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タイムズ・ライク・ジーズ/ゲイリー・バートン

ヴィブラフォン奏者、ゲイリー・バートンの88年リーダー作『タイムズ・ライク・ジーズ』を取り上げましょう。

録音:1988年クリントン・スタジオ、ニューヨーク
エンジニア:ドン・パルス
レーベル:GRP
プロデューサー:ゲイリー・バートン
エグゼクティヴ・プロデューサー:デイヴ・グルーシン、ラリー・ローゼン

(vib, marimba)ゲイリー・バートン (g)ジョン・スコフィールド (b)マーク・ジョンソン (ds)ピーター・アースキン (ts)マイケル・ブレッカー

1)タイムズ・ライク・ジーズ 2)オア・エルス 3)ロバート・フロスト 4)ホワイド・ユー・ドゥ・イット? 5)P. M. 6)ワズ・イット・ロング・アゴー? 7)ベントー・ボックス 8)ドゥ・テル

43年米国インディアナ州生まれのバートンは60年に僅か17歳でデビューを飾り、以降数多くの最先端ミュージシャンと充実した活動を繰り広げました。2017年に引退を表明するまで60年近く、ヴィブラフォンの第一人者として音楽界にその名を轟かせ、リーダー・アルバムを60作以上リリースしています。
片手に2本ずつのマレットを持ち、計4本を自在に駆使します。レッド・ノーヴォが始めたこの奏法をより高度に発展、そして確立させたモダン・ヴィブラフォン奏法のイノヴェーター、片手に1本ずつのシングル・マレットでは表現出来ない速い緻密で複雑なパッセージを可能にし、さらに和音を鳴らすことでハーモニー感を伴ったメロディ、インプロヴィゼーションのラインを展開します。
伴奏時にピアノ奏者ほどの和音感(同時に鳴らせる音符の数、ヴィブラフォン自体の音域幅ゆえ)は出せずとも、独自のサウンド感でソロイストを鼓舞しました。66年頃のスタン・ゲッツ・カルテットのライヴ演奏で、既にその充実ぶりを確認出来ます。
彼が考案したダンプニング奏法、またバートン・グリップと呼ばれるマレットの持ち方は多くのヴィブラフォン奏者に取り入れられ、楽器奏法の発展にも貢献しており、実際に母校であるバークリー音楽大学で長年教鞭を執りました。
ともすると無機的に聴こえるヴィブラフォン演奏、しかも彼の場合高度な音楽性に裏付けされた論理的でテクニカルなプレイを信条とするため、よりメカニカルな印象を与えがちですが、常にパッションを内包し、寧ろ楽器が放つクールさを逆手に取るかのように透徹さ、ノーブル、知的でウイットに富んだセンスを表出しながらの自己表現を行なっています。総じてプレイに華が感じられるミュージシャンです。
本作ではジョン・スコフィールド(ジョンスコ)が参加しています。バートンを含むヴィブラフォン奏者はギタリストとの共演を望む場合が多いようですが、ギターは同時に最大6音から成る和音を提供出来ます。一方ヴィブラフォンで4本マレットの場合に最大4声、合計して10音から成る和音構成は、まさしくピアノ奏者が両手で演奏可能な数と同じになります。
加えて異なった音色、倍音構成からヴィブラフォンとギターが互いに無い音色を補いつつ、緻密でより豊かなアンサンブルを表現する事が可能になります。
もちろん音楽的、そして互いの相性が大切になりますが、バートンはこれまでにもラリー・コリエル、ミック・グッドリック、パット・メセニー、ウォルフガング・ムースピール、カート・ローゼンウィンケル、ジュリアン・レイジら超個性派ギタリストたちと絶妙のコンビネーションを築き上げ、自己の音楽を邁進させました。

Gary Burton

共演者に触れて行きましょう。
ジョンスコは51年オハイオ州出身、バークリー音楽大学で学んだ後、76年メセニーの後釜としてバートンのグループに参加し、自己のバンドの他、マイルス・デイヴィスのバンドを始めとしたサイドマンとしても活躍しています。
先鋭的で独自なテイストのラインを駆使したインプロヴィゼーションは真に個性的、ピッキングの正確さとアウト感が半端ないラインは前衛的であるにもかかわらずどこかポップで、聴き手を容易く異次元に誘い込みます。
8分音符のグルーヴ感に対する拘りが凄まじく、ここでの演奏もグルーヴ・マスターぶりを披露しています。近年はそこにレイドバックとうねりが加わり、管楽器奏者の如きタイム感を感じさせる事が多くなり、フレーズとフレーズの間の取り方にはサックス奏者がブレスを取るが如きテイストを聴かせます。
ソロ中に8小節間そのまま50年代のソニー・ロリンズのソロ・フレーズを挿入したプレイを聴いた時には、先達の演奏を研究、愛聴している事を感じ、根っからのジャズマニアぶりを認識できました。 

John Scofield

ピーター・アースキンは54年米国ニュージャージー州生まれ、スタン・ケントンやメイナード・ファーガソンのビッグバンドを経てウエザー・リポートのドラマーに抜擢されます。その後ステップス・アヘッドやジャコ・パストリアスのワード・オブ・マウス等、数々の名バンドでプレイを披露します。
バランス感に富んだプレイが信条の彼は楽曲のカラーリング、ソロイストへの寄り添い方に長けており、プレイ中その場で最良のレスポンスを繰り出しながら演者を鼓舞し、場面を活性化させるドラミングは彼の人柄そのものです。
かつてアースキンとの共演時、彼が「やあ、こんにちは。僕はピーター。君の名前は?」「タツヤ・サトウ、テナーサックス奏者です。」「オーケー、タツヤ、今日はよろしくね。お互い演奏をとことん楽しもうじゃないか。」
ワールド・クラスのミュージシャンにもかかわらず、フレンドリーで柔らかな物腰に触れられたのは、自分の音楽経験の中でも一つの財産だと思っています。 

Peter Erskine

マーク・ジョンソンは53年ネブラスカ州生まれ、その後テキサスで育ちました。78年にビル・エヴァンスのトリオに加入、エヴァンス・トリオ最後のベーシストとして彼が80年逝去するまでプレイを共にしました。
以降スタン・ゲッツ、エンリコ・ピエラヌンツィ、ジョン・アバークロンビーたちのバンド他、ジョンスコ、アースキン、そしてビル・フリゼールをメンバーに擁したリーダー・バンド「ベース・ディザイアーズ」での活躍、奥方であるピアニストのイリアーヌ・イリアスとの共同作業で多くの作品を残しています。
知的でリリカル、クールさの中にも抒情的なテイストを感じさせるプレイは抜群の安定感を聴かせ、本作でも共演のアースキンとは気心の知れた絶妙なコンビネーションを生み出しています。

Marc Johnson

マイケル・ブレッカーについては改めて紹介する必要は無いと思いますが、本作ではバートン、ジョンスコ、アースキン、ジョンソンのカルテットに2曲のみのゲスト的参加になります。
楽曲の有する豊かな音楽性もありますが、表題曲での素晴らしいテナーの音色、ストーリー性を伴った壮大なスケールを有するソロプレイから圧倒的な存在感を示し、この演奏一曲で本作はマイケルがリーダーでは?とまで感じさせてしまいます。しかしほど良き演奏曲数での参加はアルバムの絶妙なスパイスになりました。

Michael Brecker

それでは収録曲に触れて行きましょう。
1曲目は表題曲タイムズ・ライク・ジーズ、キャッチーで誰もが口ずさめる美しいメロディを有したこの名曲は、我らが小曽根真氏作曲です。
小曽根氏とバートンはバークリー音大での師弟関係、多くのバートンの作品にサイドマンで参加ほか、95年『フェイス・トゥ・フェイス』01年『ヴァーチュオーシ』のデュオ2作を共同名義で発表しています。
バートンの前作に該当する『Whiz Kids』(神童)に小曽根氏が参加、そこでも彼の楽曲が取り上げられており、バートンは本作のためにも小曽根氏に2曲作曲を依頼したそうで、その内の1曲がこちらです。
冒頭ジョンスコのトレモロから始まりますが、曲中でも延々とインド音楽のドローンのように継続して演奏されます。途中微妙なニュアンスや強弱が施されますが一貫した味付け、アレンジを感じます。 程なくマイケルのふくよかさと逞しさを持ち合わせた音色によるメロディ奏が開始されます。音域の幅が誰よりも広い彼のプレイですが、本曲はテナーサックスの器楽的に美味しい音域をカヴァーした旋律を有するゆえ、吹き伸ばしが多い部分に繊細にして巧みなヴィブラート、ニュアンス付け、音色の変化を容易に施す事が出来、類をみない名曲のメロディを別次元にまで昇華させています。
サポートするリズムセクションの演奏がまた素晴らしいのです。バートンのさりげなくも的確なコードワークを伴ったフィルイン、ジョンソンの針の穴を通すかのように正確なビートの位置、そして立役者はアースキンのプレイです。ドラムのパーツ各々が有する音色を巧みに活かし、合わせつつ、柔らかいビートで包容力ある徹底したカラーリングを聴かせます。
マイケルの事が大好きなアースキン、レコーディングやコンサートの休憩時にはまるで忠犬のように彼の後をついて回ったそうですが(笑)、録音中はさぞかしブース内にてニッコニコ顔でドラムを叩いていた事でしょう。
テーマ後バートンがソロを取り、ジョンスコのドローン・ライクなバッキングの上でフローティングなサウンドを聴かせます。ジョンスコがこのような形態でサポートをするのは珍しいかも知れません。
その後マイケルのソロに続きますがまさしく真打ち登場、短いセンテンスを積み重ねじわじわと盛り上げて行く様は圧倒的です。そして構成力、起承転結を踏まえたバランス感の妙、途中フラジオ音が珍しく上手くヒットしないのはご愛嬌です。
レコーディングに際して可能な限り前もって譜面や音資料を入手し、予習を怠らないマイケルですが、ここでの演奏はぶっつけ本番のようにも聴こえます。作られたり練られた感のあるラインが少なくいずれも自然発生的、キーの難しさがあるかも知れません、演奏中試行錯誤を繰り返しながらのアプローチを感じます。
絶好調時のマイケルはもちろん素晴らしく、これまでにも幾多の名ソロを残していますが、ここでのトライ・アンド・エラーを伴ったプレイには寧ろヒューマンさを感じ、故に何度耳にしても飽きの来ない味わいを聴かせています。
アドリブのラストには圧倒的な32分音符のフレージングが用いられますが、この安定感、精度はマイケル以外の誰も演奏することの出来ないテクニックに由来します。

2曲目オア・エルスはアレンジャー、コンポーザーのヴィンス・メンドーザのナンバー。ヴィブラフォンによるユニークなメロディ奏、こちらがコールとなり、レスポンスとしてギターを中心としたアンサンブルがあります。
知的にして深淵なサウンドを聴かせるコード進行、リズムセクションのシンコペーションが多用されたプレイは、このカルテットの真骨頂です。
アドリブソロでもヴィブラフォンとギターの2小節の熱いバトルが延々と繰り返され、アースキン、ジョンソンの好サポートを得て猛烈な音空間が支配します。
引き続き同じセクションでドラムソロが展開されますが、限られた楽曲のパーツを巧みに用いた構成となります。短くラストテーマを迎えFineとなります。

Vince Mendoza

3曲目ロバート・フロストはベース奏者にして作曲家のジェイ・レオンハート作の美しいバラード。タイトルはレオンハートのバークリー音大でのクラスメートの名前だそうです。
リラックス感溢れ、都会的センスを湛えたこの曲は作品のチェンジ・オブ・ペースに一役買っています。
メロディをヴィブラフォンが担当し、楽曲の持つ可憐さに合致しているように聴こえます。
ジョンスコのギターソロが先発、ここではコンテンポラリー系のアプローチを潜ませ、ブルージーに歌い上げていますが、実は彼にはお手のもので、彼はロック、R&B、ニューオリンズ、ゴスペル、ジャム・バンドのテイストも内包しています。

Jay Leonhart

4曲目ホワイド・ユー・ドゥ・イット?はジョンスコのナンバー、81年録音の彼の作品『シノーラ』にも収録されています。
ここではオリジナルテイクよりも幾分遅く演奏され、ジョンソン、アースキンのグルーヴが実に的確で、ダークかつヘヴィーなテイストを感じさせます。
バートン、ジョンスコ、ジョンソンと各々短めに、しかし自己表現を怠らず各々の存在感を提示しながら、曲が進行しています。

Shinola/John Scofield

5曲目P. M.はチック・コリアのナンバー、作曲者自身はこの曲を未演奏だったそうです。
バートンとコリアは長年に渡りデュオ活動を含むコラボレーションを展開、72年録音『クリスタル・サイレンス』を皮切りに多くの作品をリリースしました。
コリアらしいリズムが随時変化して行く構成のナンバー、その際のきっかけになるラインが印象的です。
メロディのジョンスコ、バートンが担当するパートの仕分けが明瞭ですが、バートン曰く先入観なしで演奏を試みたそうです。ベース、ドラムのステディなプレイ、バートンの安定感、そしてジョンスコの入魂ぶりが際立ちます。

Chick Corea

6曲目ワズ・イット・ロング・アゴー?は本作唯一のバートン作曲ナンバー。
ボレロのようなルンバのような、レイジーでスローなラテンリズムから成り、ドラマチックな構成を有します。
マイケルのテナーが活躍しますが1曲目とは異なり、テナーの高音域をフィーチャーした楽曲はエキゾチックに、ムーディに展開され、コード進行やサウンドとは裏腹に、マイケルのセクシーな咆哮が魅惑の中南米音楽を表現しているが如きです。

7曲目ベントー・ボックスは本作中もう一曲の、小曽根氏作の軽快なテンポのスイングナンバー、ジョンスコがソロの先発、その先鋭的なプレイに対し、バートンのバッキングを中心にリズム隊がアグレッシヴに攻めつつサポートします。
アースキンのバスドラムのアクセントが印象的で、低音によるサポートには包容感も感じさせます。続くバートンのプレイはリズミックで安定感満載、ジョンソンのソロも楽器のコントロール、タイム共に申し分なくスインギーに展開されます。

Makoto Ozone

8曲目ドゥ・テルはジョンスコ作曲による早いテンポのワルツ・ナンバー。起伏に富んだ構成はラストを飾るにふさわしいと思います。
バートンがソロ先発を務めますが、ジャジーなフレージングのバックで3連符が鳴り続けるアースキンのドラミングには、エルヴィン・ジョーンズのテイストを感じます。ジョンソンのプレイも様々なラインを縦横無尽に繰り出しますが、アースキンとのコンビネーションの良さがあるからこそです。
ジョンスコのソロはバートンの最後のフレージングを受け継いで始まります。粘りのある8分音符から繰り出されるグルーヴは実に魅力的にサウンドします。ジョンソンのソロ後にラストテーマ、アウトロで再びバートンがプレイし、前半のテイストとは違ったアプローチを聴かせ、アースキンも果敢に対応します。

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