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刻命戦隊クロノソルジャー 第1話「ウェイクアップ・クロノス」 #刻命クロノ

刻命戦隊クロノソルジャー
第1話「ウェイクアップ・クロノス」
(約3.6万文字)


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▶︎目次

前回までのあらすじ
 3年前、日本は常夜の呪いにかけられた。
 その始まりは首都圏の主要駅を狙った大規模テロであり、それを実行したのは人ならざる怪人<ヤミヨ>の一団であった。
 そして時は経ち、現在──

- プロローグ -

'-- ヤミヨによる大規模テロから3年後
 -- 東京都渋谷区 新渋谷駅付近 06:12 PM'

 どうして、こうなったんだっけな。

 ──そんな思いと共に始まった走馬燈を、俺は頭を振って掻き消した。

 周囲は火の海、背中には瓦礫(特大)。あとたぶん、鉄骨かなんかが腹に刺さってやがる。そしてなにより、猛烈に眠い。いや、いかん。意識を保て鳥居夏彦(トリイ・ナツヒコ)。まずは目の前の高校生を助けねば。

 込み上げてきた血を吐きだすと、俺は眼前でアルマジロみたいになっているそいつに声を投げた。

「よぉ、ボウズ。無事か」

「え、は、はい!」

「妹は?」

「こ、ここに居ます」

 高校生は答えながら顔をあげた。栗色の癖毛が特徴的な、なんか女みたいな奴だ。そんな彼の懐からぴょこんと顔を出したのは、涙目の少女だった。

「にいに、だいじょぶ?」

「あ……大丈夫だよ、ユーリ。危ないからそこに居て」

 ユーリと呼ばれた少女は、俺の顔を見てギョッとしていた。まだ小学1年生くらいだろうか。泣きそうだが、しっかりと我慢している。できた子だ。

 それに兄のほうも、咄嗟に妹抱えて丸まるなんざ、顔に似合わず大した男気だ。……なんか元気出てきたぜ。

「よし、二人とも無事だな。とにかく、脱出すんぞ」

 俺はニカリと笑いかけ、内心で策を練る。今だ崩落は続いていて、背中の瓦礫(特大)は徐々に重みを増している。限界が近い。

 とりあえずこのままじゃ全員ぺしゃんこだ。まずは二人を退避させて──

「え、まだ生きてんの、クロノレッドぉ?」

「──ッ」

 俺は思わず、息を飲んだ。睨み付ける俺の視線を追って、少年もまたそちらを見る。

 この場に似つかわしくない軽薄な声の主は、燕尾服を着た水晶玉頭の怪人だ。刻王の腹心、名はリューズ。そいつは降り注ぐ瓦礫の雨など意に介さず、手にしたステッキをクルクルと回している。

「すごい生命力だよねぇ。ゴキブリの親戚?」

「うるせぇ、虫みたいな手脚してんのはそっちだろうが」

 咄嗟に言い返したが、正直マズい。瓦礫(特大)にやられるが先か、リューズにやられるが先か──

「か、怪物……!?」

 そんな俺の思案を遮ったのは、足元から聞こえる怯えた声だった。いかん、少年の前で弱気な顔見せてどうする! 気張れ夏彦!

「あんだけボコボコにしたのに、まだ子供を守る元気があるんだぁ? すごいねぇ?」

 少年を一瞥し、リューズは笑う。そう。こいつには敵わなかった。想像の10倍くらい強かった。なにより──間が悪かった。

 俺は必死で考えを巡らせる。なんとか、なんとかここを打開できないか。せめて子供たちだけでも……いやだが、この死にかけの身体でなにができる? ……あれ、待てよ?

「……死にぞこない、か」

 俺はぽそりと呟いて、リューズを睨みつけた。怪人は「さて、そろそろ終わりにしようかー」などと気楽に声を上げている。ついでに背中の瓦礫(特大)もほぼほぼ限界マックスだ。

 そう、俺にはいろんな意味で、時間がない。死に損ないの心配をしている暇は……ない!

「……おい、ボウズ」

「はっ、はい!?」

 俺が投げた声に、少年がびくりと反応する。

「いいか、よく聞け。あいつの名前はリューズ。俺たち人類の敵、3年前から続く常夜の元凶、その内の一体だ」

「え? え?」

「俺は、いや、俺たちはあいつらを倒さなきゃならねぇ。だからここで終わるわけにはいかねぇ。わかるな?」

 目を白黒させている少年に俺は捲し立て、手首のクロノスバンドを外して、投げ寄越す。

 ──大丈夫。こいつなら、大丈夫だ。

 明かな人外を前にしてなお、妹を守るように抱きかかえる少年を見ながら、俺はそう自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫。こいつなら──俺の意思を継いでくれるはずだ。

 俺は決死の覚悟で笑顔を作り、口を開いた。

「それ持って、妹と逃げろ。それがありゃ逃げられる」

「えっ!? お、おじさんは!?」

 瞠目した少年の向こうから、余裕の足取りのリューズが迫る。時間がない。時間がない。

「いいから早くしろ! 死にてぇのか!」

「わッ!?」

 俺は力を振り絞り、少年を蹴り飛ばす。兄妹は揃って、リューズの進行方向から外れた位置に転がった。

 リューズはそちらをちらりとも見ない。軽薄な足取りと裏腹に、手にしたステッキには殺意が漲っている。

「まずは俺を殺そうってか」

「あったり前じゃーん。子供のひとりやふたり、あとからいくらでも殺せるからねー」

 リューズの言葉を聞き流し、俺は背負っていた瓦礫(特大)を死ぬ気で降ろし、兄妹へ至る道を塞……あ、腹からなんか抜けたな。やっぱ刺さってやがったか。

「お、おじさん! ちょっと!?」

 瓦礫の向こうの少年の声を聞きながら、俺は込み上げてきた血を吐きだして、声を投げる。

「いいか、頼んだぞ少年。俺は鳥居夏彦。お前を巻き込んで、お前の運命を捻じ曲げた男だ。俺のことを恨んでくれて良い。だから……生きろ。生きてくれ」

 半ばうわ言めいて言葉を吐きながら、俺は力を振り絞る。血の気の失せた身体を強いて、両の拳を構えて──

 その時すでに、眼前にリューズのステッキが迫っていた。

「わりぃな、少年」

 我ながら、笑っちまうほど、あっけない最期だな。

「……今日から、お前がレッドだ」

 その言葉が伝わったか、俺にはわからない。

 骨がひしゃげ、脳が潰れ、身体の感覚がなくなって。

「おじさん!!!」

 ──少年の声を聞きながら、鳥居夏彦の物語は終わりを告げた。



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- 1 -

 視界が、燃えている。炎と瓦礫に囲まれて、僕は妹を強く抱きしめる。崩れゆくビルの中、聞こえるのは悲鳴と、爆発音、崩落音。そして、力強い、けれど今にも消えそうな、男の人の声。

「今日から、お前がレッドだ」

「っ……おじさん!!!」

 僕は声を上げ、手を伸ばした。

 涙で滲む視界に映るは、淡白な天井。点滴の袋。包帯の巻かれた僕の手──

「…………あ、れ?」

 そこは、火の海ではなかった。崩落するビルの中でも、なかった。

 鼻をつく病院の匂い。身体を包む布団の温もり。遠くから、妹の優里(ユーリ)と誰かが遊んでいる声がする。ここは──

「……病院?」

 そこに至ってようやく、僕は夢を見ていたことに気付いた。

'-- 夏彦死亡から3日後
 -- 東京都渋谷区 総合病院 10:34 AM'

「えっと……」

 伸ばした手をおろしつつ、僕は自分の身体を見下ろした。着ているのは病院のアレ。身体のあちこちに包帯が巻かれていて、ちょっと痒い。

 そうして様子を確認しているうちに、ふと右手首に違和感があって僕は視線を移した。

「あ……これ」

 そこに嵌められていたのは、真っ赤な腕時計。

 赤い、バンド型の腕時計だ。流線型をした金属製の本体が、革のような素材のベルトで腕に巻かれている。本体の横、本来なら竜頭がある辺りには、なにやら大きなダイヤルのようなものがついている。

「それ持って、妹と逃げろ」

 去来するは、さっき見た夢の……否、実際に体験した、過去の光景。赤い革ジャンのおじさんの、最期の言葉。

「……あの、おじさんの」

 ひとり呟いたそんな時、外から足音がした。

 パタパタパタパタと、子供らしく忙しない足音だ。僕が気付いて戸口に視線を遣るのと、足音の主がひょっこりと顔を出したのはほぼ同時だった。

「にいに! 起きた!」

 満面の笑みでそう言ったのは、栗色の髪をツインテールにした小学生の女の子。僕の妹、暁 優里(あかつき・ゆうり)だった。

「あ。ユーリ」

「おはよう! にいに!」

 ユーリは僕に駆け寄り、その勢いのままに地を蹴る。ぼふっと軽い音と共に、彼女は僕の寝るベッドに飛び込んで──

 同時に、僕の全身に激痛が走った。

「ヅァっ!?!?」

「ぴぇっ!?」

 僕が奇妙な悲鳴を上げたのを見て、ユーリは慌てて飛びのいた。痛い、めちゃくちゃ痛い! なんだこれ!?

「あーあーあーあー! ユーリちゃんダメだよ! お兄さん重傷なんだから!」

 そうして悶える僕の耳に届いたのは、知らない女の人の声。

「のっ……ノゾミー! にいにが死んじゃうー!」

「しーっ、静かに! 落ち着いて!」

 パタパタという音は、ユーリが声の主(ノゾミさん?)に駆け寄る音だろう。痛みに悶えながらも向けた視線の先、涙で滲む視界では、黄色いジャケットを着たしょーとぼぶのお姉さんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫? ドクター呼ぶ?」

「だいじょぶ……です……」

 心配そうなその声に答え、僕は呻きながらも身を起こす。大きく深呼吸し、涙を拭う僕を見ながら、お姉さんは口を開いた。

「無理しないでね、えーと……カズキくん?」

 ベッドの横に名札でもあるのだろう。僕はなんとか楽な姿勢を探し当てると、お姉さんに言い返した。

「いえ……イッキです。暁 一希(あかつき・いっき)」

「あ、イッキくんなのか! ごめんごめん!」

 拝むように手を合わせるお姉さん。クリアになった視界で改めて見ると、目鼻の通った美人だということがわかる。鼻が高くて、海外のモデルさんみたいだ。

 彼女はにっこりと笑い、言葉を続ける。

「私はノゾミ。柚木のぞみ(ゆずき・のぞみ)。よろしく」

「あ、よ、よろしくお願い……します?」

「ノゾミはねー! おりがみがじょーずなんだよー!」

 声をあげたユーリが差し出したのは、折り紙で作られた──

「……恐竜?」

「ティラノサウルス!」

「ティラノサウルス」

 オウム返しと共にノゾミさんに視線を遣ると、彼女は得意げな笑みを浮かべて口を開いた。

「トリケラトプスも作れるよ。作る?」

「あ、いえ……それより、ここは?」

「ああ、ごめんごめん。えっと……まずここは、渋谷区の総合病院。君は新渋谷駅のビル崩落に巻き込まれて、ユーリちゃんと一緒にここに運び込まれた」

「新渋谷の……そっか、僕はユーリと買い物に行って……」

 ノゾミさんの説明は、そこからしばし続いた。

 崩落現場のそばで、僕らが気を失っていたこと。僕は3日も眠っていたこと。かなりの死傷者が出たこと。僕の全身の筋肉は今ズタボロであること──

「……そういうわけで、私たちで持ち回りで様子を見てたんだ。目覚めなかったから心配したよ」

「そうだったんですね……すみません、ご迷惑を」

「いえいえ。これが仕事だからね。それに、ユーリちゃんとも仲良くなれたし」

「えっと……仕事って?」

「ああ、それは──」

 ノゾミさんが答えようとした、その時だった。

「おいノゾミ、交代の時間……ってあれ?」

 戸口から声。知らない男の人の声だ。病室内の僕らはほぼ同時にそちらを振り返り、声の主を見た。

 緑のスタジャンを着た、若い男だ。切れ長の瞳でノゾミさんを、ユーリを、そしてベッドの上にいる僕を順に見て──

「……なんだ、起きたのか、そいつ」

 彼は、冷たい声で言い放った。

 その言葉に込められたあからさまな敵意に、僕は思わず鼻白む。

 代わりに言い返したのはノゾミさんだった。

「ちょっとハル。そんな言い方──」

 ノゾミさんが言う間にも、ハルさん(?)はスタジャンのポケットに手を突っ込んだまま、ズカズカと部屋に入ってくる。そして、ノゾミさんを睨みつけたまま言葉を続けた。

「ノゾミのほうこそ、なんでそんな奴にヘラヘラしてんだよ」

 そして僕を威圧的に見下ろし、怒りの滲む声で言い放った。

「こいつのせいで、夏彦さんが死んだんだぞ」

「……!」

「俺は鳥居夏彦。お前を巻き込んで、お前の運命を捻じ曲げた男だ」

 瞠目した僕の脳裏を、あのおじさんの言葉がよぎる。

 そう、夏彦さん。鳥井夏彦さんだ。赤い革ジャンのおじさん。僕の命を救ってくれた人。そして僕を守って……たぶん、死んだ人。

「ちょっとハル、やめなよ!」

 僕の思案を遮ったのは、ノゾミさんの鋭い声だった。

「やめねぇよ。事実そうだろ。こいつが居なければ今頃夏彦さんは、」

「やめなって!」

 バンッという音は、ノゾミさんがサイドテーブルを叩いた音。ユーリがひっと声をあげ、僕も思わず身を竦め──ハルさんもようやく口を閉ざす。

 ノゾミさんは俯いたまま、泣きそうな声で口を開いた。

「やめてよ。夏彦くんは、きっとそんなこと思ってないよ……」

「ッ……とにかく」

 ノゾミさんの消え入りそうな声に気勢を削がれたのか、ハルさんは言いながら踵を返して歩き出し──

「とにかく……俺はそいつを許さねぇからな!」

 そんな言葉を置いて、部屋を出ていった。

「…………えっと…………」

「あはは……ごめんね、イッキくん」

 完全に空気に呑まれてなにも言えない僕を見て、ノゾミさんは薄く微笑み、傍にあった椅子に腰かけると頭を下げた。

「……ほんとに、ごめん。ハルもわかってるはずなんだけど」

「あ、いえ……」

「それで……ええと、私たちの仕事のことなんだけど……そうだな、どう説明したらいいか……」

 なんとも気まずい空気の中、顔を上げたノゾミさんは視線を彷徨わせる。

 そうしてなんとか口を開こうとした、その時だった。

「そこから先は、私が説明しよう!」

 ノゾミさんの説明は、またしても来客によって遮られた。

「おいっ! モヨコ! 離せ!」

「やかましい! 全員揃わんと格好がつかんだろう!」

「ちょっと、ここ病院。静かに!」

「ハァ……」

 ドヤドヤと騒がしいやりとりと共に、その来客たちは病室に入ってきた。

 青いジャケットを着た眼鏡の男。桃色のセーターを着たツインテールの女の人。そして──先ほど飛び出したハルさんと、その首根っこを捕まえているのは……女の子?

 僕が首を傾げたのと、ユーリが声をあげたのはほぼ同時だった。

「あ、モヨコちゃん!」

「よーぅユーリ! 3日ぶりだな! 元気だったか?」

「げんきー!」

 モヨコと呼ばれたその小柄な女の子は、年齢はユーリ(8歳)の少し上くらいに見える。しかし、なんというか全体的に日本人離れしていた。

 まずその髪。ショートカットに切り揃えられた髪は炎のような鮮烈な赤色だ。自信に満ち溢れ爛々と輝く大きな瞳も同じく真っ赤。蝋のように白い地肌と相まって強烈なコントラストを醸し出している。

 そしてなにより、暴れるハルさんをその細腕でずるずると引っ張っていて──

「目覚めたと聞いて飛んできたぞ! 少年、調子はどうだ?」

「うぁだっ!?」

 八重歯を見せてニカッと笑い、モヨコちゃんは腕組みした。……ちなみに直後の悲鳴は、唐突に手を離されて床に転がったハルさんのものだ。

 唐突な事態に目を白黒させながらも、僕は辛うじてモヨコちゃんの問いかけに答える。

「は、はぁ……ええと、全身痛い……かな」

「うむうむ、まぁそうだろうな。初見でクロノスバンドの力を使ったんだ、相当な負荷だったろう」

「クロノスバンド……この時計?」

「そう、その時計だ! あのビル崩落現場から君と、君の妹を守った奇跡のスーパー・ウォッチ! それを開発したのがこの私、明野モヨコ様だ!」

「か、開発?」

「そうだ! そしてそんな天才モヨコ様を司令官とし、ここに居る柚木のぞみ、葉山春伸、空井翔、桜井香! 加えて、死んでしまった鳥居夏彦! この5人こそ、クロノスバンドの力を行使して街を守るために戦う若人たちだ! 目の眩むような眩しき陽を! 抜けるような青空を! 生い茂る緑の木々を! 暖かな木漏れ日を! 芳しきあの春を! 各々が胸に抱く希望を取り戻すため、人知れず戦い続ける、5人の戦士! その名も──」

 モヨコちゃんはそこまでひと呼吸で言い切ると、くるりと回って人差し指を天井に向け、決めポーズ。そして不敵な笑みと共に、高らかに宣言した。

「──刻命戦隊、クロノソルジャーだ!」


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'--同時刻
 --都内某所 雑木林の中'

「ねえねえベゼル」

「なあに、ダイヤル?」

 漆黒の闇が蟠る雑木林。常夜の森には鳥の声も獣の息遣いもなく、響くはただ風の音と、人ならざる者の囁き声のみ。

「ボクは準備ができたよ。ベゼルはどう?」

「ワタシも完璧よ、ダイヤル」

 囁き合うのは、よく似た背格好の二人の子供だ。

 同じ顔立ち、同じ髪型、同じ声。着ているのはこれまた二人お揃いのポンチョ。違うところといえば、髪と目の色、そしておかっぱ頭に乗せた円盤状の飾りくらいだ。

「なんとか間に合ったね、ベゼル」

 片や、青髪青目の少年。名はダイヤル。

「ええ、なんとか間に合ったわ、ダイヤル」

 片や、赤髪赤目の少女。名はベゼル。

 彼らはヤミヨ──常夜の元凶たる怪人、その幹部の一角である。

「みんなおとなしくしてるね、ベゼル」

「そうね、本当に従順な子たちよ、ダイヤル」

 囁き合いながら、双子は振り返る。

 そこには、人型の”影”が隊列を組んでいた。

 50体ほどはいるだろうか。ランタンのような兜が特徴的な、夜よりもなお黒い"影"。それらは2メートルほどある身体を西洋式の甲冑で覆い、ぬらりと佇んでいる。

「ああ、楽しみだなあ。まだかなぁ、ベゼル」

「ええ、ええ、楽しみね。もうすぐよ、ダイヤル」

 ベゼルとダイヤルはくすくすと笑う。と──

「ハローハロー、ちびっ子たち。準備はできたかい?」

 そんな呑気な声と共に、虚空から手が生えてきた。

 歪んだ空間を掻き分けるように生えてきたその長い腕は、辺りを探るように二つある肘を様々に動かし──やがて行き当たった手近な木を、がっしりと掴んだ。

「よっこい……しょ、っと」

 そうしてずるりと現れたのは、水晶頭にシルクハットの細長い怪人である。

「リューズがきたよ、ベゼル」

「リューズがきたわね、ダイヤル」

「おーオッケーオッケー、準備万端じゃん!」

 囁き合う二人には構わず、水晶頭の怪人──リューズは佇む"影"の部隊を眺めて満足げに頷いた。

「いやーよかったー。これで全員準備完了っと! あとは王様の合図を待つだけだねー」

「ボクたちが最後みたいだよ、ベゼル」

「そうみたいね、ダイヤル」

「そりゃそうだよ、お前ら二人はいつもギリギリなんだから」

「ボクらだって頑張ってるのにね、ベゼル」

「そうね、心外よね、ダイヤル」

 ベゼルとダイヤルは互いに顔を寄せ囁き合い、リューズのことを見ることはない。当のリューズもそれを特に気にする様子はなく、手にしたステッキをクルクルと弄びながら双子に向かって口を開く。

「ま、今回遅刻してたらマジでぶっ殺すつもりだったけどね」

「"殺す"だって、ベゼル」

「面白いわね、ダイヤル」

「言葉の綾だよ。まったく、可愛げがない」

 くすくすと笑い合う双子を見て、リューズは肩を竦めた。まぁ確かに、純粋な戦闘力ではこの双子には敵わない。

「遅刻なんてするわけないよね、ベゼル」

「そうよね、今日は思い切り暴れられるものね、ダイヤル」

「そうだよ、お邪魔虫も死んだからね、ベゼル」

「そうよね、ダイヤル──」

 魔性の双子はクスクスと笑い合い、言葉を続けた。

「──クロノレッドがいなければ、他の奴らはゴミだものね」


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'-- 同時刻
 -- 東京都渋谷区 総合病院 11:06 AM'

「──3年前、この国は常夜に囚われた。各国の研究機関は原因が不明だのなんだのと言っているが……この天才モヨコ様にかかれば、この程度の事態は謎ですらない」

 病室に響くは、モヨコちゃんの声とヒールの音。人さし指を上向けて、彼女は楽しそうに説明を続ける。

「これは学会で発表したのがつい最近なので、まだあまり浸透はしていないんだが──」

 ……ん?

「学会?」

「モヨコちゃんは13歳でアメリカの大学院を飛び級卒業した天才児なの」

 首を傾げた僕に、ノゾミさんが補足してくれる。……いや、なに、飛び級?

「……漫画のキャラクターみたいですね……」

「ふふふ。まぁ悔しがることはないぞ、少年。なんせモヨコ様は天才だからな!」

 そうして豪快に笑い、モヨコちゃんは説明を再開する。

「私の研究では、この常夜を作り出しているのは特殊なエネルギー粒子──有り体に言えば魔力のようなものだ」

「ま、魔力?」

「そう。そしてその魔力を喰らう存在がいる。それが我々戦隊の敵。常夜の元凶──ヤミヨだ」

 常夜の、元凶。

 ──あいつの名前はリューズ。俺たち人類の敵、3年前から続く常夜の元凶、その内の一体だ。
 脳裏を過ぎるは夏彦さんの遺した言葉。

「ちなみにヤミヨというのは私の助手のネーミングだ。私はダークネススカベンジャーと名付けたのだが──」

「あ、あの」

 気付けば僕は、モヨコちゃんの説明に口を挟んでいた。

「……リューズって奴も、ヤミヨなの?」

 彼女は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに楽しそうな笑顔を浮かべて大仰に頷いてみせる。

「その通りだ少年! それはヤミヨの幹部! 奴らは狡猾で知能が高いが、リューズはとりわけ──」

「おい、待てよ」

 今度モヨコちゃんの言葉を遮ったのは、地面に胡座をかいたままのハルさんだった。

「つまりなにか? 夏彦さんを殺したのは、リューズの野郎ってことか?」

「ぅん?」

 立てたままの人さし指に視線をやり、少しだけなにやら考えた後──モヨコちゃんは、頷いた。

「そうなるな!」

「そうか」

 それだけ言うと、ハルさんはゆらりと立ち上がる。その目に憤怒と殺意を浮かべ、彼は戸口へと踏み出し──

「どこに行く気だ、葉山」

 そんなハルさんを呼び止めたのは、青いジャケットを着た男の人だった。ハルさんは即座に足を止め、そちらを睨みつける。

「リューズぶっ殺しに行くに決まってんだろ」

「は。鳥居が倒せなかった怪人をお前が倒せるわけがないだろう」

「ンだとメガネ! てめーは悔しかねーのかよ。夏彦さんが殺されたんだぞ!」

「それは鳥居が弱いくせにでしゃばるからだ」

「テメェ……!」

「はいはい、そこまーでー」

 一触即発の2人の間に割って入ったのは、桃色のセーターを着た女の人だった。切れ長のつり目で長い睫毛が揺れる。ノゾミさんとは対局の、派手な印象を受ける美人。

「ッ……ンだよカオル? 邪魔を──」

 彼女は、なおも喚くハルさんの口に人さし指を向けて黙らせ、口を開く。

「やめな? 少年がドン引きしてっから。それに──」

 彼女──カオルさんはそこで言葉を切ると、持っていたスマホの画面を僕らに向けた。

「アラートだよ」

 ──同時に。

 病院が、揺れた。


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- 2 -


'--爆発から2分後
 --東京都渋谷区 総合病院 駐車場'

 満月の下、病院が燃えていた。

 僕らの眼前、病院の駐車場では、人型の“影”の軍勢が隊列を組んでいる。それらは病院を粉微塵にせよとばかりに、手にした銃から光線を放っていた。

 ガラスが爆ぜ散り、壁が破れ、そこここから火の手が上がる。明々と燃える炎が、宵闇の中逃げ惑う人々を照らしていた。

「ンギャハハハ! いいねいいね!」

 "影"たちの先頭で哄笑をあげるのは、水晶頭の怪人。間違いない。あれは。

「……リューズ……!」

 その名を絞り出す僕の視線の先、リューズは手にしたステッキを指揮棒の如く振り上げ──

 その時、僕のそばを、風が通り抜けた。

「ちょ、ハル!?」

 遅れて届いたのはノゾミさんの声。そう、飛び出したのは、ハルさんだった。

「てめぇリューズ! 死ね!」

「おっと。危ないなぁ」

 ハルさんの飛び蹴りを、リューズはひらりと避けてみせる。ハルさんは着地と同時に追撃。ボクシングのようなワンツーパンチからの回し蹴り、さらに拳の乱打。

 炎に照らされる、嵐のような攻撃。しかしリューズは夜の闇の全てを見通すかの如く全てを避け、往なし、捌く。

「おやおやおや? なんだか気合が入ってるねぇクロノグリーン」

「るせぇ!」

 怒鳴り返し、ハルさんは手首の腕時計(僕の腕にあるものと同じだ)にタッチし、叫ぶ。

「クロノバスター!」

 その声に応えるように、ハルさんの手元に光が集まる。瞬く間に実体化したそれは──

「……銃!?」

 僕が声をあげた直後、轟音が響いた。ハルさんが手にした白銀の銃から光線が迸り、宵闇を切り裂きリューズを襲う!

「うわっとと。危ないなぁもう」

 リューズはそれをステッキで弾きつつ、ひらりとバックステップした。そしてそれをカバーするように、“影”の軍勢がハルさんの前に立ちはだかる。

「ちっ……!」

「へへーん。お前ら、やっちゃえー!」

 "影"たちは手にした剣を振り上げ、ハルさんへと襲い掛かる。囲まれて苦戦するその姿を見て、僕の後ろからため息が聞こえた。

「まったく……迂闊に突っ走るからだ。行くぞ、桜井、柚木」

「ほいほーい!」

「イッキくんはそこにいてね!」

 メガネさん(?)の言葉にカオルさんが頷いて、駆け出す。僕の横にいたノゾミさんは、僕の肩をポンと叩いて微笑んだ。そして自分の腕時計にタッチし、凛とした声で宣言する。

「クロノセイバー!」

 その声に応えるように、ノゾミさんが構えた両手に光が集まる。ハルさんの時と同じく瞬く間に実体化したそれは、時計の針のような形の大剣だった。

「け、剣!?」

「私たちが、絶対守るよ」

 ノゾミさんは剣を手に、再度僕に向かって微笑みかけると走り出した。

「クロノダガー!」

「クロノレイピア!」

 聞こえた声に視線を遣ると、先に駆け出したカオルさんたちもまたその手に武器を顕現させていた。メガネさんは2本のナイフ。カオルさんはフェンシングに使うような細身の剣。

 ノゾミさんと同様に時計の針に似た武器を構え、彼らは"影"の軍勢に斬り込んだ。

「……え? なにこれ?」

 ノゾミさんたちは、"影"を一刀のもとに斬り伏せてゆく。僕はユーリを抱きかかえたまま、そんな乱戦をぽかんと見つめていた。

「え?」

 怪人の軍勢、突然実体化した銃や剣、やたらと身体能力の高い4人──僕の頭に沢山の疑問符が浮かぶ。

「ふふふ。驚いているな、少年」

 そんな僕を見て誇らしげに笑うのは、やはりモヨコちゃんだった。どうやら彼女は非戦闘員らしい。「ふっふっふ」とわざとらしく笑う彼女の目は、夜の闇の中でも爛々と輝いていた。

「あれもまた、この天才モヨコ様の発明だ! さっき言ったように、この常夜には魔力が漂っている。それを変換し、身体強化や物質化に活用する! それこそがクロノスバンドの力なのだ!」

「クロノスバンド……身体強化……?」

──それ持って、妹と逃げろ。それがありゃ逃げられる
 頭を過ぎるのは夏彦さんの言葉。

「……もしかして、僕があのビルから逃げ出せたのは」

「察しが良いな! そう、夏彦に託されたそのバンドによって一時的に身体能力を高めたわけだ。今キてるのはその反動だな! 要はキツめの筋肉痛だ」

 モヨコちゃんはニヤリと笑い、戦う4人の男女を指さす。そこでは、ノゾミさんたちが"影"の軍勢をすっかり全滅させていた。

「刻命戦隊クロノソルジャーはあの怪人たち・ヤミヨと、日夜命懸けで戦う若者たちなのだ! そして! 刮目せよ! 戦うための力は、銃と剣だけではないぞ!」

 視線の先では、ハルさんたちが並んでリューズに武器を突きつけていた。

「あとはてめーだけだ、リューズ!」

「あららら。いつもより多めに暗鬼を連れてきたんだけどなぁ。ホント気合入ってるね?」

 "暗鬼"とは先程斬り伏せられていた"影"のことだろう。

「ナメやがって……」

 言葉とは裏腹に余裕そうなリューズの様子に、ハルさんは大きく舌打ちする。そして、並び立つノゾミさんたちを一瞥して声をあげた。

「行くぜ、お前ら!」

 ハルさんは言葉と共に、クロノスバンド側面のダイヤル部分に手を当てる。がちり、となにかが噛み合う音が、少し離れた僕のところまで聞こえてきた。

「は。言われずともやるさ」

「夏彦くんの仇、取ろう」

「いけいけどんどーん!」

 他の3名も同様に構え、がちりがちりと機械音が鳴り響き──4人は同時に、叫ぶ!

「「ウェイクアップ・クロノス!」」

 瞬間、4人の姿が光に包まれた。

「うわっ……!?」

「まぶしっ!」

 常夜を切り裂く、陽光の如き光が渦を巻く。目を灼かんばかりの力強い光に、僕とユーリは思わず声をあげた。

 そんな僕らを一瞥し、モヨコちゃんはにやりと笑う。

「んふふふ。聞いて驚けそして見ても驚け! クロノスバンドの出力を最大にし、常夜に揺蕩う魔力を物質化し身に纏う超常の鎧! 通常の身体能力向上よりも圧倒的高効率かつ爆発的強化率を誇るスーパー・アーマー!」

 迸る光は4人の四肢へと集結。銃や剣が実体化したときと同じように、グローブが、ブーツが、そしてフルフェイス・マスクが姿を現し、輝きの布が4人の全身を覆う。

「あれぞモヨコ様の発明の集大成! 対ヤミヨ特化型身体強化アーマースーツスペシャルカスタムアルティメットエディションマークツー、通称クロノアーマー! そしてそれをその身に纏う彼らこそ──」

 光が晴れたとき、そこには4人の戦士が立っていた。

 全身を包む、色違いのレザースーツ。得物を握る手には白いグローブ。大地を力強く踏みしめる、白いブーツ。子供のころにテレビで見た、戦隊ヒーローの姿がそこにいた。

「──彼らこそ! 常夜を終わらせ日の光を取り戻す、選ばれし戦士たちである! 今一度ここに、その名を宣言しよう! 傾聴せよ、彼らの名は!」

 満月の光を受け、フルフェイス・マスクがギラリと輝いた。砂時計を模したそのバイザーがリューズを睨みつける中、モヨコちゃんは天を指差し、高らかに宣言した。

「刻命戦隊、クロノソルジャーだ!」

 彼女が言い放つと同時に、余剰エネルギーが爆発!

「うわっ!?」「ひゃっ!?」

「よぉし完璧なタイミングだ! 決まった!」などとガッツポーズするモヨコちゃんの声に続いて僕の耳に届いたのは、ハルさんの声だった。

「行くぜ、リューズ!」

 緑色の戦士へと変身したハルさん、いやクロノグリーンはそう言い放つと、問答無用でリューズに殴りかかる!

「うそんっ!?」

 驚きの声をあげたのはリューズだ。繰り出された右ストレートを身をよじって回避しつつ、怪人は声を上げる。

「ちょっとちょっとクロノグリーン!? いつものお決まりの台詞とかないの!? 光を取り戻すとかさァ!?」

「るせぇ! 死ね!」

 グリーンは怒鳴りながら、リューズに乱打を叩き込む。生身のときの倍、いや3倍のスピードで繰り出される、拳や蹴りの嵐! 流石のリューズも先ほどのようにひらひらと避けるだけとはいかず、その長い腕や脚で応戦する。と──

「おい葉山、突っ走るなと言ってるだろうが」

 僕は目を疑った。文字通り「瞬きする間に」、リューズの背後に人が立っていたのだ。声の主はメガネさん……いや、二本の短剣を構える青色の戦士、クロノブルー!

「ひぇ、あぶねーっ!」

 リューズは言いながら、シルクハットを抑えて屈み込んだ。その真上を双刃がギラリと通過し風切り音が響く。ブルーの返す刃が、グリーンのローキックが、リューズを狙う!

 しかしリューズは、屈んだまま横回転。その長い腕をプロペラの如く打ち振う!

「っとぉ!」「チッ!」

 足を刈る一撃を、グリーンとブルーはほぼ同時に跳躍回避した。その隙に、リューズはフィギュアスケートのように横回転しながら立ち上がる。

「ひぃー、びっくりした──」

 そこに飛びかかる影ひとつ。

「ハァッ!」

「──って、うおっ!?」

 飛びかかったのはノゾミさん=クロノイエローだ。気合一閃、手にした重い両手剣を大上段から振り下ろす! リューズは慌ててステッキでそれを受け止めるが、クロノイエローは構わず大剣を、

「おッ……っりゃぁっ!」

 ──振り、抜く!

「ッどわぁっ!?」

 リューズの身体が吹き飛んだ! クロノイエローは即座に身を屈め、声をあげる。

「カオルちゃん!」

「ほいよー!」

 それに答えたのはカオルさん=クロノピンクの声! 全速力のままクロノイエローの背を蹴って、彼女は一直線にリューズに迫る!

「げっ」

「っしゃオラッ!」

 避けられる間合いではない。クロノピンクは気合の声と共に、手にしたレイピアを振り抜いた。月夜に煌めくその一閃は、リューズの身体を捉えて真っ二つにした。

 ……かに、思われた。

「ィよいしょー!」

 リューズの気楽な声に続き、ドンッッと凄まじい音が響く。少し離れた僕の足元まで揺るがすほどの衝撃と共に、リューズの姿がかき消えた。

「ふぇっ……どわーっ!?」

 その音の正体が、リューズが地面を蹴った音だと気付いた時、クロノピンクが地割れに足を取られて、勢いのままにすっ飛んだ。この地割れも、リューズの蹴りで生じたものだ。

「いやぁキミタチ、気合入ってるねー? 怖い怖い」

 その声は、上空から。

 燕尾服をはためかせ、リューズは腕組みしたまま空中に居た。重力に引かれて落下してきた怪人は、蜘蛛の巣状の地割れの中心に音もなく着地する。

 水晶頭の怪人はシルクハットを直すと、ステッキをくるくると弄びながらクロノソルジャーたちを見回し、口を開いた。

「でもね、ちょーっと落ち着いて考えてみなって。クロノレッドよりも弱いキミタチが、クロノレッドを殺したボクを倒せるわけないじゃん? それにさぁ、」

「この野郎ッ!」

 挑発的なリューズの言葉に真っ先に反応したのは、クロノグリーンだった。彼は地を蹴ると同時に、手にした銃を連射しながら、リューズへと間合いを詰める。

「あーあーだめだめ。ヒトの話は最後まで聞きましょうって、小学校で習わなかった?」

 リューズは、飛来してくる光線を雑にステッキで弾く。そして殴りかかってきたクロノグリーンの一撃をあっさりと回避し、次の瞬間には流麗な回し蹴りがクロノグリーンの腹に突き刺さっていた。

「がッ……!?」

 悲鳴を置き去りに、クロノグリーンの身体が吹き飛ぶ。そのまま2回、3回とバウンドした後、その身体は燃え盛る病院の壁に激突した。

「ハル!?」

「葉山!」

「ハルちゃん!」

「さて、話の続きだけど……ねぇ、おかしいと思わない?」

 口々にグリーンの名を呼ぶ戦隊メンバーのことなど気にも止めず、リューズはステッキを地面に突くと、小首を傾げて言葉を続けた。

「キミタチを全滅させよう、なーんて楽しそうなイベントをさ……ボクひとりだけで、やると思う?」

 リューズがそう言った、その時だった。

 ずるり、と。

 その背後から、ヒトが生えてきた。

 そこにはいつの間にか、靄のような暗闇が揺らめいていた。月明かりを受けてなおその内を見通すことのできないほどの闇。それはリューズの背から湧き出しているように見える。

 そこからまず現れたのは、2つの人影。

「勢揃いだね、ベゼル」

「ええ、勢揃いね、ダイヤル」

 それはポンチョを着た双子の子供だった。背丈はユーリ(8歳)と同じくらいに見える。

「ベゼルに、ダイヤル……!?」

 驚愕の声をあげたのは、転倒から復帰したクロノピンクだった。そちらをチラリと一瞥して、二人はくすくすと笑い合う。

 魔性の双子がリューズのそばに並び立つ頃、闇の靄が再び蠢く。生えてきたのは、ツルハシを担いだ背の低い女と、石柱の如き槌を手にした筋骨隆々な2人の大男だった。

「おー、よーしよし。まだ全員生きてるなー?」

「ううむ、しかし既にひとりやられておるご様子」

「いやいや、なにやらまだ立ち上がりそうでありますぞ?」

 女のほうは着物姿。黒いロングヘアのその頭には、鬼のような一対のツノが生えている。金色の瞳が輝くその顔は、下半分が割れた面(おそらく、鬼の面だ)に覆われている。

 男のほうは二人とも、ギリシャ彫刻がそのまま動き出したかのような装いだ。違うのは、着ているものが血のような赤色である点くらいか。青色の瞳は夜の闇でも美しく輝き、露出したその白い肌には傷ひとつ付いていない。

「ビジョウに、ユーカク・テーカクのコンビまで出てきやがったのか……!?」

 壁際で身を起こしたクロノグリーンが声をあげる。それがこの怪人たちの名前らしい。

 女のほう・ビジョウはクロノグリーンを一瞥し、リューズの隣へと歩み出る。ユーカクとテーカクはその二歩後ろで、腰に手を当てて仁王立ち。

 満月の光が、並び立つ怪人たちを怪しく照らす。

 素人の僕から見てもわかる。彼らは、姿形こそヒトのようだけど……リューズと同じ、異形の存在だ。

「こ、こいつらって、もしかして……」

「察しがいいな。……奴らはヤミヨの、幹部連中だ。手強いぞ」

 僕の呟きに答えたのは、隣に居るモヨコちゃんだった。自信満々元気いっぱいだった彼女だが、今は真剣な顔で怪人たちを睨みつけ、言葉を続ける。

「……リューズと同等か、それ以上にな」

 そんな言葉の最中、クロノソルジャーの一同もまた一ヶ所に集まった。陣形を組み、武器を構え、怪人たちと対峙する。

「んふふふ、ね、言ったでしょ?」

 そんな様子を余裕の様子で眺めながら、リューズは楽しそうな声で言い放った。

「こんなお楽しみ会、そりゃ皆来るでしょ! ンギャハハハ!」

 哄笑するリューズの背から、闇の靄がさらに湧き出す。それは夜の闇を塗り潰し、月の光を食い尽くし、怪人たちの背後で爆発的に膨れ上がり、広がってゆく。

「さぁクロノソルジャー! 覚悟はいいかい? 遺書は書いた? 渡す相手はいる? クロノレッドに渡す花は用意した?」

 警戒するクロノソルジャーの面々を嘲笑いながら、リューズはその場でくるりと反転する。そして手にしたステッキを靄に向け、振り下ろす。

 瞬間、闇の靄が、晴れた。

「なっ……!?」

 そうして現れたものを見て、僕は思わず息をのむ。

 闇の靄が晴れ、再び駐車場が月明かりに照らされる。そこに佇むは6体の幹部怪人。

 そして、その後ろに整列する、数えきれないほどの"影"の軍勢たちだった。

「さぁさぁさぁさぁ! 文字通りの"総力戦"をはじめようじゃあないか! ンギャハハハ!」

 "影"の軍勢の中心で、リューズはどこまでも楽しそうに笑う。

 その戦力差は、僕からみても絶望的に見える。が、しかし。

「たわけ! 余裕をこいていられるのも今の内だ水晶頭! クロノソルジャーをナメるんじゃあない!」

 モヨコちゃんは──否、クロノソルジャーの誰しもが、微塵も臆していなかった。そんな様を見て、リューズは大袈裟に驚いてみせる。

「おおっ? 果敢だねぇ! 少しは諦める素振りとか見せてもいいんじゃないの?」

「諦めるわけあるか。我々が逃げたら誰が戦うというのだ! 覚えておけ水晶頭! クロノソルジャーの辞書に"撤退"の2文字はない! ここが最終戦線だ!」

「んふふふふ、活きが良いねぇ! さぁレッツゴー暗鬼たち! そいつらを押しつぶせー!」

 大地が、揺れる。

 それは隊列をなす"影"、<暗鬼>たちの足音だ。その数、数百体。その手に槍を、剣を、銃を持ったそれらが、雪崩を打ってクロノソルジャーへと走り出す。

 迫りくる軍勢を前にモヨコちゃんは堂々と胸を張り、メンバーに向かって声をあげた。

「ハル、ノゾミ、ショウ、カオル! 目に物見せてやれ!」

「柚木! 右側は任せる! 桜井は左側! 葉山はその援護!」

「了解!」

「あいあいさー!」

「指図すんじゃねぇ!」

 双剣を構えたブルーの号令一下、イエローは大剣を、ピンクはレイピアを、そしてグリーンは銃を。それぞれが得物を構え、暗鬼の軍勢に真正面から駆けてゆく。

 そしてはじめに敵側と激突したのは、クロノイエロー!

「だああああああありゃあああああ!!!」

 その咆哮が夜空を揺らす。そして、暗鬼の群れが盛大に吹き飛んだ!

「わっ……!?」

 その漫画のような光景に、僕は思わず声をあげた。

 イエローが大剣をひと振りするたび、5,6体の暗鬼がバラバラになって飛んでいく。闇夜を切り裂き飛び交う光線を躱しながら、イエローは右に左に大剣を振り回す──

 同様に、クロノブルー、グリーン、ピンクもまた暗鬼たちを殲滅していく。月光にギラリと刃が煌き、暗鬼の首が、腕が宙を舞う。

 暗鬼たちはクロノソルジャーに近付くことすらできぬまま、瞬く間にその数を減らしてゆく。

「す、すごい……!」

「当然だ少年。何体集まろうと暗鬼は暗鬼! ビビったら負け、ビビらなければ大勝利だ!」

 ふふんと鼻を鳴らすモヨコちゃんであったが、その表情はすぐに苦々しいものへと変わる。その視線をクロノイエローに向けながら、モヨコちゃんはぽそりと口を開いた。

「……暗鬼だけなら、な。問題は……」

 イエローは勢いを落とさぬまま大剣を振るい続け、暗鬼たちを殲滅してゆくが──

「ほいほい、そこまでー」

 その大剣が、受け止められた。

「相変わらず馬鹿力だねぇ、黄色ちゃん」

「ビジョウ……!」

 イエローの剣を受け止めたのは、一本のツルハシだった。使い手は、女幹部ビジョウ。

 5,6体の暗鬼をまとめて吹き飛ばすほどの大剣の一撃を、ビジョウはその細腕一本で受け止め、そして弾いてみせた。

「ほいっと」

「ッ……!?」

 イエローは逆らわず跳び下がり、大剣を構え直す。その様子を目にして、ビジョウの後ろに控える筋骨隆々な二人の男・ユーカクとテーカクと呼ばれたそれらが声をあげた。

「ビジョウ様!」

「ここは我々が!」

「構わん。こいつァアタシの喧嘩だよ」

「このッ!」

 ユーカク・テーカクの言葉をビジョウが笑い飛ばしたのと、イエローが再度大剣を振り下ろしたのは同時だった。隙をついたその一撃を、ビジョウはツルハシで受け止める。

「おうおう、本当に気合が入ってるな」

「うるさい!」

 大剣とツルハシが繰り返し激突する。発生した火花が閃光となり夜空を切り裂き、金属同士がぶつかったとは思えない、爆弾が炸裂したかのような音が、辺りを揺らす。

 それを耳にしながら、モヨコちゃんは言葉を溢した。

「……大幹部は正直、かなり厄介だ。夏彦を欠いた今、奴ら一体ずつでもかなり苦戦することに──」

「桜井! 伏せろ!」

「とわっ!?」

 モヨコちゃんの言葉を、クロノブルーとピンクの声が遮った。咄嗟に身を屈めたピンクの頭上を、”なにか”が砲弾のような勢いで通過する。

「ぐっ……!?」

 ブルーはそれを、クロスした短剣で辛うじて受け止めた。金属音と共に弾かれたそれは、子供だった。青髪青目、ポンチョを纏った子供。ダイヤルと呼ばれていたヤミヨの幹部だ。

 と、その時。

「あぶねぇ!」

「ッ!?」

 その声……ハルさんの声は、僕とユーリ、そしてモヨコちゃんの真横から聞こえた。続いて、ゴガンッとなにかが激突する音が僕らの耳に届く。

 慌てて視線を遣ったそこには、ブルーと同じように”なにか”を受け止めるクロノグリーンの姿があった。

「は、ハルさん……!?」

「おいモヨコ! あとガキ! 邪魔だからどっか隠れてろ!」

 怒鳴るグリーンの手元で、銃が軋む。その銃身で受け止めるは、赤髪赤目の魔性の子供・ベゼルだった。ロケット頭突きを防がれたそいつは、くすりと笑いを零すと身を翻し、宙を舞う。

「ッ……少年! こっちだ!」

「は、はい! ユーリも!」

 モヨコちゃんの声に応え、僕らは慌てて身を退く。しかし、いつの間にか僕らの周囲はぐるりと暗鬼に取り囲まれており、逃げ場がない。

「チッ……囲まれた……!」

「だから言わんこっちゃねぇ、さっさと逃げりゃ良かったんだ」

「やかましい。撤退の文字はないと言ったろう!」

 言い合うグリーンとモヨコちゃんを見ながら、魔性の双子は音もなく着地。クロノブルーとクロノグリーン、それぞれと対峙した。

「まずはこいつらだね、ベゼル」

「ええ、まずはこいつらね、ダイヤル」

「ッ……警戒しろ、葉山」

「わかってる。いちいち仕切んなメガネ」

 その時、ガシャガシャガシャと金属音が響いた。

 それは、双子の纏ったポンチョの裾から落下した、武器が立てた音。ポンチョの収容能力を明らかに超えた物量の武器や兵器たちが、触手のごとく姿を表す。

「そっちは任せたよ、ベゼル」

「ええ、そっちは任せたわ、ダイヤル」

 いつしか双子の目線は、ブルーとグリーンの背丈よりも高くなっていた。裾から延びる、刀、槍、剣、鉈、銃、鈍器、その他あらゆる殺傷武器を大地に突き立てて、魔性の双子は嗤いながら宙に浮きあがった。

「5分も保つかな、ベゼル?」

「5分も保つかしら、ダイヤル?」

 双子は邪悪な笑みと共に、クロノソルジャーに向かって武器を振り上げる。触手のようなそれは、紛れもなく僕らにも向けられていて──

 その時だった。

『そーーーこーーーまーーーでーーーー!!!』

 不意に、戦場に知らない女の人の声が響き渡る。スピーカー越しで割れたその声に真っ先に反応したのは、モヨコちゃんだった。

「ンなっ!? こ、この声はミカか!?」

『無茶なことしてんじゃないッスよ脳筋ども! こういうときは撤退! 三十六計逃げるに如かずッス!』

 そんな言葉と共に、夜に包まれた病院の駐車場に猛烈なエンジン音が響き渡る。クロノソルジャーも、ベゼルとダイヤルも、ビジョウも、暗鬼たちさえも……戦場に居る誰もが、音のしたほうに目を向けた。

 その瞬間、ヘッドライトの猛烈な光が僕らを照らす。

「こ、今度はなに……!?」

 僕の呟きは、キュルキュルキュルというタイヤの音で掻き消された。

 姿を現したのは車だった。それも、とてつもなく大きな。それは付近の暗鬼たちを轢き潰しながら、炎の軌跡を残してドリフトスピン。ベゼルとクロノグリーンが跳んで逃げる中、僕らの眼前で停止した。

 月明かりを浴びて、鮮烈な赤色に輝くスーパーカー。通常の4倍ほどはある威容が、戦場を威圧する。

「おやおやおやぁ? これはこれは! クロノレッドの車じゃあないか!」

 リューズが楽しそうな声をあげる中、スーパーカーのボンネット、その一部がどんでん返しのように回転する。

「あっ!?」

 その光景を見て真っ先に声をあげたのは、僕の隣にいるモヨコちゃんだった。彼女は僕とユーリの襟首を引っ張りつつ、クロノソルジャーのメンバーに指示を飛ばす。

「やばい、総員伏せろ!」

 その言葉が終わるのと、ほぼ同時に。

 どんでん返しして現れた二丁のガトリング銃が、火を吹いた。

『ぶっ飛べッスーーーーッッッ!!!」

 スピーカー越しの怒声とともに、ガトリング銃が弾丸をばら撒く! でたらめに首を振りながら掃射される弾丸に、暗鬼たちはなす術もなく消滅。ヤミヨの幹部もまた防御と回避を迫られ、引き下がる。

 その最中、スーパーカーの屋根が、ガポリと音を立てて開いた。

 そして中から鋼鉄のロボットアームが何本か生えたかと思えば、僕を、ユーリを、モヨコちゃんを、そしてクロノソルジャーのメンバーを摘み上げ、出てきた穴に引き込んでいく。

「うおっ!?」「わっ!?」「ちょっ」「どあーっ!?」

 ゴミを放り投げるかの如く、クロノソルジャーの面々とモヨコちゃんはぽいっと穴に放り込まれてゆく。一方、僕とユーリを掴むアームだけは僕らを保持したまま、ゆっくりと屋根内に戻っていった。

『ピックアップおしまい! 撤退ッス!』

 外部スピーカーから声がして、同時に加速度が僕らを襲った。撤退の言葉の通り、スーパーカーがタイヤを空転させながら、全速力で走り始めたのだ。

 揺れを感じながら、ロボットアームが僕らを下ろす。あたりの様子を見て、ユーリが歓声を上げた。

「わー!」

「こ、これは……」

 そこは、コクピットのようだった。

 広さは畳2畳ほどか。正面にある三面鏡のような配置の大型モニターには、周囲の様子が映し出されている(今は街中を走り去る真っ最中だ)

 その手前にはたくさんのボタンや計器な並んだコンソールがあり、さらにその前には大きな椅子。

 そこには白衣を着た女の人が座っている。そしてその周りには、クロノソルジャーの4人が壁に押し付けられるようにぎゅむっと収まっていた。ちなみに変身は解除されている。

「せ……狭い……」

「おい、もう少し丁寧にだな……」

「文句を言わない! まったくもう……!」

 抗議の声を上げるハルさんとメガネさんを、コクピットの女性はピシャリと切って捨てた。その声は、先程スピーカーから聞こえたのと同じだ。

 そんな彼女の真上にいるモヨコちゃん(そう、真上だ。椅子の背もたれに猫みたいに座っている)が声をあげた。

「こらミカ! 我々に撤退の文字はないと言ってるだろうか!」

「それは博士の辞書が不良品なだけッスよ!」

「しのごの言うな! 我々が退けば、それだけ被害が広がるんだぞ!?」

「クロノソルジャーが死んだらもっと被害が広がります! 幹部勢揃いしてて勝てるわけないでしょ!」

「勝てる! いや、勝つのだ!」

「なんでそんな脳筋なんスかもーー!!」

「え、ええと……?」

「あ、イッキくん。怪我はない?」

 ギャンギャンと言い合いをする二人を見て立ち尽くす僕に、ノゾミさんが声をかけてくれた。

「あ、はい。大丈夫です……けど。なにがなにやら……」

「あはは。まず彼女は、三日星弥生さん。モヨコちゃんの助手。それで、ここは……夏彦くんのクロノモービルの、コクピットだね」

「夏彦さんの……」

「メンテナンス中のを引っ張り出して、無理矢理動かしたんスよ」

 口を挟んだのは件の助手・ミカさんだ。さらにその横から、モヨコちゃんが声をあげる。

「本来はその認証機能ゆえに夏彦しか動かせないのだが、メンテの間は認証オフになってるからな! セキュリティホールをついた見事なハッキングだ! 訴えるぞ!」

「ンなめちゃくちゃな──」

 ミカさんが言い返そうとした、その時だった。

 ディスプレイに大きく[caution]の文字が浮かぶ。そして三面モニタの一部が、車両後方のカメラ映像に切り替わった。

「「げっ……」」

 ミカさんとモヨコちゃんの声がハモる。そこに映っていたのは、ギリシャ彫刻の如き怪人・テーカクの姿。

 そいつは10階建てのビルに比肩するほど巨大化し、僕らを追いかけてきていた。

『待てぇい! 逃げるとは情けなし!』

 巨大テーカクは叫びながら、のっしのしと駆けてくる。それだけでアスファルトは捲れ、あたりの車が踏み潰されて爆発していく。

「わわわ、街が……!?」

「とりあえず周辺住民は避難済みッス! 車とかは申し訳ないけど──」

『逃さんぞォ!』

 僕の言葉に答えるミカさんの声は、スピーカー越しの巨大テーカクの叫び声で遮られた。

 コクピットのモニタに映る、巨大テーカクの姿。そいつが夜空に向けた掌から、ばぢりばぢりと稲妻が迸る。

 それは瞬く間に、巨大テーカクの身の丈よりも長い大槍を形成した。それも、1本や2本ではない。大量の雷槍が、巨大テーカクの上空に浮かんでいる!

 巨大テーカクはダッシュの勢いのまま跳躍して。

『ぬゥん!』

 槍投げのように、それらを放った。

「うわわわわわわ!?!?」

 ミカさんが慌てて急ハンドルを切る。夜の街を蛇行しながら突き進むクロノモービルの周囲を青い稲妻が穿ち、爆ぜる!

 僕らが衝撃と慣性であちらこちらに頭をぶつける中、座席にしがみついていたモヨコちゃんが声をあげた。

「ミカ! 迎撃だ! あのムキムキマンに一発カマせ!!」

「無理ッスよ! ガトリング以外はメンテ中で取り外してたんスから!」

「なんだとォ!? じゃ変形とか合体とかは!?」

「無理ッス! メンテ中でもそこの認証は外せないの、博士も知ってますよね!?」

「そうだったァーッ! くそぅ、夏彦が居ないとどうしようもないのか!?」

 ギャンギャンと言い合う二人をよそに、クロノモービルは雷槍の雨を駆け抜ける。時折被弾して大きく揺れる車内で揉みくちゃになりながら、僕らは必死で座席にしがみついて。

「こんなとき、夏彦くんが居たら」

 ──そんな言葉が、不意にコクピットを漂った。

「……ノゾミさん?」

「あ、ご、ごめん! なんでもない! ごめん!」

 慌てた様子で取り繕うノゾミさんに、カオルさんが声をかける。

「まぁ、わかるよ……なっつんならなんとかしてくれる感、あったもんね」

「……ビジョウの怪力と互角に渡り合えたのも、夏彦さんだけだったもんな」

 同意を示したのはハルさんだ。引っ張られるように、メガネさんが、ミカさんが、モヨコちゃんですらも、夏彦さんのことを思い返す。

 曰く、クロノスバンドとの適合率がピカイチだった。曰く、彼がいるだけで二段階くらい戦隊が強化された。曰く、状況をひっくり返す天才だった。

 いつしか雷槍の雨もなくなり、背後に迫っていた巨大テーカクの姿も見えなくなった。夏彦さんの話題で沈黙が落ちた車内で、僕らは無言で敗走を続ける。

 ──そんな、時だった。

「おい、あれ……なんだ?」

 声をあげたのは、ハルさんだった。揺れる車内で彼が指さすモニタに、ひとつの人影が映っていた。進行方向、1キロほど先。腕組みして仁王立ちするそいつは──

「ビジョウ……!?」

 和服の鬼との距離はぐんぐん縮んでいく。

 眉を顰める僕らの視線に、気付いているのかいないのか。ビジョウは不敵に笑ってみせると、ツルハシを放り投げて相撲の見合いのような格好を取った。

「あ、あいつまさか……クロノモービルと相撲する気ッスか!?」

「「はぁ!?」」

 驚くミカさんの言葉を聞き、一同が声をあげる。そうこうする内にもビジョウの姿が近づいてくる。

「じょっ……上等だ! 轢き潰してやる!」

 声をあげたのは、ハルさんだった。正気を疑うような状況に呑まれかけたのを吹き飛ばし、ハルさんが手を伸ばす。見間違いでなければ、その先には「TURBO」の文字が書かれたボタンがあった。

「夏彦さんナシでもなんとかなるって、証明してやらァッ! 全員捕まれ!」

 ハルさんのそんな声がして。

 次の瞬間、クロノモービルが超加速した。頭が真っ白になり、食いしばった歯がギジリと音を立てた。咄嗟に掴んだ椅子が軋んでいるのを感じる。いや、軋んでいるのは僕の腕かもしれない。

 ……なんてことを走馬灯めいて感じてた、その時だった。

『はっけよィ!』

 スピーカーから、怒声がした。

 僕は無意識にモニタを見る。

 声の主は、大幹部ビジョウ。クロノモービルと比べればあまりにも小さなその姿が、高速で近づく。

 ビジョウは獰猛な笑顔と共に、大地を拳で叩いて。

『のこったァッ!』

 刹那、クロノモービルが宙を舞った。


ディバイダ2


'-- 11:31 AM(クラッシュから2分後)
 -- 東京都渋谷区某所 崩落したビル前'

「いやっはー! すごいねビジョウ! 本当に受け止めちゃうなんて!」

「一度やってみたかったんだよなー! 流石に痛てぇが、なんとかなったぜ!」

「ていうか、その腕どうすんの?」

「しばらくすりゃ生えてくる。それまではまぁ、根性で我慢だ」

「わーお。体育会系だねぇ」

 はじめに聞こえたのは、リューズとビジョウのそんな会話だった。次いでパチパチと火が爆ぜる音がして、焦げ臭い匂いが鼻をつく。

「う……」

「ったた……イッキくん、無事?」

 ノゾミさんの声がして、僕は目を開けた。

 ──その視界いっぱいに、ノゾミさんの顔があった。

「ひ、ひぁぃっ!?」

 顔が近い!

 慌てて起き上がった僕は、そこへきてようやく事態を把握した。

 崩落したビルに、横転したクロノモービルが埋まっている。辺りは炎と瓦礫に包まれていて、クロノソルジャーの面々が倒れている。モヨコちゃんとミカさんの姿は、見える範囲にはなかった。

「まじかよ……何トンあると思ってんだ、あの車……」

 苦しげな声をあげたのは、ハルさんだ。そして少し離れたところにメガネさんと、カオルさん。カオルさんに抱きかかえられて、ユーリは気を失っている。

「おやおや少年。君は元気そうだねぇ?」

 その愉快そうな声はリューズのもの。顔を向けたそこにはリューズ、ビジョウ、ユーカク、そしてベゼルとダイヤルの姿。視線をあげた先には巨大テーカクもいて、ヤミヨの幹部が勢揃いだ。

「さて皆の衆、鬼ごっこはおしまいだよー?」

 ケラケラ笑うリューズは僕のことなど目もくれず、メガネさんの側に歩み寄る。起き上がろうとするメガネさんだったが、どうやら力が入らないようだ。すぐに地に這いつくばってしまった。

「これでわかったでしょ? クロノレッドなしじゃ、君らには勝ち目がないんだ……よっ!」

「がッ……!?」

 ドゥッと重い音がした。リューズがメガネさんの腹を蹴り飛ばした音だと気付く頃には、メガネさんは壁に叩きつけられていた。

 ずるり、とその身が崩れ落ちる。パラパラと壁が崩れる様が、その蹴りの異常な威力を物語っていた。

 そんな様子を見て、ぽつりと。

「……はは。こりゃもう、勝てねーわ」

 同時に。

 ハルさんの全身から、黒い靄が立ち上りはじめた。

「おおっ!?」

 それに真っ先に反応したのは、怪人リューズだ。

 その長い手足を大袈裟に動かして、そいつは嬉しそうに声を上げた。

「よ〜〜やくここまできたか! んじゃクロノグリーンを使おう……おっと? おおお? ブルーもいい感じかな? いいねー豊作豊作!」

「な、なんだ……あれ……?」

 確かに、メガネさんの体からも黒い靄が立ち上っていた。それは先ほどヤミヨの軍勢が姿を表したときの闇と同じものに見える。

「んふふふふ、いいねいいねー! 仕上がってるよー仕上がってるよー!」

 喜んでいるのはリューズだけではない。他の幹部怪人たちも、ハルさんとメガネさんの様子を見てほくそ笑んでいるように見えた。

「ッ……まさかこいつら、初めから……!?」

 憎悪を含んだその声は、ノゾミさんのものだった。僕が振り向くよりも早く、彼女は僕のそばを駆け抜け、リューズへと斬りかかる。

「ハル! ショウ! しっかりして!」

 彼女は叫びながら、大剣を振り下ろした。その一撃をあっさりと躱し、リューズはケラケラと笑う。

「おお? 気づいた? いやいや、察しがいいねぇクロノイエロー」

「このっ!」

「んふふふ、ねぇねぇ、楽しみだよねー!」

 リューズは嘲笑と共に、ノゾミさんの一撃一撃を飄々と躱していく。

 ブオンッと風切り音が響き、アスファルトが抉れてゆく。そんな中、そいつは心から愉快そうに言葉を続けた。

「正義の味方が生み出す"ネガティブ"は、どんな怪人になるのかなァ?」

 嘲笑うようなリューズの声を受けてなお、ハルさんとメガネさんは項垂れたまま動かない。その身体から湧き上がる黒い靄は夜空よりもなお黒く、まるで柱のごとく立ち昇っていた。

 まるで、常夜に吸い上げられるかのように。

「……これって……!」

 僕は、いや、僕らは、その光景に見覚えがあった。

 それは、3年前。

 東京の青空に向かって立ち上った黒い靄と、よく似ていた。

「ンギャハハハ! ふたり分なのにすごい量だね! 山手線のリーマンが束になっても敵わないよ! 刻王さまをもうひとり呼べちゃうんじゃなーい?」

「やめろっ!」

 放たれたノゾミさんの大振りの一撃を、リューズはバックステップで回避する。と、その時。

「死ねしっ!」

「おわっと!」

 リューズの背後に現れたカオルさんがレイピアを振るい、リューズの燕尾服を浅く斬り裂いた。慌てて跳び退くリューズに、女性二人は息の合った連携で追撃をかける──が。

「忘れられてるよ、ベゼル」

「ええ、忘れられてるわね、ダイヤル」

「ぅあッ……!?」

 鈍い音と共に、カオルさんの身体が吹き飛んだ。

 ベゼルとダイヤルのロケット頭突きをまともに受けて、カオルさんは受け身も取れぬまま地面を転がる。双子はそのまま、カオルさんを追撃すべく飛んでいった。

 一方のリューズはステッキを振るい、まるで大道芸人のようなオーバーな動きでノゾミさんの剣を往なしていく。

 素人目に見ても、リューズが遊んでいるのは明白だった。大剣を往なし、躱しながら、リューズは演説を続ける。

「んふふふふ、いやぁ、クロノレッドの快進撃で、こっちも結構手痛い被害を受けててさぁ? 死んじゃったアンクルスとチータの代わりの戦力が必要なんだよねぇ」

「そんなこと……!」

「いやいや、もう遅いよー。あいつらの心は折れちゃったんだ! もうこのままヤミヨの核にしてあげようよ? ねっ?」

 ギンッッと、ひときわ鋭い音が響いた。ノゾミさんの剣が宙を舞い、呆然と立ち尽くす僕の目の前に突き刺さる。

「しまっ──」

「そのためにも、イエローとピンクには死んでもらおうと思うんだ!」

 声をあげたノゾミさんを、リューズはステッキで打ち据える。ノゾミさんは辛うじて腕で防御するが、その姿勢は大きく崩れ──さらなる追撃が、その身体を痛めつけていく。

「クロノレッドを失い、共に支え合う仲間も失い、さぁグリーンとブルーはどんな怪物を産んでくれるのかなァーハハハハハ!!!!」

「ぐあゥッ……!?」

 リューズが哄笑と共に繰り出した前蹴りが、ボロボロのノゾミさんを捉えた。彼女が吹き飛び転がる先には、同様にボロボロになったカオルさんの姿もある。

 女性二人のそんな様子に、ハルさんとメガネさんは見向きもしない。まるで黒い靄に全ての感情を吸われているかのように、彼らは俯いたままだ。

 僕は呆然と、それを見つめていた。

 戦える人はもういない。ハルさんとメガネさんはこのままだと怪人にされてしまうし、ノゾミさんとカオルさんは今にも殺されそう。

 そして助けは、きっとこない。

 ……ユーリを連れて、逃げる?

 脳裏に真っ先に浮かんだそれは、おそらく最も現実的な選択肢だろう。なにせ、ヤミヨたちは僕のことなんか歯牙にもかけていない。

 ただ──

「よぉ、ボウズ。無事か」

 胸の内に、夏彦さんの声が響く。

 僕はまた、逃げるのか。

 僕を守ってくれた人が死ぬのを、ただ見届けるのか。

 僕は。

「わりぃな、少年」

 僕は、あんな想いはもう、したくない。

 拳を握りしめた僕に、巨大テーカクの影が掛かる。見上げた先で、そいつは青い瞳を爛々と輝かせ、牙を剥いて笑っている。

「ンギャハハハ! じゃ、テーカク、ひと思いにぷちっとやっちゃおう!」

 リューズの楽しそうな声が聞こえる。

 ノゾミさんとカオルさんはもう、立ち上がることすらできないようだった。このままでは、彼女たちは殺される。そしてハルさんとメガネさんは、人ではなくなってしまう。だけど。

「俺は、いや、俺たちは、あいつらを倒さなきゃならねぇ。だからここで終わるわけにはいかねぇ」

 ここで終わるわけには、いかない。

 助けなきゃ。

 僕が、助けなきゃ。だって。

「今日から、お前がレッドだ」

 ──だって僕は、レッドだから。

「ンギャハハハ! それではいってみよーう! 判! 決!」

 左の手首が、熱い。

「死刑ッ!」「ヌェぃッ!」

「やめろ!」

 巨大テーカクが拳を放った瞬間、僕は夢中で叫んでいた。同時に──

 ガゴンッ!

 僕の真上から、激突音。

「ぬぅっ……!?」

 巨大テーカクが唸り、睨む先。そこでは、横転していたはずのクロノモービルが手を伸ばしていた。

 手を伸ばす。そう、手だ。正確に言えば、ボンネット部分が半分に割れて機械の腕を成し、巨大テーカクの拳を受け止めていた。

「こ、これは……!?」

 横転していたクロノモービルはいつしか人型のロボットへと姿を変えていた。うつ伏せだったそいつは跳ね起き、その勢いのままに巨大テーカクの頭にソバットを叩き込む!

「ぬごぉっ!?」

「おおぉっ!? また助手ちゃんの助けかい!?」

 その時、リューズが、いや、その場にいた全員が空を仰いだ。

 ──ただ一人、僕を除いて。

「ッあああ!」

 僕は眼前に突き刺さっていたノゾミさんの大剣を手に、地を蹴った。超質量のその大剣を渾身の力で振り上げて、リューズに叩きつける。

「んなッ!?」

 金属音と共に、火花が散る。

「おおぃ少年!? そういう火事場の馬鹿力は逃げるのに──」

 その時、僕の身体は自然に動いていた。

 大剣が受け止められるのと同時に、柄から手を離す。火花と大剣を目眩しにして、僕はリューズの視界から消える。

「──使ったほうが賢いと──」

 そして僕は、大地に伏せた。

 重力に引かれて、大剣が落ちる。それは僕の背中に対して平行に、まるでカメの甲羅のように、僕の背中に覆いかぶさった。

「──思う……んぇっ!?」

 同時に、リューズの視界が開ける。

 その先では、人型となったクロノモービルが、腕先のガトリング銃をリューズに向けていた。

「撃て!」

「待っ──」

 声をあげる間もあればこそ。

 僕の声に呼応して火を吹いたガトリング銃が、リューズの身体を穴だらけにした。

 ボロ雑巾のようになったその身体はそのまま力を失い、それでもなお弾丸の嵐を浴びながら、吹き飛んでいく。

 左手首が熱い。僕の全身に、力が巡る。

 粉塵が煙る中、僕は立ち上がって左手首の時計に触れた。そしてそこに浮かんだ文字列を──クロノレッド専用武器の名前を、宣言する。

「クロノメタル、ジャケット!」

>>Wake Up:: Chlono-Metal Jacket

 直後、僕の上半身を光が覆った。ハルさんたちが武器を呼び出したのと同じように、その光は一瞬で実体を得る。

 敵も、味方も。戦場の視線が一斉に僕に集まる、そんな中。

「夏彦……くん?」

 その声は、僕の背後から。

 視線を遣ると、地に這いつくばるノゾミさんが、僕のことを眩しそうに見つめていた。その横では、目を覚ましたカオルさんが驚いた様子で声をこぼす。

「しょ、少年……? どしたん、その上着?」

 ばさり、と。

 その真紅の革ジャンが、はためいた。

 病院着の上に羽織ったそれは、夏彦さんの革ジャンと同じものに見える。ただし、はじめから僕の身体に合わせたかのようにぴったりのサイズだ。背中には青空と太陽をバックに、大きな鳥居の絵が描かれていた。

 力強い熱は、いまや左の手首だけでなく、僕の上半身を覆っている。

「大丈夫。お前なら、大丈夫だ」

 ──夏彦さんの声が、聞こえた気がした。

「なっ……え……は?」「少年……?」

 失意のハルさんが目を見開いた。メガネさんが顔を上げた。彼らの身から立ち昇る黒い靄は、少し減ったようだった。

「予想外だね、ベゼル」

「ええ、予想外ね、ダイヤル」

「おいおい、リューズの奴は大丈夫かあれ?」

「まぁ奴なら死なんでしょう、恐らく。きっと」

 口々に言いながら、ヤミヨの幹部たちが僕を睨み、得物を手にする。僕はその様子を見回すと、震える脚をひと叩きし、大きく息を吸い込んだ。

「ノゾミさん、ハルさん、カオルさん、メガネさん。……お願いです。ゆっくりでいいから、立ち上がってください」

 右腕の時計に手を添える。

 使い方は、さっき見た。竜頭部分のダイヤルを押し込むと、ガコンと歯車が噛み合うような音があたりに響き渡る。

「……その時間は、僕が稼ぎます!」

 そして僕は、クロノスバンドのダイヤルを弾いて。

「ウェイクアップ、クロノス!」

 渾身の力で、叫んだ。

 僕の全身を、陽光の如き光が包み込む。真っ白になった視界の中、僕の全身をスーツが覆ってゆく。それは確かな熱を持って僕の命を震わせる。

「イッキくん!?」

「ぬぅ!? あの童も変身するのか!?」

 クロノソルジャーの面々が、そしてヤミヨの幹部たちが、口々に色めき立つ。それを聞きながら、僕は光の中から歩み出した。

「僕は……僕たちは、あいつらを倒さなきゃならない。だから、ここで終わるわけにはいかない」

 カチ、カチ、ガコン。歩調とリンクするかの如く、時計の音が鳴り響く。

「だから、無理言ってごめんなさい。立ってください。諦めないでください」

 数歩進んで立ち止まる頃には、僕の全身を真紅のスーツが包み込んでいた。

 それは、夏彦さんが遺したもの。

 僕に、託されたもの。

「……ヤミヨ。クロノレッドは、クロノソルジャーは、死なないぞ」

 月の光を一身に浴び、ヤミヨたち、ノゾミさんたち、なにより自分自身に言い聞かせるために。そして、夏彦さんに届けるために。

 僕は、ありったけの声で、叫んだ。

「今から僕が……クロノレッドだ!」 

 夜の闇を切り裂いて、僕の声が街を揺らす。警戒するように得物を構えるヤミヨたちの中で、鬼の少女・ビジョウが不敵に笑ってみせた。

「その意気や良し。……ユーカク、遊んでやんな!」

「ハッ!」

 ビジョーの声に応え、ユーカクが一歩踏み出した。石柱の如きハンマーを手に、彫刻の如き巨人はずしんと地を踏みしめて──

 刹那、その姿がかき消えた。

「変身しようと、中身は素人よなぁ」

 次の瞬間には、ユーカクは僕の背後にいた。

「今ここで! 殺ォす!」

「っ……!」

 振り返るが、時すでに遅し。ユーカクの石柱の如きハンマーが、僕の頭に向かって迫りくる!

 僕は、来たる衝撃に備えて身を固くした。しかし。

 それよりも早く訪れたのは、ぐいっと引っ張られるような感覚。そして、僕の身体はひとりでに動いていた。

 死の予感で鈍化する主観時間の中で、僕はそれを他人事のように眺めていた。振り返った姿勢から、ハンマーに添えるように左手が伸びる。更に軸足は残ったまま、反対の足がすいと後ろに下がる。そうして小さく身を退いた僕の鼻先を、ハンマーが掠めていく。

 僕の主幹時間が元に戻ったのは、アスファルトが砕けて礫が身体を打つ頃だった。ヘルメットのバイザーにはいつの間にか、[Assist Mode]と赤い文字が浮かんでいる。

「ほう、避けおるか! だが、まだまだァッ!」

「わっ!?」

 獰猛な笑みと共に、ユーカクが今度はハンマーを振り上げる。しかし、それに反応するように、僕の上半身はひとりでに仰け反った。

「やるではないか童ァッ!」

「うわっ!? わわわ!? ちょっ!?」

 立て続けに放たれるユーカクの攻撃を、僕は紙一重で回避してゆく。その間も、バイザーの片隅では[Assist Mode]の赤い文字が点滅を続けていた。どうやらこのスーツは、僕の身体をある程度勝手に動かしてくれるらしい。

「そ、それなら……!」

 スーツの回避機構に身体を委ね、僕は拳を握りしめた。途端に、バイザーの正面に[ATTACK]の文字が浮かぶ。照準はユーカクの右肩だ。

 僕は覚悟を決めて、そこに拳を突き出さんとする。同時に、またもや全身に引っ張られるような感覚がした。

 回避の姿勢から、僕の重心がずしりと落ちる。両脚は大地を踏みしめ、そして拳が引き絞られ──放つ!

「このっ!」

「ヌゥッ!?」

 ユーカクはその拳を、身を捩って回避した。ブオンッと風の音と共に、ユーカクの肩布が裂ける。

「おわっ!?」

 僕は殴った勢いのままつんのめった。そのまま2,3歩進んでバランスを取りつつ、ユーカクとの間合いを取る。

 全身が、嫌な汗をかいていた。怖い。もし回避機構がなかったら、僕は今だけで何度死んでいただろうか。

 ……などと僕の意識が逸れた、その時だった。

「意外とやるね、ベゼル」

「ええ、意外とやるわね、ダイヤル」

「ッ!?」

 僕の左右から、双子の声。同時に、バイザーに[CAUTION]の文字が浮かぶ。視界の片隅で、双子が突っ込んでくるのが見えた。ロケット頭突き。咄嗟に回避を念じるが……間に合わない!

 ゴギン。

 僕の身体から、そんな音がした。

 遅れてやってきた衝撃は、小さい頃に交通事故に遭ったときと同じかそれ以上にひどいものだった。 

「がッ……」

 口の中に血の味が広がる。全身が痛い。浮遊感。身体が宙を舞っている。くるくる。痛い。落下。叩きつけられて。バウンド。痛い。怖い。痛い。

「早めにとどめを刺すよ、ベゼル」

「ええ、早めにとどめを刺しましょう、ダイヤル」

 呻き声すら上げられずに這いつくばる僕の上空から、双子の声がする。再び訪れた死の恐怖。動けぬ僕の耳に、刃物が鳴る音が響く。

 二人は情けも容赦もなく、僕に向かって急降下をはじめて。

「クロノバスター!」

 その時、ハルさんの声がした。

 少し遅れて、発砲音と双子が「「わっ!?」」とあげた声が聞こえた。同時に僕の身体に誰かが覆いかぶさり、ゴロゴロと転がされる。

「……!?」

「少年、息はあるか!」

 がばっと起き上がったのは、メガネさんだった。双子の一撃から僕を逃がしてくれたようだ。心配そうに僕を見つめる彼の向こうでは、ハルさんが双子とヤミヨの一団に向かって光線をばら撒いている。

「ッ……は、はい……なんとか……」

 僕はふらふらと立ち上がりながら、答えた。全身が痛い。メガネさんに肩を借りて立ち上がったその時、ハルさんが僕らの傍にやってきた。

「夏彦さんにゃ程遠いが、根性あるじゃねぇかガキ」

「すまなかったな、無理をさせて」

 僕のそばに、ハルさんとメガネさんが並び立つ。

「痛ったたた……あーもう、帰ってお風呂入りたーい!」

「そうね、早く帰ろう。イッキくんも、ユーリちゃんも、一緒に」

 僕の後ろから、カオルさんとノゾミさんの声。ズタボロの二人は、それでも力強く僕の肩を叩いて、同じく並び立った。

 ヤミヨの一団と、クロノソルジャーが睨み合う。そんな中、ノゾミさんは僕のほうを振り仰ぎ、微笑みと共に言葉を続けた。

「早く帰って、歓迎会しなきゃだしね!」

「皆さん……!」

「啖呵切ったからにゃ、お前も覚悟を決めろよ、ガキ」

 ぶっきらぼうに声を投げ、ハルさんが時計に触れる。腕輪が鳴らすガコンという音を聞きながら、僕はふと言い返してみた。

「イッキです」

「あん?」

「僕の名前。暁一希(アカツキ・イッキ)です!」

「……ヘッ」

 ハルさんが不敵に笑い、他の3人もどこか吹っ切れた様子で時計に触れる。ガコン、ガコンと歯車が噛み合って、力強い音が僕らの周囲に響き渡る。

「イッキに負けんなよお前ら! 行くぜ!」

「上等だ」

「うん、行こう!」

「レッツゴー!」

 そして彼らは声を揃え、ありったけの声で叫ぶ。

「「ウェイクアップ・クロノス!」」

 ──天国まで、届くように。

 陽光のような輝きが、僕らの周囲で渦を巻く。それは常夜を切り裂き、ヤミヨたちの目を灼いて、巨大テーカクの動きすらも止めてみせるほどの強烈なる光の柱となって顕現する。

 その中から、僕らは確かな足取りで歩み出た。色違いのスーツに身を包み、揃いのブーツで大地を踏みしめ、僕らは胸を張って立ち並ぶ。

「よーし。景気付けにアレやっとくか」

 そして、ハルさん=クロノグリーンが不敵に言った。彼は仲間たちに目配せすると、大きく息を吸い込んでから声を張り上げる。

「クロノグリーン!」

 そして、それに続くように。

「クロノブルー!」メガネさんが。

「クロノイエロー!」ノゾミさんが。

「クロノピンク!」カオルさんが、自らのコードネームを高らかに宣言する。

 残るは僕だけ。イエローとピンクがちらりとこちらを見た。僕は小さく頷いて……夏彦さんから受け継いだその名を、叫ぶ!

「クロノレッド!」

 そして僕の言葉を継ぐように、グリーンがヤミヨに言い放った。

「さぁ、その命に刻み込め! ──刻命戦隊!!」

「「「クロノソルジャー!」」」

 光の柱が、爆ぜて散る。

 余剰エネルギーが爆発を起こし、夜の街を真昼の如く照らす!

 その光を浴びながら、夏彦さんから託されたものと、自分自身の決意を胸に抱き──僕はヤミヨの幹部たちを指さして、啖呵を切る。

「僕らは……暁を取り戻す!」

「ハッ、上等だ」

 それに獰猛な笑みで応えたのは、女幹部ビジョウだった。

「今度も泣かしてやる! やっちまいな!」

「ヌェイッ!」

「行こう、ベゼル」

「ええ、行くわよ、ダイヤル」

 怪人たちが地を蹴った。そしてほぼ同時に、僕らも地を蹴る。先人はクロノグリーン、次鋒はクロノブルー。手に手に武器を顕現させ、両陣営はちょうど中間地点で激突した!

「仕切り直しだ、青チビ!」

「…………!」

 ロケット頭突きを繰り出したダイヤルを、クロノグリーンが受け止める。その横でベゼルが錐揉み回転と共に繰り出した武器たちを、クロノブルーの双剣が捌いた。

「お前はこっちだ、ベゼル!」

「あらあら、ふふっ……」

 イエロー、ピンク、そして僕はそれを少し遅れて追いかける。向かう先には双子と巨漢の姿。イエローが大剣を担ぎ、僕らに声を投げた。

「イッキくん、グリーンのサポートお願い! ピンクはブルーを!」

「はい!」「はーい!」

 僕らの返事を聞き届けると、イエローは大きく踏み込んだ。その眼前には石柱槌を振り下ろすユーカクの姿。

 両者の力が、真っ向からぶつかり合う!

「ユーカク、力比べだよ!」

「上等ゥッ!」

 ──先ほどの病院前と比べると、両陣営の戦力差は幾分か縮まっていた。

 リューズは斃れ、ビジョウはクロノモービルとの“相撲”で両腕を失って戦闘には不参加。更に、巨大テーカクの相手はクロノモービル・ロボがこなしてくれているおかげで、僕らは幹部級と戦う二人の援護に向かえるのだ。

 僕はダイヤルと戦うグリーンに駆け寄りながら、バイザーに浮かんだ武器名を読み上げた。

「クロノメタル・ナックル!」

 呼応して、虚空に革ジャンが生成される。それはそのまま僕の右腕にぐにゃりと巻きついて、肩から指先までを覆うようなアーマー・ガントレットへと形を変える。

「ハルさん!」

「きたか。よし、適当に合わせろ!」

「え、あ、はいっ!」

 ダイヤルが繰り出す刃物の数々を、ハルさんは掌で往なすように捌いていく。それに合わせようと間合いを詰めた僕であったが──

 眼前に、[Asstist]の文字が浮かぶ。

「えっ」

 そのまま、僕は……というか僕のスーツは、ダイヤルの武器やらなんやら全てひっくるめて、右腕のガントレットで豪快に殴り飛ばした。

「わっ!?」「どあっ!?」

 僕が繰り出した拳は、グリーンの拳と同時に着弾。武器の束で作ったシールドをぶち抜き、ダイヤルの本体にヒットする!

「……っ!?」

 ダイヤルの姿が宙を舞う中、バランスを崩したグリーンは慌てて体勢を立て直す。そしてグリーンと僕はダイヤルに向かって手を伸ばすと、ほぼ同時に叫んだ。

「っとと……クロノバスター!」

「クロノメタル・バスター!」

 グリーンの手先に即座に銃が生成され、僕の手先のガントレットがぐにゃりと歪み、銃の形に変化する。瞠目したダイヤルに向かい、二つの銃口は容赦なく光線を連射する!

「ぐ……ッ!」

 ダイヤルの身体で光線が爆ぜる。青髪の少年はそのまま、クロノブルーとクロノピンクの間を抜けて吹っ飛んでいく。そしてそのまま、彼らが戦う赤髪の少女・ベゼルに激突した!

「キャッ!?」

「うおっ……!? おい、危ないだろ!」

「す、すみません……」

「わりーわりー」

 もみ合いながら転がっていく魔性の双子を視界に入れつつ、ブルーが抗議の声をあげる。僕らは謝りつつ、二人の傍に駆け寄った。

「っ……ごめんよ、ベゼル」

「ええ、ええ、良いのよダイヤル。大丈夫?」

 ベゼルとダイヤルは互いに手を取り立ち上がる。僕らは四人並んで、それぞれの手首を叩く。

 ガコンと響く、歯車の音。そして、僕らの武器にエネルギーが集まっていくのを感じる。銃口と切っ先を双子に向けて、ハルさんが声を上げた。

「とどめだ!」

「「クロノブレイク!」」

 僕らの武器から、4色の輝きが迸る!

「!?」「しまっ──」

 双子が瞠目し、声をあげる。経路上の瓦礫を消滅させながら、螺旋軌道の光の奔流は二人に押し寄せる。と、その時。

 そこに、ユーカクの石柱槌が割り込んだ。

「ヌゥァィッ!!!」

 ユーカクの咆哮と共に、石臼を挽くような音があたりに響き渡る!

「おいおいマジかよ!?」

「ごめん、取り逃した!」

 ハルさんが声をあげる中、遅れて駆けつけたのはクロノイエローだ。

「ンンン……ンウンンッ……!!!」

 僕ら5人の見る前で、ユーカクはその白磁の如き肉体に血管を浮かべながら、全身全霊で槌を押して──

「ンンンンンアアアアアイッ!!!!!!」

 次の瞬間、爆音があたりを揺らした。

「うわっ!?」

 反射的にガードするように腕を構える僕らの視界の先、立ち込める土煙の向こうで、その巨漢はなおも立って……いや、笑っていた。

「がはは……やりおるではないか……!」

「クロノブレイクを……ぶち抜いたってのか……!?」

 ハルさんが戦慄の声をあげる。そう。ユーカクは、僕らの渾身の一撃を相殺したのだ。……愛用の槌と右腕を、代償に。

「ゆ、ユーカク……?」

「おお……流石に、効いたわ……」

 ダイヤルのか細い声に応えながら、ユーカクはズシリと膝をついた。その右の肩口からボタボタと血(ちなみに青色だ)が零れ落ちる。それを僕らが目にした次の瞬間だった。

「はぁ……ここまでだな」

 そんな気だるげな声は、僕らの背後から聞こえた。

「「!?」」

 僕らは慌てて跳び退く。振り返ったそこにいたのは、両腕を失った鬼──女幹部ビジョウだった。

 僕の背中を冷や汗が伝う。いつの間に、僕らの後ろにいたんだろう。

 警戒する僕らを一瞥すらせず、ビジョウはまるで散歩でもするような足取りでテーカクのほうへと歩いていく。

「おいテーカク、元に戻れ。ユーカクを運んでやんな」

「ハッ!」

 クロノモービル・ロボと取っ組み合いをしていた巨大テーカクは、そう答えると同時に全身から黒い靄を出しながらシュルシュルと萎んでいく。そうして瞬く間に、ビジョウの傍に等身大のテーカクが現れた。

「おお、おお、ユーカク! 息災か!?」

「息災なわけあるか……肩を貸せ……」

「……ま、そういうわけだから。また来るよ、クロノソルジャー」

 気楽な声でそう言って、ビジョウたちの姿が闇の靄に包まれる。

「あっ……ま、待て!」

 僕らが伸ばした手は、それに届くわけもなく。

 怪人たちの姿は掻き消えて、今日の戦いは終わりを迎えた。


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- エピローグ -


'--3日後 8:31PM
 --都内某所'

「にいに、ここ?」

「うーん……そのはず、なんだけど……」

 ユーリの言葉に答えながら、僕は重いリュックを背負い直した。

 眼前にあるのは、二階建ての日本家屋だった。小さな庭もついていて、夜風に雑草がそよそよと揺れている。

 僕は再び視線を落とし、ノゾミさんからもらった住所で改めて地図検索する。曰く、目的地まであと3メートル。そのまま前へ。……やっぱり、間違ってはいないらしい。

「ほんとに? にぃに間違ってない?」

 ユーリは眼前に佇むその家を指さして、言葉を続けた。

「ここ、ぜったい誰も住んでないよ?」

「……だよねぇ」

 そう。その家は、どう見ても廃墟だった。

 白い壁には多数のひびが入り、窓はその殆どが割れ果て、腐ってズタズタになった雨戸が庭に無残に転がっている。

 完膚なきまでに廃墟だ。仮に日の光があったとしても、絶対に近寄りたくない。が……

「でも、ノゾミさんからもらった住所はここ──」

「やぁお前たち! 大荷物だな!」

「うわぁっ!?」

「ひぇぃぁっ!?」

 後ろから唐突に声をかけられて、僕とユーリは同時に飛びあがった。

「ようこそ我らが秘密基地へ! おお少年、革ジャン良く似合っているな。夏彦とは違ってまた新鮮だ!」

 目を白黒させる僕らのことはスルーして、声の主──モヨコちゃんは楽しそうに言葉を続ける。

「それにしても、どうだこの廃墟は! どこからどう見てもただの廃墟にしか見えないだろう!」

「え、あ、うん……うん?」

 首を傾げる僕らを見て、モヨコちゃんはニヤリと笑った。そのまま彼女は門扉を押して中に入り、「まぁついてきたまえ!」と声をあげる。

「あ、ちょっと」

 廃墟とはいえ、勝手に入っていいんだろうか。というかさっき秘密基地と言っていたけど、もしかしてここに勝手に住み着いてるんだろうか……などという僕の思いをよそに、モヨコちゃんはずんずんと進んでいく。

 小さな庭を抜け、ボロボロの扉の前に立ち止まり、彼女はドヤ顔を浮かべて僕らに振り返った。

「なにをぼさっとしてる! こっちだこっち!」

 そうして手招きする彼女のそばに、金色のプレートが掛けられている。

 彫り込まれて曰く、『天才 明野モヨコ様の研究室』

「……え、ここが研究室?」

「ふふふふふ。さぁ見さらせ、この大天才明野モヨコ様が総力を結集したカモフラージュ・システムの力を!」

 そんな言葉と共に、モヨコちゃんは廃墟の戸を開けて。

 同時に、光が僕らを照らした。

「な、え?」

 外から見たときは真っ暗な廃墟だったはずのそこは、光にあふれていた。

「わー! 旅館みたい!」

 戸惑う僕の隣で、ユーリが声をあげた。

 そこは、田舎の地主さんのお宅といった佇まいの、立派な一軒家だった。広い玄関には衝立が置かれ(ユーリの言う「旅館」要素はこれだろう)、その向こうには廊下と階段が並んでいる。

 外観とは真逆の、清潔感に溢れた光あふれる内装。理解が追いつかず、僕は何度か外と中を見比べた。

「ふははは、良い反応だ! 特に少年のほうはサイレント・リアクションの才があるな!」

 僕らの反応を満足げに眺め、モヨコちゃんは土間から玄関にあがり、腕組みしたままこちらへと向き直る。そして同時に、奥からどたどたと足音が聞こえてきた。

「おい柚木、せめてエプロンは外せ」

「あっ、そうだった」

「てーか、いいじゃねぇか出迎えなんて」

「なーに言ってんの、嬉しいくせにー」

 わやわやと話しながら姿を現したのは、もちろんクロノソルジャーの面々だ。彼らは、ちょうど病院で初めて会ったときと同じように、モヨコちゃんの傍に立ち並つ。そして。

「歓迎するぞ、暁イッキ少年。新たなる、クロノレッドよ!」

 その猫のような瞳を爛々と輝かせ、モヨコちゃんは笑ってみせた。その楽しそうな笑顔と、そして他のメンバーの視線を一身に浴び、僕は少しだけ息を吸い込んで。

「よ……よろしくお願いします!」

 拳を握って、頭を下げた。と──

「ユーリはー!?」

「おお、そうだったなユーリ隊員!」

「隊員! ユーリ隊員?」

「ああそうさ! その証にこれをやろう!」

 言いながら、モヨコちゃんはユーリに五百円玉くらいの大きさの缶バッジを投げ寄越す。

「ここの入館証だ! それを持って扉を開ければここに来れる。少年はクロノスバンドがあるからそっちで対応だ」

「な、なるほど?」

「それと、この家の仕組みだが──」

 モヨコちゃんがそう言いかけた時、ノゾミさんがパンッと手を叩いた。

「その辺は、ご飯食べながら話しましょ?」

「む、確かにそうだな」

「いや、とりまリュック置いてきたほうがよくない?」

 挿し込んだのはカオルさんだ。

「案内したげなよハル」

「は!? 俺かよ!?」

「そうだな。少年は葉山に任せよう。ユーリはこっちへ」

「はい! おじゃましまーす!」

「おおユーリ、ちゃんと挨拶できて偉いな!」

「えへへー!」

 ユーリが靴を脱いで上がり込む。人見知りのユーリがこれだけ元気なのは僕としては嬉しいのだけど──

「あ、おい、ちょっと!」

 ハルさんが声をあげるのも虚しく、僕らを置き去りにして彼らはリビングへと消えていく。そしてハルさんはひとつため息をついて、僕に向き直って手を伸ばした。

「荷物」

「えっ?」

「重いだろそれ。持つから寄越せ」

「あ、は、はい……」

 僕はおずおずとリュックを降ろし、靴を脱ぐ。

「どっこいせ……うわっ!? 重てぇなこれ!?」

「あの……ハルさん」

「あん?」

 ハルさんは面倒くさそうな顔で、僕に視線を遣る。その目は、病室で僕に向けたものと同じような思いが籠っていた。

「こいつのせいで、夏彦さんが死んだんだ」 
「……夏彦さんのこと、ごめんなさい。確かに、僕がいなければ──」

「いいから上がれよ。飯、冷めちまうぞ」

 僕の言葉を遮って、ハルさんはふいと視線をそらして言葉を続けた。

「あんときは俺も言い過ぎた。悪りぃ」

 そして彼は僕を……というか、僕の着ている革ジャンを一瞥すると、ぶっきらぼうに言葉を投げた。

「おめーが夏彦さんの分まで気張れ。それが手向けってやつだ。多分な」

「はい……頑張ります」

 僕の言葉に頷いて、ハルさんは歩き出す。

「んじゃ行こうぜ、”イッキ”」

「! は、はい!」

 ──こうして、クロノソルジャーとしての戦いと、そして僕らの共同生活が幕を開けた。

 左手首のクロノスバンドは、僕を勇気づけるように熱を帯びていた。

***


'--同日 時刻不明
--とある工場跡地'
「報告は以上っすネー」

 適当な荷箱に腰かけて、リューズは足を組んだまま言葉を投げる。眼前の空中には、ホログラムのような質感でひとりの男が浮かんでいた。

 豪奢な黒いローブを纏った、大柄な男だ。柱時計のような形状の大剣を背負っている。倉庫の照明の下においても、その顔は深い闇に覆われており判然としない。

 彼こそ、リューズたちヤミヨの王。<刻王>クォーツである。

 王はなにやら思案するような仕草と共に、リューズに問いかける。

「ふむ。ビジョウとユーカクの腕は、治るのか?」

「んー。どーっすかねぇ」

 ステッキをくるくると弄びながら、リューズは言葉を続ける。

「ビジョウのほう、あれは多分大丈夫じゃないっすかねー。なんせ、特殊ですし。ユーカクは機械義手になるそうで、今頃ベゼルとダイヤルが図画工作中。まぁ、ご心配されるほどの戦力減はないっすねー」

「なるほど。なら良い。……して、リューズ。お前、背が低くなったか?」

「あ、わかりますー? いやーあの少年、えげつないっすよねぇ。おかげであの身体はオシャカになっちゃいました。気に入ってたんだけどなぁ」

「新しいクロノレッド……か」

「ええ。せっかく全滅まで行けると思ったんすけどねー」

「くく、そうだな。だが、まぁ良い」

 クォーツは愉快そうに肩を揺らし、言葉を続けた。

「まだまだ、面白くなりそうだ」

「ええ、ほんとに」

 無人の工場に、二者の笑い声が響く。

 ただ夜の闇のみが、その邪悪な声を聴いていた。

刻命戦隊クロノソルジャー
第1話「ウェイクアップ・クロノス」

【完】

▼あとがき▼


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