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Stan Getz / Sweet Rain

今回はStan Getzの67年作品、Sweet Rainを取り上げてみましょう。1967年3月21日、30日録音、同年7月リリース。 Studio:Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey Recording Engineer:Rudy Van Gelder Producer:Creed Taylor
ts)Stan Getz p)Chick Corea b)Ron Carter ds)Grady Tate 1)Litha(Chick Corea) 2)O Grande Amor(Antonio Carls Jobim) 3)Sweet Rain(Mike Gibbs) 4)Con Alma(Dizzy Gillespie) 5)Windows(Corea)

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メンバー良し、演奏良し、選曲良しと三拍子揃った名盤で、学生の頃からよく聴いています。多くの名盤には名録音も付き物なのですが、レコーディング・エンジニアがかのRudy Van Gelder(RVG)にも関わらず、いつもの彼らしいクリアネス、臨場感、サウンドの主張をここではあまり感じず、どちらかと言えば今ひとつピンとこない、音の抜けないこもったサウンド、そしてザラザラした質感の音質です。
崇高なまでに素晴らしい演奏と、あたかも一枚ベールを被ったような録音のクオリティとが合わさり、むしろこの作品の印象をミステリアスなものに仕立てています。ですので昔から僕はSweet Rainを聴く度にこの作品の秘密を解き明かす感じで対峙しています。

この作品のディストリビュートはVerve Label、創設者のNorman Granz自身に寄るプロデュース作品が多かったのですが、この頃から後に名盤を数多くリリースしたレコード会社CTI(Creed Taylor Issue, Creed Taylor Incorporated)の創設者Creed Taylorがプロデュースを担当しました。TaylorはVerveでの幾多の経験を生かしてCTIを創設したと言えるでしょう。そして録音はRVGが行うというパッケージになっており、良い録音で作品を聴いて頂こうというTaylorのこだわりが名匠RVGの起用を促しています。GrantzよりもTaylorはよりポピュラリティのある作品のプロデュースを心掛けており、ジャズの様な素晴らしい音楽〜反面難しい、取っ付きにくいという垣根を取り払うべく、様々な工夫を作品毎に施して聴衆にアピールしていた様に認識しています。
実際CTIのカタログにはクロスオーバー〜フュージョンの作品が多いのは当然の成り行きでしょう。

ところでGetzは共演するリズムセクションの人選にかなりこだわりがあるように感じます。ミュージシャン、特にフロント楽器がリーダーともなれば当然の事ですが、その当時の精鋭プレイヤーを雇い、自分のカルテットのメンバーとして育て、特にピアニスト(Vibraphone奏者Gary Burtonが在籍した時期もあります)の楽曲を積極的に取り上げてバンドのレパートリーにしていました。
本作に参加しているChick Coreaのオリジナル・ナンバーLitha、Windowsはエバーグリーンの名曲です。でも決して長きに渡り共演せず、せいぜい2~3年程度、そのミュージシャンの美味しいところを堪能出来たらまた別なミュージシャンを見つけて採用するというスタンスで共演していました。そのGetzにしては珍しく自分のバンドの出戻り(?)ピアニスト、Chick Coreaのオリジナルを殆ど全曲演奏したのが「Captain Marvel」。この作品単体でBlogに取り上げたいほどの名作です。1972年3月3日NYC録音 74年リリース Columbia Label

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とても素敵なセンスのジャケットです!収録6曲中Billy StrayhornバラードのLush Life以外は5曲全てChickのオリジナル、メンバーもChick、Getzの他にb)Stanley Clarke、ds)Tony Williams、pec)Airto Moreira。
この作品のライブ盤が同年Montreux Jazz Festivalにて録音の「Stan Getz At Montreux」77年リリース、DVDでも見る事が出来ます。Polydor Label

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これらのセッションはChickの72年傑作「Return To Forever」1972年2月2, 3日 録音NYC、のメンバーにTonyを加えたメンバー構成で、Return To Forever A La Getzとも言うべきバージョンです。ECM Label
Return To Foreverの僅か1ヶ月後にCaptain Marvelは録音されているのですが、リリースは74年、録音してから2年経過してからの発売には何か意図があったのか、たまたまなのか、Return To Foreverの大ヒットが落ち着いてからのリリースを考えたのか、謎解きをするのも面白いです。

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それではSweet Rainの収録曲を見て行きましょう。1曲目Chickの作品Litha、8分の6拍子のリズムとアップテンポのスイングからなるカッコいいナンバー、初期のChickの傑作曲です。8分の6拍子の1拍=8分音符が3つを1拍と捉えて倍のスイングで演奏する、タイムモジュレーションの走りです。ここでのGrady Tateのドラミングが実に素晴らしい!8分の6拍子での軽快さ、そして更にアップテンポのスイングになった時、ほんの少しOn Topで叩くシンバル・レガート、これによりリズムのフィギュアが変わった感が半端ないのです!Getzの演奏で他バージョンのLithaの演奏で比較して見ましょう。

「Stan Getz My Foolish Heart “Live” At The Left Bank」
75年5月20日Maryland TheFamous Ballroom Baltimoreにてライブ録音、 2000年リリース Label M
p)Richie Beirach b)Dave Holland ds)Jack DeJohnette

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豪華なリズムセクションとの演奏です。因みにこのリズムセクションとDave Liebmanの共演が以前取り上げたことのあるLiebmanのリーダー作「First Visit」です。
このCDが発売された時にワクワクしながら購入した覚えがあります。 GetzのLithaの演奏をこのリズム隊で聴く事が出来るなんて!でも結論を先に言うと、ドラミングに関してSweet Rainでの演奏の方に軍配が上がります。
DeJohnetteのアップテンポのスイングが僕にはどうにも遅く聴こえるのです。メトロノーム的には全く正確に倍のスイングになっているのですが、TateのドラミングのようなOn Top感が無いので重い、スピード感の希薄なスイングになっています(とは言っても物凄い演奏ですが)。
ドラマーが代わりVinnie Colaiutaでの演奏にも同じ傾向があります。こちらはChick自身の演奏、93年1月3日 Blue Note NY、Chick Corea Quintet <b)John Patitucci ds)Vinnie Colaiuta ts)Bob Berg tp)Wallace Rooney> https://www.youtube.com/watch?v=cCa7SqwUgws(クリックすると演奏を聴く事が出来ます)。
ここでのColaiutaのドラミングはDeJohnetteよりも幾分On Topですが、Tateに比べるとまだ遅いです。Tateのドラミング・スタイルは黒人ドラマーとしてRoy Haynes〜Ben Rileyの流れを汲み、Frederick WaitsやVictor Lewis等に繋がって行きます。またGrady Tateのボーカルが素晴らしいのを皆さんご存知でしょうか?豊かなバリトンボイスを生かしたゴージャスな唄はドラミングと同等に、時としてそれを上回るほどです!Tateの74年リーダー作「Movie’ Day」、こちらは全曲ドラムを叩かず、ボーカリストとしての彼をフィーチャーした作品です。収録曲Van Morrisonの名曲Moon Dance、堪らない歌声です!

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Lithaの演奏にはもう1つ特記すべき点があります。8分の6拍子とアップテンポ・スイングが交互に入れ替わるこの曲、先発のGetzのソロ時には殆ど問題がなく合計4コーラス演奏されますが、Chickのソロの時にベースとドラムが曲の進行の探り合いを始めたのです。ピアノソロの1コーラス目、8分の6拍子からアップテンポ・スイングに移る際、ベースが1人先に行かず8小節してからアップテンポ・スイングになりました。ここからが2人の疑心暗鬼の始まりです。ソロの出鼻を挫かれたChick、しかし2コーラス目はベース、ドラム2人が持ち直したのでアドリブにエンジンが掛かり始めました。ところが3コーラス目に入った途端ドラムが8分の6拍子に一瞬戻らず、でもすかさず察知して態勢を立て直し8分の6拍子に戻りますが、その余波のためか何とベース、ドラム今度は2人して同時に8小節早くアップテンポ・スイングに移行してしまいました!コード進行も違うぞ!Chickは可哀想にバックの様子を伺いながらのソロプレイ、多分Getzと同じく4コーラスのソロを予定していたと思うのですが、邪魔が入り集中しきれずにソロをギブアップ状態の3コーラスで終了です。Getzがリーダーとしての後始末的にソロをコーラスの途中から取り、そのまま引き続いてラストテーマに入りました。こんなにアクシデントが起こった演奏にもかかわらず、プロデューサーはよくこのテイクを採用したと思うのですが。それにしてもトラブル続きの演奏でもタイムが一切揺れないのは流石です!
2曲目はAntonio Carlos JobimのO Grande Amor〜大いなる愛、Getzはライブでも当時よくこの曲を取り上げていたのでお手の物です。Chickの美しいソロも加わりこの曲の名演奏のひとつになりました。
3曲目は本作のタイトル曲Sweet Rain、南ローデシア生まれのイギリス人作曲家Michael Gibbsの崇高なまでに美しいバラード。この曲もGetzはライブで良く演奏していました。この曲の雰囲気と本作の録音状態が絶妙にマッチングしていると感じるのは僕だけでしょうか。1コーラス10小節から成る曲で、因みにMilesのBlue In Green、 Horace SilverのPeace、ColtraneのCentral Park Westいずれも10小節構成のバラードです。これらは10小節でストーリーを語り尽くしている名曲です。
4曲目はDizzy Gillespieの名曲Con Alma、スペイン語ですが英語に訳すとWith Soulだそうです。ホント良い曲ですね!Grady Tateの小気味好いラテンのリズムが曲の持ち味を最大限に引き出しています。Lithaと同様にスイングのリズムと交互に入れ替わりますが、ここでも丁度良いタイムのツボ、リズムのスイートスポットにハマって演奏しています。エンディングのドラマチックな事と言ったら!
5曲目は再びChickのナンバーWindows、対抗してMackintoshという曲を書いた人がいましたが(笑)、冗談はさて置き、これも何と美しいワルツでしょうか!ドラマチックでいて更に目紛しくコード進行が変わる難曲ですが、Getzは大変メロディアスなソロを聴かせています。学生時代よくジャズ喫茶でこの曲がかかっていましたが、皆んなでGetzのソロを口ずさんだものでした。
テナーサックスに於いてストーリーテラー、メロディメイカーぶりでGetzの右に出る者はジャズ史上存在しません。Chickのソロもコンポーザーならではの、細部に至るまでとことん曲の構造を把握して、曲自体のテイストを最大限に引き出しています。Getzのソロのバッキングも全く的を得ています。
ところでこの曲のキー、調性は何でしょう?いまだに僕自身分かりませんが、我々はこの曲を演奏する時に冒頭のコードを指して判断しています。このGetzバージョンは冒頭B minorですが、Phil Woodsの「Japanese Rhythm Machine」では半音上げてC minorで演奏していますが、実はこのキー設定でかなり演奏し易くなっているのです。PhilはFreedom Jazz DanceのキーをB♭からFに変えてEuropean Rhytm Machineの方でも演奏していました。

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