見出し画像

Milagro / Alan Pasqua

今回はピアニストAlan Pasquaの1993年初リーダー作「Milagro」を取り上げてみましょう。Jack DeJohnette, Dave Hollandらの素晴らしいリズムセクションにMichael Breckerがゲスト参加、名曲揃いのオリジナルで盛り上がり、時にユニークな楽器構成のホーン・アンサンブルも加えて美しく荘厳な世界を作り上げています。

Recorded on October 10 and 11, 1993, at Sound on Sound, New York City.
Produced by Ralph Simon. Associate Producer: Joe Barbaria. Executive Producer: Sibyl R. Golden.

p)Alan Pasqua b)Dave Holland ds)Jack DeJohnette ts)Michael Brecker french horn)John Clark tp, flg)Willie Olenick alt-fl)Roger Rosenberg tb, btb)Jack Schatz bcl)Dave Tofani

1)Acoma 2)Rio Grande 3)A Sleeping Child 4)The Law of Diminishing Returns 5)Twilight 6)All of You 7)Milagro 8)L’Inverno 9)Heartland 10)I’ll Take You Home Again, Kathleen(For My Kathleen)

画像4


Alan Pasquaは1952年6月28日New Jersey生まれ。Indiana UniversityとNew England Conservatory of Musicで学び、レジェンド・ピアニストであるJaki Byardにも師事したそうです。彼のプレイの根底にあるものはJazzであり、Tony Williams, Peter Erskine(現在も共演は継続中、Peterとは学生時代の仲間だそうです), Allan Holdsworthたち錚々たるジャズマンとの共演は当然の流れによるものですが、Bob Dylan, Carlos Santana, Cher, Michael Buble, Joe Walsh, Pat Benatar, Rick Springfield, John Fogerty, Ray Charles, Aretha Franklin, Elton Johnら世界的大御所ポップ、ロック・ミュージシャンのバンドで全世界ツアーを重ねています。またJohn Williams, Quincy Jones, Dave Grusin, Jerry Goldsmith, Henry Manciniら名アレンジャーともコラボレーションを重ね、Disneyの映画音楽、CBS Evening Newsのテーマ音楽を手掛けるなど、Show Businessの世界でも八面六臂の活躍ぶりです。音楽的な幅の広さが為せる技以外の何物でもありませんが、彼にとってみればジャンルやフィールドは関係なく、良い演奏、表現をする事だけが全てなのだと思います。ミュージシャンとして全世界を駆け巡っている以上様々な体験をしているはずですが、その中でも近年の特筆すべき経歴として、2017年Bob Dylanのノーベル文学賞受賞に際しての講演(受賞講演が受賞にあたって唯一の条件で、授賞式2016年12月10日から6カ月以内に行わなければならない)は録音されたもので行われましたが、その際にPasquaがソロピアノ演奏を行ったそうです。Pasquaには大御所たちにアピールする音楽的な何かがあり、彼と一緒に演奏したい、メンバーに留めて置きたいと感じさせる魅力に溢れているのでしょう。41歳にしての初リーダー作録音は大御所ミュージシャンから引く手数多ゆえ、なかなか自己表現にまで手が回らなかったからでしょうか。

この作品ではJack DeJohnette, Dave Hollandとのトリオ演奏を中核として、他にフレンチホルン、トランペット&フリューゲルホルン、アルトフルート、バスクラリネットから成る、比較的弱音の管楽器を用いてのアンサンブルが4曲収録されていますが、ここでイメージさせられるのがHerbie Hancockの68年録音リーダー作「Speak Like a Child」です。この作品では同様にアルト・フルート、フリューゲルホルン、バストロンボーンの3管編成が、斬新にして深淵、柔らかさとふくよかさが半端ないアンサンブルを聴かせており、Hancockのピアノプレイをとことんバックアップし、サウンドを立体的に浮かび上がらせています。ピアノトリオ演奏を他の楽器を用いて映えさせる手立てとして、例えばトランペット、サックス、トロンボーンによるトラッドなアンサンブルではエッジが立ち過ぎてピアノの演奏を打ち消す、埋もれさせてしまうでしょうし、ストリングス・セクションではバラード等のゆっくりとした曲にはむしろうってつけですが、テンポのある演奏には切れ味がどうしても鈍くなる傾向にあります。Hancockのシャープでスピード感のある演奏には管楽器の音の立ち上がりを持ってして丁度良く、そこで楽器編成に工夫を重ね、凝らした結果が「Speak Like ~」での管楽器構成になったのだと推測しています。とあるピアニストが「 Speak Like ~」はピアノトリオを自己表現の媒体とするプレーヤーにとって、ある種理想の形態だと発言していましたが、まさしく言い得て妙だと思います。

画像1


それでは収録曲に触れて行きましょう、2曲を除き全てPasquaのオリジナルになります。1曲目Acoma、ピアノトリオでの演奏です。美しい音色で奏でられる印象派的イントロ、そこにベースやドラムが次第に加わります。テンポを設定しつつ曲が始まりますがピアノタッチの素晴らしさに惹きつけられてしまいます!演奏をアピールするためには楽器の音色(ねいろ)は最重要項目だと改めて実感しました。端正な8分音符とグルーヴ感、ベース、ドラムスとのコンビネーション、インタープレイ、三者の一体感、Dominant 7thコードでのフレージングの巧みさ、百戦錬磨のツワモノを印象付けます。ソロは次第に終息に向け着陸態勢を取り、無事にランディング、続くベーシストの出番のために場を刷新した感があります。Hollandのソロのこれまた素晴らしいこと!安定感とスポンテーニアスな歌い回し、楽器が上手いのは至極当然なのですが、テクニックとは自分の歌を歌うための単なる手段に過ぎない事を、これまた改めて感じました。DeJohnetteの巧みなサポート、カラーリング、抜群のセンスで繰り出されるフィルイン、フレーズの数々は自然体という言葉が全く相応しく、ジャズ史上誰よりも1拍が長い演奏にトリオ全員が呼応し、両者「がっぷり四つ」ならぬ三者「がっぷり六つ」状態となりました(爆)。
2曲目Rio Grande、イーヴン8thのリズム、タイトル通りの雄大なイメージ(スペイン語で大きな川の意味)を感じさせます。本作中最も演奏者数の多い曲で、ソロイストにMichael Breckerを迎え、4管からなるアンサンブルが参加しています。長い音符の多いテーマをダイナミクスを交え、朗々と吹くMichael、DeJohnetteのタム系でのアクセント付けの絶妙さ。ソロの先発はピアノ、ボトム感が半端ないスペーシーさを保ちつつ、現れるホーン・アンサンブルの美しさ、ゴージャスさ、ピアノサウンドとの見事な一体感、Pasquaの狙いはBingoです!と同時にドラムが的確にフィルを入れ、場が活性化されて行きます。テナーソロに受け継がれ、やはりスペーシーに音楽が進行しつつ、間も無く再びアンサンブルが加わりますが、このサウンドに呼応してMichaelのプレイが変化し始めます。ラインが細かくなりインサイドからアウトサイドに、音域も広がり、自身は周りで鳴っている音を柔軟に全て受け入れ、いずれにも可能な限り呼応すべく門戸を全開にしようと試みているようにも、感じられます。そしてそして、これらの事象に果敢に立ち向かうかのように、音空間を創り上げるDeJohnetteのドラムプレイ!音楽を真摯にクリエイトしていますが、余裕とさり気に遊び心を保ち、達人たちを巻き込んでの音の饗宴は華々しく挙行され、悠久の流れをたたえる大きな川は今日も水源San Juan山地に発し、Mexico湾に注いでいます。
3曲目ピアノトリオによるA Sleeping Child、タイトルからもイメージされますが可愛らしさを湛えたワルツナンバーで、透徹な美学に貫かれた佳曲です。テーマ〜ソロをPasquaは音を愛おしむように一音一音、気持ちを込めて弾いているのが伝わってきますが、自分の子供へ捧げたナンバーなのかも知れません。Chick Coreaのテイストを感じさせる瞬間も幾つか確認できます。Hollandのソロは曲のイメージに相応しいクリアネスを保ちつつ、ディープな音色を携えて歌い上げています。DeJohnetteが叩く全ての音符に意味があり、サウンドし、ソロイストに対する呼応は高度な音楽性を伴ってのインタープレイとなりました。
4曲目Michaelを迎えてカルテットで演奏されるThe Law of Diminishing Returns、これは!!タイトルもですが物凄い曲!そして壮絶な演奏です!タイトルは経済学用語で「収穫逓減」を意味するらしいですが、意味はよく分かりません(汗)。テーマの構成は複数のフラグメントが組み合わされつつ複雑に入り組み、しかし事も無げに同時進行し、完璧なバランス感がキープされつつ実にスリリングに演奏されます。要となるのはDeJohnetteのドラム、各フラグメントの接着剤となるべく巧みなフィルインの連続、間違いなくこの人の存在なくしては楽曲は成り立たなかったでしょう!ソロの先発はPasqua、曲が凄けりゃ演奏は更に物凄いとばかりに集中力と繊細さと大胆さを武器に、百戦錬磨のツワモノたちDeJohnetteとHollandをパートナーに究極の共同作業を行います!う〜ん、素晴らしいです!でも、え?終わりですか?もっと聴きたい!と言う腹八分目のところでMichaelのソロになります。彼のゲスト参加での傾向の一つとして、リーダーのソロが自分の前に行なわれた場合、リーダーの演奏を立ててそこでの盛り上がり以上にはならないように、抑制を効かせる場合があります。2曲目Rio Grandeでは若干その傾向がありましたが、こちらではどうでしょう、Pasquaの幾分抑えめのソロ終了時にメッセージで「Go ahead, Mike!」とオペレーションの指示があったようです(笑)。ピアノソロのイメージを受け継ぎ、Michael助走を始めます。リズムセクションにサポートされつつHop, Step, Jumpと飛翔を遂げますが、DeJohnetteの一触即発体制でのレスポンスが堪りません!決して定形での対処ではなく、極めて不定形での自然発生的な呼応の数々、そしてPasquaのバッキングも緻密さを前面に出しつつ、ドラムの呼応に被ることを決してせず、異なる切り口からMichaelのソロをプッシュし続けます!と言うことで共演者の大いなる支援を得て(笑)、Michaelフリーキーにイってます!!その後のソロコーラスを用いてのドラムソロ、いや〜ヤバイくらいにカッコ良いです!ここでのDeJohnette, Hollandとの共演の手応えが同メンバーにPat Metheny, McCoy Tyner, Joey Calderazzo, Don Aliasを加えたMichael1996年リリースの傑作「Tales From the Hudson」へと繋がって行きます。エンディングでのDeJohnette、まだ曲が続くと勘違いしたのでしょうか、珍しく中途半端な終わり方をしています(汗)

画像2


5曲目Twilightは再びアンサンブルが活躍、ここでは3管編成を加えた演奏になります。アルトフルートを吹くRoger Rosenbergは本来バリトンサックス奏者ですが、マルチリード・プレイヤー、スタジオ・ミュージシャンとしても活躍しています。Michael Breckerとは高校時代のご学友、Michaelの初レコーディング(!)にあたる「Ramblerney ’66」の裏ジャケットに17歳のMichaelとRosenbergそしてRichie Coleも写真に収まっています。

Roger Rosenberg, Barry Lewis, Richie Cole, Mike Brecker, Lou Markowitz, Walter Kross

画像3


ホーンの響きと楽曲のムードが見事にマッチした佳曲、Hollandのベースがフィーチャーされます。ここでのPasquaのバッキングは危ないですね(笑)!ハーモニーのセンス、フレージング、コードが入るポイントが普通ではありません。この人のバッキングはあまりソロイストに付けることをせず、自分のペースでバッキングを行いますが、不思議と邪魔をせずサウンドし、付かず離れずを徹底させていると思います。続くピアノソロも同一のテイストを継続させ、ほど良きところでアンサンブルが加わります。ピアニスト冥利に尽きる演奏となりました。
6曲目スタンダードナンバーでCole Porter作の名曲All of You、比較的早めのテンポが設定されています。コードのリハーモナイズ感、フィルイン、アドリブラインの独特さ、DeJohnette, Hollandの目も覚めるような伴奏により、この曲のまた別な名演が誕生しました。Hollandのソロも素晴らしいです!それにしてもDeJohnetteは曲想によって演奏アプローチ、叩き方をどうしてこうも見事に変えることが出来るのでしょうか?これ以上は考えられないという程の的確さにいつもシビれてしまいます!
7曲目表題曲Milagro、ベースのイントロから曲が始まり、南欧を思わせるピアノとベースのユニゾン・メロディ、サウンドに4管から成る重厚なアンサンブルが加わり、クラシックの交響曲のごとき神聖で厳かな世界が訪れます!この時点で音楽に感動、そして感動です!何と美しい楽曲でしょう!そしてDeJohnetteのカラーリングがあまりにハマり過ぎています!Pasquaはロック・ポップスの大御所たちとのギグに長年惚けていた訳では決してありませんでした(笑)!自己の表現すべき音楽をずっと模索し、表出する機会を虎視眈々と狙っていたに違いありません。ピアノソロが前面的にフィーチャーされますが、欧州的サウンドとDeJohnetteのドラミングからKeith Jarrett Trioの演奏を感じさせる瞬間がありました。Milagroとはスペイン語で奇跡、Pasquaは音楽で奇跡を起こしたのです!
8曲目再びMichaelを迎えL’Inverno、ピアノイントロ後で聴こえる高音域のテナーサックスの音色が一瞬何の楽器だろう?と考えてしまいました。美しいバラードですがこの曲も一筋縄ではいかないナンバーです。ベースソロが先発、豊かな木の音がベーシストとしての本領をいつもわきまえている事を感じさせます。続くMichaelのソロには神秘的なまでに美しい世界を構築していますが、ピアノのバッキングに身を委ね、イマジネーションをフル回転させ、Pasquaのサウンドに同化しつつ、しかし自己のテイストも表現しようとするアーティスティックさも感じました。もちろんDeJohnette, Hollandの包容力あるサポートがあってのことですが。
9曲目Heartlandは3管編成によるアンサンブルを活かしたナンバーですが、シンプルなメロディに付けられた相反するが如きハイパーなコードと、ホーンのアンサンブルのハーモニーがヤバ過ぎです!ところが最後にトニック・コードにストンと落ち着く辺りの絶妙さは、ちょっとこれ、ありえへんレベルとちゃいまっか?… なぜか関西弁になってしまうほどのインパクトです!(爆)。イントロやインタールードでフルートを吹くRosenbergのフィルインが聴かれ、アンサンブルでのバストロンボーンが重厚さをアピールします。まずピアノソロがフィーチャーされますがリアル「Speak Like a Child」状態、ホーンアンサンブルが実に心地よいのですが、ベース、ドラムのインタープレイも凄まじいまでの主張を聴かせます。Pasquaのソロはリリカルで知的、かつ気持ち良く演奏している様が伺えます。続くベースソロも攻めまくっていますが、曲の持つムードとコード進行、ピアノソロ時のトリオのコンビネーション、アンサンブルの重厚さなどがHollandのスインガー魂を刺激した結果なのでしょう。
10曲目I’ll Take You Home Again, Kathleen(For My Kathleen)は作品のエピローグとして、愛する奥方でしょうか?捧げられた演奏になります。古い米国のポピュラーソング、Elvis Presleyの歌唱で知られているようです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?