身から出た錆

彼女は、可哀想な人だった。  

自分の事が、この世の中で何よりも嫌いだった。自己肯定感を持てない一方で、自己愛を不健全なほどに育てていた。自分が傷つかないように。自分が貶められないように。彼女の行動原理の主語には、まるで消せない傷跡みたいに、いつだって「自分」が刻まれていた。自分を守る為に彼女が作り出した防御壁は、人に尽くすという形で現れていたように思う。しかし、間違った距離感、お門違いの思想は他人の目から八方美人や保身として映った。彼女が人から愛されようとするたび、人は彼女を忌避していった。  

彼女は、美しい人だった。  

でも、彼女自身だけは、自分の外見を嫌った。他人は、彼女の外見は愛したが、まるで部品の足りない時計のように繊細で狂っている彼女の内面を愛する人はただの1人も居なかった。僕は彼女の内面を知ったうえで、それでも愛そうと綺麗事を自分の目の前に振りかざしたが、心の奥底では彼女の生き方、思想を下らないと感じていた。無駄に冷笑的で、傲慢な自分を殺しきれなかった。  

彼女は虐められっ子だった。  

僕はこの事実しか知らない。彼女がどんな扱いを受け、どれだけ傷ついてきたのか、何も知らない。ただ、彼女の生き方にそれは如実に反映されていた。彼女を知ったばかりの人は口を揃えてこう言った。「何で可愛いのにそんなに自分に自信がないの?」皮肉な事に、彼女だけは自分を美しいと思ってなかったし、そんな彼女に取って、誉め言葉はお世辞や遠回しな讒言として映ったに違いない。  

彼女は、依存していた。  

自分を肯定してくれるものとして、自然と視線は相手へと向かう。それが通りすがりのナンパ師でも、クラスの自分を褒めちぎるチャラ男でも、どんな相手であっても。もしかしたら、依存しているという自覚すら無かったかもしれない。自分がいつの間にか二本足で立てなくなっている事にすら気付いていなかったろう。自己承認欲求は欲求のピラミッドの頂点に君臨する。誰も逃げられない。彼女は、認めてくれる相手なら、誰でも良かった。もちろん、僕じゃなくても。  

彼女は、矛盾していた。  

彼女は他人に愛されようとした。
他人はその姿を見て、彼女を嫌った。
彼女が好きなのは『自己』嫌いなのは『容姿』
他人が好きなのは『容姿』嫌いなのは『彼女』
彼女は人の好意を受け止められない。でも、
彼女は認められないと生きていけない。  

僕は、その作り物みたいな矛盾を美しいと思った。  

等身大の人間を体現しているような気がして。どうしても上手く人と接する事が出来ない無様な生き方が、たまらなく愛しかった。せめてその気持ちだけでもずっと忘れない為に。膨らんでいく彼女への蔑み、憎しみ、悪感情に自分が毒されきってしまう前に。

僕は、彼女に別れを告げた。

僕も、また矛盾していた。


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