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Rip, Rig and Panic / Roland Kirk

今回はRoland Kirkの代表作「Rip, Rig and Panic」を取り上げてみましょう。

Recorded: January 13, 1965 Studio: Van Gelder Studio Englewood Cliffs, New Jersey Label: Limelight

ts, strich, manzello, fl, siren, oboe, castanets)Roland Kirk  p)Jaki Byard  b)Richard Davis  ds)Elvin Jones

1)No Tonic Pres  2)Once in a While  3)From Bechet, Byas, and Fats  4)Mystical Dream  5)Rip, Rig, and Panic  6)Black Diamond  7)Slippery, Hippery, Flippery

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Roland Kirkの作品は個性的かつ名作揃いですが、本作はサイドメンの素晴らしさからも取り分け重要な1枚と考えています。当blogで以前取り上げた「Out of the Afternoon」は、Roy Haynesの音楽的なドラミングがKirkの演奏をしっかりとサポートしていました。
Haynes自身のリーダー作ですが強力な個性を発揮するKirkとの共演ではどちらが主人公の作品なのかが曖昧になってしまいましたが。本作ではリーダーのKirkがまんま自己主張をすれば良いに違い無いのですが、存在感のあるKirk色だけ単色の表出になる可能性があります。
そういった意味ではピアノJaki ByardベースRichard DavisドラムスElvin Jones3人は各々Kirkに対抗しうる十分な個性、音楽性を持ち、更にこのメンバーが揃った事により文殊の知恵的効果を発揮し、異なった色合いを添え、かつ触媒となりKirkの演奏を一層色濃く引き出させるのです。
Kirkを軸とし、共演メンバーとの演奏がどのように展開しているのかを、曲毎に分析して行きましょう。

1曲目KirkのオリジナルNo Tonic Pres、速いテンポのブルースナンバー、曲のテーマが実に複雑で難解な超絶系のラインです!自分でも覚えがあるのですが、張り切って曲を書いたにも関わらず、度が過ぎて自分のテクニックで再現可能な領域を超えたテーマに仕上がってしまい、手を焼き冷や汗をかく場合があるのです(爆)。Kirkもここではテクニックを駆使していますが、ギリギリの状態でテーマのメロディを演奏しているように聴こえるので(音符やリズムにいつもの余裕がありません!)、親近感を感じます(笑)。
ピアノが4度のハーモニーでメロディをサポートしており、サウンドに厚みが生じています。何処となくMcCoy Tynerのオリジナルで67年録音「The Real McCoy」収録のPassion Danceを髣髴とさせますが、こちらも4thインターヴァルのライン、ハーモニーの使用、ほぼ同じテンポ設定、録音エンジニアが同じRudy Van Gelder、そして何よりドラマーが共にElvinなので、リズムグルーヴから類似性を感じさせるのかも知れません。

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タイトルNo Tonic PresのPresとはLester Youngの事、この作品は他にも偉大なる先達に曲が捧げられていますが、まずはその手始めです。多くのサックス奏者がYoungからの影響を明言していますが、それが演奏に具体的に表れている場合もあり、音楽的姿勢や精神面での影響として内在し、特に演奏では目立たないミュージシャンもいます。また黒人テナーサックス奏者である以上Presを始めとして他にColeman Hawkins, Ben Webster, そしてSonny Rollins, John Coltraneの影響を回避する事は不可能でしょう。
優れた感性を持ち探究心、向上意欲の塊り、そして他者とは異なるオリジナリティの創造に対して、貪欲さを持ち続けるためには温故知新が欠かせません。
Lester Young

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イントロはElvinとDavis二人による、彼らにしか成し得ないグルーヴの世界、テーマに入る時のElvinのフィルインを聴いただけでワクワクしてしまいます!2コーラスのテーマ奏メロディ最後の音、テナーの最低音B♭をそのまま吹き続けKirkのソロが始まります。ソロ中コンディミ系のラインが多用されますがYoung風のライン、ニュアンスも随所に聴かれます。
1’08″から早速マルチフォニックスによるテナー1本だけでの多重音奏法、直後に同じフレーズを単音でリピート、比較する事で重音のインパクトが際立ちますが、ピアノも同様の音形でバッキングしています。
1’19″でのElvinのフィルインにインスパイアされKirkが6連符?フレージングで応えますが、ラインが変わりサーキュラーブレスで何と1’41″まで20秒以上一息で吹き続けています!テナーソロの猛烈さからリズムセクションも次第に変貌、野獣と化し、2’00″頃からピアノのバッキング、ドラムのフィルイン共に物凄いことになっています!
引き続きピアノソロでもハイテンションが持続しますが2’20″の辺りでKirkがカスタネットによるものでしょうか、何やらカシャカシャと効果音的に音を出していますが、サックスを吹き終え、サイドマンのソロの後ろでも自己主張をするのは流石というか、自分のリーダーセッションゆえに許される行為です。
ByardのソロはDuke Ellingtonのテイストからスタート、3コーラス目でベースとドラムが演奏をストップ、2コーラス間全くのピアノソロになりますがByard真骨頂を発揮、ブギウギ、ストライド奏法でのアドリブ!この展開には驚かされました。予めある程度決められていたのか、突発的に行われたのか、いずれにせよ作為を感じさせない自然発生的なアクションに音楽が活性化されました。
再びベース、ドラムが加わる直前にKirkの景気付け?ホイッスルが鳴り響きます。その後1コーラス、クッション的にピアノソロが行われ再びKirkのテナーソロですが、1コーラス間もう1本ホーン(恐らくmanzello)の単音が同時に聴こえます。2コーラス目に入るやいなや単音を吹き続け難なく口から放し、テナーに専念します。放した瞬間に音が途切れないのはどうしてでしょう?どのようなテクニックを用いているのか、同じサックス奏者として大いに気になるところです。
ピアノのバッキングもEllington風で、ラグタイムやブギウギはなるほど、Ellingtonのスタイルと共通するものを感じると再認識しました。
その後1コーラスKirkとElvinのDuoになり、ベースが加わり更に1コーラスを演奏、その後ラストテーマを迎えエンディングは半分のテンポになり、Kirkが雄叫びを上げてFineです。

2曲目はスタンダード・ナンバーからOnce in a While、KirkがClifford Brownの演奏を聴いて感銘を受けて以来のお気に入り。
冒頭テナーとmanzelloによる演奏から始まりますが両手を駆使し、2本で異なった音を演奏しアンサンブルを聴かせています。音が微妙に震えているのはビブラートと言うよりも二つのマウスピースを咥えていて、アンブシュアが今一つの不安定さに起因するのでしょうが、この様な形態で演奏しようという発想が自由で素晴らしいです。
Cliffordの吹くトランペットよりも1オクターブ下の音域でのメロディ演奏、Webster風のニュアンスも含んでいるのでムーディさを醸し出しています。
テーマ、アドリブの両方、ところどころで聴かれる2管のハーモニーはやはり驚異的、アンサンブルが挿入される場所やハーモニーの響きも実に音楽的で的確です。合計2コーラスの演奏、ソロはAAの部分ですが最低音からフラジオ音域までレンジ広くブロウ、サビのBでは倍テンポによる2管のアンサンブル、テナーとmanzelloが対旋律のように動いています。
ラストAではElvinお得意のシャッフルのリズムになりフェルマータ、大胆にして繊細なロールで締め、KirkはcadenzaでテナーキーでC, C#, Cルート音であるF、そして9thのGまで超高音域フラジオを吹きこちらもFineです。

3曲目本作一つの目玉にしてKirkのオリジナルFrom Bechet, Byas and Fatsはソプラノサックスとクラリネット奏者Sidney Bechet、テナー奏者Don Byas、ピアニストFats Wallerの3人に捧げられた軽快でスインギーなナンバーです。
メロディのフィギュアやシンコペーションからスタンダードナンバーのLoverを感じさせます。冒頭で吹かれている楽器はmanzelloにも聞こえますが、恐らくはoboeだと思います。高音域が強調された響き、何より直管の鳴り方がしています。manzelloは曲管部を有しているので鳴り方が異なりますから。
メロディを吹き伸ばしている最中にオルゴールの様な?金属的な音でのメロディが聴こえますが、これもKirkならではのサウンド・エフェクトなのでしょうか?
テーマのメロディ奏でのバッキングではByardがWallerスタイルに徹しており、ベースのバッキングもよく合致しています。Elvinのドラミングもテーマに沿ったカラーリングが実に見事です!
ソロはテナーで、これまたByasスタイルを音色まで見事に再現し、プラス超絶Kirkスタイルによる循環呼吸、連続ダブルタンギング、それらに応えるリズムセクションのグルーヴ、レスポンスにより物凄いインプロヴィゼーションを構築しています!
ピアノのソロに替わった直後にカスタネットの音が聴こえますが、表現の発露が収まらない故の行為でしょうか。Byardのソロもイマジネーションに富んだ独自の世界を提示しています。その後のベースソロはDavisらしい重厚さを感じさせるピチカートを聴かせます。ラストテーマではElvinが一瞬5’29″辺りでテーマのシカケに入りそびれた風を感じますが、その後出遅れた感を若干引き摺り?シカケのフィルイン、カラーリングは初めのテーマの方が巧みであった様に感じます。
Sidney Bechet

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Don Byas

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Fats Waller

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4曲目もKirkのオリジナルMystical Dream、曲の冒頭はテナーとmanzelloを2本咥えて演奏していますが、Elvinとのドラムセット”皮もの”を叩いたやり取りが面白いです。Aマイナーのブルース、テーマ直後にホイッスルも聴かれます。ピアノがヴァンプ的に1コーラスソロを取りますが、その後フルートソロが聴かれます。
流石に2本サックスを同時に吹いた後、直ぐにはフルートに持ち替えが出来なかったためでしょう。Kirkはサックスを3本同時に演奏する夢を見て彼のスタイルを具現化しました。また後年夢で啓示があったためRahsaanの名を名乗ったのだそうです。幼い時に医療ミスにより視力を失ってしまった彼は、夢で見たことをさぞかし大切にしていたのだと思います。

5曲目は表題曲Rip, Rig and Panic、ここで聴かれる世界を一体どう表現したら良いのでしょうか。子供の頃に親に連れて行って貰った見世物小屋、そこで見た猥雑な世界を思い出しました。ここまで自己の全てを曝け出せるKirkの表現行為に心から敬服してしまいます。
80年にトランペット奏者Don Cherryの娘であるNeneh Cherryらによって結成された英国のロックバンドRip Rig + Panicのバンド名はこの曲名から付けられました。ジャズ以外のミュージシャンにもKirkの音楽性は広く受け入れられている様です。
冒頭テナーサックスのマルチフォニックス音、ベースのアルコ、ピアノのアルペジオから成る静寂の中に潜む不穏な影、重音双方が佳境に入った時に突如としてグラスが割れる音、一瞬の無音の世界、ジャズアルバムでは考えられない構成です!カスタネットを用いたカウント?その後間髪を入れずテナーによるテーマ、このメロディも超絶系、でも低音部のサブトーンが堪りません。
テナーソロに於けるベースライン、ピアノのコンピング、Kirkのソロ、煽りまくるElvinのドラミング、ここではWayne Shorterの「JuJu」、3’16″からの2本同時奏法によるハーモニー、ピアノソロではDavisのベース演奏からピアニストAndrew Hillの「Black Fire」をイメージしました。
ドラムソロの最中5’21″頃からサイレンの音が聴こえますが何故サイレンなのでしょう?あまりにElvinのソロが過激ゆえの緊急避難警報でしょうか(笑)?5’43″からマルチフォニックス音を演奏しElvinがソロを終えた直後、再びカスタネットによるカウント?でラストテーマが演奏されますが、その後のエンディングはメロディを繰り返しディクレッシェンドし突然、落雷の如きけたたましさがシンバルの強打音、何かドラム以外を叩く音、正体不明のこれでもかとばかりの騒音、KirkによりRip, Rig and Panicとタイトルが3回連呼されます。ロックの作品にはこの様なメッセージ性、コンセプトを感じるアルバムが多々あります。
ロックを含めたジャズ以外のジャンルのミュージシャンにも信奉者が多いのは、Kirkのジャズに留まらない音楽性ゆえであると思います。

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6曲目はピアニストMilton Sealeyのオリジナル・ワルツBlack Diamond、manzelloによくフィトするであろうし、雰囲気を変えるのに丁度良いとKirkが考えて取り上げたそうです。
manzelloはソプラノサックスに巨大なベルを取り付けたKirk考案のオリジナル楽曲です。ベルの向きがソプラノの様に真っ直ぐな方向ではなく、アルト、テナーの様に前方向を向いているのが特徴です。異様に大きな形をしているので、どんなケースに収容されていたのかにも興味があるところです。
Kirkにしては珍しく楽器1本でこの曲を演奏しており、インプロヴァイザーとしての本領を披露しています。ワルツのリズムはElvinが得意とするところ、スネアやバスドラムを叩くタイムの位置が絶妙です!テーマ〜manzelloソロ〜ピアノソロ〜ラストテーマとストレートに演奏しており、構成や内容が複雑だった前曲との良い対比になっています。

7曲目ラストのナンバーはKirkのオリジナルSlippery, Hippery, Flippery、表題曲と同傾向のコンセプトを持った演奏です。ここではstritchをメインに演奏していますが、曲の初めには電気的な信号を用いたノイズ的な効果音(ごく初期のシンセサイザーを思わせます)、サイレンを鳴らし、その間隙間を縫ってElvinが皮モノを中心にフィルインを入れています。
曲のテーマはここでも超絶系、ハードルを自ら上げたためにメロディをちゃんと吹けているのか微妙なところです(汗)。テーマ中、ソロに入ったところでも電気的効果音が聴かれます。アグレッシヴなKirkのソロにメンバー一丸となって燃え上がっています!Elvinのたっぷりとしていて、スピード感溢れるビートが実に気持ちが良いです!Byardソロの終盤にKirkが吹き始め、終了を促しフェルマータ、おもむろにラストテーマを吹き始めリズムセクションが参加し大団円を迎えます。

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