディジョネットのMCが入り、次曲の紹介をします。トニー・ウィリアムスのナンバーでマイルス・デイヴィスのアルバムE.S.P.収録のピー・ウィーと述べていますが、実際にはソーサラーに収録されています。
 ソロギターのイントロから始まります。イメージを膨らましながら撥弦するジョンスコ、フレッシュなラインの連続にはジャズ・クリエイターの側面を感じさせます。
ハイハットが鳴らされ、ブラシを携えたディジョネットがゴールディングスのオルガンと共に、スペーシーにワルツのリズムから成るテーマを演奏し始めます。
 引き続きソロはオルガンから、独特のムードを持ったこの曲に相応しいサウンドを伴いながらプレイされます。ディジョネットは初めブラシを用いて、途中からスティックで伴奏します。ここではスネアのフィルインやレガートの音色から、トニーのプレイスタイルを垣間見る事が出来ます。
 ジョンスコのソロが始まります。ホーンライクと言う表現が相応しいアプローチには穏やかさと激しさの両面が交互に現れ、雄弁に語ったかと思えばボソボソと独り言を呟くが如き、サックス奏者で言えば身体を揺らして演奏する事で、マイクロフォンから遠ざかったり近づいたりの、オフ・オンマイク状態の如き様相も呈し、多くのメッセージを含んだフレージングの語尾には、ブレスを用いたかの微妙なニュアンス、ヴィブラート、ディミヌエンドが施されます。
 ディジョネットとの相性の良さを感じるのですが、ジョンスコのラインに呼応し激しい連打を繰り返す場面とパーカッシヴな対応、放置も一つの表現で次なるステップへの準備、ジョンスコはディジョネットが行いたい表現を上手く引き出す事の出来る、理想のパートナーです。
 ラストテーマは特に明確に演奏されずエンディングに向かいます。3者思い思いの音を発しながら次第にフェードアウトでFineです。

ソーサラー/マイルス・デイヴィス

 6曲目スペクトラム、ジョン・マクラフリンのナンバーでライフタイムのアルバム、69年5月録音エマージェンシーに収録されています。
難解なテーマとハードロックテイストが合わさった、いかにもハイパーギタリスト、マクラフリンのナンバー。オリジナルと同様にソロはアップテンポのスイングで行われます。
 先発ジョンスコは快調に飛ばします。このテンポでのドラムとオルガンのペダルベースのコンビネーションが実に絶妙、ギターのタイトにしてうねるグルーヴと合わさり、オーディエンスを未到達の世界に誘いいざないます。
演奏がピークに達したところでギターの音色が変わります。これが崩壊に向けての呼び水となり、演奏はフリーフォームに突入、ジョンスコのアヴァンギャルドさ、効果音をふんだんに織り込んだゴールディングスのコードワークはクラスター状態、ディジョネットの激打は彼の真骨頂を表し、ついに演奏はストップし、オーディエンスは大いなるアプローズを捧げます。
 ゴールディングスは引き続き効果音係を務め、続いてディジョネットのソロに変わります。一度極小まで音量を落とし、スティック2本だけ用いてカラフルに音を鳴らすなどしながら、次第に世界を構築して行きます。時間を掛けながら盛り上げますが、ピークまで到達せず、5合目辺りの程良きところでギターとオルガンが入り、たっぷりとしたテンポでテーマの断片を演奏し始め、再びフリーの世界に入り、Fineを迎えます。会場ではさぞかし見せる、聴かせるのパフォーマンスであった事でしょう、オーディエンスの歓声の凄まじさから十分に想像することが出来ます。
 ディジョネットのMC、最初はマイクのスイッチが入っておらず、ゴールディングスを紹介する声は明瞭ではありませんでしたが、その後マイクがオンになり、鬼気迫る素晴らしい演奏を繰り広げたジョンスコの名前を誇らしげに連呼し、今度はジョンスコがディジョネットの名前を滑舌良く紹介しますが、心から納得行く演奏を行えた者ならではの、充実感に満ちた声のトーンを感じます。

 CD2の1曲目セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴンはヴィブラフォン奏者ヴィクター・フェルドマンのナンバー、マイルス・クインテットの重要なレパートリーの1曲で、63年5月録音の同名アルバムに収録されています。勿論ここでのドラマーはトニー、この作品でマイルス・バンド・デビューを飾りました。
 ここでは通常とは全く異なった、斬新なアレンジが施されています。
まずイントロはラテンによる3拍子ないしは6拍子の、複雑なシンコペーションを有するセクション、しかし珍しく3人がバラけ気味に演奏しています。
ディクレッシェンドしてテーマに入りますが、これまたトリッキーなテーマです!サビ部分も大胆に改変され、セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴンとかろうじて判別出来る状態です。
イントロに戻り、ソロが始まります。ここでは従来のコード進行、フォームそのままで演奏されます。
 先発ソロイストはジョンスコ、彼の弾くライン自体複雑にしてインパクトがあるのですが、何しろディジョネットの煽りまくるプレイが物凄く、終始壮絶な演奏が継続します。
ヴァンプが挿入されブレークのピックアップからゴールディングスのソロへ。ジョンスコよりも拍の長さがやや詰まり気味に感じられますが、その分スピード感とも解釈出来ます。
音使いもジョンスコよりオーソドックスさを確認できますが、用いられる4度系のラインにはラリー・ヤングを感じます。
ベースが突然居なくなります。ゴールディングスが単に足踏みを止めたのですが、この事によりサウンドがガラッと変わるのが耳新しく、違った世界に突入した感があります。その後再び足ベースが復活しますが、ゴールディングスそちらに気を取られたのか、対応に苦慮し一瞬リズムが乱れましたが、気を取り直してソロを継続、その後ヴァンプが入りオルガンソロが終了、そのままヴァンプのパターンを使ってドラムソロへ。
一度カームダウンし、次第に世界を構築して行きます。天からアイデアが降臨してくるかの自然発生的なドラムフレーズの連続には、ここでも驚嘆を覚えます。
ラストはテーマに戻らず次第にディミヌエンドし、そのままドラムソロの延長上にシンコペーションのキメを設けてFineです。
 素晴らしい演奏には違いないのですが、本作中ゴールディングスのタイムがラッシュする、曲中のシカケの幾つかにリズムの不安定要素が表出したテイクになりましたが、ディジョネットとジョンスコのタイム感の確実さを炙り出した形になります。

セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン/マイルス・デイヴィス

 2曲目アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリーは作曲家ジュール・スタインのナンバー、前曲と同じセヴン・ステップス・トゥ・ヘヴンに収録され、マイルスのライヴ・アルバムでも取り上げられました。
 冒頭ゴールディングスがエレクトリックピアノを用いてイントロを奏でます。この音色はフェンダー・ローズではありません。ウーリッツァー、若しくはシンセサイザーによるエレピの音色のように聴こえます。
テーマはギターが奏でますが、オルガンの持続音がブルージーさを醸し出します。
ディジョネットは初めからスティックを用いてプレイし、カラーリングを行います。重厚なビートに支配され、ヘヴィーなグルーヴを示すプレイはバラードから逸脱し、もはやR&Bの範疇に属します。
じわじわと盛り上がり、このバンドの演奏なので後には爆発を迎えそうでしたが、抑圧されつつそのままラストテーマへ、ヴァンプを演奏しながら次曲ラヴ・イン・ブルースに繋がります。

 3曲目ラヴ・イン・ブルースはメンバー3人の共作、ジョンスコをフィーチャーしています。ギターはテープの逆回しのようなサウンドを交えながら、トリオはシンプルなサウンドの上で大いに盛り上がり、ピークを迎えて次第に音量が落ちて行き、収束に向かいます。一瞬の静寂の後、オーディエンスのアプローズが鳴り響きます。
ディジョネットのMCが入り、次曲ビッグ・ニックの紹介があります。ディジョネットの”コルトレーン”の発音に敬意が込められていると感じました。
ライフタイムの最初の作品、エマージェンシーに収録されたナンバーと言っていますが、実際には前出のターン・イット・オーヴァーに収録されています。

 4曲目ビッグ・ニックはジョン・コルトレーンのオリジナル、アルバム『デューク・エリントン・アンド・ジョン・コルトレーン』に収録され、コルトレーンはソプラノ・サックスを用いて演奏しています。
タイトルは伝説的テナーサックス奏者ビッグ・ニック・ニコラスの事で、コルトレーンは若い頃にニコラスのプレイから影響を受けたそうです。

デューク・エリントン・アンド・ジョン・コルトレーン

 トリオ・ビヨンドは『ターン・イット・オーヴァー』収録のヴァージョンに基づいており、オリジナルよりもずっと速いテンポ設定で演奏されています。
テーマはギターとオルガンがラフな形でテーマをユニゾンします。ソロはオルガンから、魅力的な音使いをふんだんに用いてスインギーに行われます。ゴールディングスはこの位のテンポでは確実にタイムを掴み、レイドバックを行いながらソロを展開します。ディジョネットのサポートはもちろん、ベースの的確さ、おっと、ベーシストはゴールディングス自身でしたね、バランスの取れたプレイに徹しています。
 続いてジョンスコのソロはリズムの捉え方の大きさ、拍のたっぷり感に風格さえ感じ、同時にスピード感も伴う理想のグルーヴを聴かせます。一聴しただけで彼と判別出来るフレージングの独創性、音色の魅力、効果音の用い方、また彼のの取り方には””を唄う、と表現しても良いほどの的確さを感じます。永年ジャズシーンでその名を轟かせているだけの事はあると捉えています。
 程良きところでゴールディングスが伴奏の手と足を休めます。ギターとドラムのデュエット状態、いきなり公衆の面前で裸にさせられたかの展開ですが、ここぞとばかりに前述の彼の個性を一切の躊躇なく表出させ、恰もあたかもディジョネットのドラミングにぶつけているかのようです。
 その後テーマの断片を弾き始め、ここでのモチーフを繰り返すことでドラムソロとトレードします。洒落たアイデアに基づいたキックでのやり取りに、ディジョネットもコンセプトを把握しながらテイストに合致させてプレイします。
何度か繰り返した後、オルガンのグリッサンドがきっかけとなり、ドラムス独奏のソロへ。サムシングニューを表現すべくイメージを膨らませながらもシンプルに叩き、音量コントロールも的確に、そもそもドラミング自体の音色が美しく魅力的であるので思わず聴き入ってしまいます。
 極小の音量までディミヌエンドした後、次第にクリエイティヴさを掲げた構築ぶりを見せ、ドラムソロの美学を遺憾なく発揮します。完璧なドラミング・テクニックとイメージの発露が自転車の両輪の如く縦走し、ワン&オンリーなプレイを聴かせます。スネアだけでビッグ・ニックのメロディラインを叩き、テーマを明確に感じる事が出来ます。
ジョンスコが一度だけ前出のキックをプレイ、その後ラストテーマへ。トニー・ウィリアムス・ライフタイムがこの曲で手掛けた手法を受け継ぎながら、更に進化させたヴァージョンに仕上げました。

トニー・ウィリアムス

 5曲目コンサートラストのナンバーはエマージェンシー、トニーの作曲でライフタイムのナンバーです。
テーマはハードロック色が強く時代を感じさせるテイストですが、ソロはファスト・スイングに切り替わります。ディジョネットのシンバル・レガート、ゴールディングスの繰り出すベースによるグルーヴが堪りません。
ジョンスコが先発、彼のギタープレイには有史以前から決して枯渇することの無い砂漠のオアシスに存在する泉の如く、無尽蔵にフレーズとアプローチが湧いて来ます。
 比較的早くフリーのカオス状態が訪れ、3人のコレクティヴ・インプロヴィゼーションに突入します。テンポは半分以下に落ちてオルガンソロへ、効果音を入れるジョンスコ、ディジョネット、フリーフォームでの多彩な表現を楽しみながら次なる展開を伺いつつ、お経を唱えるかの声が聴こえます。恐らくジョンスコでしょう、少し高めの別な声も聴こえ始め(多分小柄なゴールディングスが発しています)、バンドは次第にアッチェレランドし、激しさを増しながらピークを迎え、その後リタルダンドしながら徐々に収束に向かいます。
 とうとう演奏が終わりました。ディジョネットがゴールディングス、ジョンスコの名前を声高々に連呼し、変わってジョンスコが賛辞の意を込めながらディジョネットの名前を紹介します。ジョンスコがそのまま聴衆に締め括りの意を表し、2時間近く行われた歴史的なコンサートは閉幕となります。

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