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Introducing Nat Adderley

今回はコルネット奏者Nat Adderleyの1955年録音初リーダー作「Introducing Nat Adderley」を取り上げたいと思います。実兄アルトサックス奏者Julian Cannonball Adderleyとの2管編成は以降のCannonball Adderley Quintetの原形となり、ハードバップを代表する豪華メンバー達と演奏しています。

Recorded in New York City on September 6, 1955 Producer: Bob Shad Label: Wing
cor)Nat Adderley as)Cannonball Adderley p)Horace Silver b)Paul Chambers ds)Roy Haynes
1)Watermelon 2)Little Joanie Walks 3)Two Brothers 4)I Should Care 5)Crazy Baby 6)New Arrivals 7)Sun Dance 8)Fort Lauderdale 9)Friday Nite 10)Blues for Bohemia

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Florida州Tampa出身のAdderley兄弟(Cannonball: 1928年9月15日、Nat: 31年11月25日生まれ )、彼らの父親が若い頃プロ並みの腕前のトランペット奏者で、彼は長男に自分のトランペットを与えました。しかしその後長男がアルトサックスを自分の楽器として選んだのでトランペットは次男に譲られ、この時点でAdderley兄弟の楽器フォーメーションが決まりました。若い頃からAdderley兄弟は音楽活動に勤しみ、かのRay Charlesとも共演していたそうです。

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有名な話でご存知の方も多いと思いますが、Adderley兄弟が55年New Yorkに旅行で立ち寄った際、Greenwich VillageにあったクラブCafe BohemiaでベーシストOscar Pettifordのバンドが出演していました。兄弟は楽器を携えていたのでシットインすべく準備をし、Pettifordにその許可を求めました。その時ちょうどレギュラーのサックス奏者が遅刻により不在だったのでバンドリーダーは快諾しました。演奏が始まるや否や彼ら、特にCannonballの圧倒的な演奏にその場にいた聴衆は完全にノックアウトされ、兄弟のNew Yorkデビュー演奏は大成功を収めました。とんとん拍子に話が進み、同年二人別々にリーダー作を録音する機会に恵まれたのはCafe Bohemiaでのシットインが功を奏し、次第に彼らの名が知れ渡る事になったからに違いありません。加えてかのCharlie Parkerが同年3月12日、僅か34歳の若さで逝去しジャズシーンは新たなスターの登場を渇望していたのもあり、Adderley兄弟はその時流に乗る事ができた訳です。

Cannonballの方は7月14日レコーディングの作品「Presenting Cannonball Adderley」をSavoy Labelに、そしてNatは本作「Introducing Nat Adderley」をおよそ2ヶ月あとの9月6日にレコーディングします。翌56年New Yorkに居を構えた二人はCannonball Adderley Quintetを立ち上げ、本格的に活動を開始しましたが、間も無くCannonballがMiles Davis Sextetに加入し、その間NatはJ. J. JohnsonやWoody Hermanのバンドで活動、59年に兄が独立したのをきっかけに共演を再開し、その後は順風満帆に演奏活動を継続させました。兄弟仲の良さはミュージシャンのあいだでも有名な話で、音楽性も合致した二人は以降兄の逝去まで演奏を共にし、Cannonballの作品に40枚以上も参加しました

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ところでCafe Bohemiaで不在だったテナー奏者が誰だったのかちょっと気になるところです。当人はAdderley兄弟の出現でバンドのレギュラーの座を奪われたかも知れません、いずれにせよミュージシャン界は競争が激しく下克上は日常茶飯事、自己管理を徹底させ仕事に遅刻せず、時間を守りましょうと言う教訓のオマケが付きました(笑)。

それでは演奏に触れていくことにしましょう。演奏曲は1曲を除き全てAdderley兄弟共作によるものです。1曲目Watermelonは短い演奏ながらオープニングに相応しい軽快なテンポ、よく練られたメロディとハーモニー、リズムセクションとのアンサンブルがハードバップの幕開けを感じさせます。ビバップの発展型としてのハードバップですが、55年当時のシーンではリズムやコードが前段階的に未だ細分化されておらず、56〜57年から急速に進歩を遂げます。この頃のMiles Davisの諸作、例えば同年6月録音「The Musing of Miles」同じく8月録音「Miles Davis Quintet/Sextet」も本作に近いテイスト、サウンドを聴くことが出来ます。

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常に兄を立てる弟ゆえでしょうか、ソロの先発はCannonballです。でもここで聴こえるアルトの音色は一瞬別人の演奏と錯覚しそうな違いを感じます。録音によるものか、後年のCannonballよりも音の輪郭がくっきりとしていますが、雑味の成分がかなり少ないのです。マウスピース、楽器、リード等使用機材が異なるのか、でも物の本によると彼は生涯一貫して楽器はKing Super 20 Silver Sonic、マウスピースMeyer Bros 5番、リードもLa Voz Medium辺りを使用し続けていたらしいのです。初リーダー作「Presenting Cannonball Adderley」での音色は後年のそれと殆ど一致しますので、ここでは単なる録音による悪影響と推測できます。タイム、グルーヴ、スイング感は既に完成されており、寛ぎと奥行きを感じさせるストーリーの構成は見事です。Natのソロは兄の前出フレージングを用いつつ、こちらも軽快に飛ばしており、やはり自己のスタイルをしっかりと携えてのIntroducing本人になっています。当時はサイドマンとしても良くレコーディングに参加していたHorace Silverのピアノソロに続きます。つんのめったような独特のタイム感はここでも健在、引用フレーズを交えたユーモアを常に絶やさないプレイが印象的です。
2曲目Little Joanie Walks、Roy Haynesのちょっとしたソロの後、マイナー調のテーマが始まります。間を生かしたメロディラインがひょうきんさを感じさせる佳曲です。当日レコーディングを見学しに来ていたプロデューサーBob Shadの姪、Joanieちゃんの歩く様をイメージしたナンバーという事で、8分音符が少しハネている曲想からさぞかし可愛らしい歩き方をしていたとイメージできます。ここでもCannonballが先発登板、色気のある演奏を聴かせます。ダブルタンギングをアクセントに用いたフレージングはインパクトがあります。上の音域から下降した際に低音域で聴かれる充実したサブトーンに表れているように、アルトサックスの全音域をルーズなアンブシュアでくまなく吹いている事が伺えます。続くNatのソロも兄の表現力に劣らないようにと、懸命にイマジネーションを働かせていることを感じます。続く録音当時20歳(!)Paul Chambersのベースソロ、一聴して分かる音色とフレージング、ビート感。間違いなく50年代の最重要ベーシストの一人です。ラストテーマは意外性のあるエンディングを迎え、冒頭と同じくドラムの「ちょっとしたソロ」でFineです。
3曲目Two Brothers、ピアノのイントロに続く2管による対旋律を聴かせるメロディラインは、米国西海岸50年代のサウンドを感じさせます。文字通り兄弟が別な旋律を演奏しているわけですが、サビの部分では兄にソロを取らせています。こちらもユニークなメロディを有した佳曲です。各1コーラスのソロ先発はSilver、Natと続き、Cannonballのソロは曲想をよく踏まえたスインギーな展開を提示しています。その後Chambers、そしてラストテーマですが、サビはHaynesにソロを取らせています。個人的にここではNatの演奏が聴きたかったところです。
4曲目スタンダードナンバーからバラードI Should Care。早めのテンポ設定によるテーマはNatのコルネットがフィーチャーされ、淡々とメロディを吹きつつ多少のフェイクを交えています。テーマ後すぐにCannonballのソロが始まりますが、ここでのアルトの音色は雑味、付帯音、倍音の豊富さを感じさせるいつもの彼らしい、本領を発揮したもので、ユーモアのセンスも色濃く聴き取る事が出来ます。バラード演奏ではテンポのある曲よりも音量を小さく演奏するのでその分、音の輪郭外側の成分がよく響く傾向にあるからでしょうか。その後Natを再びフィーチャーし、エンディングを迎えますが兄の深い表現に対し、あっさり感を否めない弟のプレイ、まだ初リーダー作バラード演奏では独り立ちの難しさを露呈したように思いました。
5曲目Crazy Babyはマイナー調のメディアムスイング・ナンバー、テーマの際のピアノのバッキングがうまい具合にメロディとメロディ間に挿入されています。最初のソロイストはCannonball、余裕のある流暢さが既に大物の風格を漂わせています。Haynesのレスポンスも巧みに行われ両者のインタープレイも適切です。Natのソロに続きますが、ブルージーさに関しては十分に及第点に至る表現をしていると思います。ピアノソロ、そしてベースソロと続きます。その後ドラムとの4バースがフロント二人と行われ、ラストテーマへ。
6曲目New ArrivalはHaynesのソロから始まるリズムチェンジのコード進行を用いたナンバー。ソロの先発はSilver、Tenor Madness, Old Milestonesのリフを引用しながら演奏します。Natのここでのソロは本作中最もスインギーなもので、ハイノートをはじめ様々な表情を見せます。ひょっとしたら兄のソロよりも前に演奏したので、影響を受けず単に自分のペースをキープ出来たからなのかもしれません。CannonballはNatのソロのテイストを受け継ぎつつ、次第に自分の世界に入っていきますが、彼も一層流麗なアドリブを聴かせています。続くChambersのソロはアルコに声をユニゾンさせたMajor Holley状態、渋いサウンドを聴かせます。その後Haynesの1コーラス・ドラムソロ、そしてフロントとの4バースに続きますが、Haynesならではのリズムワールドを構築しています。ラストテーマでは3曲目と同じくサビをドラムソロに任せていますが、この曲こそドラムの出番が多かったので、ラストテーマのサビはNatが演奏すべきであったと思います。
7曲目Sun Danceは3曲目のコンセプトに似た対位法的なスイングナンバー、テンポは遅くなります。Cannonballが先発、Silverと続きNatのソロへ、雰囲気の似た同傾向の曲が続くのでこの辺りでラテンやボサノヴァ、8ビートのナンバーが聴きたくなりますが、それらのリズム様式が登場するにはまだまだ、時代が全然早すぎでしたね(汗)、その後はドラムとフロントの4バースが1コーラス行われ、ラストテーマへ。本作は演奏時間を短くして収録曲を多くする方向で、さらに参加ミュージシャンのソロをコンパクトに、ほぼ全員を網羅するように制作されています。デビュー作なのでここはプロデューサーの英断で曲毎の聴かせどころを作り、機会均等はせず、加えてリーダーNatのコルネットを色々な形で、よりフィーチャーして欲しかったところではあります。
8曲目Fort LauderdaleはFlorida南東部の海岸に面した都市の名前で、高級リゾート地として知られていますが、Cannonballが高校時代バンドリーダーとしてこの地で演奏していたそうです。Cannonball、Silver、Nat、Chambersとソロが続き、ラストテーマはサビから演奏されます。
9曲目Friday Niteは早めのテンポ設定で小気味良さを聴かせます。1stソロイストはCannonball、4度進行のアプローチが聴かれます。続きSilver、自曲Sister Sadieのテーマ引用がなされますが、フロントではSilverのタイム感が最も早く、続いてNat、そしてCannonballは絶妙なレイドバック感に位置しています。リズムセクションではChambersのon topさとスピード感、そしてタイトさが群を抜き、Haynesとの良いコンビネーションを提示しています。つくづくリズムセクション、フロントのリズム、タイムの取り方は様々であるべきだと認識しました。その後再びChambersのMajor Holleyアプローチ、Haynesのソロと進みます。
Paul Chambersのプレイそのものがタイトルとなった「Bass on Top」57年7月録音

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10曲目Blus for Bohemia、お世話になったジャズクラブには敬意を表さないといけません。Cafe Bohemiaに捧げたと思われるこの曲、Bluesと表記されていますが32小節の長さを有するナンバーです。Nat、Silver、Cannonballとソロが続きラストテーマへ。

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