題詠100首(題詠マラソン2003)

2003-001:月
月影に耳をすませるいにしえの管弦の音(ね)を聴くがごとくに

2003-002:輪
拾い上げひねくりまわしねぶりたり頑是なき子の投げない輪投げ

2003-003:さよなら
「さよなら」は三回続けて言うことば我(わ)魅了せし淀川長治

2003-004:木曜
木曜の午前に来ては聖書よりご近所ネタをしゃべくってゆく

2003-005:音
雨だれの刻むリズムと秒針の音が微妙にずれる夕暮れ

2003-006:脱ぐ
靴を脱ぐさえもどかしく駆け込みぬ鍵を失くせる隣の男子(おのこ)

2003-007:ふと
ふと我に返れば肩をいからせて歯を食いしばる空(くう)を睨んで

2003-008:足りる
腹くちくて横になりたる束の間を足りると思(も)わば明日(あした)も生きむ

2003-009:休み
人混みをいな人の目を避けるため休みは家に居ること多し

2003-010:浮く
不愉快の詰まった脳を放り投げ浮くがごとくに軽くなりたし

2003-011:イオン
いくつもの店が出店撤退し今しイオンの開店を待つ

2003-012:突破
壁あらば突破に臆し迂回せり我に若さと呼べる期ありや

2003-013:愛
天涯に孤独しなれば是非もなく愛別離苦を解脱したりき

2003-014:段ボ-ル
捨てられぬままamazonの段ボール箱が片方(かたえ)に笑みを浮かべて

2003-015:葉
『たけくらべ』『にごりえ』を読み一葉の才に焦がれし日々も忘れつ

2003-016:紅
錦絵の笹紅を点(さ)す花魁に瘴気のごとき情念を見つ

2003-017:雲
神棚の直ぐ上に貼る「雲」の字を印刷せんとフォントに迷う

2003-018:泣く
尽くされしほどに尽くせず未熟さに青さに至らなさに泣くなり

2003-019:蒟蒻
道端に蒟蒻ひとつ落ちいしと音に聞きけり驚かざりや

2003-020:害
いけ好かぬ男なりとも隣組なれば実害なきよう捌く

2003-021:窓
眠られぬ夜に見つめし蛍火の窓に寄りても逃げず点りき

2003-022:素
江戸時代ならばさしずめ素浪人長屋のすみにひそりと生きる

2003-023:詩
疲れ果て帰り来るのはこの家ぞ一遍の詩を噛み締めながら
            (「私のかへつて来るのは」立原道造)

2003-024:きらきら
きらきらと光るつららよ首筋を貫くときを窺うがごと

2003-025:匿う
幕末の志士さながらに我がことを匿う女子のあるやあらずや

2003-026:妻
恋に縁なき身は未だ妻子なくただ徒に歳を重ねて

2003-027:忘れる
どうすれば忘れることの叶うかはフラッシュバックに日夜悩める

2003-028:三回
小包が届くはずの日玄関を三回殴る局員を待つ

2003-029:森
根元より右に曲がれる黒松の森にありせば疾く伐られまし

2003-030:表
イカサマのコインをトスし囁きぬ「表が出たらキスするからね」

2003-031:猫
野に生まれやがて野に死ぬトラ猫の鼠を咥え駆け去りにけり

2003-032:星
天文を学びて恒星(ほし)の実(じつ)を知るされど願いを夢を祈りを

2003-033:中ぐらい
かの山を中ぐらいまで登りなば水の滴る磐座(いわくら)ありと

2003-034:誘惑
スーパーのビール売り場の誘惑が休肝日ゆえなお甚だし

2003-035:駅
駅頭に知己を見かけることもなく険しい表情(かお)の群れの行き過ぐ

2003-036:遺伝
受け継げる遺伝の質に是非もなくこの身に宿し現代(いま)を生きぬく

2003-037:とんかつ
円卓に座ってロシアウクライナとんかつ食いてともに語らん

2003-038:明日
銃声の聞こえぬ明日の来ることを人の心の善を頼まん

2003-039:贅肉
理知の腰まわりについた贅肉のごときと情を排して孤なり

2003-040:走る
デフォルトが走るにセットせられたる子らの未来の果てなく広い

2003-041:場
工場の始業を告げるサイレンの凍れる湖(うみ)のおもてに響く

2003-042:クセ
先生の訃報に接し追慕せりクセノフォーンの為せるがごとく

2003-043:鍋
東北の各地を旅したし芋煮会なる鍋を食すことなど

2003-044:殺す
一人目を殺す前だにもう本を投げ出すほどに気力萎えたり

2003-045:がらんどう
骨董屋「がらんどう」にはみっしりと得体の知れぬモノが鎮座す

2003-046:南
吹き荒ぶ春の嵐がふゆの葉を南の窓の下に集める

2003-047:沿う
一陣の風の立ちたり曲がりゆく川の流れに沿うがごとくに

2003-048:死
丹念に地蔵を磨き死に際の安らかなるを願う人々

2003-049:嫌い
鏡まで嫌いになった 日々そこに映る自分を厭うばかりに

2003-050:南瓜
キッチンにめったに立たぬ父なれど南瓜を切るはオレの仕事と

2003-051:敵
仇敵に出会ったような顔されり町内会費を集めにまわれば

2003-052:冷蔵庫
離乳食、常食やがて介護食冷蔵庫に見る家族の変遷

2003-053:サナトリウム
囲碁絵画哲理が若き日の父のレゾンデートル サナトリウムに

2003-054:麦茶
井戸水に冷やして薬缶から直に飲むが麦茶のお点前にして

2003-055:置く
ネズミらが忌避するという薬剤を巣穴のそばに置くもせんなく

2003-056:野
山裾の古き野道に埋(うず)もれて道祖神はた馬頭観音

2003-057:蛇
かすみしく春をささやく声を聞く淡い黄色の蛇苺花

2003-058:たぶん
みんなみの遥けし富士に笠雲の懸かりてたぶん雨を呼ぶらん

2003-059:夢
夢占を待つまでもなく歯噛みして目覚める瞬間(とき)の鼓動の速さよ

2003-060:奪う
時が切り刻んでいってひときれも残すことなく奪う生命(いのち)よ

2003-061:祈る
祈るとう言葉でまさに祈るよりほかに言挙げする術(すべ)なくば

2003-062:渡世
密やかに渡世を送る 社会的吸虫のごとき身と知りたれば

2003-063:海女
海女小屋に白き磯着が神々の宴のごとく集いさざめく

2003-064:ド-ナツ
「ドーナツの穴を味わえ」新しき公案ありやZ世代に

2003-065:光
闇あらば必ず光あるものと信じた君を今も羨む

2003-066:僕
僕たちは死ぬまでちゃんと生きている輝かずとも燃え上がらずとも

2003-067:化粧
伯父の死に顔を見守る化粧とは無縁であった昭和一桁

2003-068:似る
父親に容姿は似るも人間としての器は及ばざりけり

2003-069:コイン
両面が「おもて」のコインと気がついてむくれる君をまた引き寄せる

2003-070:玄関
家が建つ前は畑の畦なりや玄関脇に芽ぐむフキボコ

2003-071:待つ
我を待つひとしなければ何処(いずこ)へとゆかん例えば補陀落渡海

2003-072:席
宴席を嫌うがゆえにこれまでも下戸と偽り避けてきにけり

2003-073:資
解説書すら難しい『資本論』「誰でもわかる」を信じて数冊

2003-074:キャラメル
キャラメルをにちゃにちゃ噛むはやめるべし歯の詰め物が取れてしまうぞ

2003-075:痒い
痒い足指に意識を奪われてしどろもどろのプレゼン続く

2003-076:てかてか
グリースに固めた髪をてかてかと光らせ踊るジョン・トラボルタ

2003-077:落書き
落書きをするイベントで盛り上げんシャッター通り商店街を

2003-078:殺
野良猫のアイツやソイツに障るゆえ殺鼠剤など仕掛けずにいる

2003-079:眼薬
思いきり短い首をのけぞらせ眼薬をさせし父をし偲びぬ

2003-080:織る
独り織る縦糸のみの人生の織れる端から綻びてゆく

2003-081:ノック
暴力や罵倒ではなく信頼のノックを受けしことのあらざり

2003-082:ほろぶ
誰もかも悪はほろぶと言いながら人を殺さぬ国家のありや

2003-083:予言
二十年誤差がありしか懐かしきノストラダムスの大予言には

2003-084:円
円満であれかしと思(も)う家族とう絆を持たぬ我にしあれば

2003-085:銀杏
拾い来し銀杏二つ手遊(すさ)びに庭に埋めれば芽吹きたりけり

2003-086:とらんぽりん
ふらここをとらんぽりんと漕ぎながらしだいに薄れゆく春夕焼(はるゆやけ)

2003-087:朝
こぼれ種より芽吹たる朝顔が思わぬところに花を咲かせる

2003-088:象
エジプトのヒエログリフを象(かたど)ったあの耳飾り覚えてますか

2003-089:開く
「開く」とう問いに国家や報道に話が及ぶ哲学対話

2003-090:ぶつかる
敬意もてぶつかることができていた稀有な仲間が辞めてゆきたり

2003-091:煙
かんばしい煙が窓ゆ入りくる農の初めの畦を焼くらし

2003-092:人形
古ぼけた写真に見える人形で無心に遊ぶ幼女が母か

2003-093:恋
朝まだき雪を被れる南天の実さえ知らざる恋のいくつか

2003-094:時
絶え間なく脳裏をよぎり責め立てる罪悪感に時効はあらじ

2003-095:満ちる
水滴がいつかグラスに満ちるごとこの一言を積み上げゆかん

2003-096:石鹸
ただいまと言い石鹸で手を洗うひとりになりても誰もいなくても

2003-097:支
遠方の支店へ異動するたびに捨てた故郷(こきょう)を懐かしみたり

2003-098:傷
大切をなくせしのちはそれまでの傷など傷と思(も)えなくなりぬ

2003-099:かさかさ
春闌ける野に足もとをかさかさと時代遅れの枯葉が動く

2003-100:短歌
口下手なゆえに短歌を積み上げて思うところを伝えさせたし


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