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オン・ザ・マウンテン/エルヴィン・ジョーンズ

エルヴィン・ジョーンズ1975年録音のリーダー作『オン・ザ・マウンテン』を取り上げましょう。

録音:1975年
スタジオ:レッド・ゲイト・スタジオ、ケント、ニューヨーク
エンジニア:ヤン・ハマー
プロデューサー:ジーン・パーラ
レーベル:PMレコーズ

(1)ソーン・オブ・ア・ホワイト・ローズ  (2)ナムー  (3)オン・ザ・マウンテン  (4)スモーク・イン・ザ・サン  (5)ロンドン・エアー  (6)デスティニー

(ds)エルヴィン・ジョーンズ  (p, el-p, synth)ヤン・ハマー  (b, e-b)ジーン・パーラ

オン・ザ・マウンテン/エルヴィン・ジョーンズ

エルヴィンの音楽性を語る上で欠かす事の出来ない、60年代ジャズシーンを牽引したテナーサックス奏者ジョン・コルトレーン、彼とは約6年間演奏を共にし、その間に音楽的でダイナミックなドラミングを習得します。日々のギグや欧州ツアーで多大な影響を彼から受けました。
バンドを退団したのが65年末、そしてコルトレーンの逝去が67年7月、68年以降エルヴィンはコードレスでサックス奏者を複数擁した編成でのレコーディングを多数行います。

71年にはピアニスト、ギタリストも含めた様々な編成で、エルヴィンの魅力をダイジェストかつコンパクトに纏めた作品『メリー・ゴー・ラウンド』をリリースします。この作品で一度自身の音楽性を総纏めした感がありますが、引き続きコードレス・テナーバンドを率いて演奏活動を展開します。

72年9月9日エルヴィン45歳の誕生日にライヴ・レコーディングされた『エルヴィン・ジョーンズ・ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』、デイヴ・リーブマン、スティーヴ・グロスマン両雄テナー奏者をフロントに迎えたコードレス・カルテット、エルヴィンはいつも以上に豪快にして繊細なプレイを繰り広げ、テナー奏者達はコルトレーン・スタイルの総決算とも言うべき、知的にして独自に確立された方法論を駆使したインプロヴィゼーションを、互いに刺激し合いながら繰り広げます。
これは数あるエルヴィンのリーダー・アルバムの最高傑作と言えましょう。

エルヴィン・ジョーンズ・ライヴ・アット・ザ・ライトハウス

エルヴィンのリーダー作で本作『オン・ザ・マウンテン』のようなピアノトリオ編成は珍しいですが、72年2月に日本が誇るピアニスト菊地雅章氏とのコラボレーションを収めた作品『ホロー・アウト』がレコーディングされています。

ホロー・アウト/エルヴィン・ジョーンズ、菊地雅章

日本制作ではありますが、ニュージャージーの名門ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音され、ゲルダー自身がエンジニアを務め、レコードのカッティングも行い、エルヴィンがプロデューサーを兼任しました。
トラディショナルなピアノトリオの形態を維持しつつの現代音楽的アプローチ、和のテイストも内包した演奏です。
本作同様ベーシストにジーン・パーラを迎えていまます。パーラとのプレイは71年2月録音『ジェネシス』から、それ以来エルヴィンとは抜群のコンビネーションを聴かせています。
後年は付かず離れずのスタンスで共演しましたが、重要な場面では彼の起用が目立ちました。

『オン・ザ・マウンテン』はピアノ、キーボード奏者ヤン・ハマーの存在があってこそ成立しています。
ハマーは48年4月17日生まれ、チェコスロヴァキア、プラハ出身。10代からジャズピアノを始めますが、68年いわゆるプラハの春でロシアからの迫害を逃れるべく故国を去り、渡米しバークリー音楽院で学びます。

その後彼が僅か数年で競争の激しい米国音楽シーンにスムーズに浸透し、大活躍する事が出来たのは、高い音楽性と超絶テクニックを有するピアノプレイ、優れたタイムとグルーヴ感、ジャズを始めとしてロック、ポップスあらゆる音楽に柔軟に対応する自在性を有したからです。
実に器用なミュージシャンでしかも華があり、恐らく周囲のミュージシャンとも屈託なくコミュニケーションを取る事の出来る、ナイスガイなのでしょう。

共演者はジョン・アバークロンビー、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラ、ジェフ・ベック、ミック・ジャガー、カルロス・サンタナ、ニール・ショーン、スティーヴ・ルカサー、枚挙に遑がありません。
作曲、アレンジにも長けTVや映画音楽も数多く手掛けます。
ランディ・ウォルドマン、アラン・パスカ達も同じタイプのピアニスト、アレンジャー、ケニー・カークランドのプレイにも同じ匂いを感じる時があります。

ヤン・ハマー

本作と同時期75年録音ジェフ・ベックの『ワイヤード』はベックの代表作にしてロック界の金字塔ですが、参加したハマーがキーパーソンとなり、彼のキーボードプレイが作品のクオリティ向上に何役も買っています。ここではオリジナル楽曲提供の他、ドラムまで演奏する活躍ぶりです。
ロック作品ではありますが、ベックがジャズに傾倒していた時期に該当し、ハマーの参加がジャジーなスパイスになりました。

ジェフ・ベック/ワイアード

閑話休題、エルヴィンは演奏を俯瞰する力量が半端無く、サイドマンに回った時にリーダーの音楽を映えさせる能力が抜群であると思います。
主体に対しどのようなヴィジョンを持って対処すれば良いのか、自分の立ち位置もしっかり踏まえつつバランス良くドラミングを行い、カラーリングに至ってはジャズ史上最高のセンスを持つと信じています。これは俯瞰力の賜物でしょう。

彼の演奏によりリーダーの音楽がこれ以上はあり得ないと言う次元まで表出されるのに、エルヴィンの音楽性が同時に色濃く出て、しかし全く過剰にはならず、寧ろ不可欠の存在となっているのも驚きのひとつです。
一体化と共演者の個性の表出は相反する事象かもしれませんが、エルヴィンの場合絶妙のブレンド感を提示するのです。
マイルス・デイヴィス・クインテットに於るウェイン・ショーターも全く同じシチュエーション、膨大な数から成るマイケル・ブレッカーの歌伴演奏も同様だと思います。

こうも考えられますが、ドラマーがリーダーのレコーディングは他の楽器奏者の場合よりも、共演者の音楽性、力量、相性が大切です。ドラムという楽器がメロディやコード感の提示が無く、他の楽器との共同作業を経て音楽を作って行く必要があるためです。
加えてエルヴィンの場合には彼の音楽性を注入する事が可能な、容量の大きな器を有する奏者でなければなりません。さもなければ自身は孤軍奮闘に陥ります。
誰よりも巨大なミュージカル・キャパシティの持ち主エルヴィン、ハマー、パーラのふたりは彼にとって申し分ない受容体、キャラクターの持ち主、3人の共同作業が名演奏を生み出しました。

エルヴィン・ジョーンズ

それでは演奏内容に触れて行きましょう。
1曲目ソーン・オブ・ア・ホワイト・ローズ、白い薔薇の棘という意味のハマーのオリジナルです。
冒頭エルヴィンにしか成し得ないドラムソロに導かれ、ワン&オンリーのカリプソのリズムが開始されます。オープニングに相応しいエルヴィン・ワールドがいきなり表出されます。
アップテンポのテーマはムーグ・シンセサイザーによるもの、深いところに位置するビート、リズムのスイートスポットを押さえたスピード感、そしてトリオ3人のタイムの合致度、何というタイトなリズムが繰り出されているのでしょうか。

エルヴィンのプレイの特徴の一つにリズムのうねりがあり、そこから発するグルーヴに魅力を感じます。ここではハマーのシャープなタイム感も影響しているのでしょうが、エルヴィンのソリッドなリズム感を再認識させられました。
そしてドラムのフィルに導かれ大きくリタルダンドとフェルマータ、その後徐にアテンポでソロが開始されます。エレクトリック・ピアノとシンセサイザーが同時にプレイされますがオーヴァー・ダビングではないでしょう。スキルの度合いが高いハマーですから。
再びドラム指導でリタルダンド、リックに陥る事なくたっぷりとリズムをためながら毎回異なったアプローチでテンポが遅くなり、フェルマータ、元のテンポに戻って行きます。
アテンポの際のドラムとベースの阿吽の呼吸によるオンの合致具合、それは見事です。
シャッフルのようなリズムも繰り出すエルヴィン、ハマーは作曲の際にどの程度エルヴィンのドラミングをイメージしてアレンジを書いたのでしょう、またどのようなミュージカル・サジェスチョンを彼に施したのか。いずれにせよ彼のドラミングのためにあるようなナンバーに仕上がりました。
合計5回にも及ぶリタルダンド、フェルマータ、アテンポを繰り返し、ラストはこれまた特に大きくリタルダンドを行い、深い終止感を得てFineを迎えます。

2曲目ナムーはパーラのオリジナル、ハマーの厳かなイントロに導かれ、ベース・プレイが始まります。芳醇な木の響きが魅力の彼のコントラバス、ピアノの伴奏が的確に追従します。そのまま3拍子でテーマが始まります。どこまでがメロディか区別が付き辛いですが、ソロに突入します。

正確なピッチコントロール、うねるようなビート感、自作曲ゆえでしょう、たっぷりと自己表現を行いますが、ハマーのパーカッシヴなバッキング、寄り添いながらも挑発を行い、エルヴィンは伴奏をハマーに任せたとばかりにシンバル・レガートのみのプレイ、彼の場合「やらなさ加減」も音楽に内包されます。

ベースソロもピアノの伴奏も佳境に入ったところで次第にエルヴィンもアクティヴ態勢に入り、ハイハットを叩き始め、ピアノソロへと移行します。
リズミックに様々なアプローチを提示しながら打鍵が盛り上がり、エルヴィンは彼のフレージングに対し全くナチュラルにレスポンスしますが、プレイに寄り添いつつ、楽しみながらカラーリングする様を感じます。ハマーの休符やフレージングの裏拍、弱拍に対してエルヴィンのスネアやクラッシュが絶妙に入る一体感は、音楽的なドラマーがリーダーならではのプレイです。

ピアノソロはメロディを交えつつ次第に収束に向かい、ラストテーマをベースが奏でます。パーラは伴奏時にエルヴィンをサポートしつつ、自分のソロ時に出す所は出し、抑えるポイントをしっかりイメージしながらのプレイを行います。

ジーン・パーラ

3曲目表題曲オン・ザ・マウンテンはパーラのナンバー、コード進行が美しく抒情性を示しながらドラマチックに、エルヴィンの軽快でいて力強いボサノヴァのドラミングをフィーチャーしています。ドラムの打面やスティックのチップの当て方を変えることによる、巧みな音色の変化付けも彼の特徴です。

テーマ奏はムーグ・シンセサイザーを用い、そのままソロに入るとエレクトリック・ピアノが主役に転じます。
コード進行の妙によるアドリブラインの巧みさに、エルヴィンは多様性を持ちつつ対応します。一触即発を保ちながら音楽がスムーズに進行出来るのは、メンバーの相性の良さが不可欠と感じますが、パーラのドラミングへのサポートにはエルヴィンに対する敬愛の念を強くイメージさせます。通常のドラマー、ベーシストのコンビネーションとは格が違いますから。

4曲目スモーク・イン・ザ・サンはハマーのオリジナルのワルツ・ナンバー。エルヴィンならではのヘヴィでスピード感のあるグルーヴが魅力です。
3拍子はエルヴィンの得意とするところ、スネアやバスドラムでのアクセント付けとフィルインの巧みさが申し分ありません。
こちらもムーグによるメロディ奏とエレピによるソロが行われ、随所にハマーらしいリズミックな仕掛けが施された、ユニークな楽曲に仕上がっています。
テーマ後ヴァンプ・セクションのように一度落ち着き、エルヴィンのたっぷりとした拍の長さに全く同期し、ハマーのソロが繰り広げられ、パーラが精緻さを以てサポートします。

ハマーがムーグ・シンセサイザーを駆使して気持ちよさそうにソロを取りますが、この音色が現代の耳にはコーニーに響くのは否めません。
反してエルヴィンのドラミングのスポンテニアスさは、間違いなく時代を超えて未来永劫まで存在するでしょう。

5曲目ロンドン・エアーもハマーのナンバー、ミステリアスな雰囲気のピアノソロですが左手がユニークなラインを奏で、ベースも追従します。
いきなりドラムも加わりインテンポになります。こちらもワルツ・ナンバー、遅めのテンポ設定からかドラムは全編ブラシを用い、ベースもスペーシーにプレイします。
惚れ惚れするタイム感でハマーが縦横無尽に打鍵し、エルヴィンのバスドラムが絡みます。右手のムーグと左手のピアノのコードワークが別人格のように交差しつつ演奏を行い、ソロはピアノをメインに行われます。
パーラのベースプレイは伴奏という役割を通り越し、ハマーを挑発しながら同時にエルヴィンとのコラボレーションを享受しているように感じます。

ソロが佳境に入りエルヴィンのブラシとバスドラムの表現も山場を迎えますが、その先を考えての場面設定も行なっているように思えます。
再びムーグ・シンセサイザーの登場、場面を刷新する勢いですが、左手ピアノでのコードワークとの対比が斬新に響き、パーラのアグレッシヴさも際立ちます。
ラストテーマは特に演奏されず、ムーグでのプレイがそれに該当したようです。

6曲目デスティニーはパーラのオリジナル、8小節から成るモチーフ中のシンコペーションを合わせつつ、只管繰り返す技法で演奏されますが、ハマーが途中からムーグでメロディをユニゾンでプレイ、またフィルインを挿入し楽曲を活性化させています。

アルバムのラストに相応しいハイテンションを有するナンバー、テーマ後いきなりドラムソロへ。一聴すぐにエルヴィンと分かるフレージングで、内容的にはいつもの彼のリックなのですが、毎回どうしてこうも心の琴線に響くのでしょうか。
ハードバップ時代のドラマーの多くはソロ時に耳馴染んだフレーズを叩くことを常とし、様式美の中で音楽を演奏していました。
エルヴィンもその意味では彼なりの様式美を掲げてプレイしていると言えますが、凡百のドラマーとは表現のインパクトが異なります。

エルヴィンに影響を受けているジャック・ディジョネットのプレイに至っては、演奏その都度に新たなフレージング、アプローチを構築するかの斬新なドラミングを聴かせています。

入魂振りが半端ないドラミングを常に感じさせるエルヴィンのプレイは一体何が異なり、同じフレーズ、リックを用いても毎回新鮮なドラミングに仕上がるのでしょうか。
彼の演奏を聴く度に感じるこの疑問は、これからもエルヴィンのプレイを鑑賞する毎の楽しみのひとつでもあります。

途中からシンセサイザーが加わりますが、エルヴィンのソロに更にエネルギーを注入するかのプレイ、さすがハマーはエルヴィンの対応に優れていて、その甲斐あり更なる高みに上ります。
ドラムソロ後はハーフテンポのヘヴィー・スイングへ。ハマー、エルヴィンが組んず解れつを繰り返し盛り上がり、このトリオの真骨頂を提示するかのようです。
キメを用いて演奏終了となりますが、最後にエルヴィンを中心としたメンバーの談笑が聴かれます。
これだけのプレイ後なのでメンバー全員さぞかし楽しかった事でしょう。




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