新卒入社6年後にクビになるベンチャー企業の話 3

前回記事

O社に正式入社して少し経った2012年5月頃のことだったと思う。
この頃からいよいよG社長肝入りのアプリの開発がスタートしようとしていた。

まずはこのプロジェクトの概略から説明しよう。
このアプリは、G社長の知人の読者モデル等の男性数名を起用し、そのファンをターゲットにしたものだ。毎日ログインしたり広告を見ることでアプリ内ポイントを集め、それと引き換えに彼らの限定画像を入手したり、このアプリ限定のブログを読むことができたりする……という内容である。

(私は寡聞にして存じなかったが、彼らは結構有名な人達だったらしい。そんな彼らと知り合いだったG社長の人脈が謎であるが……)
実際、彼らの所属事務所や関係各所にちゃんと話を通していたのか……などの疑問点はあるが、その辺りにはエンジニアの私は関知していないので触れない。

アプリ内の広告で収益を得るつもりであったが、ここに大きな問題があった。

まず、今回このアプリで主に用いる広告は、ユーザーに対して広告を表示することと引き換えにアプリ内で報酬を与える「リワード広告」と呼ばれるものである。いわゆるアフィリエイト広告に近いものだと言えば分かりやすいだろうか。よくゲームアプリ等で、動画広告を視聴するとゲーム内通貨が獲得できたりなど、見かけたことがある方もいるだろう。
リワード広告の中でも、表示される他のアプリのインストールや会員登録等と引き換えにユーザーに報酬を与える、というもの(特に「ブースト広告」などと呼ばれる)がある。今回のアプリでは、このブースト広告をサービスの根幹とする予定だった。

但し、このリワード広告はiOS・Android両者とも(前者の方がより厳しいが)、アプリストアの規約で禁止されている。
理由としては、それによりアプリストアのランキングが人為的に操作されることになるからだ。例えば、リワード広告によってある特定のアプリが大量にインストールされランキングに入るなどすれば、ランキングそのものの信頼性が担保できなくなってしまう。

だが実際のところ、審査を掻い潜ってこのルール違反の広告を含むアプリは多数公開されていたし、当時のアプリの主な収益化手法の一つだったように思う。

更にG社長、どこでそんな情報を仕入れたのか不明だが、Apple社が同年秋頃にこれら規約違反アプリの一斉削除に乗り出すという噂を聞きつけていた。よって、なるべく早くリリースして収入を得ておきたいと主張していた。

実際、以下の記事のように過去にはそのような不正アプリの一斉削除が行われたことがあるが、これはこの3年後、2015年の話である。結果的にはG社長の言う時期にはこれは(少なくとも表立っては)行われなかった。

そもそも言うまでもなく、ルールに違反したアプリなど作るべきではない。G社長が仕入れたこの噂自体も根拠薄弱だが、削除されることが判っているのなら尚の事である。
仮にアプリを作って公開できても、たった数ヶ月でのサービス終了が決定づけられているようなものだ。それだけで十分な収益など出せる訳がないし、開発者としても短命が決定づけられたアプリなど作りたくはない。

当然社内からも異論が出て、連日遅くまでこのアプリを本当に作るのかという話し合いが持たれた。

私はというと、大学卒業したばかりでそういったビジネスの話には明るくなく、そして(いくら立場がフラットなベンチャー企業とは言え)一番下っ端だった立場で差し出がましく口を出すことはできなかった。
それに正直、気の強いG社長を止めようとしても無駄な予感はしていたし、どうせ作ることになるなら早く着手させてくれ……そんな気持ちだった。

私の予想通り、誰も彼女を説得させることはできず開発に着手することになった。
時期は既に6月になっていた。リリース予定は7月末予定だ。
残りの開発期間はたったの2ヶ月弱……

このアプリの主な開発メンバーとなったのは、私に加えて、私と同時に入社したYさんとSさんという、どちらもG社長の出身大学に関係する知人の男性2人だ。
2人とも私より少し年上ではあるがほぼ同年代で、ITやプログラミングについてはほぼ初心者であった。大学や前年からのバイトでの経験がある私の方が、知識や経験の量では先んじているかな……という自負はあった。

この他、我々のスーパーバイザー的な役割として、Gの知人で非常勤のAさんが就いた。Aさんの経歴はよく存じなかったが、こういったシステム開発には詳しいようで頼れる方だった。
アプリの画面デザインは、同じくGの知人のデザイナー・Mさんが担当することになった。Mさんは我々とほぼ同年代ながらも当時フリーで活躍していた優秀なデザイナーだ。

また、社のエンジニア(G以外のほぼ全員)と話し合った結果、我々新入社員……つまり私とYさん、Sさん3人の習熟も兼ねて、この3人でアプリの要件定義や詳細な設計からやってみよう、ということになった。
こういったシステム開発では当たり前のことだが、当時の我々にはまだそのノウハウがない。OJTのような感じでそこから経験してみよう、ということだ。
Gもこれには口では納得していたが、「そんなのはいいから早く形があるものを作ってくれ」という気持ちが顔に書いてあった。

日中には私とYさん、Sさんの3人で、画面の構成やデータの持たせ方などの仕様を考え、夕方にはAさんやG社長にプレゼン、そしてフィードバックをもらい修正、というのを繰り返した。
この作業を2〜3週間ほど繰り返した後、最終的に出来上がった仕様でGのOKも出て開発に着手できる状態になった。

無論、アプリにしろそれ以外のシステムにしろ、こういった要件定義や設計は欠かせない手順である。ここでそれを体験するのは必要なことではあったと思うし、意義深かったとも思う。教えてくれたAさんをはじめエンジニアの皆さんには感謝している。
しかし、如何せん開発期間が足りない。残り開発期間は約1ヶ月……

次回に続く。

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