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おとなりんご

静かな森の中、木陰でひとり。わたしはいつも本を読んでいる。 木と木の間から少し漏れだず光がきらきらと輝いてとてもきれいだ。 遠い森の外から聞こえる賑やかな音楽が微かに聞こえてくる。

「楽しそうだな。」

森の外の世界に憧れを抱きつつ、次のページをめくる。

「きっと、本を読んでいた方が将来の役に立つわ」

でも、本当に欲しいものの事は、この本は教えてくれない。 木の陰から差し込む光は、わたしには眩しすぎる。

道がない。ぼくが行きたいあの丘に通じる道が見当たらない。 周りの人は、ここからまっすぐ見渡せるこの道を迷わずに歩いている。

「そっちじゃないんだ。ぼくが欲しいものがあるのは...。」

ぼくは、あの丘を目指して、ひとりで音楽を奏でながら歩く。 この川をどうやって越えようか。 この崖をどうやって登ろうか。 回り道をして、道に迷って、ぼくは静かな森にたどり着いた。

本を読んでいると、突然、音楽が鳴り始めた。
音楽が聞こえる方へ恐る恐る近づいていくと帽子を被った男の子がサックスを吹いていた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「素敵な音色ね。あなたはここで何をしているの?」

「ぼくは音楽家さ。あの丘へ向かっているんだ。でも、足を怪我しちゃって休んでいたんだよ。きみは?」

「わたしはここに住んでいるのよ。ひどい傷ね。手当をしてあげるわ。この 薬草が効くのよ」

わたしは、薬草をすり潰して塗り薬を作る。 そして、男の子の傷口にやさし く薬を塗る。

「痛っ!」

「これで治りが早いはずよ。」

「すごく物知りなんだね、ありがとう。僕の名前は、たかし。あの丘には誰もが幸せになれるりんごがなっているんだって!僕はそのりんごを取りに行くんだ。きみの名前は?」

「ゆかよ。誰もが幸せになれるりんご?本当にあるの?」

「あるよ。そのりんごを食べると幸せになって、世界中の人を幸せにできる力が与えられるんだ。きっと、僕の音楽がこれまで届かない人にまで届く。今まで伝えられなかったことを伝えることができると思うんだ。」

「もし、そのりんごを薬にすると、多くの人を助けることができるかもしれないわね。」


「りんごを薬に?それはすごい。きっと、多くの人が幸せになるね。ねぇ、一緒にそのりんごを取りにいこうよ」

「でも、わたし。この森から出たことがないの」

「どうして?」

「外の世界はこわいから」

「道なき道を進むのは、大変だけど楽しいよ。きっとゆかにとって意味のある人生になると思う。一緒に行こう」

わたしをじっと見つめるたかしのまっすぐな瞳を見て、わたしは決心した。

「不思議な人ね。あなたとだったら何があっても楽しいと思うわ。」

ぼくたちは、何日も一緒に歩き、山を登り、川を渡り、谷を越えた。二人でいる時間は、とても楽しかった。白い浜辺の公園で、カピバラと戯れたり、異国の映画村では、バタービールなるものを飲んだり、ライオンの王様とは、友達になったりもした。

たくさん喧嘩もした。餃子の森で、食レポ動画を制作した時は恥ずかしくて出せなかったり。忙しい峠を越えようとした時は、なかなかお互いのことを思いやれなかったり。おやすみ広場で真剣に作戦会議をしていた時に、うっかり寝てしまったり。

たかしは、何でもひとりで出来てしまう。いつも誰かのために全力で手を抜くことがない。どんなに大変でも、どんなに困っていても 周りには助けを求めず、すべてひとりで抱えてしまう。たかしの周りには素敵な人がたくさんいるのに、きっと自分の弱さを人に見せることができないのだと思う。

ゆかは、大人しくて、おしとやかな振る舞いをしているが本当のゆかは笑顔が可愛くて、明るくて、面白い。その反面、ほんとは泣き虫で、寂しがり屋なのを僕は知っている。いつもひとりになることを怖がっているのはきっと、どこかに埋まらない寂しさを持っているのだろう。

二人が旅をして1年の月日が流れた時、とうとう目指している丘の目の前までたどり着いた。

ただ、目の前にある絶望坂をこえなければならない。絶望坂を登るとこれまでの生活のすべてを失うらしい。

僕は、決心してゆかに言った。

「ゆか。僕と一緒にいるとすべてを失ってしまう。僕はひとりでこの坂をのぼる。ここからは別の道を歩こう」

「たかしは何もわかってないわね。たかしはわたしにとってかけがえのない人なの。あなたの進む道がわたしの進む道よ」

わたしは、たかしの手を握って離さない。

僕は、強張った緊張がほどけて涙は頬をつたって流れ落ちた。

「ありがとう。いっしょにいこう」

わたしは、黙って頷いた。

絶望坂を登るとこれまで築いた地位、名誉、お金が煙のように消えていった。持っていた自信も気力もすべて失って僕たちは、ようやく丘の上にたどり着 いた。僕たちは、当然、幸せになれるりんごがなる木が立っているそう思っ ていた。

しかし、丘の上には何もなかった。

「ごめんね。こんなに苦労してきたのにここには何もなかった」

「うん・・・。それでも、わたしは、たかしと一緒にいられることが一番幸せ。」


ゆかは疲れた顔で微笑みながらそう言った。

「ねぇ ここでたかしのサックスを聴かせて」

すべてを失った僕は、勇気を出して自分の弱さをゆかにさらけ出し これからの人生をゆかとともに幸せになりたいと強く願いながら ゆかのためだけにサックスを奏でた。静まった丘の上にサックスの音が響き渡った時、不思議なことが起こった。

みるみる内に周りの木や草や花が伸びていき、わたしのそばには1本のりん ごの木が生えた。そして、生い茂った緑の葉っぱの中には赤いりんごの実が・・・

僕は、りんごを採り、ゆかの口に差し出す。ゆかはりんごを一口、齧る。

わたしは、そのりんごを手に取り、今度はたかしの口に差し出した。

りんごを食べた僕たちは、白い光に包まれ、すべてを癒され、 満たされる幸せを手にいれた。

「わたし、ひとりじゃないんだね」

「うん。これからもいつも隣りにいてほしい」

決して平坦な道のりではないけれど、これからもゆかと共に生きていきたい。どんなに辛いことがあっても、ゆかはその困難を一緒に楽しんでいつも隣で 笑顔でいてくれる。

たかしは、どんなわたしも受け入れてくれる。そして、わたしに新しい世界 を見せてくれる。時には喧嘩することもあるけど、たかしの隣にいるのが楽 しい。たかしがいたから観れる景色がここにある。

幸せのりんごは丘の上になかった。本当の幸せのりんごは、いつも隣りにあった。歩き疲れたらりんごを一口かじる。優しくて、甘い。でも、少し酸っぱい。

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