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戦争] 東京大空襲について思うこと!日本人政治家のバカさ加減とは?

#東京大空襲 #カーチス・ルメイ
#ルーズベルト   #防空法

終戦から今年(2024年) 74年経ったが、いまもあの当時のことで揉めているようだ。今日のNHKニュースで、東京大空襲の体験者、その証言映像未公開分(47人)を、来年の3月10日の東京都空襲資料展で公開するという。いままで公開できなかった最大の理由は、議会での対立にあったようだ。

*都内、常設展示しているのは!
これは東京大空襲・戦災資料センターでおこなっている。ここを運営しているのが政治経済研究所。調べてみると、もともとは東亜研究所と言って、1938年に近衛文磨の資産で設立されたもので、戦後の1946年に新たに創設され、1951年には文科省指定の民間学術研究機関となった。

1990年代に「東京都平和記念館」の建設が、都議会の対立で凍結。それにより収集してきた大量の資料の行くあてがなくなり、この資料センターが引き受けたとされる。いまだに政治の世界においては決着していない問題なのだろう。

*大空襲!カーチス・ルメイ
日本の空襲といえば、この人物の名前を頭に刻み込んでおかなければいけない。この東京大空襲を指揮したのがこのルメイだった。それまで爆撃B29は高度8500メートルから9500メートルで昼間におこなっていたが、気流の影響受け、命中精度が悪かったという。

ここで実績のあるカーチス・ルメイが選ばれたようだ。低空より昼間でおこなうことで戦果を上げる作戦を立てた。米軍のパイロットは、そうとうに恐怖を感じたようだ。だが、見事に作戦は成功し、損害も少なかった。B29、325機中14機の損失で済んでいる。

米軍撮影の戦闘機からの機銃掃射のフィルム。これをやらせたのもルメイとされている。戦闘機が民間の日本人(女性や子供や老人)を空から撃たせているのだ。これは米軍兵士であってもやりたくないはず!そのためキチンと民間人を殺してきたか!を検証するため、カメラを設置したという。

*おかしな戦後の政治家!
日本人にとって、このカーチス・ルメイは、悪魔や鬼ともいべき人間だろう。しかし、なんと日本はこの人物に勲章を与えているのだ。理由は、航空自衛隊に対する貢献だった。しかもそれがなんと勲一等である。

さすがに昭和天皇としても、自ら手渡すことはしなかった。当たり前の感覚といえる。しかし、当時の政府は積極的だったようだ。関係した人物は、首相の佐藤栄作、防衛庁長官の小泉純也、外務大臣の椎名悦三郎である。

小泉純也は後のに首相となった小泉純一郎の父親。佐藤栄作の大甥に、安倍晋三がいる。椎名は、岸信介の側近だった人物。カーチスルメイは、ただ選ばれたから、自分の職務を全うしただけだ。しかし、日本人にとっては鬼ともいうべき人物。その人間に勲章を与えるというのは、どう考えてもおかしいと言えるだろう。

*日本の対応のマズさ!
日本側は日本側で人命を軽視していた。民間人が10万人100万人死のうとどうでもいい。それよりも国体護持が大事だという発想で全てをおこなっていた。それを表すものが「防空法」。空襲があっても自宅エリアから逃げてはいけない!消火活動をしろ!というのだ。

日本国内は、監視社会だった。いわば完璧な組織で運営する。まず警察が見張り、そのしたに地域防空組織があり、ご近所相互に監視する隣組があり、末端に各家庭がある。つねに見張られており、それに背くことはできない。違反をすれば、食料の供給はなくなるからだ。

原爆投下でもまったく同じだった。軍部が米軍無線を傍受する機関において、いち早く新型爆撃を積んだ爆撃機がやってることをつかんでいたようだ。しかし、これも公表されなかった。防空法があったことによる。

*1億玉砕もあり得た!
とにかく戦さでは負けつづけ、本土まで空襲にあっている。そんななかでもまだ戦うというのだ。米軍は沖縄を陥落させた後、九州に攻め込む予定だった。

かりにポツダム宣言の受け入れが遅れていれば、九州は全く沖縄同様、壊滅となっていたはずだ。そして次が関東への攻撃。日本全体が危険な状態になっていた。ソ連の侵攻により、やっと目が覚めた政府と軍部。すんでのところで免れることができた。

*まとめ
アメリカ大統領、FDルーズベルト。米国内においても、未だに評価は分かれるという。とにかく人種差別論者だった。日本人を地球上から消し去ることも厭わない!そんな人物だ。だからこそ、軍部にめいじ日本の家を焼きはらう新型爆弾の研究をさせた。

日本政府も、防空法で火災の類焼を防げると信じていたようだ。しかし、ゲル化状となったナパーム弾は、水で消すことはできない。1回目の大空襲で、10万人とも12万人ともいう人々が死んだが、2回目はどうやら逃げたようだ。たぶん消すことはできないと、学習したものと思われる。それにしても、カーチス・ルメイの勲章には納得いかない。後年になって、ルメイを取材した人にたいし、自らの勲章を見せつけ、間違った事はやっていないとキッパリ言い切った。

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