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Blue Skies / Stan Getz

今回は1982年1月録音Stan Getzのリーダー作「Blue Skies」を取り上げてみましょう。当時のレギュラーメンバーによる演奏を収録した、バラードが中心の秀逸な作品、録音から13年後の95年にリリースされました。Getzの素晴らしい音色が堪りません。

Recorded: January 1982 at Coast Recorders, San Francisco, California. Producer: Carl Jefferson and Steve Getz
Label: Concord
ts)Stan Getz p)Jim McNeely b)Marc Johnson ds)Billy Hart
1)Spring Is Here 2)Antigny 3)Easy Living 4)There We Go 5)Blue Skies 6)How Long Has This Been Going on?

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Stan Getzは40年代から演奏活動を始め、当初から後年に通じる一貫した個性を発揮していました。ハスキーで付帯音が豊富な音色、内省的で陰影に富み、知的センスに溢れる独自なフレージング、抜群のタイム感。50年代は欧州に滞在し見聞を広めた事でプレイに深みが加わり、60年代はBossa Novaムーヴメントの旗頭として表現力に豊かさを身に付け、70年代は確固たる地位を確立しつつ一層の研鑽を重ね、80年代には凄みを覚えるほどの音色の太さと多彩さ、更なる表現の説得力を得て、カルテットの作品を中心に名盤を産出し続けました。Cool Sound, Bossa Novaのイメージが強いGetzのプレイですが、生涯を通じジャズプレーヤーとして常に進化し続け、クリエイティヴに自己の音楽を構築し、変化して行った姿勢には同じテナー奏者としてひたすら敬服してしまいます。ドラッグや過度の飲酒行為による自己破綻から家族や周囲にはかなりの迷惑をかけた事以外は(笑)。
本作の演奏は言うに及ばず、選曲の良さ、何より誰にも真似の出来ないテナー・トーンの魅力に溢れています。

リリース元のConcordレーベルから、カルテット・アルバムが本作を含め計4枚発表されています。81年5月12日San FranciscoにあるジャズクラブKeystone Kornerにてライブ録音された2作「The Dolphin」「Spring Is Here」、そして本作と同じメンバーでの82年1, 2月録音「Pure Getz」、全てレーベルのカラーを反映した「大人のリラクゼーション」を存分に感じさせる仕上がりの、秀作ばかりです。録音の良さも特筆する事が出来ます。
The Dolphin

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Spring Is Here

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Pure Getz

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91年Getzの没前後にKeystone Kornerにて録音されたテープが見つかりました。調べてみるとこれはGetz自身が商品化の価値はないと判断したものでしたが、内容の素晴らしさから翌年(彼の逝去後)「Spring Is Here」としてリリースされました。恐らく「The Dolphin」録音の際の残りテイクと考えられますが、自分の音楽に対して誰よりも厳しいGetzが録音当時ボツと判断したのでしょう、しかし「The Dolphin」と同日の録音であれば悪かろうわけがありません。ちなみに英国の音楽誌Jazz Journalで「Spring Is Here」は92年度の「レコード・オブ・ザ・イヤー」を獲得しました。
また本作「Blue Skies」はどこにも明記されていませんが「Pure Getz」と同日録音の残りテイクである可能性が高いのです。もしくは当時Getz以下レコーディング・メンバーはSan FranciscoにあるHyatt Union Square Hotel内ジャズクラブReflectionsのオープニング・アクトに、1月18日から2週間出演していました。その最終日1月30日に「Pure Getz」が録音されたのですが、ひょっとしたら出演中のいずれかの日にもう1日レコーディングが設けられていたのかも知れません。というのはGetzの伝記「音楽を生きる」にはレコーディング当日ではアルバム完成に至らなかった、と記述されています。Billy Hart以外のメンバー3人が翌日New Yorkに発つ事になっていて、Victor Lewisをドラマーに迎えて同地でギグを遂行することになっていたからです。レーベル・プロデューサーCarl JeffersonはドラマーにLewisを迎えて作品の残りを東海岸で仕上げる方向で対処したので、西海岸録音は曲数的に不足していたと考えられます。あるいはこうも推測できますが、レコード1枚分のボリュームがある「Blue Skies」は当日録音してはみたものの、「Pure Getz」とはコンセプトが異なる曲想のナンバーばかりなので、Getz自身がここでも厳しくボツと判断しお蔵入りさせたのだと。ですが、むしろ本作はバラードを中心とし、アップテンポのオリジナルがポイントとなった、Concord4部作の中で最も選曲と演奏のバランスが取れているように感じます。本作ライナーノートにプロデューサーでGetzの息子でもあるSteveが、同意見を寄稿しています:In my opinion, this album is the finest of the Concord releases. There is a pristine, flowing quality to the music.

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Spring Is Here、冒頭から飛び込んでくるGetzの素晴らしいトーン!不純物を一切含まないGetzのエッセンスだけが浸透圧により体内に取り込まれるが如く、また真夏の乾いた肉体に水分が極自然に吸収されるように、あまりにも当たり前にテナーサックスの音色が耳に入って来るのが分かります。何という魅力的で色気のあるサウンドでしょう!彼の音色はデビュー当時からオリジナルでしたが、時を経て音楽経験の積み重ね、鍛錬の賜物により一層Getzらしさが突出して来ました。それはサウンドのイメージがより明確になった事に由来するでしょうし、サックスの奏法自体が洗練され楽器自体の鳴らし方に変化が生じる事も不可欠、マウスピース、リードの選択にも不断の努力が必要です。ただ漫然と構えていても自分の求める音色を得ることが不可能なのは、サックス奏者の自明の理です。
「朗々と唄い上げる」という言い回しが全く相応しいプレイは多種多様なビブラート、ニュアンス、アーティキュレーション付け、音量の大小によるダイナミクス、言ってみれば「シュワーッ」と発音されるべき付帯音の誰よりも豊富な度合い、まるで全く別なふたつの音が同時に鳴っているかのような複雑な発音、彼のトーンを模して付けられたニックネームがタイトルの56年作品「The Steamer」は、言い得て妙です。
The Steamer

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かのRoland Kirkは2本、更には3本のサックスを同時に咥えての一人アンサンブルを聴かせました。ホンカー・サックス奏者はサックスの音の他に唸り声をブレンドさせ、効果的な音色を披露していました。Lester Young, Stanley Turrentine然り、Ben Webster, Sonny Rollins, John Coltrane, 70年代のSteve Grossman…如何に楽器から魅力的かつバランスの取れた複雑な音色を発生させるかにサックス、歴代のテナー奏者は鎬を削って来ました。間違いなくここでのGetzの音色はその究極の一つに挙げられます。
伴奏を務めるJim McNeely, Mac Johnson, Billy Hartの無駄のない、的確なサポートがGetzの神の音をさらにバックアップしています。テナーの抑揚にリンクし、ピアニシモからフォルテまで巧みにフォローする様は感動的でもあります。Hartのブラシワークの多彩さ、Johnsonの安定感、そしてMcNeelyのバッキングにおけるコード付けが大変センシティブです。そのMcNeelyのソロに続きますが途中Johnsonの大胆なアプローチ、Hartのブラシをそのまま用いた倍テンポのグルーヴ、ラストテーマはGetzプレイせずに何とMcNeelyのピアノ・テーマ奏、良きところでフェルマータし、cadenza、そしてFineを迎えますがこの捻りが演奏に更なる価値を付加しました。

2曲目はJohnsonのオリジナル・バラードAntigny。ミステリアスな雰囲気を湛えた美しいナンバーはGetzのムードと良く合致しています。北欧や東欧の色合いを曲想に感じるので、Getzのルーツにオーヴァーラップするからかも知れません。前曲のアプローチとは全く異なるテナー・プレイ、自ずとトリオのバッキングも異なります。演奏のファクターとなるのは作曲者Johnsonのベースによるペダル・ポイント、フローティングなサウンドを提供しています。McNeelyのソロに続きますがここでもHartのブラシワークの素晴らしさが光ります。ピアノソロは内容的にはとてもユニークなカラーを見せていますが、幾分リズムのノリが硬く聴こえるのが残念です。ラストテーマを今回はGetzが奏で、淡々とした雰囲気でFineです。バラード演奏が続いてもGetzのプレイですから、飽きることなく寧ろ2曲の対比を楽しむ事が出来ます。

3曲目Easy Living、こちらもバラードなので3曲連続のスロー・ナンバー演奏、ピアノのイントロに導かれてGetzのメロディが始まります。幾分早めのテンポ設定、ムーディな演奏は前2曲とはまた異なったテイストを聴かせます。Getzのアプローチも比べてみればオーソドックスで、曲調もありますがブライトさを感じさせます。メロディフェイク、フィルイン、ビブラートの妙、ブレーク部分での8分音符のゴージャスなバウンス感、そして全ての音に対し責任感を感じさせる入魂ぶり、しかしゆったりとリラックスした余裕を見せるブロウはとどのつまり、曲想に見事にマッチしたGetzの美学をこれでもか、と聴かせているのです。ピアノソロ後、ベースも流麗でメロディアスなソロを取り、ラストテーマへ、Getzのcadenzaにピアノをはじめリズム隊が美しく絡み、Fineです。

4曲目はMcNeelyのオリジナル、アップテンポのスイング・ナンバーThere We Go。実にカッコいい曲です!曲構成も凝っていますが、音楽的なナチュラルさが全体を支配しています。聴きどころ満載状態、しかもこれまで3曲がスロー・ナンバーだったので早いテンポが耳にも大変心地よいです。Getzのソロから開始、素晴らしいタイム感を武器に、スインギーに、スリリングにソロを展開させます。難しいコード進行を難なく、この人には苦手なコード進行は存在しないだろうとまで思わせる巧みなコード分解、解釈を提示しています。続くMcNeelyのソロにあと少しタイムの余裕があれば申し分ありません!華麗なJohnsonのソロの後ラストテーマへ、曲のカラーリング担当Hartのドラミングがここでも冴えています。

5曲目Blue Skies、ピアノのスイング風のイントロに続き、Getzの煙るが如きスモーキーな付帯音メロディ奏開始、ゆったりとしたテンポ設定なのでバラードに準じる演奏と認識できます。多くのボーカリストにも取り上げられているミュージカルナンバー、Thelonious Monkがこのコード進行を基にIn Walked Budを書いています。蕩けてしまいそうに魅力的なテーマ、伴奏が寸分の隙もなく合わさり、うっとりと夢心地に導いてくれる演奏です。表題曲に相応しいゴージャスなプレイはこの曲の代表的なテイクになりました。
一音たりとも聴き逃さないと張っているが如き、メンバー一触即発でGetzのプレイに対応しています。大変良いコンビネーションのカルテット、同メンバーによる「Pure Getz」も素晴らしい出来栄えの作品です。

6曲目How Long Has This Been Going on?もバラード演奏です。本作4曲目がアップテンポのナンバーですが、Coltraneの代表作「Ballads」もバラード演奏だけでなく、1曲ラテンとスイングを織り交ぜた早いテンポのAll or Nothing at Allを収録する事により、バランスをはかっているように感じます。本作も同じ構成の選曲、配置なので、Getz版「Ballads」と相成りました。内容の素晴らしさから両者十分に比較し得ることの出来る、彼の諸作中もっと認知されて良いアルバムだと思います。
John Coltrane / Ballads

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ピアノのイントロから始まり、Getzの確信に満ちたメロディが登場、世界が一新します。ピアノトリオは早い時期から倍テンポを匂わせつつ、リーダーが奏でる美の世界創造のサポートを行います。ここでのプレイもまた曲調に相応しいプレイを展開し、他曲とは違ったテイストを聴かせています。
Coltraneのバラード奏は比較的単色としての表現、しかしその色合いの深さは計り知れないものがありますが、曲想によりイメージを変えたり吹き方を変化させることは最小限に留まります。一方Getzは対照的に変幻自在に曲のムードに入り込み、楽曲という枠組みを最大限に活かしつつ、再構築して行くタイプのプレーヤーと言えましょう。


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