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アドルフ・ヒトラーと東條英機は、なぜガーナを侵略したのか

1. はじめに

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 「アフリカン・カンフー・ナチス」という作品を皆様はご存じだろうか。
 セバスチャン・スタイン氏が脚本を務め、同氏と“ガーナのジョージ・ルーカス”の二つ名を持つニンジャマン氏が共同監督を務めた作品で、第二次世界大戦に敗北後、この世を去ったはずのアドルフ・ヒトラーと東條英機の両名が実は生きており彼らが世界征服に向けガーナを侵略。魔術的パワーと圧倒的なカラテでガーナ全土を征服しつつある中で、彼らを止めるべくガーナ人の青年アデーがカンフーで立ち向かう…というストーリーの映画である。
 この作品は驚愕の政治的カンフーアクション映画としてインターネット上で一世を風靡し、多くのファン(作中に出てくるナチスの戦士になぞらえてガーナアーリア人と呼ばれる人々)を生み出した。トンチキなストーリーと演出、迫真のアクションシーン、発禁スレスレの不謹慎設定など注目を浴びる点は幾つもあるのがこの作品の人気の理由と言えよう。
 そしてこの作品は小難しい点を排除し、誰もが頭を空っぽにして、酒でも飲みながら気楽に楽しめるような作風に仕上がっている。監督自身、「アドンコ(ガーナのお酒)でも飲みながら見て欲しい」と主張しているように、まだご覧になっていない方がいらっしゃるならば、アドンコを飲みながら、あるいは代用アドンコとして名高いイェーガーマイスター、または薬用養命酒のクラフトコーラ割りを片手に視聴することを筆者はオススメしたい。
 さて先に述べたように、この作品は小難しい設定にはこだわりを見せていない。ざっくりと切り捨てる部分は捨て去り、想像の余地を残している。
 そこには、ヒトラーと東條がなぜ侵略先としてガーナを選んだのか、という点が想像の余地として残っているのだ。作中において、ヒトラーと東條の口からなぜガーナを真っ先に侵略したのかという点についての説明は一切なされていない。なぜ二人の故国であるドイツでも日本でもなく、その両国から遥か彼方のガーナが侵略の標的となったのか。
 そんなことは些末なことで考える必要が無い、と思われる方もいることだろう。だが視聴した方々には今一度考えてみてしてほしい。明確に何日要したかは不明だが、作中の描写から察するにヒトラーと東條は僅か数日でガーナの首都アクラを掌握するに至ったのだ。これが行き当たりばったりの適当な軍事行動であればこうも手際よく事は運ばなかったはずである。用意周到な計画の上での侵略行為であることが窺える。
 計画が立てられている以上、彼ら(作中ではガーナアーリア人を名乗っているが、洗脳されたガーナ人と区別をするために、便宜的に本稿ではナチスと呼称する)には明確なビジョンがあって、ガーナを侵略したのだろう。
 本稿では、作中で触れられることの無かった、ナチスのガーナ侵略の目的と具体的な計画について触れていきたい。
 考察をすることで、未だ世界のどこかに隠れ潜んでいるナチス残党による侵略行為に備え、世界平和に貢献することを筆者は望んでいる。


2. ガーナを征服するメリット

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 ナチスの侵略について語る前にまずガーナという国について振り返ってみよう。正式名称はガーナ共和国、西アフリカのギニア湾沿岸に位置し、領土は238,537㎢(日本の約3分の2)、人口は約3,042万人(2019年:世銀)、首都はアクラである。
 主要産業は農業(カカオ豆)と鉱業(貴金属、非鉄金属、石油)であり、GDPは669.8億米ドル(世銀:2019年)一人当たりGNIは2,220米ドル(世銀:2019年)、IMFの基準では中所得国の部類に属する。
(引用元 外務省 『ガーナ共和国』https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ghana/index.html )
 詳細なデータは外務省HPのガーナ共和国のページにて皆様ご確認願いたいところだが、注目すべきはまずその豊富な資源だろう。日本のロッテ社が発売しているチョコレートのGHANA(ガーナ)の名前で察する方もいらっしゃるだろうが、ガーナは世界有数のカカオ豆生産国である。その生産量は811,700tにのぼり、生産量のシェア率は世界第2位の14.5%(1位は隣国コートジボワールの39.0%、2,180,000t)を占めている。
(引用元 食品データ館 『カカオ豆の産地・生産量ランキング【世界】』
https://urahyoji.com/crops-cocoa/ )

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 カカオ豆はチョコレートとココアを製造する上で不可欠な材料である。ガーナを手にするものはこの莫大なカカオ豆生産と輸出をコントロール、即ち世界規模のチョコレートまたはココアの生産を支配する力を得るのだ。
 ヒトラーがこの国に目を付けたのは正にこの点にある。なぜ彼がカカオ豆に注目する必要があるのか。それは彼が大の甘党であるからだ。荒唐無稽な話だろうと、鼻で笑う方もいらっしゃるかもしれない。だが、ヒトラーの下で働いていた元メイドがそのように証言しているのだ。以下はそのことを伝える記事からの引用となる。

” 「総統はケーキ好きだった」。ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーのメードだったオーストリア人女性は4月30日までに、オーストリア紙「ザルツブルガー・ナハリヒテン」に、夜中に特製の「総統ケーキ」をほおばるヒトラーの隠された一面を明らかにした。
 この女性は、オーストリア中部ザルツブルクに住むエリザベート・カルハマーさん(89)。1943年にドイツ南東部ベルヒテスガーデンにあったヒトラーの山荘のメードになった。
 ヒトラーは夜型の生活で、午後2時前に起きることはめったになかった。食事に気を配り、専属のコックを雇い、飲み物はぬるい水だけ。しかし、夜中に台所に行き、生地にリンゴの薄切りをきれいに並べて入れ、ナッツや干しぶどうを加えて焼いた「総統ケーキ」を食べていたという。“

(引用元 U.S. FrontLine『夜中に「総統ケーキ」 別荘でヒトラー』 https://usfl.com/news/42356 )

 ヒトラーがこうした生活を送っていたというのは、正直筆者も驚いている。だが、ケーキを頬張る姿から見えるのは甘党の男という一面である。そんな彼がガーナを征服すればどうなるか、現地のカカオ豆を独占し、自分専用のチョコレートとココアをドシドシ製造させることだろう。なおガーナの主要産業には入っていないが、サトウキビも現地では栽培されていることであり、砂糖も十分に手に入るので甘味には困らないことだろう。
 しかしこうした主張にこう考えた方もいるだろう。それならばより多くのカカオ豆を生産するコートジボワールを侵略すればよいのではないか。そして単に甘党なヒトラーに東條が黙って付き従っているわけがない、と。それは一理ある主張だが、筆者はガーナが生み出す別の富にも注目している。それは石油である。

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 ガーナ南西部のガーナ沖には海上油田が存在し、日本を含め様々な国の企業がその開発に名乗りを上げている。
(引用元 Africa Quest.com『ガーナ沖油田で2期目となる建設設備が石油生産を開始!三井海洋開発、西アフリカ地域で確固たる地位を確立!』 https://afri-quest.com/archives/6566 )
(引用元 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構『苦境から1年、復活への歩みを進めるTullow Oil』
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008924/1008998.html )
 ガーナの主要輸出品の中にも石油製品は含まれており、輸出総額(184億米ドル)の内、39.1%(約71.9億米ドル)を占めるに至る。
(引用元 NHK アフリカ州 おもな輸出品
https://www.nhk.or.jp/syakai/dcontent/unit002/jugyo/sec003/chap005/page_1.html )
 これほど豊富な石油は、特に戦前の日本が喉から手が出るほど欲していたものだ。満州事変と日中戦争によって国際的に孤立していた戦前の日本は、ABCD包囲網の中で必要な軍事資源が手に入らないという状況に置かれていた。そのため、資源が豊富な東南アジアを目指して侵略し、米英を中心とする連合国と開戦するに至ったというのは、歴史を学んだ方々ならば周知の事実だろう。東條は日本が欲していた石油を豊富に産出するガーナに目をつけたのだ。石油がなければ戦車や戦艦は無論ただの鉄屑に過ぎないし、国内で稼働する工場も自動車も動かせない。
 ガーナを本拠に世界征服を目指す過程で全世界を敵に回し、またも世界から孤立する経験をする。そんな状況の中で、先の大戦中の窮乏を繰り返させないためにも石油資源豊かなガーナという、ヒトラーと共通する目標を発見し、東條は侵略先として選定したのだ。

 そしてもう一つ、重要な資源がガーナにはある。金鉱石だ。金の価値を今更述べることはない。加工次第であらゆるアクセサリーに変貌し愛され、極めて高い耐食性を持ち、ICチップや半導体のメッキに使われ工業的にも価値が高い。それが金である。ガーナは金産出国であり、その産出量たるや世界第6位の140tにのぼる。
(引用元 キッズ外務省 金産出量の多い国https://www.mofa.go.jp/mofaj/kids/ranking/gold.html )

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世界経済がますます不安定化するこのご時世、滅多に価値が暴落することのない金は資産の避難先として好まれている。たとえ自国の通貨の価値が無くなろうとも、世界共通の価値を持つ金を持っていれば安心、ということなのだろう。ナチスが目をつけたのは、この世界共通の価値ある資源だ。例えば純度の高い金の延べ棒や金貨を製造し流通させるだけでも、相当な利益を得ることが可能だ。
 彼らはガーナ、アフリカ、そして世界を征服する計画を持っている。その征服計画の初期段階で金という代えがたい資金源を確保することは、その後の資金調達・確保を考える上で非常に重要である。

 カカオ豆石油この三つの資源を持つ豊かな国ガーナ。その豊かさゆえにナチスの毒牙にかけられることとなったのだ。ヒトラーの菓子への追求と東條の実利主義、この二つの野望を叶える絶好の地を攻めるべく彼らは綿密な侵略作戦を立案・実行することとなる。


3. アフリカ電撃戦―――恐るべき侵略計画


 ガーナ侵略の目的が判明したが、ナチスはそれをいかにして実行に移したか。それは「アフリカン・カンフー・ナチス」を視聴することで見えてくる。最初、ガーナに上陸した際にナチスの戦力はいかほどであったか。三名である。アドルフ・ヒトラー東條英機、そしてヘルマン・ゲーリングだ。
 一主権国家を侵略するというのにたったの三人で、というのは一見ふざけているようにも見える。だが、作中でのナチス陣営の戦いぶりから分かるように彼らはカラテの熟達した腕前を見せつけている。タイマン勝負であればほぼ勝利は確実なのである。そのことが分かっている彼らは敢えて少数精鋭での侵略に挑む。
 そうなれば正面からガーナを攻撃するのではなく、潜水艦で密かに沿岸に近づきボートで川を遡上してから、侵略の拠点を構築する一連の作戦は非常に合理的だ。しかしこの作戦の性格上、戦力は極めて限定的にせざるを得ない。ガーナの沿岸地域を警戒する同国海軍に全く気付かれずに接近するには、潜水艦のサイズもかなり小さなものだったのだろう。
 筆者が想像するに荒木飛呂彦作「ジョジョの奇妙な冒険第三部 スターダストクルセイダース」に出てきた潜水艇(ジョースター一行五名を乗せるほどのサイズ)程度の乗り物をナチスは用意したのではないだろうか。そうなれば自然とナチス一行のメンバーは限りなく少数にする必要がある。
 総大将のヒトラーと副将の東條は外せないとして、残りのメンバーをどうするか。

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 そこで姿を現すのがヒトラーの右腕であるゲーリングの存在である。数多いるナチス・ドイツの大幹部の中でなぜ彼がガーナ侵略に同行したのか。
 それはゲーリングがナチ党幹部きってのパワータイプのキャラクターであったからだろう。よく考えて欲しい。ゲーリングは第一次世界大戦の空中戦で鳴らしたエースパイロットであり、第一次大戦後にナチ党へ加入すると突撃隊の最高司令官を任せられ(後にこの座はエルンスト・レームが引き継ぐ)、ナチス政権が成立した後は空軍総司令官、そして国家元帥(これが作中のライヒス・マーシャルという肩書きの由来)の職に就く。
 軍事面でこれほど輝かしいキャリアを持つ人材はナチ党員では他にいない。そして何より体格の良さである。彼の身長は178cm、体重は118㎏(米軍に拘留された際の記録)であったという。
(引用元 Wikipedia ヘルマン・ゲーリング https://w.wiki/4z9z )

 かなりどっしりとした体つきであることは数値だけでも分かる。実際に「アフリカン・カンフー・ナチス」の作中でもゲーリングは全登場人物の中でも極めて良い体格を見せつけている。黒の軍服に派手な勲章とサッシュで飾り付けたその服装に見劣ることの無い立派な肉体を持っていたのは、何よりも作中の映像が物語っている。
 ところでゲーリングが鋼輪拳というカラテの流派をマスターしている描写もあるが、これはどの時点で習熟したものだったのだろうか。
 主将ヒトラー副将東條、そして力のゲーリングという構成は少数精鋭でガーナを制圧するにあたり最適のメンバー構成であったことだろう。

 だが姿を見せないナチス幹部の中でも存在を匂わせる男がもう一人いることに筆者は気づいた。

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 ナチスきってのオカルトオタク、ハインリヒ・ヒムラーである。筆者は彼の存在を決して無視してはならないと考えている。何故なら作中でナチスがガーナアーリア人を生み出す際に使っていた血染めの党旗は、明らかに現代の科学では何ら説明のつかない魔術的な力を持っていたからだ。ヒムラーは常々、オカルト的なものに傾倒し、古城の中で怪しげな儀式を重ね、他のナチス幹部から呆れられていたという逸話を持つ男だ。
 そんな彼が党のシンボル(正確には旭日に卍)が刻まれた旗に、誓いの言葉を述べただけでアーリア人種と化す恐ろしい魔術を施していたとしたらどうだろうか。ヒムラーのオカルト趣味はさておき、彼はアーリア人種による世界支配を本気で企んでいた男だ。生物学的・遺伝学的なアーリア人種以外にも、魔術的な方法で無理矢理アーリア人種を増やそうと計画していた可能性は捨てきれない。
 「アフリカン・カンフー・ナチス」で描かれていない以上、歴史の闇の中に全てが隠されていると言っても過言ではないが、恐らくヒムラーはヒトラーたちとの同行を諦め、代わりに血染めの党旗を彼らに託したのだろう。

 かくして、奇襲同然でガーナに攻め込んだナチスの少数精鋭三名は血染めの党旗というマジックアイテムを携えて初期の戦力展開に成功。ガーナの若者を次々とアーリア人化し、金と女と音楽(DJアドルフ主催のパーティー)をガーナ国民に与え、そして歯向かう者には容赦なく暴力を加え、瞬く間に首都アクラを制圧したのだ。この手際の良さは実に見事なものである。
 1か月でフランスを降伏に追い込んだ電撃戦と、米国太平洋艦隊の主力艦を数多く撃破した真珠湾攻撃の二つを彷彿とさせる戦果である。アフリカ電撃戦とも名付けたいくらいだ。まさに日独両国の協力の下で立案・実行された恐るべき侵略計画だったのだ。


4. 恐るべき現地協力者―――アドンコ社とアドンコマンの存在


 「アフリカン・カンフー・ナチス」に出演するキャラの中でアドンコマンほど謎めいた人物は他にはいないだろう。メタ的なところを言うと映画制作にあたり、アドンコ社は映画「アフリカン・カンフー・ナチス」のスポンサーとなり多額の出資を行い、その見返りとして作中でアドンコの商業宣伝をする権利を得ている。
(引用元:https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2012/23/news148.html)
 その一環としてアドンコマンが出演しているのだ。しかしアドンコマンの立ち位置たるや、なんとナチスに与して彼らと一緒に敬礼―――「シ!カ!」あるいは「カ!ネ!」―――をしており、ガーナアーリア人武闘会ではアドンコを飲みながら残虐な試合を観戦するという完全に悪役サイドのキャラクターなのだ。
 彼もガーナアーリア人となって、悪の尖兵となっていたのか。筆者は、そうではないと考えている。ガーナアーリア人は、作中のナレーションに依ると「ガーナアーリア人となったものは心を奪われ」と語られ、ヒトラーや東條の命令無しでは能動的に動かない存在となっていることが窺える。クマシの市場で見張りをしているガーナアーリア人は感情の類を一切失っているようにも見える。そしてガーナアーリア人は顔が真っ白に変色するのだ。その点では、アドンコマンは感情を全く失っている気配はなく、顔も白塗りとなっていない。寧ろ能動的にナチスに協力しているように見える。彼は血染めの党旗で洗脳されたガーナアーリア人ではなく、恐らくナチスが見つけ出した現地での協力者だったのだろう。

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 外国を侵略するにあたりその国に詳しい人間がいる方が何かと都合が良いはずだ。それも現地の人間であれば尚更だ。ヒトラーも東條もガーナ人でもなければアフリカ人ですらない。ゲーリングもドイツ人だ。となればナチス一行にガーナ人はいない。味方となるガーナ人がいれば事が円滑に進むと思っていた矢先に、アドンコマンが接触してきたのだ。アドンコマンはガーナの酒販企業アドンコ社の宣伝担当であり、Youtubeにアップされているアドンコの販促動画にも数多く出演している。
 では、アドンコ社の顔であるアドンコマンがナチスに味方する、というのはどういった意味合いを持ってくるのか。武闘会でアドンコ社の宣伝用ポスターが貼られているところを見るに、アドンコマンが個人的にナチスに協力しているとは言い難い。寧ろアドンコ社自体がナチスのスポンサーとして名乗りを上げているように見える。
 仮にアドンコマンが自社に無断で、特定の団体の主催する大会で自社のポスターを貼ってスポンサー面をしていたとなれば社内コンプライアンス上、大問題である。社運を左右するような行動を上席の許可なく行えば、なんらかの懲罰が加えられかねない。恐らくアドンコマンは「ガーナアーリア人を名乗る謎の団体が武闘会を開催するが、それに合わせてアドンコの宣伝を行おう」と経営陣に意見具申したのだろう。
 これは一つの賭けだ。ヒトラーと東條・・・特に欧米では蛇蝎の如く嫌われている二人を名乗る男たちが党首を務める組織の大会に、自社のポスターを掲載する。会社の暖簾に瑕がつくことを経営陣が嫌がれば、この提案は無に帰す。しかし急激に勢力を拡大するガーナアーリア人の起こしたビッグウェーブに乗らない手は無い。粘り強い交渉の末か、或いはアドンコマンの今までの宣伝の実績を認められてか、正式に宣伝の許可が下りた。そして、武闘会ではアドンコの宣伝ポスターが掲載されるようになったのだ。そこ至るまでの経緯には恐らく池井戸潤が描く世界のような社内ドラマが展開されたことだろう。かくしてアドンコマンはヒトラーたちとの協力体制を樹立し、正式にアドンコを宣伝する権利を得たのだ。

 酒という快楽は人を惹きつけ、また善悪の判断を鈍らせる。ガーナアーリア人を一人でも多く増やそうというヒトラーたちの野望の道具として、スポンサー料として贈られてきたアドンコは大いに利用された。
 見返りにアドンコ社は大々的な商業宣伝をナチスの急速な勢力拡大の波に乗せることに成功した。
 ナチスの侵略の影にアドンコ社があり、またそのきっかけを作ったガーナ人アドンコマンの存在は極めて不気味で巨大なものである。彼の謎めいた存在が少しでも明らかになればと思うばかりである。


5. ナチスの世界征服は本当に終わったのか


 明確なビジョン完璧な作戦アドンコマンというビジネスパートナー、これらが三位一体となってナチスのガーナ侵略は為された。首都アクラは瞬く間にナチスの手に落ち、第二の都市クマシも1942年のスターリングラードの如く陥落目前であった。これを日本で喩えるならば東京が陥落し大阪も陥落目前という絶望的状況である。いよいよガーナはナチスの築き上げる新帝国の礎となってしまうのか。
 いや、そうではなかった。「アフリカン・カンフー・ナチス」を最後まで視聴された方々なら分かるだろうが、ナチスは敗北している。
 ガーナ人の青年アデーは、今まで自身が学んできた影蛇拳と新たに学んだ月輝拳の二つの流派を極め三本指のジョーから戦い方を学び、最後に巫女からの守護を得た。その彼は死闘の末にナチスの大物たちを次々に倒した。
 ゲーリングは地に伏せられ、東條は敗北の末に眼鏡を破壊され、ヒトラーは自動車の爆発と共に命を落とした。
 血染めの党旗の呪いも解かれ、ガーナアーリア人となった人々も無事に理性を取り戻し、元の生活を取り戻したように思える。

 だが筆者はその一連のシーンの中で一つ違和感を覚えたシーンがあった。
 それはアデーが恋人のエヴァと共に街中を歩いてデートしている、エピローグの場面である。あの場面でアデーはエヴァの目の前で、「シ!カ!(カ!ネ!)」をポージング付きで披露してみせた。あれは一体何を意味するのか。
 筆者はあれが次回作に繋がるシーンではないかと疑っている。根拠のない妄言だと思うならばそれも結構である。
 しかし、この映画の監督をよく思い出してほしい。監督はセバスチャン・スタイン氏と、“ガーナのジョージ・ルーカス”ことニンジャマン氏だ。
 ニンジャマン氏の二つ名の由来である、ジョージ・ルーカス氏と言えば、ご存知スターウォーズシリーズの監督である。スターウォーズでは将来を嘱望されていた若きジェダイの騎士アナキン・スカイウォーカーが銀河共和国の平和を守るために目覚ましい活躍を見せていくものの、道を踏み外し暗黒面へと堕ちていき最後はシスの暗黒卿ダース・ベイダーへと変貌していく、という筋書きがある。
 翻って“ガーナのジョージ・ルーカス”ニンジャマン監督の「アフリカン・カンフー・ナチス」はどうだろうか。若きカンフー戦士アデーが、亡き師匠の敵討ちと奪われた恋人の奪還という目標に向かって、修行に修行を重ね、最後に邪悪な敵を滅ぼした。ここまでは作中本編で描かれている姿だ。
 しかし仮にこの後、アデーが徐々にその敵対するナチスに飲まれていくとしたらどうだろうか。そういう展開はいわゆる悪落ちという部類に属するだろうが、「シ!カ!」と敬礼したのは、冗談まじりのポーズではなく潜在的にガーナアーリア人になりつつある前兆を描いていたのではないだろうか。
 やがて彼は、アナキンと同じく自身の恋人エヴァに何らかの生命の危機が訪れ、エヴァを救うにはガーナアーリア人になるしかないと悟り、そして血染めの党旗に忠誠を誓う・・・。
 実に恐ろしいシナリオだ。

 アデーが血染めの党旗に忠誠を誓うといっても、作中で洗脳のために使われた血染めの党旗は焼失したはずでは。と皆様はお考えのことだろう。だが思い出してほしい。ヒトラーが廃ビルの中でガーナアーリア人を集めての決起集会を行った場面だ。「遂に我々はガーナを掌握した!」と演説しているシーンといえばとおりが良いかも知れない。

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 あの場面で血染めの党旗はいくつあったのか。ヒトラーの背後の壁にガムテープで貼り付けられているものと、ゲーリングが旗竿に差してガーナ人に忠誠の誓いをさせているときのもの。この二つだ。この二つが同時に同場面で存在していた。そして、アデーが焼いた血染めの党旗はいくつだったか。
 武闘会で掲揚されていた一つだけだ。
 結論を言えば、血染めの党旗はまだこの世に残っているのだ。焼かれなかった方が、まるでイエス・キリストの聖杯のようにこの世のどこかに隠されているのだ。ガーナアーリア人の残党が血染めの党旗を再度利用し、アデーを何らかの形で陥れた上でガーナアーリア人へと変貌させるときのために、公の場から隠されているのではないだろうか。これが本当ならばとてつもない恐ろしい計略がアデーを待ち受けているのだ。

 既に「アフリカン・カンフー・ナチス」は第二作が制作を予定しているとのことだ。筆者はどんな形であれヒトラーがトンチキな姿で現れようと驚くつもりは毛頭ないが、セバスチャン・スタイン氏とニンジャマン氏の二人の監督に、ジョージ・ルーカス監督へのリスペクトとして「アデーの悪落ち展開」というプロットがあるならば、それは驚愕を以て受け入れるしかない。
 血染めの党旗を焼き、ナチスのゴッドファーザーであるヒトラーを倒し、祖国ガーナを救った英雄アデーはそんな運命を背負っているのだろうか。
 彼は新たなガーナアーリア人となり、ガーナの平和を脅かす邪悪な存在となるのか。

アデー-1

その答えはまだ分からない。だが、仮にナチスを倒した最強の戦士アデーガーナアーリア人となるとき、ナチスの本当の侵略はそこから始まるのだ。


6. おわりに代えて


 ヒトラーと東條の共謀の裏側に迫った本稿であるが、いかがだっただろうか。実は筆者はガーナという国が好きだ。
 ガーナはアフリカの自立化を目指し、アフリカ合衆国という夢を掲げた男クワメ・エンクルマ(ンクルマ)の出身地でもある。1957年にガーナが独立し、共和制に移行した際の初代大統領をエンクルマは務めていたが、彼は他のアフリカ諸国と連携し未だ植民地支配下にあった大陸各地の人々に希望を持たせ、独立へと導いた。その功績は見逃せないものだろう。
 彼のことを書くだけでもまた話が長くなりそうなのでこの辺で終わりにしたい。だがガーナという国自体、脱植民地を目指す国として、まずはカカオ産業への過度な依存からの脱却を目指し、石油採掘やダム建設といった分野に力を注いできた歴史を持つ。エンクルマという熱い男を生み出し、そして今もなお経済的自立化を目指して奮闘する国という点で個人的に好きな国である。

 その国を侵略するナチスを描いた映画「アフリカン・カンフー・ナチス」は、Twitterで話題になり、筆者も是非視聴したいという気持ちに駆られたのを覚えている。そもそも監督自らヒトラーを演じるというのがあまりにも驚きだった。そこにカンフーを絡めるという発想がまた凄いと思った。あの作品の凄さを言葉で語るのは難しい。視聴するのが一番である。
 ともかくこの映画をきっかけにガーナへの個人的な好感というか、そういった感情が再び掻き立てられたのだ。そして映画の中で描かれる生のガーナを見て妙に嬉しかった。
「あー、こんな風にみんな生活しているんだなあ」という気分になった。
 和気藹々としながら主人公のアデーが街中で色んな人から声をかけられ、地面が剥き出しのクマシの通り道を歩きながらエヴァとデートをしている。
 行ったことの無い異国をこういった形で触れられたのは、実に面白いと感じている。

 そういった感情が噴き出し、本稿の執筆に至ったわけだが、ヒトラーと東條がガーナを狙った理由が本稿で触れているとおりなのかは、結局のところ「分からない」のだ。ここはファンである「ガーナアーリア人」たちが知恵を絞って考えだすところだろうと思っている。ある種の二次創作といった分野の創作活動の中で導きだせると筆者は考えている。あるいは、公式が前日譚である「アフリカン・カンフー・ナチス 0(ゼロ)」を制作―――このときのメディア媒体は映画に限らず、小説や漫画かも知れない―――、物語の全貌が明らかとなる日が来るかも知れない。

 決して、「セバスチャン・スタイン氏がオファーしたアフリカの映画監督の中でOKを出したのがガーナのニンジャマン氏であり、ガーナのクマシで映画産業が盛んだから(「クマウッド」とまで呼ばれる)、ガーナが舞台になった」という理由だけで筆者は片付けたくない。
 歴史の中で、その存在を黙殺するわけにはいかないアドルフ・ヒトラーと東條英機の二人が行った侵略行為に何らかの意図を発見する。
 そんな筆者の熱意をどうか汲んでいただきたい。

 この気持ちを伝え、以上をもって本稿の締めとしたい。
 
 ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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