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バラバラバラ
バラのネオン看板が提げられた扉は、古めかしい見た目に反して滑らかに開いた。
俺を出迎えたのは水タバコ特有の匂いと大量の煙、ついでにBGMのLo-Fiヒップホップ。薄暗い店内にはソファとローテーブルと、申し訳程度の観葉植物。壁を埋め尽くすポスターの中で、色褪せた美女が微笑んでいる。
ここは〝Rose Qween〟。この界隈によくある水タバコ屋だ。
足を踏み入れると、床板がギシッと鳴いた。その音で気が付いたのか、カウンターに座る女が顔をあげる。
「ん。いらっしゃい」
歳の頃は二十半ばいったところか。パンキッシュな見た目の女だった。真っ赤な髪を刈り上げにして、耳には大量のピアス。羽織っている革ジャンまで真っ赤で、胸元には銀細工の薔薇が輝いている。
しかしそれ以上に目を引いたのは、彼女が手にしているキセルだった。おそらく翡翠で、彫り物も施された上等な代物だ。
「お兄さん見ない顔だね。ここは初めて?」
「あ……ああ、まあ」
「そ。お客さん居ないし、テキトーに座っちゃってー」
曖昧に頷く俺にそう言いながら、女はキセルをカウンターに置く。俺の視線は無意識にそれを追っていた。キセルに彫られた意匠は、椿。やはり、ここが。
「ん、どしたの? トイレ?」
「つかぬことを聞くが」
疑問の声を遮って、俺は言葉を投げた。
「ここに、マイカという女は居るだろうか」
「……は?」
女の目が、すいと細まる。今し方までの気の良い雰囲気から一転、殺意にも近い圧。……当たりか。
「居るのか」
「……死んだよ。五年前に」
女は言いながら、翡翠のキセルに触れる。
「今更バアちゃんになんの用だ、バケモノ」
「それはそちらだろう」
「るっさい!」
女が叫び、腕を大きく振るう。次の瞬間、その腕から荊が鞭のごとく生え出でた。
「……!」
それは凄まじい速度で俺の顔面へと迫り、首から上を吹き飛ばす。
「……速いな」
宙を舞う首の視点から女を見下ろして、俺はポツリと呟いた。
「黙れ!」
(続く)
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