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ようこそこちら、大鳥居  『碧空戦士アマガサ番外編』 #hk_amgs

本作は、コミックマーケット98(エアコミケ)にて頒布された同人小説単行本『碧空戦士アマガサ2 オイラの憂鬱』向けに執筆した短編作品です

 ゆうやけこやけで、ひがくれて。

 やまのおてらの、かねがなる。

 夕方17時のメロディに合わせて口笛を吹きながら、私──河崎晴香は住宅地を抜け、桜の舞う公園を横切り、人の賑わう方へと歩を進める。旧東海道がどうのこうのという看板を横目に角を曲がると、そこは昔ながらの商店街が広がっていた。

 夕暮れどきなせいもあり、商店街は買い物をする主婦たちで賑わっている。そこら中の焼き鳥屋やらカレー屋から腹の空く匂いがする。大量の野菜と子供を自転車に乗せたママさんが全力で自転車を漕いでいく。そんな、平和な町。

 それを眺めながら、電池の切れたスマホを手に、私はぽそりと呟いた。

「……参ったな。完全に迷子だ」

『はっ!? おま、晴香、ちょっと待て!』

「あん?」

 胸ポケットから声がして、私はそれを取り出す。古ぼけているが、しっかりした扇子だ。表面に描かれた見事な龍は、今は文字通り“絵に描いたような”ぽかんとした顔で私を見上げている。

『自信あって歩いとったんではないのか!?』

 声は間違いなくその扇子から上がっていて、龍の絵もアニメみたいに口がパクパク動いている。こいつは九十九神──古道具が時を経て人格を得た、妖怪の一種だ。私の仕事仲間で、名はリュウモンという。

 あんぐりと口を開けた龍を見下ろし、私は自信満々に言葉を返した。

「あるわけねーだろ。お前が雨狐見失ってからずっと勘で歩いてたぞ」

『おまっ……そういうことはもっと早う言わんか! もう30分くらい経つぞ!?』

「いやぁ、この町のことは色々知ってるつもりだったが、30分も歩くと知らん場所に出るもんだな」

『危機感が皆無じゃ……』

 事の発端は、例の如く雨狐──狐面の怪人との戦いだった。

 湊斗たちと共に捜索をして雨狐を見つけたは良いものの、そいつは交戦をはじめると同時に全力で逃げ出しやがったのだ。

 慌てて後を追う内に天気雨が止み、雨狐たちの姿は見えなくなり、私たちはカラカサとリュウモンの妖力感知を頼りに手分けして怪人の行方を追っていたのだが──まぁ、結果は見ての通りだ。

「まぁこの雰囲気だと、どっかに駅なりバス停なりあるだろ。それより重要なことがある」

『重要な事……?』

 私はそこで言葉を切って、周囲をもう一度見渡す。夕焼けに赤く染まる雲、漂う旨そうな匂い、今日の夕飯はカレーかしら、あらうちはすき焼きよ。焼き鳥屋、中華料理屋、カレー屋──

 怪訝そうな顔のリュウモンを一瞥し、私は言葉を続けた。

「腹が、減った」

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 仕事柄、飯の時間というのは日々の大きな楽しみのひとつだ。特に今の隊に入ってからは外回りが増えたため、うまい飯屋探しがとても捗っている。

 こうして知らない土地にきたなら尚更、飯屋を探さない手はない。

「いいかリュウモン、こういうときは落ち着きが肝要だ」

『迷子になっといて落ち着きすぎじゃ。そもそも飯を食っとる場合か』

「食ってる場合だ。実際雨狐が消えちまったらしばらく出てこねーわけだし、今のうちにエネルギー補給だよ」

『屁理屈が上手いやつじゃな……』

 リュウモンと話しながら、私は商店街を歩いてゆく。焼肉屋、焼き鳥屋、魚屋、お、串揚げ屋もいいな。こっちの綺麗な店は……ああ、タピオカ屋か。旨かったけど今はいいや。八百屋や魚屋、肉屋なんかも繁盛しているようで、全体的に活気のある商店街だ。と──

「そこのお嬢さん! 中華料理どうだい?」

 不意に声を掛けられて、私は歩みを止めた。

 視線を遣った先にいたのは、相棒のタキに負けず劣らずガタイの良い、ラグビー選手みたいな男だった。白い料理人服に身を包み、ニカッと笑いながら手招きしている。その背後で揺れる暖簾で、『中華料理屋・大鳥居 』という白文字が揺れていた。

「ほう。中華料理……」

 建物はボロい。しかし掛かった暖簾はピカピカで、扉も最近新調したかのように綺麗だ。そしてこの大男はおそらく店長だろうが、年の頃は30前後に見える。

 ──地元で長年やってきた中華料理屋で、最近代替わりをしたパターンと見た。

「よし、ここにしよう」

 私はリュウモンをぱたりと閉じて、宣言した。

「即決だな! 良かったぜ、暇してたんだ」

「それ客に言うことか?」

 私のツッコミに、店長は笑いながら店の戸を開ける。快活な、気持ちの良い男だ。

 店内に足を踏み入れる。案の定というかなんというか、店内は昔ながらの中華料理屋といった様相だ。奥まで続くカウンターと、テーブル席が3つ。壁には色あせたメニューと、ハイボールのポスターもある。

「カウンターで良いかい?」

「ああ」

 私が応える間に、店長はエプロンを巻きながら厨房に立つ。カウンターにはメニューと調味料、そしてティッシュの箱。これは持論だがティッシュ箱が置いてある店は美味い。

「あいよ、お水。決まったら声掛けてくれ」

「どうも」

 メニューを開くと、簡単な写真と共に様々な料理が並んでいた。回鍋肉、油淋鶏、坦々麺、空芯菜、餃子──

「ふむ。回鍋肉と坦々麺にしようかな」

「坦々麺、辛いのと普通のどっちが良い?」

「辛いので」

「了解だ。あ、ライスはいるかい?」

「あー。抜きで」

「あいよ。回鍋肉単品と激辛坦々麺なー」

 軽快なやりとりと共に、厨房に火が入る。油の心地よい音を聴きながら、私は改めて店内を見回した。

 やはり、相当長く使われているようだ。壁には所々シミがあるし、壁際に並んでいる漫画本たちもヨレヨレだ。雑誌立てにあるのは新聞と、子供向けだろうか、ヒーローが表紙の児童雑誌も置かれている。

 こういう店は、一見では敬遠しがちだ。しかしこれは持論だが、長く残っているということはそれだけ質が担保されているということでもある。そして、若い世代に代替わりして現代人に向けたカスタマイズもされているはず。経験上こういう店は美味い。

「それにしてもねーさん、ここらじゃあまり見ない顔だね? 仕事かい?」

「ん、ああ。実は道に迷ってしまって」

 料理をしながら話しかけられて、私は店長を見上げた。手際良く中華鍋を振るっている。

「今日び珍しいな? 大抵、スマホで地図出して解決するだろうに」

「あー、それが……電池が切れてて……」

「あらら。電源コードあるか? 壁際のコンセント使って良いぜ」

「マジすか。助かります」

 ケーブルあったかな……と私がカバンを漁りはじめたころ、店の扉がガラガラッと開いた。入ってきたのは二人組の女の子たちだ。

「夏彦ー! いつものー!」「こんばんわー」

 元気溌剌な赤髪の少女と、スッピンボサボサボロボロな女の子。見たところ前者は中高生、後者は大学生くらいに見える。姉妹だろうか。

 店長(夏彦というらしい)はコンロから顔をあげてその二人に応じた。

「んぉ。今日は早いなお前ら。開いたとこ座っててくれー」

「「はーい」」

 おそらく常連客だろう。二人は慣れた様子でテーブル席につき、手近な漫画本を手に取って読み始めた。やはりしっかりと若い世代を捉えているようだ。

「あいお待ち。回鍋肉と激辛坦々麺」

「どうも。あ、充電ケーブルあったんでコンセント借りたいんすけど」

「おうよ……あ、しまった。あいつらが座ってんな……」

 店長は先ほどの二人をちらりと見たあと、私に向かって言葉を続けた。

「貸してもらっても良いか? 俺が挿しとくわ」

「すんません」

「さて、伸びる前に召し上がれ、だ。……おーいモヨコ、そこのコンセント使わせてくれ」

 ケーブルとスマホを渡すと、早速店長は二人組に声を掛ける。二人組のほうに視線を遣ると、赤髪少女の方と目があったので小さく会釈しておいた。ビシッと親指を立てる少女に微笑みつつ、私は手にした箸を割った。

「よし……いただきます」

 店長の言う通り、伸びる前にまずは坦々麺だ。激辛という名は伊達ではないぞととばかりにカプサイシンの香りが鼻を突く。香りだけで頭の毛穴が開くのを感じる。強敵だ。

 まずはレンゲに取ったスープをひと啜り。おお、辛い。唐辛子の辛さに加え、ちょっとした痺れは花椒だろうか。胡麻の甘味もしっかりと感じられる。辛い中でもバランスが取れた逸品だ。

 麺の甘味も、これまたアクセントとなっていて美味い。野菜も程よくスープが染みており、噛むだけでジュワッとスープの旨味が溢れ出してくる。が、激辛と銘打っているだけはあり、食べているうちにだんだんと口の中が辛くなってきた。あと汗がやばい。私はジャケットを脱ごうと箸を置き──

『おい、おい、晴香。ちょっと』

「ん」

 胸ポケットからあがった囁き声に、その手を止めた。

『うまそうな匂いがするんじゃがそりゃなんだ。ワシにも食わせろ!』

「食うっつったってお前。カラカサみたいに口もねーだろ」

 小声で言い返す。店長は例の二人組と談笑しているのでこちらの会話には気付いていない。

『お供えじゃ、お供え。とりあえずワシを卓に置け』

「しょうがねぇな……」

 私は胸ポケットからリュウモンを取り出してテーブルに置く。動くところを見られると面倒なので開かないままだ。小声で『おおー、うまそうな肉じゃ!』と声をあげている。回鍋肉好きなのかこの爺さん。

 とりあえずジャケットを脱ぎ、水を一口。口の中がまだ辛い。ちょっと気分転換に、回鍋肉をいただくとしよう。

 キャベツ、ピーマン、モヤシがたっぷり入った回鍋肉だ。豚肉もなかなかの量入っていて、これで500円は店の経営が心配になるレベルだ。

「わりーなリュウモン、私も貰うぞ」

 こういうのは、キャベツと肉をガッと掴んで一気に行くに限る。

 リュウモンに一声かけると、私は肉と野菜を一口に頬張った。肉の油と野菜の甘味が口の中に広がる。坦々麺の影響で熱いものを食べると少し痛いが、それを補ってあまりある旨味。素晴らしい。肉の柔らかさも野菜の硬さもバランスが取れているし、なによりこれは──

 私は不意に得た気付きに導かれ、坦々麺をひとすすり。味わった上で、再び回鍋肉に箸を移す。そうして交互に食べることで、私の推測は確信に変わる。

「これは……坦々麺に合わせて、辛味を少し調整してあるのか?」

「お? 気付いてくれるたぁありがたいねぇ」

 回鍋肉に夢中になっているうちに、いつの間にか背後に店長が立っていた。

「!? す、すまん。つい」

「なんのなんの。それにしてもねーさん、旨そうに食うなぁ」

 満足げに笑い、店長は厨房へと戻っていく。ふと見ると、例の二人組も回鍋肉定食を食べ始めていた。どうやらこの店の名物メニューであるらしい。

「いや実際、旨い。いくらでも食べられそうだ」

「そいつぁ良かった。腹一杯食やァ、迷子の不安も吹っ飛ぶってもんだ」

「んん? お姉さん迷子なのか?」

 店長の言葉を聞いて反応したのは、例の赤髪少女だ。口元にべっとりとソースがついている。

「ああ、そうなんだよ。ちょっと、その……人? を探しながら30分ほど歩いていたら、自分が迷子になってしまってな」

「なんだそれ、面白いな!」

 そのまま談笑しながら、私は坦々麺と回鍋肉を平らげた。坦々麺に至ってはスープまで飲み干したのだが、不思議とまだ腹の虫は治っていない。

「店長、追加良いか?」

「お。食うねぇ」

「たくさん歩いたせいかな。冷やし蒸し鶏と、餃子。あと空芯菜も」

「いいねいいね。空芯菜はサービスしてやろう!」

「マジすか。ありがとう!」

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 そうしてたっぷり1時間半ほど経った頃。

 店には件の二人以外にも、仕事上がりのサラリーマンや近所の常連さんと思しきおじさんたちがいて、なかなかの賑わいを見せている。そりゃそうだよな、旨いもんなここ。

 私は席を立ち、上着を羽織ながら店長に声を投げる。

「ごっそーさんでした」

「あいよ。それにしても食ったなおい。胃袋大丈夫か?」

「いやぁ、不思議と腹が減ってな……」

 たぶんリュウモンに「お供え」したせいもあるのだとは思うのだが、まぁ旨かったのでよしだ。

 会計を打ち込む店長に、テーブル席から声がかかる。店長は慣れた様子で「ちょいと待ってくださーい!」と声をあげていた。

「一人で切り盛りしてるんスか?」

「ああ。ホントは親父とやってたんだけどな。今は沖縄でバカンス中。……ほい、ちょっとマケといたぜ」

「え、いいんスか」

「おうよ。いっぱい食ってくれた礼だ」

 提示された金額は、食べた量の割に明らかに安い。満面の笑みで言う店長相手に断ることはできず、私は言われた金額を支払うことにした。

「毎度あり。またきてくれよな」

「ああ。是非とも」

 こんなにも旨い店だ。叶うならまた来たい。

 店長と会話しつつ店の戸を開けたとき、店内から声がかかった。

「おねーさーん! 忘れ物ー!」

「スマホ忘れてるッスー!」

「あ、やべぇ」

 パタパタと便所サンダルの足音を立てながら、赤髪少女──モヨコちゃんというそうだ──が私のスマホとケーブルを持ってきてくれた。危ない、本気で帰れなくなるところだった。

「すまんな、モヨコちゃん。ありがとう」

「いえいえ! ちなみに駅はそこの角を左に行けば線路があって、辿っていけば見えてくるぞ!」

「お、やっぱ駅近いのな。ありがと」

「そんじゃ、またなー!」

「毎度ありー」

 店長とモヨコちゃんが手を振る。私もそれに応えながら、モヨコちゃんの指示通りに駅への道をゆく。言われた通りに角を左折すると、そこには高架橋が見えた。あれが彼女の言っていた線路か。

 道は一本道。高架橋の下は短いトンネルになっているようだ。

 蛍光灯を変えたてなのかはわからんが、トンネル内はやたらと明るい。おかげで向こうはよく見えないが、まぁ最近は治安が悪いしな。仕方ないか。

 そんなことを考えながら落書きだらけのトンネルを抜けたのと、ポケットでスマホが震えたのは、ほぼ同時だった。

「……ん。着信か」

 ポケットからスマホを取り出し、何気なくロック画面を見て。

「あん?」

 私は眉を潜めた。

'着信:8件 未読メッセージ:125件'

 首を傾げつつも立ち止まり、コールに応じる。

「もしもし?」

『あっ、姐さん!? もーーーどうしたんすか電話も出ずに!』

 電話の相手は相棒のタキだ。

「ああ、悪い。電池切れちまっててな。晩飯食ってたわ」

『無事なら良かったっス。姐さんのGPS取れなくて焦ってたんすよ』

「GPS取れない? なんのことだ?」

『スマホのGPS信号を記録するようにしてるって説明しましたよね? 雨狐が出たときの対応迅速化のために』

「あ、そうだったか」

 そういえば、だいぶ前に聞いた気がする。……などと思っている間に、タキが言葉を続ける。

『それが3時間前から全然位置が取れてなくて。雨狐の結界の中にいるときと症状が同じだったんで、もしかして捕まったんじゃないかってめちゃくちゃ焦ったんスよ』

「そういうことか……いや、すまん。普通に中華料理食ってた」

『心配させないでくださいよもーー』

 そのまま2、3会話して、私は電話を切った。それにしても、この着信の数。テーブルの横でブンブン鳴ってたんだとしたら、モヨコちゃんたち喧しかったろうな。

 ガタン、ゴトンと列車が走る音がする。私は何気なく、今きた道を──トンネルを振り返った。

 ──その、はずだった。

「……あれ?」『おろ?』

 私とリュウモンは同時に声をあげた。

 確かにそこには、トンネルがあった。ただ、その前にはフェンスが立っている。おまけにあれほど明るかったトンネル内部は、照明のひとつもなく、真っ暗だ。落書きもないし、草も生え放題。とても今通ってきた道とは思えない。

「……おい、リュウモン。私は夢でも見てたのか」

『いや、いやいや……ワシもわからん』

 狐に化かされたのか、なんなのか。タキの言う通りあれは雨狐の結界かなにかだったのだろうか。

 ぞわぞわと背筋が粟立つ──よりも先に、私の脳はとある可能性に思い至っていた。

「……っておい、じゃなにか? 二度とあそこの飯を食えねーってことか!?」

『た、たしかに、そうなるのう……?』

「ええええマジかよ!? 住所聞いとけばよかった!」

『いやその住所が実在するかわからんからな!?』

「なんだよリュウモン! またあそこの回鍋肉食いたくねーか!?」

『食いたいけども! 確かに旨かったがな!?』

 怖気より食い気。

 私たちは言い合いながら、線路沿いの道を歩いてゆく。

 煌々と輝く満月だけが、そんな私たちを見下ろしていた。

(『ようこそこちら、大鳥居』 完)

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