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Bottoms Up / Illinois Jacquet

今回はテナーサックス奏者Illinois Jacquet、1968年のリーダー作「Bottoms Up」を取り上げたいと思います。

Recorded: March 26, 1968 NYC Label: Prestige Producer: Don Schlitten
ts)Illinois Jacquet p)Barry Harris b)Ben Tucker ds)Alan Dawson
1)Bottoms Up 2)Port of Rico 3)You Left Me All Alone 4)Sassy 5)Jivin’ with Jack the Bellboy 6)I Don’t Stand a Ghost of a Chance with You 7)Our Delight

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Jacquetの吹くホンカー・テナーの魅力を凝縮させた一枚に仕上がっています。
ホンカーの元祖とも言えるテナーサックス奏者Illinois Jacquetは1922年10月Louisiana生まれ、兄がトランペッター、弟がドラマー、そして父親がバンドリーダーという音楽一家の環境で育ち、幼い頃には既に父のバンドでサックスを演奏していたそうです。40年にNat King Coleトリオに客演した際、その資質を見抜いたColeがJacquetをLionel Hamptonのバンドに紹介し、それまでアルトサックスを吹いていたJacquetはテナー奏者としてHamptonのビッグバンドに加入することになりました。好機はすぐさま訪れ、42年にHamptonのビッグバンドがBenny GoodmanとHampton共作のナンバーFlying Homeを録音、すでにGoodman楽団の演奏で知られていましたが、19歳のJacquetにソロを取らせ結果大ヒットを記録しました。音源として残されているホンカーテナー・ソロとしては最初期のものに該当します。幸先の良いスタートですが、良い意味でも悪い意味でもFlying Homeの演奏がJacquetの代名詞となりました。Hamptonビッグバンドのlive showでは演奏の終盤に必ずこの曲を演奏し、Jacquetの演奏をフィーチャーしたそうで、数え切れないほどの回数を演奏〜グロウ、ホンキング〜した事と思いますが、もしかしたらホンカーのお家芸であるステージに寝そべってテナーをブロウする技も披露していたかも知れません。

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因みにJacquetに影響を受けた幾多のフォロワー・テナー奏者たち、例えばArnett CobbやDexter GordonがFlying Homeを演奏する際はJacquetのソロをコピーして吹いていたそうです。同様に以降Flying Homeを演奏するテナー奏者はJacquetのソロを全く同じように覚えて吹く事が慣わしになり、Flying Homeではテーマを吹くのと同様にJacquetのソロも演奏する合わせ技が必須でした。ここまで楽曲に一体化したソロも存在しなかったでしょう、それだけ素晴らしい「シンプルにして唄心溢れるソロ」をJacquetが録音したとも言えます。

https://www.youtube.com/watch?v=Q3QqWErne1w&feature=emb_title

クリックしてお聴きください。音色、タイム感、フレージングとその構成力、デビュー間もない若干19歳のテナー奏者の演奏とは信じられない、ハイクオリティのソロです!
名曲Sing Sing SingにおけるHarry Jamesのトランペット・ソロ、Benny Goodmanのクラリネット・ソロ両方にも同様な事が言えます。いずれも素晴らしい内容ですがこちらは難易度がとても高く、原信夫シャープス&フラッツで演奏の際、完全コピーでの演奏再現をトランペット奏者、そしてアルトサックス奏者が持ち替えで演奏するクラリネットに課せられました。完全コピーではないにしろ、Sing Sing SingではHarry James, Benny Goodmanのテイストを部分的に拝借した内容でトランペット、クラリネットソロを取るのが今でも定番になっています。

とは言えJacquetは連夜の「満場を唸らせ、喝采を博する」ためのFlying Home演奏に辟易し、さらに推測するにHamptonはJacquetに毎回必ずレコーディング初演と同じ内容のソロを吹くようにと要求したと思います。楽曲と一体化した有名なソロですから、オーディエンスもこちらをお目当ての一つにして足を運んで来た事でしょう。Jacquetも若かったので違うことをやりたかったに違いありません。翌43年にHamptonのバンドを辞める事になりますが、今度は引き続きCab Callowayのオーケストラに参加します。ちなみにその当時のJaquetの映像をジャズボーカリストにして女優であるLena Horne主演の映画「Stormy Weather」で見る事が出来るのは嬉しい限りです。44年にCaliforniaに戻ったJacquetは兄であるトランペット奏者RussellやニューカマーのベーシストCharles Mingusらと小編成のバンドを起こし演奏活動を行い、Lester Youngと共にAcademy賞にノミネートされた短編映画「 Jammin’ the Blues」にも出演、またNorman Granz主催のJATP第1回コンサートにも出演するなど、シーンへの露出度が次第に高くなりました。46年にはNew Yorkに活動場所を移し、Count Basie OrchestraにLester Youngの後釜として参加しますが、Lesterの後任とはさぞかし重積だった事と思います。その後は自己の小編成バンドで欧州を中心に活動、81年からIllinois Jacquet Orchestraを組織し晩年まで活動しました。Jacquetは40年代から激動の米国ジャズシーンにしっかりと根を生やし、様々なバンドに在籍して生涯勢力的に活動を展開しました。

Jacquetはその長い音楽生活の中で多くの録音を残していますが、ライブ盤やレコード会社の企画モノ、コンピレーション・アルバム等のラフな制作の作品が中心です。本作は例外的にJacquetの持つ魅力を1枚に凝縮させようという、本人や制作サイドの強い意志を感じさせる仕上がりになっています。もう1作56年録音のリーダー・アルバム「Swing’s the Thing」 にも作品としてのコンセプトを感じる事が出来ます。

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参加ミュージシャンに触れて行きましょう。ピアニストBarry Harrisは1929年生まれ、現在でもNew Yorkを中心に音楽活動を行い、同時に後進の指導を積極的に行っています。リーダーとしては言うに及ばず、サイドマンとしての信頼度も高いプレーヤーです。

ベーシストBen Tuckerは30年生まれ、安定したベースプレイとビート感から数多くのレコーディングに参加し、Herbie Mannの演奏で有名になったComin’ Home Babyを作曲、61年にDave Bailey Quintetでレコーディングし大ヒットを記録しました。

ドラマーAlan Dawsonは29年Pennsylvania生まれ、BostonのBerklee音楽院で57年から教鞭を執り、Tony Williams, Terri Lyne Carrington, Vinnie Colaiuta, Steve Smith, Kenwood Dennard, Billy Kilsonといったジャズシーンを代表するドラマーを育成しました。自身のドラミングもタイトなグルーヴ、テクニカルなプレイを聴かせています。

収録曲にも触れましょう。1曲目Jacquet作のオリジナル、表題曲Bottoms Up、まさしくホンカーがホンキングするためのナンバーです!Jacquet自身による指と足を使ったカウント(気持ちが入っています!)後、ピアノトリオによるイントロが始まりJacquetはいきなりルート音のB♭を上の音域でグロウしてクレッシェンドしながら吹き伸ばしています。まずリスナーを驚かして注目を集めようとするのはホンカーの常套手段で、我々は業界用語で「カシオド」と言っています(笑)。シンコペーションを多用したテーマは思わずリズムを取りたくなってしまいます!ソロが始まりエンジン全開、グロウ、シャウトの連続技です!ソロ2コーラス目にはストップタイムを活用したホンカーやロックンロール定番フレーズの登場!サビではテナーの最低音にして曲のキーであるLow B♭音を炸裂させています!否応無しにノセられてしまいますが、このまま好きな所に連れていって、と身を委ねたくなるのも演者の作戦、すっかり術中にハマってしまいます!3コーラス目は更にイケイケ状態、ベンド、シェイク、フラジオとホンカー技のオンパレード、そしてその後4コーラス目は再びストップタイム、定番フレーズ・パート2まで登場し、これは間違いなくロケンロールです!ホンキングこれでもかを臆面も無く発揮しつつ、1曲吹きっぱなしの大フィーチャーナンバー、Jacquetの面目躍如です!曲中on topのベースワークが光るTucker、良い人選であったと思います。
2曲目はPort of RicoはJacquet作のブルース・ナンバー、曲が始まった暫くはリラックスした雰囲気が漂いますが、これもホンカーならではの習性、すぐにシャウトを交えた熱い演奏に変化してしまいます。この演奏もテナー1人吹きっぱなしの独壇場です。
3曲目哀愁を帯びた美しいバラードYou Left Me All Alone、こちらもJacquetのオリジナルになります。素晴らしいテナーサウンド、マウスピースはOtto Link Metal 7★、リードはRico3番、楽器本体は多分Selmer Super Balanced Actionを使っています。サブトーンでしっとり聴かせるバラード奏法と言うよりも、張った音色、シャウト系の吹き方を中心に、時たまサブトーンをクッションとして用いるブロウで聴衆を説得しており、益荒男振りが一層光る演奏です。こちらもJacquetの大フィーチャー、3曲目にして未だ他のメンバーのソロを聴くことは出来ていません。
4曲目Sassyはオルガン奏者Milt Bucknerのオリジナルになります。印象的なマイナー調のメロディ、リズムセクションのシカケが効果的です。ここでのJacquetのソロはホンカーを基本にしていますが、端々に正統派ジャズプレイヤー然としたインプロビゼーションのアプローチを聴かせています。ここでの吹き方をよりワイルドにしたのがEddie “Lockjaw” Davisです。4曲目にして初めてHarrisのピアノソロを聴くことが出来ました。洗練されたBud Powellとも言うべき演奏です。
5曲目Jivin’ with Jack the Bellboy、Jacquetのオリジナルです。4小節のドラムソロ、ピアノトリオによる1コーラスの演奏の後テーマ奏、テナーソロと続きます。ここでもJacquetの暴れっぷりは、全米ホンカー協会が存在したら表彰されそうな勢いです!その後ドラムスとメンバー全員とのトレードがあり、ラストテーマを迎えます。ここでも最低音B♭のルート音提示による、低くて太いホンカーであるべき条件を再確認させています。
6曲目はVictor Young作スタンダードナンバー、I Don’t Stand a Ghost of a Chance with You、Ghost of a Chanceとタイトルを省略する場合が多いです。美しいバラードでテナーがテーマを演奏、ここでは3曲目You Left Me All Aloneのアプローチと異なった、サブトーン中心によるムーディな奏法を堪能できます。テーマ後ピアノソロになり1コーラス丸々を演奏しますが、テナーがラストテーマをサビから演奏するのかどうかの気配を、Harrisが探りながら演奏していたので一瞬サビ前でソロが完結しそうになりますが、そこは手練れの者、難なくサビに突入しています。ピアノソロ後ラストテーマはやはりサビから、ここではホンカーが再び降臨したかのような吹き方に変わっています。ラストはサブトーンを用いて再びLow B♭音を吹いて演奏をバッチリ締めています。
7曲目最後を飾るのはOur Delight、ピアニストTadd Dameron作の名曲、Jacquetはかなり饒舌に2コーラスをブロウしていますが、細かいコードチェンジを巧みにアプローチしています。Harrisも同時代を生きたピアニストの曲はお手の物で、流暢なソロを聴かせています。ひとつ気になるのはFlying Homeの初演でJacquetが、あれほど素晴らしい完璧なレイドバックのリズムを聴かせていたにも関わらず、この曲を含め本作収録全曲タイムが早くラッシュしている点です。何が彼をそうさせたのか、彼自身このスタイルが気に入っているのか、ホンカーとしての成熟度の素晴らしさには諸手を挙げて賛辞を送りたいと思いますが、タイムの処理に関しては個人的に物足りなさを感じてしまいます。

最後に余談ですが、今は無くなってしまった目黒のとあるジャズ・ライブハウス、そこで良く演奏をしていました。マスターが趣味でテナーサックスを演奏するので僕のことを贔屓にしてくれたのもあり頻繁に顔を出し、セッションしたりマスターとジャズの話で盛り上がったりしていました。マスターの趣味はHard-BopやBe-Bop、スイング時代のジャズでした。そもそもギターや電気楽器があまり好きではなく、ライブでギタリストがエフェクターをアンプに繋いだだけで機嫌が悪くなるようなアコースティック一辺倒の、いわゆる「頑固な」ジャズ喫茶のオヤジでした。ある日Bob Mintzerが参加する僕が大好きなYellow Jacketsのライブを聴きにいった直後に店に立ち寄り、遊びに来ていたミュージシャンに「Yellow Jacketsのライブを観に行ったんだ」と話をしているとマスターが横から話に割り込み、「おっ、来日してたんだ、どうだった?」と意外なリアクションを見せます。「素晴らしかったですよ」と答えてはみたものの、マスターがYellow Jacketsに興味があるなんて不思議だなと脳裏を過ぎりました。「テナーの音はどうだった?」と質問するので話が合致しているのだと思いつつも違和感を感じながら「素晴らしい音色でした。彼の音が大好きなんですよ」と答えました。「そうだよな、太い音だよ。テナーはああじゃないと」マスターがBob Mintzerを認めているなんて好みが変わったんだ、良いものは良いからさ、とか言いそうだなと考えていると「渋い音だから若い人には受けるかな、もうかなりの歳の筈だし」と言い出すので、???マークが何十個も点り始めました(汗)。そこでハタと気がついたのが「マスターひょっとしてIllinois Jacquetの事を言ってるんじゃないの?」「えっ?違うの?」「 Yellow Jacketsっていうフュージョンを演奏するバンドのライブに行った話をしているんだけど」「・・・・」良く似た名前で共通する事項が多く含まれていたため、平行線でありながら妙に話が噛み合ったような気がした、落語のオチのような話でした、チャンチャン。

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