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Off the Beaten Tracks vol. 1 / Nicolas Folmer Meets Bob Mintzer

今回はトランペット奏者Nicolas Folmerの2010年作品「Off the Beaten Tracks vol.1」を取り上げたいと思います。
Bob Mintzerをゲストに迎え、Folmerのオリジナルを中心に演奏したライブレコーディング。米仏混合サイドマンのプレイも素晴らしく、超絶技巧にしてヒューマン、hot & coolさが堪らない作品です。vol. 1となっていますが未だvol. 2はリリースされていません。3日間に及ぶライブなのでまだまだテイクはあるはずですが。

Recorded: July 17, 18, 23, 2009, Live at the Duc des Lombards, Paristp)Nicolas Folmer ts)Bob Mintzer p)Antonio Farao b)Jerome Regard ds)Benjamin Henocq p)Phil Markowitz(on 4,7) b)Jay Anderson(on 4,7) ds)John Riley(on 4,7)
1)Off the Beaten Tracks 2)Fun Blues 3)Soothing Spirit 4)Bop Boy 5)Absinthe Minded 6)Let’s Rendez-Vous ! 7)Le Chateau de Guillaumes 8)Black Inside

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こちらは同一内容のジャケット違いです。

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France、いや欧州を代表するトランペッターNicolas Folmerは1976年10月26日Albertville出身、幼い頃から英才教育を受け、Parisのコンセルヴァトワールでトランペットと作曲法を学びました。同じくFranceを代表するジャズピアニストMartial Solalに才能を見出され、その後順風満帆に音楽活動を展開し、Ahmad Jamal, Richard Galliano, Manu Katche, Rosario Giuliani, Andre Ceccarelli, Marcus Miller, Herbie Hancockらと共演し、2004年に初リーダー作「I Comme I Care」をレコーディングします。
I Comme I Care

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トランペット奏者としての活躍も目覚しいものがありますが、スタジオミュージシャンとして、またアレンジャーとしても多くのミュージシャンから依頼を受ける、マルチぶりも発揮しています。
リーダーバンドと並行して、Swiss出身の名ドラマーDaniel Humairとの共同プロジェクトや、Franceの若手ミュージシャンを擁した超ハイパー集団Paris Jazz Big Bandの演奏活動も要注目です。Paris Jazz Big Bandは、Nicolas Folmerとサックスの Pierre Bertrandが中心となり1999年1月に結成されたビッグバンドです。オーソドックスなサウンドよりもファンク、ロック、クラブジャズのテイストが強い、強力にグルーヴするラージアンサンブルで、アドリブソロもイケイケです!2012年作品 Nicolas Folmer Daniel Humair Project / Lights

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2004年作品 Paris Jazz Big Band / Paris 24H

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欧州ジャズシーン渦中現在進行形にして、トランペットの技術を極めたかの如きプレイは聴く者を圧倒します。しかし決してtoo muchなテクニシャンではなく、常に自己のウタを感じさせるバランスの取れた演奏を展開、若くしてそのテイストを発揮しつつ音楽活動を行なっています。スイス出身の名トランペット奏者Franco Ambrosettiにも通じる演奏、センス、彼も歌心とテクニックを併せ持った素晴らしいプレーヤー、以前当Blogで取り上げたMichael Breckerを迎えた傑作「Wings」のプレイは鮮烈でした。僕が知らないだけでまだまだ多くの凄いトランペット名手が欧州には存在しそうです
83年録音 Franco Ambosetti / Wings

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本作はParisにある当地を代表するJazz Club、Le Duc des Lombardsでのライブレコーディングになります。そもそもMintzerが自己のカルテットで欧州ツアーを行い、訪巴を狙ってFolmerがゲストに彼を招き、その返礼か今度はMintzerカルテットにFolmerを加え、そこでの演奏を2曲追加収録した作品になります。Italy出身の名ピアニストAntonio Farao、France出身のベーシストJerome RegardドラマーBenjamin Henocqから成るFolmerのユニットはMintzerカルテットと全く遜色なく、むしろ技術や音楽性の高さを誇示するレベルでの演奏を聴かせ、その水準のハイクオリティぶりを知る事となりました。
聴くところによるとFranceは国が芸術家に経済的支援を行なっているそうです。音楽シーンが盛んでミュージシャンの勢いがあって互いに切磋琢磨し合い、経済的に困るところがなければ演奏の、特にテクニカルな部分はひたすら向上して行くと思います。余計な事を考えずに器械体操的に練習を継続できるからです。ただ音楽、特にJazzはハングリーさがある意味音楽に負荷をかけ、そこを乗り越えることにより表現に深みが加わる場合があります。むしろそこが不可欠な要素かも知れません。支援を受けて演奏活動を行うジャズミュージシャンに本当の表現が出来るのかどうか、僕自身は些か疑問に思っていたのですが、本作の素晴らしい演奏に触れ、目から鱗が落ちた感があります。このような深い音楽世界を構築できるのは、むしろ逆に経済的な安定があってこそなのではないだろうかと。「苦労は買ってでもしろ」とは遠い昔の話、経済支援があり、優れた音楽仲間が周囲に大勢いて良質のオーディエンスに自分たちの音楽を聴いて貰えれば、自ずと音楽性も深まって行くのではないかと考え始めています。

それでは演奏曲に触れていきましょう。1曲目FolmerのオリジナルOff the Beaten Tracks、素晴らしいファンク・ナンバーです!緻密にして独創的、大変凝った構成を持つ楽曲、カッコいいですね!何しろタイトルの意味が「常道を外れて、風変わりな」ですから!トランペットとテナーの2管によるアンサンブル、ハーモニーもグーです!テーマ時ピアノのバッキングがRamsey Lewis風を感じさせるのも面白いです。
作曲者本人も気に入っているようで、ライブで頻繁に取り上げています。しかもその都度アレンジを変えたり、メロディを付け加えたりと曲自体を成長させています。トランペット・ソロにエフェクターを施し、コーラスやハーモナイザーをかけてMichael BreckerのEWIソロ風のサウンドを聴かせる時もあります。
ソロの先発はMintzer、ゲストプレーヤーに花を持たせての切込隊長、期待に違わぬ熱いプレイを展開しますが、珍しく幾分タイムがラッシュ気味です。ソロ中にトランペットとのアンサンブルが入る構成はリスナーにとてもアピールしますが、ソロイストには難題です。はっきり言って落ち着いて演奏することが出来ないでしょう、このためにタイムが揺れ気味なのかも知れません。
リズムセクションのバッキングも実に適切、タイトにしてプッシュ感が心地よいです!途中トランペットによる8分の6拍子のゆったりとしたバンプ・メロディが入りますが、その背後でテナーはオブリガードを入れています。再びファンクのリズムとなり、第2回戦のテナーソロが始まり、気分一心でプレイに臨んでいるようです。
続いてFolmerのソロ、録音時32歳!音符のスピード感、そして拍に対する音符の位置が理想的です!そして実に軽々と、難易度高いインターバルのフレーズを吹きまくっているのは尋常ではありません!しかも一息のフレーズが長い!肺活量6,000cc以上はありそうです!物凄いテクニックを駆使してリズムセクションと一体化し、Folmerワールドを構築しています。Faraoの奇想天外なコンピング、Henocqの狙い澄ましたかの煽り方、Regardの変幻自在なアプローチ、レギュラーバンドならではのインタープレイです!ここでもソロ中に6/8拍子のバンプが入りますが、今度はMintzerがメロディを吹き、Folmerは唇を休ませるべくでしょう、オブリガードを入れずMintzerに一任しています。第2回戦のソロは更なる集中力を伴って一層の高みへ!その後のホーンのアンサンブルとドラムのトレード、いや、これまた凄い!Henocqはテクニシャンです!64分音符フレーズの嵐、ドラムセットはコンパクトな3点セットを駆使して、いとも容易く華麗なドラミング、彼はスタイルとしてTony Williamsからの影響を受けているようです。この時のライブ画像がYouTubeにアップされています。アドレスをクリックしてください。
https://www.youtube.com/watch?v=Lbl4ixNvSjU
その後ラストテーマを迎えますが、これだけの内容の演奏を経たにも関わらず、テンポが殆ど変わっていないことにも驚かされました。

2曲目Folmer作Fun Blues、セカンドライン風のリズムによるブルース・ナンバー、リフやコード進行も一捻り、いや二捻り効いています。先発Folmer、ソロ冒頭からリズムセクション、ターゲット・オン、キメています!ここでのプレイも猛烈です!縦横無尽に様々なアプローチ、多様な音使い、拍の取り方のバリエーション、恐れ入りました!短く纏めましたが才能とイメージ、創造力が炸裂しています!この演奏の後にソロを取るのは誰でもイヤでしょう(汗)、ですがMintzer果敢に挑んでいます。Folmerとは対照的にスペースを生かしつつ、知的なフレージングを重ね、音域のレンジを上げつつストーリーを展開します。
続くFaraoのピアノソロ、自由な発想に基づいて異次元空間にまで届きそうな演奏を聴かせます!タッチの素晴らしさ、グルーヴィーなタイム感は言うに及ばず、この人は1拍の長さがメチャクチャ長いですね!スタイル的にHancockやKeith Jarrettの影響も感じさせますが、独自のテイストを十分に聴かせます。途中ホーンのバックリフもお囃子的にあり、ラストテーマへ。エンディングは意外なコードでFineです。

Folmerは美しいラインのメロディ作りもお手の物です。3曲目ボサノバ・ナンバーSoothing Spirit、Faraoのフィルイン・ソロを生かしつつテーマが繰り返し演奏され、そのFaraoからスロー・スタートでソロが始まります。巧みなラインで雄大なスケールを感じさせながら曲の持つムードをいっそう高めます。ラストテーマ後はミュート・トランペットとテナーの掛け合いがしっとりと行われ、フェルマータです。この曲の構成もFolmerならではのスパイスが効いています。

4曲目はMintzer作のBop Boy、アップテンポのブルース・ナンバーです。リズムセクションがMintzerバンドに代わり、メンバーはp)Phil Markowitz, b)Jay Anderson, ds)John Riley
この曲は彼自身のアルバム2作にも収録されています。98年3月録音「Quality Time」02年2月録音「Bop Boy」
Quality Time

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Bop Boy

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こちらも超絶系テーマの難曲、でもFolmerには赤子の手を捻るも同然でしょうが(笑)。レギュラーグループのグルーヴを得て先発Mintzerがブロウしますが、絶好調ぶりを発揮しているのはAndersonのon topベースがバンドをしっかり牽引しているからに違いありません!続くピアノソロ、Markowitzもタイム感の良い、スイングするピアニストです。その後ドラマーRileyひとりを相手にテナー、トランペットがバトルを繰り広げます。メチャ盛り上がり、実にここぞ、と言うところでベース、ピアノが加わりラストテーマに突入です!

5曲目Absinthe MindedはFolmer作の抒情的バラード、冒頭トランペット、テナーでFaraoを相手にルパートで交互にメロディが奏でられます。Faraoのバッキング時の寄り添い方が巧みな事に感心してしまいます。その後ベース、ドラムが加わり、次第に2管でハーモニーによるメロディへ。先発ソロはMintzer、この人のバラードのセンスにはいつも感銘を受けますが、ここでも例外なく美の世界へと誘ってくれます。そしてトランペットのソロへ、テナーが間も無く割り入り、この頃よりリズム隊もグルーヴは16ビートに変わって行き、両者メロディとハーモニーで演奏し始めます。次第にピアノソロに入れ替わり、美しいタッチで端正な音符を繰り出すインプロヴィゼーションを聴かせながら、ドラマチックに音楽が展開し、ピアノソロは継続しつつ再び2管のアンサンブルが現れてラストへと向かいます。ユニークな構成にしてナチュラルさが心を打つ、聴いたことがない構成のバラード演奏です。Folmerの作曲、アレンジのセンスに乾杯!

6曲目Let’s Rendes-Vous !は50年代ハードバップの雰囲気を感じさせるマイナーのスイング・チューン。Horace SilverやBobby Timmons, Duke Jordanの作品に収録されていそうです!先発Folmerは自身の世界を目一杯表現し場を活性化させていますが、曲想にはあまり合致していないように思います。この手のナンバーでは曲の持つ枠組の中で如何に相応しいフレージングを作っていくか、様式美を発揮できるかがものを言うように感じます。またせっかくのハードバップ・テイストが光るナンバーなので、あの時代のトランペッターの雰囲気を多少匂わせても良かったのでは、少しだけでもニュアンスを感じさせれば楽曲の表現がさらに深まったのでは、と高望みしてしまうのは欲張り過ぎでしょうか(汗)
続くMintzerのプレイは巧みさはもちろん、曲に合致したフレーバーを聴かせます。この辺りはキャリアの違い、年の功と感じました。
その後のFaraoのソロの物凄いグルーヴ感と言ったら!表現すべきものが頭の中に満ちていて、確実なテクニックのもと、止めどもなく溢れ出るが如しです!ラストテーマを迎えますが、エンディングのラテンのリズムで聴かれるFaraoのバッキングのまたまた素晴らしいこと!Regardの堅実なサポートと相俟って、これは本格的ラテン・ピアノ奏者のグルーヴです!

7曲目再びMintzerリズムセクションでの演奏になるLe Chateau de Guillaumes、敢えてMintzerではなくFolmerのナンバーを取り上げました。ボレロのような、ルンバのようなリズムによるアンニュイなナンバー、「パリのエスプリ」とでも言うのでしょうか。テナーの脱力系メロディからミュート・トランペットでのメロディ、ピアノもリリカルな響きを聴かせます。ソロはミュート・トランペットから囁くが如く、憂いを感じさせながら行われ、いつの間にかピアノソロへ。情感たっぷりにスペースを生かしながらのフレージングは、細部にまでMarkowitz流の配慮、センスに満ちています。ラストテーマはテナー、ピアノ、ミュート・トランペット+テナーと分割されつつムーディに進行します。

8曲目Black Insideも良く練られた構成のナンバー、Folmerの作曲の才にまたまた敬服してしまいます。ゆっくりしたスイングから幾つかのきっかけを踏まえて倍テンポのアップ・スイングへ!ソロフォームとしては倍の長さのマイナーブルース、曲調には様々なテイストを感じますが、60年代のBlue Note labelのサウンドが聴こえてきます。HenocqのシンバルレガートがTony Williamsを感じさせる事も一つの要因、Regardのドラムへの寄り添い方もRon Carterを彷彿とさせ、FaraoのHancock流バッキングがさらに追い討ちをかけています。
先発Folmer、クールに狙い定めてリズムセクションを鋭く啓発し、インタープレイを促しています。応える側も実に適切で、まさしく撃てば響く状態です!続くMintzerは曲調に相応しく、持ち味のユダヤ的ダークな音色を駆使して、アグレッシヴに攻めています。Faraoのプレイは水を得た魚のごとく、幾つもの引き出しを自在に開け閉め、内容物の出し入れを確実に行い、更にはあたかも手品師のように観客の目前で一瞬にして別な収容物に変化させてみたりと、聴衆は呆気に取られるわ、大興奮で大騒ぎ状態!素晴らし過ぎです!
ラストテーマへは何事もなかったように半分のテンポに戻り、大団円です。

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