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アマネセル/ジョーイ・カルデラッツォ

ピアニスト、ジョーイ・カルデラッツォの2006年録音リーダー作『アマネセル』を取り上げましょう。

録音:2006年1月30日~2月2日ヘイティ・ヘリテージ・センター、米国ノースカロライナ州・ダーラム
エンジニア:ロブ ”ワッコー!” ハンター
プロデューサー:ブランフォード・マルサリス
レーベル:マルサリス・ミュージック

(p)ジョーイ・カルデラッツォ (vo)クラウディア・アクーニャ (g)ホメロ・ルバンボ

1)ミッドナイト・ヴォヤージ  2)シー・グラス  3)トゥーネイ  4)アマネセル  5)ザ・ロンリー・スワン  6)アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー  7)ソー・メニー・ムーンズ  8)ワルツ・フォー・デビー  9)ララ

ジョーイ・カルデラッツォ9作目のリーダー作『アマネセル』、スペイン語で「夜明け」ないしは「日の出」の意味になります。
前作02年8月録音初のソロピアノ・アルバム、『俳句』のコンセプトを踏襲し、本作もピアノ独奏が中心ですが収録9曲中4曲にヴォーカルやギターが加わり、華を添えています。
収録曲中3曲がマイケル・ブレッカーやジョーイのオリジナル曲、そしてマイケルのリーダー作でも演奏されたナンバーです。
録音自体はマイケルが亡くなる約1年前、彼の体調がかなり思わしく無かった時期に行われたので、彼に認められてシーンに登場したジョーイとしては、闘病中の彼を激励する意味合いで関連曲を取り上げたと考えられます。
しかしマイケルが07年1月13日、57歳の若さで惜しまれつつ亡くなったため、翌年リリースの際にコンセプトを明確にすべく、作品冒頭に2曲続けて彼所縁のナンバーを配置したのでしょう。
リリース時にはジョーイにとって大いなる喪失感があったと思いますが、特にトリビュート・アルバムとは銘を打っておらず、またマイケル生前の演奏なので強い追悼感はありませんが、彼への日常的な思いが表れていると感じます。

ジョーイ・カルデラッツォ

ジョーイーは65年2月ニューヨーク州ニューロシェル出身、ドラマーである兄ジーンの影響を受け、クラシック・ピアノからジャズに移行し、80年代はリッチー・バイラークに師事しました。彼のプレイからバイラークのテイストを度々感じ取ることが出来たのも当然の事です。
その後バークリー音楽大学、マンハッタン音楽院で学びます。またこの頃はデイヴ・リーブマンやフランク・フォスターとも活動を共にしました。
マイケルとは彼が講師を務めたクリニックで知り合いました。ジョーイは自分が見つけ、ピックアップし、デビューさせたと言う自負があったのでしょう、マイケルは私にその事を度々話してくれました。そして自分のバンドに誘い入れ、87年からレギュラー・ピアニストになります。
98年ケニー・カークランドが43歳の若さで逝去し、ブランフォード・マルサリスが兄ジーンのバークリー時代のルームメイト、またブランフォード自身もジョーイのリーダー作に参加と、近しい距離を保ちながら音楽的方向性が合致していたジョーイは、パズルのピースを埋めるべく、ブランフォードのバンドにも加わることになります。
その後現在に至るまで約四半世紀、ブランフォード・カルテットのピアノの椅子を暖めています。
他にもジェリー・バーガンジやリック・マーギッツァらストロング・スタイルのテナー奏者の伴奏を行う機会が多いのは、コンテンポラリーなテナー・サウンドのバッキングに長け、加えて彼のインプロヴィゼーションがテナー奏者の構築するラインと被らず、ぶつからず、かつ彼らを刺激するサムシングを持ち合わせているのに起因するので、とイメージしています。
彼のピアノトリオ作品を挙げておきましょう。ブランフォード、マイケル両バンドのドラマーを兼任するジェフ "テイン" ワッツやジョン・パティトゥッチとレコーディングした『ジョーイ・カルデラッツォ』(邦題『ザ・トリオ』)、いずれも若手リズム隊を起用した11年録音『ライヴ』、14年8月録音『ゴーイング・ホーム』は出色の出来と言えます。

本作のプロデューサーを務めるのは盟友ブランフォード。これまでにも、そして以降も良好な音楽関係を続ける間柄、ここではジョーイの音楽性を俯瞰し、スタンダード・ナンバーやビル・エヴァンスの名曲を取り上げ、彼の魅力をより一層引き出しました。また新たな表現力や才覚を引き出すべく、的確なアドヴァイスや彼とのディスカッションを繰り返したことでしょう、ヴォーカリストとアコースティック・ギタリストの参加という手法を用いて、ジョーイの未出の側面を盛り込む事に成功しました。
何かのインタヴューでは、彼自身様々な種類の音楽を聴き、研究し、学んだ事により可能性が広がり、マイケルの作品で演奏してきた曲も、これまでに無い全く新しい気持ちで弾くことが出来たと語っています。

ブランフォード・マルサリス

それでは演奏について触れて行く事にしましょう。
初めに感じるのがピアノの録音状態です。一聴抜け切らない、まるで磨りガラスの向こう側で演奏しているかの様です。
ブライトでエッジが立つ、クリアネスを常に感じさせるジョーイのプレイですが、本作ではハスキーでダークな音色を聴かせており、私には味わいを感じさせる、良き方向でのアンビエントと判断しました。おそらくレコーディングで用いたホールの残響が一つの要因だと思います。
1曲目ジョーイのオリジナル、ミッドナイト・ヴォヤージ。マイケルのリーダー作96年リリース『テイルズ・フロム・ザ・ハドソン』収録のナンバーです。マイナー調で哀愁を感じさせるメロディラインは、一瞬50年代ブルーノート・レーベル辺りのアルバムに収録されているナンバーでは、とイメージさせますが、コンテンポラリーさがさり気なく際立つ名曲です。初演時ジョーイ他デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットのリズムセクションによるプレイで、マイケルは新境地を開拓しました。
ここでは意表をつくイントロから始まりますが、興味深いアプローチです。メロディの断片を次第に纏め上げるかのようにテンポを作り上げて行き、印象的な左手のワーク、右手のラインはオーソドックスなテイストを発しながらも随所にジョーイならではの音使いを聴かせますが、一貫してラグタイム風の、ブギウギ、ストライドピアノ的なグルーヴで演奏されます。
マイケル没翌月の07年2月、マンハッタン、タウンホールで行われたマイケル・ブレッカー・メモリアルにて、ランディ・ブレッカー、ジョーイ、ジェームズ・ジーナス、ジェフ”テイン”ワッツのカルテットでこの曲がトリビュートとして演奏されました。

ジョーイ・カルデラッツォ

2曲目シー・グラスはマイケルのナンバー、87年リリースの初リーダー作『マイケル・ブレッカー』冒頭を飾りました。
この曲はマイケルのライヴで演奏される機会も殆どなく、またアルバム収録曲中若干テイストが異なるためでしょう、作品中どこに位置させるか難航した節が窺えます。曲中や巻末収録では埋もれてしまう可能性があり、ダークホースは結果1曲目と言う栄誉を獲得しました。
今回シンプルに、ソロピアノで演奏された事で曲の全貌が新たになり、斬新で魅力的なメロディラインとコード進行、構成を持った曲と理解できました。
ジョーイは全ての音、コードを噛み締める様に、脱力しつつ美しく奏で、楽曲をサウンドさせています。その後のインプロヴィゼーションに於いても、時折無調の世界に足を踏み入れつつ終始耽美的にプレイし、マイケルの穏やかで優しい性格に想いを馳せるかのようです。結果まるでレクイエムであるかの様に響く演奏に仕上がりました。

マイケル・ブレッカー

3曲目トゥーネイはジョーイの作曲、アルバム『ジョーイ・カルデラッツォ』にも収録されています。そちらはピアノトリオ・ヴァージョンなので自ずとリズミックに演奏されていますが、こちらのソロピアノも全く遜色なくグルーヴを発揮し、テンポも速められ、凝縮されたビートの塊の如きプレイを展開しています。
トリオでは共演者とのコンビネーションを楽しみ、独奏では気持ちの赴くままに打鍵、といったコンセプトを感じます。

4曲目アマネセルはヴォーカリストのクラウディア・アクーニャとギタリストのホメロ・ルバンボ加えた表題曲。ジョーイのオリジナルですが、マイケルの98年録音リーダー作『トゥー・ブロックス・フロム・ジ・エッジ』にてキャッツ・クレイドルというタイトルで演奏されており、アクーニャによるスペイン語の歌詞が付けられ、タイトルも変更されました。
メロディの原型は殆どそのままですが、ヴォーカリストが歌唱し、アコースティック・ギターとピアノの伴奏で進行して行くので全く違った楽曲に聴こえます。マイケルのプレイも素晴らしかったですが、そちらを踏まえた上での演奏、こちらの方がより深い表現域に踏み込んでいます。
アクーニャとジョーイは05年のモンタレー・ジャズ・フェスティヴァルで出会い、彼女の声にこの曲がフィットすると感じ、彼が取り上げました。
ホメロ・ルバンボのアコースティック・ギター参加が楽曲の味付けに大変貢献しており、ピアノと同時にコードワークを演奏しても決してぶつかる事無く、過剰なサウンドも回避しながら、抜群のコンビネーションを維持しています。
ドライヴする、アグレッシヴなピアノプレイが特徴のジョーイでしたが、この自曲のプレイで新たな側面を聴かせ、成長ぶりを感じさせました。

5曲目ザ・ロンリー・スワンはルバンボのアコースティック・ギターとデュオで演奏される、ジョーイ作のボサノヴァ・ナンバー。アコギのカッティングが実に心地よく、その上で気持ち良さそうにピアノを弾くジョーイ、その後入れ替わりピアノのバッキングの上で端正なピッキングによるソロを聴かせるルバンボ、ジョーイ曰くの「憂いを帯びた美」が構築されます。

6曲目アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォーはフランク・レッサー作曲による、多くのヴォーカリストやジャズマンに愛奏されたミュージカル・ナンバー。
比較的早めのテンポ設定によるソロピアノ演奏、徹底的にスインガー振りを発揮します。楽曲の構造をしっかりと把握し、コード進行を再構築したかのプレイは実にスリリング、右手のラインも素晴らしいですが、左手の使い方が巧みで、師匠のバイラークを彷彿とさせるテイストを見出すことが出来ます。

7曲目ソー・メニー・ムーンズ、こちらもジョーイとアクーニャの合作です。アラン、マリリン・バーグマン夫妻作曲作詞でセルジオ・メンデスがヒットさせた名曲、ソー・メニー・スターズのタイトルに肖ったのでしょう、因みに月=衛星の多い惑星は木星で79個、土星には82個も存在するそうです。
こちらはヴォーカルとピアノのデュエットで演奏され、前半アクーニャはヴォイスとしてメロディを歌唱し、後半に歌詞を歌い展開しており、美の世界を堪能させてくれます。
ジョーイのピアノプレイもテクニカルでひたすら端正に違い無いのですが、これまであまり表出されなかった包容力や慈しみが聴こえて来ます。彼が例えば結婚して家庭を持ったとか、待ち望んだ子供が産まれた様な、人生の岐路に差し掛かったミュージシャンならではの変化を、演奏から感じ取ることが出来るのです。

8曲目ワルツ・フォー・デビーはお馴染みビル・エヴァンス作の名曲、あまりにもポピュラーなナンバーなので、取り上げたことに若干の唐突感がありますが、それを払拭すべくハーモニーやフィルインにジョーイらしいテイストを折り込み、収録の必然性を持たせています。
ピアニスト誰もが多かれ少なかれ影響を受けたであろうエヴァンスの演奏、彼も例外ではありません。
ソロピアノですから当然なのですが、途中でテンポを揺らしたり効果的にフェルマータを用いたりと、比較的モノローグ的な語り口で終始プレイされ、そこからエヴァンスへの敬愛の念を聴き取ることが出来ます。ここでも左手の使い方、右手のラインに寄り添う対旋律としての動き方に、独創性を感じます。

ビル・エヴァンス

9曲目は再びアクーニャ、ルバンボを迎えたジョーイのナンバー、ララ。こちらもボサノヴァのリズムによる演奏で、ジョーイは三位一体の美の世界をとことん楽しんでいるかの様です。
この曲でも歌詞は用いられずヴォイスを効果的に使い、ピアノとユニゾン、時折り音をぶつけつつ、色彩豊かなメロディラインをサウンドさせています。
普段のジョーイのピアノの音色では音のエッジが立ちすぎ、ヴォーカルとブレンドし難いことが考えられ、本作でのピアノの音色はヴォーカル、アコースティック・ギターとの共演に際しての一つの手法と捉えることが出来そうです。

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