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The Ray Draper Quintet featuring John Coltrane

今回はtuba奏者Ray Draperのリーダー作「The Ray Draper Quintet featuring John Coltrane」を取り上げてみましょう。1957年12月20日Hackensack, New Jersey Van Gelder Studioにて録音
Recorded by Rudy Van Gelder   Produced by Bob Weinstock
1)Clifford’s Kappa 2)Filide 3)Two Sons 4)Paul’s Pal 5)Under The Paris Skies 6)I Hadn’t Anyone Till You
tuba)Ray Draper ts)John Coltrane p)Gil Coggins b)Spanky DeBrest ds)Larry Ritchie
Prestigeの傍系レーベルNew Jazzから58年にリリースされました。

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1950年代にtubaでモダンジャズを演奏したのは、Miles Davisの50年代ラージアンサンブル共演で有名なBill Barberと本作のRay Draperくらいでしょう。
ニューオリンズ、デキシーランドジャズで低音のベースラインを奏でる楽器としての役割を担っていましたが、ソロ楽器奏者としてかつてシーンで活躍したのはこの2人くらいです。今回取り上げたRay Draperはこのレコーディング時に僅か17歳、さぞかし将来を嘱望された事でしょう。あらゆる時代、洋の東西を問わず、若くして現れたニューカマーには期待をするものです。でもtubaという特殊楽器、年齢を考慮してもこの作品での彼のプレイには魅力を感じる事は出来ません。よく言えば重厚な、端的に言えば重苦しさを拭うことの出来ない滑舌の悪さ、フレージングやアドリブ構成の未熟さから管楽器奏者としての良さを汲み取ることは困難です。
そんなプレーヤーの作品を今回何故取り上げたかと言えば、ひとえに1957年上り調子、絶好調のこのアルバムの共演者John Coltraneのプレイが凄すぎるからです!何とテクニカルにして流暢な唄いっぷり、素晴らしい音色、確実に「何か」を掴んだ芸術家の誰も止めることの出来ない表現の発露が迸っています。57年12月のColtramneは凄いです!逆に言えばこの作品、Coltrane不在ではリズムセクションの演奏の凡演も相俟って、殆ど何の主張も無い駄作に成り下がるところでした。Coltraneのクリエイティヴな熱演をリズムセクションは殆ど受け入れることが出来ず、ただ傍観してる場面が殆どですが、その点とRay Draperの演奏、Coltraneの凄まじさの対比が皮肉にもむしろこのアルバムの聞き所と言えます。

ColtraneとRay Draperは意外とウマが合ったのか、もう一枚共演作をリリースしています。「A Tuba Jazz」Late1958年録音
2種類のジャケット写真があるので掲載しておきます。1枚目はJosie、2枚目はJubileeレーベルのもので同一作品です。参加メンバーもピアニスト以外は同じです。

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前作から約1年を経たこの作品で、Coltraneの更なる成熟度を聴くことができますが、前作ほどのtubaとtenor saxの演奏のギャップは感じなくなっています。単に耳が慣れてしまったのか、それともRay Draperにも上達を感じるのでそのためなのか、ぜひ皆さんもこの2作を聴き比べてみて下さい。
Ray Draperは両方の作品でSonny Rollinsのナンバーを取り上げています。1作目でPaul’s Pal、2作目でDoxyとOleoの2曲ですが、全くのColtraneの語り口でRollinsのナンバーを聴くことが出来るのも両作の魅力です。ちなみにPaul’s PalはRollinsとColtrane唯一の共演作56年5月24日録音「Tenor Madness」に於いて、Rollinsのワンホーン・カルテットで演奏されていますが、ひょっとしたらColtraneはその時の演奏をスタジオのコンソール・ルームで聴いていたかも知れません。またPaul’s PalとはRollinsと50年代共演の多かった名ベーシストPaul Chambersに捧げられたナンバーです。一方ColtraneもChambersとの共演の機会が大変多かったので、自身の名作59年5月5日録音「Giant Steps」にてMr. P.C.をChambersに捧げています。さぞかしPaul ChambersはRollins、Coltraneの両テナー巨頭から曲を捧げられるほどの演奏家、そして魅力的な素晴らしい人柄だったのでしょうね。
1曲目Clifford’s Kappa、Ray Draperのオリジナル曲です。ほのぼのとした雰囲気の曲で、ソロの先発はTubaが取ります。楽器の構造上、音の立ち上がりを的確に行うには困難を伴います。コントラバス発音の立ち上がりよりも更なる難易度を感じますが、案の定ゾウガメが陸地を歩く様を想像してしまう演奏です。でもソロの2番手のColtraneで世界が一転します。テナー奏者でもColtraneは上の方の音域を多用するのでtubaとは2オクターブ以上の音域差でのアドリブです。4’14″位からドラムスがColtraneの凄まじいスピード感のある16分音符にインスパイアされて暫くの間(8小節間)ダブルテンポでプレイしていますが、その後また直ぐに元のスイングに戻ります。アルバム全編を通して、リズムセクション全員に関して、Coltraneの演奏に反応しているのは何とこの部分だけです。Ray Draperとの演奏の格差、Coltraneの演奏から生じるエネルギーの凄まじさ、保守的な伴奏者達はColtraneのアドリブのあまりに高度な内容、インパクトに傍観せざるを得なかったのでしょう。
57年5月31日録音初リーダー作「Coltrane」に於いて前年から急成長を遂げた彼はフレッシュな素晴らしい演奏を聴かせていますが、そこから僅か半年足らずの間に更に音色、フレージング、アドリブの構成、アイデア等全てバージョンアップしているのです。特にこのレコーディング時Coltraneは何物もにも制約が無いかの如く、ただ只管、無心に演奏に集中しています。

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2曲目もRay DraperのペンによるFilide、マイナー調でラテンのリズムのテーマが魅力的で多くの日本人の心をくすぐると思います。アドリブに入ると直ぐにスイングのリズムに変わるのが残念ですが。1曲目でのソロが長目だったのを踏まえてかColtrane短めに演奏を終わらせています。tubaソロの3’09″辺りでドラマーが珍しくソロイストを煽るべくフィルインを入れているのが微笑ましく聴こえます。
3曲目もRay DraperのオリジナルTwo Sons、彼のオリジナル3曲とも佳曲です。ソロの先発はGil Coggins、彼は50年代初頭にMilesとの共演経験もあるピアニストですが、何ともリズムがバタバタした拙い演奏です。Ray Draperは後年ドラッグで捕まった経歴があるので、Gil Cogginsも彼のドラッグ仲間、この演奏中もキマっていたのでは、と考えてしまいましたが、WikipediaによればCoggins gave up playing jazz professionally in 1954 and took up a career in real estate, playing music only occasionally. とありますのでこのレコーディング時は不動産業を営み、ほとんど演奏活動をしていなかったと言う事になります。ここでの演奏のクオリティは然もありなんと言う事でした。
4曲目が前述のPaul’s Pal、ほのぼのとした曲想でRollinsフリークのSteve Grossmanも取り上げています。ここでのColtraneは実に確信に満ちた演奏を繰り広げており、圧倒的な存在感を聴かせています。同様にリズムセクションはリズムマシンの如く、ただビートを刻む演奏に徹していますが。
5曲目が本作のもう1つの目玉、シャンソンの名曲Under The Paris Skies。Parisを題材にした名曲は多いですね。April In Paris、Afternoon In Paris、I Love Paris、An American In Paris…さぞかし魅力的な街なのでしょう。ここでのアレンジが素晴らしいのです!実に意外性のある選曲ですがラテンリズムでの印象的なメロディをtenor 、tubaの2オクターブユニゾンでの演奏の後、組曲形式でビゼー作曲アルルの女のメロディの断片が奏でられます。フランス繋がりなのでしょうか、その後スイングのリズムでアドリブが始まります。
「John Coltrane The Complete Prestige Recordings」のライナーノーツに興味深い記述がありますのでご紹介しましょう。A most unusual “front line” graces Coltrane’s last Prestige (actually New Jazz) session of the year: tuba and tenor sax. The young leader, tubaist Ray Draper, reportedly had met Coltrane while still in high school and had received help from Trane in preparing his compositions for recording. The arrangements show an attempt to elicit as much variety as possible from a potentially dark and weighty instrumentation.(tubaistの記述は原文のまま)

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実際このレコーディング時は17歳だったので、退学していなければRay Draperはまだ高校生だったはずでその時にColtraneに出会い、彼からこの録音のための曲の準備を手伝って貰っています。ここでのアレンジはtubaとtenor saxと言う楽器構成から生じる重苦しさを排除してなるべく多くのバラエティを引き出そうとする試みが見られる、とあるのでひょっとしたらかなりの所までColtraneに曲のアレンジを委ねていたのかも知れません。と言うのはUnder The Paris Skiesのアレンジが実に緻密で高い音楽性を感じさせるので、Ray DraperよりもColtraneの役割が大きかったように思えます。またもしかしたら本作でのPaul’s Pal、次作のDoxyとOleoもColtraneの発案での選曲だったかも知れません。Rollinsには敬意を抱いており機会があれば彼のオリジナルを演奏してその思いを現したい気持ちがあり、たまたまそのチャンスに恵まれてここでのオリジナル採用に至ったとも考えられます。後年Like Sonnyと言うオリジナルを作曲して演奏もしています。

それにしてもColtraneの音色でポピュラーなナンバーを演奏するのはメロディがとても魅力的に響きますね。後年Stan GertzやStanley TurrentineがBurt Bacharachのナンバーを取り上げた作品をリリースしていますが、美しいメロディと素晴らしいテナーの音色がブレンドして、いずれも心に響く唄いっぷりを聴く事ができます。
What The World Needs Now / Stan Getz Plays Bacharach And David

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Stanley Turrentine / The Look Of Love

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歴史に「もしか」は禁物ですが、Coltraneが現在でも存命で音楽活動を続けていたら間違いなく「John Coltrane Plays〜」をリリースしていた事でしょう。それこそColtraneのBacharach特集なんて是非とも聴いてみたかったですね。

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