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The Saxophone featuring Two T’s

今回はThe Saxophone featuring Two T’sを取り上げてみましょう。
作品の実質的なリーダーはBob Mintzer、彼が率いるカルテットにMichael Breckerが3曲ゲスト参加している形になります。
1992年11月29, 30日NYC Skyline Studioで録音。
ts)Bob Mintzer ts)Michael Brecker p)Don Grolnick b)Michael Formanek ds)Peter Erskine
1)The Saxophone 2)Giant Steps (Version 1) 3)Three Pieces 4)Two T’s 5)Sonny 6)Body And Soul ~ Everything Happens To Me 7)Three Little Words 8)Giant Steps (Version 2)
この作品は日本制作によるもので、「先達の偉大なテナーサックス奏者たちに捧げる作品」をコンセプトとしています。目玉はやはりJohn ColtraneのGiant StepsをMichael Brecker、Bob Mintzerの2人が演奏している点です。特にBreckerの演奏に期待が寄せられます。テナーサックス奏者にとって永遠の課題曲Giant Steps、彼は一体どのように料理しているのでしょうか。

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その前にJohn Coltrane自身のGiant Steps演奏に触れておきましょう。

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こちらは1995年にリリースされたColtraneのAtlantic Labelへのレコーディングをオルターネート・テイクを含め、現存する全てのテイクが収録された7枚組Box Set、その名も「The Heavy Weight Champion John Coltrane」。
Giant Steps全11テイクを聴くことができます。それにしても言い得て妙なCDタイトルですね(笑)。

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メンバー p)Tommy Flanagan b)Paul Chambers ds)Art Taylorとの演奏でColtraneの完璧なアドリブ・ソロが聴けるオリジナル・テイク「Giant Steps」が1959年5月5日録音。
これに先立つオルタネート・テイクが59年3月26日(以前は4月1日と表記されていましたがこちらの日付が正確です)にリズムセクションが違うメンバーで録音されています。p)Cedar Walton b)Paul Chambers ds)Lex Humphries。
オルタネート・テイクはまずテンポがオリジナル(♩=290前後)よりもぐっと遅く(♩=240~250)、ドラマーに負うところが大だと思いますがスピード感がありません。Coltrane自身のソロも精彩を欠いていて音色もいつもよりややこもりがちです。ピアニストCedar Waltonに至ってはソロを取らせて貰えていません。
false start、incompleteを含めて計8テイクが残されており、オルタネート・オリジナル・テイクはラストの8テイク目が採用されました。8回トライしましたが団栗の背比べ、と言うか最後まで通して演奏できたのがTake5とこのTake8でした。Coltraneにも迷いを感じさせる瞬間があり、これ以上テイクを重ねても代わり映えしないと判断した(された)のでその日はとりあえず終了。
しかしColtraneの頭の中には「オレのGiant Stepsはこんなもんじゃ無いぞ!!」と言う意識が強力にあったと思います。ベーシストPaul Chambersは留任、ピアニストにTommy Flanagan、ドラムスにタイトさとスピード感が定評のArt Taylorを迎えて約1ヶ月後の5月5日に再びスタジオ入りしました。イヤ〜、大正解の人選、再チャレンジです!!人間諦めてはいけませんね!さぞかしカルテットでも、当然Coltrane自身も1ヶ月間猛練習を重ねたことだと思います。
オリジナル・テイクはテンポがぐっと早くなり、曲の複雑なコードチェンジが一層スリリングになりました。Paul ChambersとArt Taylorの鉄壁リズムセクションに鼓舞されてか、Coltrane実に絶好調の演奏です。音色もぐっと深まったいつものスピード感、重厚感のある彼です。順調に演奏が進み、Take5がオリジナル・テイクに採用されました。「いやいや、もっと良いTakeが録れそうだ」とばかりに、多分Coltrane自身の発案でOne More Take、Take6まで録音しましたが、Take5を凌ぐ程ではなく、それまでに演奏したフレーズに捉われたりリズムセクションとのコンビネーションに不具合も聞かれ始め、Tommy Flanaganも「Johnもういいだろう?」と言わんばかりにソロをTake5よりも短くあっさり済ませています。(残念なことにTake1, 2, 4の録音は残されていません)。
ジャズ史に残るJohn Coltraneの名演Giant Stepsはこうした試行錯誤の末に生まれました。表現者たるものその舞台裏を容易く見せたくはありませんが、Coltraneの死後未発表Takeが発掘され、誰もが知りたい名演奏誕生に至るプロセスが白日の下に晒されました。Coltraneも天国で「まったくもう、勝手に墓場を暴くなよな!」と言っている事と思います(笑)。
この完璧なJohn Coltrane / Giant Stepsの演奏、「神聖にして侵すべからず」と言う暗黙の了承のもと(笑)、多くのミュージシャンがこの曲の演奏を控えていましたが(?)、恐れを知らぬサックス奏者たちによるGiant Steps演奏を幾つか聴く事が出来ます。

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Eddie Harris / Sings The Blues / 1972年録音
電気サックスやユニークなオリジナル曲が際立つテナー奏者Eddie Harrisのオーソドックスな演奏。

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The Return of the 5000 Lb. Man / Roland Kirk / 1975年NYC録音
盲目のマルチリード奏者Roland Kirkの演奏はコーラスの起用やColtraneのソロをディフォルメしたアンサンブルが聴ける意欲作です。

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Roland Prince / Color Visions / 1976年
Elvin Jonesのバンドへの参加でその名を轟かせたギタリストRoland Princeのリーダー作で、テナーサックス奏者Frank Fosterをフィーチャーしての演奏。

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Kenny Garrett / Triology / 1995年
サックス・トリオでの大熱演です。Kenny Garrettの音色だからこそ成り立つアルトサックスでのGiant Steps演奏です。

https://www.youtube.com/watch?v=UXPgdzMQ6sg&feature=emb_logo
作品としては残されていませんが、Branford Marsalisがライブ演奏で度々Giant Stepsを取り上げていました。こちらは87年8月26日New Port Jazz Festivalにての演奏。BranfordはColtraneの代表作「A Love Supreme」を自己のカルテットでレコーディング、ライブDVDもリリースしています。神をも恐れぬ所業の数々ですね(笑)
いずれの演奏もクオリティとしては悪くありませんが、Coltrane本人の演奏には足元にも及びません。またどの演奏もどこか余興的な雰囲気〜Coltraneの演奏にはどうやっても敵わないから〜を持ちつつ行われている気がします。

話をThe Saxophone featuring Two T’sに戻しましょう。
Michael BreckerのGiant Steps演奏は1977年の2度目の来日時(初来日はYoko Onoのバンドで郡山ロックフェスティバル出演74年です!)に未確認ですがなされています。6月3, 4両日東京西武劇場にて行われたJun Fukamachi Triangle Session、そのアフターアワーズのジャムセッションで演奏されました。あまりの凄さにその場にいた全員がとても驚いたそうです。録音が残っていると良いのですが。

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Michaelの演奏はコード進行に対するアプローチが他のサックス奏者誰よりも微に入り細に入り、テンションの使い方が巧みです。Giant Stepsのようなアップテンポで2拍づつコードやトーナリティが変わる曲ではさぞかし物凄いソロを取るのでは、とイメージしていました。それが93年にとうとう聴けたのです。
実はTwo T’sではMichaelによるGiant Steps演奏は当初予定されていませんでした。MintzerワンホーンによるテイクVersion2が録音を終えていましたが、2テナーでやってみては?と言う話が何となく持ち上がり、ラフなジャムセッション形式で演奏が始まったようです。
さてさて、MichaelのGiant Steps演奏は如何様なものでしょうか?それは僕の期待を遥に超えたフレージング、アプローチ、アイデアの数々です!!早いテンポで2拍づつの転調感を出すにはコードの分散和音か、Coltraneが行なっているようなコードのドレミソを用いるしかないと思っていましたが、Michaelは2拍のスペースでオルタード・テンションを用い、いわゆるColtraneのリックを用いずにMichael独自のGiant Stepsに対するリックを考案してフレージングしています。実に新鮮、斬新なアプローチです!本当に素晴らしい!!
ただ気になることが一点あります。どんなにテンポが早くとも性格無比なリズムを、いかなる時にも聴かせるMichaelがいつになくRushしています。逆にここまでリズムが揺れている、走っている演奏はそうは聴いたことがありません。演奏内容がとても素晴らしいだけに不思議に思いました。このCDがリリースされた翌94年、The Brecker Brothers Bandで来日したMichaelに会った際に話をしました。「Two T’sのGiant Stepsを聴いたよ」、と言うとMichaelさっと表情が変わり「えっ、聴いたの?」と言いながら何となくそわそわし始め、「あのレコーディングの直前まで家族旅行があって1週間楽器を吹いていなかったんだ」と弁解めいたことまで言い始めました。「いや、素晴らしい演奏だと思うよ」「じゃあ大丈夫だったか?」「何も問題ないと思うよ」「オッケー、分かったよ」やっと落ち着きを取り戻したようでしたが、リズムのラッシュした演奏を残したことが本人も気になっていたようです。でも1週間楽器を吹いていなかった割には他の曲、Two T’sやBody And Soulの演奏はいつもの素晴らしさを聞かせていますので、MichaelにもGiant Stepsは手強いナンバーなのでしょう。
彼に正式なGiant Stepsのレコーディングの機会があったら、さぞかし完璧な演奏を残したことでしょう。同じColtraneのオリジナルMoment’s Noticeはレコーディングを残しています。
トランペット奏者Arturo Sandovalのリーダー作「Swingin’」96年1月NYC録音

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こちらはもはや余裕の演奏です。このクオリティでGiant Stepsを演奏したらどんなテイクが残されたでしょう?

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