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映画『文豪ストレイドッグス DEAD APPLE』を読む

『文豪ストレイドッグス DEAD APPLE』
監督 - 五十嵐卓哉
脚本 - 榎戸洋司
脚本協力 - 朝霧カフカ
アニメーション制作 - ボンズ

門は通過儀礼と関連している。

ベンヤミン『パサージュ論』
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©2018 朝霧カフカ・春河35/KADOKAWA/文豪ストレイドッグスDA製作委員会

 フランスの民族学者ファン・ヘネップによれば、通過儀礼には、「分離」「移行」「統合」という三つの段階があるという(『通過儀礼』)。本作(映画『文豪ストレイドッグス DEAD APPLE』)は、主人公の中島敦を中心に見た場合、まさにこの「分離」「移行」「統合」という通過儀礼における三つの段階に基づいて展開していくことになると言えるだろう(いわゆる三幕構成である)。

 まず敦は、澁澤の写真を見た瞬間から、「過去」のイメージを想起するようになり、さらに澁澤の「異能力」によって出現した霧が、強制的に敦と敦の分身ともいうべき「異能力」(=虎)とを「分離」させることになる。ここでの霧とは、迷宮のメタファーとして読み取ることもできるだろう。すなわち、敦はまるで時空の歪んだ迷宮の中を、「現在」と「過去」を循環するように彷徨いながら(=「移行」)、自らの分身ともいうべき虎との自己同一化(=「統合」)を目指すことになると言えるのだ。なお、ここでの自己同一化とは、それまでの自己とは変化した自己に成ることを意味する。それまでの自己は死に、新たな自己が生まれることを意味するものである。

榎戸洋司「心の迷いを形にしたのが、迷宮とか迷路だと思うんですよ。だから迷宮を描くっていうのは、人の心の迷いとかを描くことだと思うんです(…)傷ついたときに旅行に行ったりするの、よくあるじゃないですか。傷心旅行とか。あれも迷宮なんですよ。つまり、いま自分が悩んだり迷ったりしていて、まだ答えが出ていないときに、答えを出すためには考えなきゃいけないんですよね。だからこれから混沌の思考の中に入るわけだけど、頭の中の迷宮には形がないからイメージしにくいんです。それで、旅行に出かけて、その間に傷を治したり答えを出したりして、自分の家っていうゴールに帰って来るという迷宮を、自分で設定することなんですよ。あと同時に迷宮には、死のイメージもあるんです。出かける前と出かけた後では、もう同じ人間ではない

『忘却の旋律』第13話 オーディオコメンタリー

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