低環境負荷な床洗浄剤としての電解次亜塩素酸水溶液

はじめに
近年、環境をターゲットとした清拭/消毒(以下、消毒)が一般化しつつあり、新型コロナウイルスのパンデミック初期には無差別に環境を消毒した国もありました。環境消毒に使われる薬剤は次亜塩素酸ナトリウムや第4級アンモニウム塩に集中しています。しかし、これらの薬剤を長期間使用すると、人や環境に悪影響を及ぼす可能性があります。よって、人体や環境に優しく、安全で取り扱いや保管が容易な、低負荷で効果的な環境消毒薬の使用が理想です。
今回ご紹介する論文は、次亜塩素酸水溶液を用いた環境消毒薬の効果を検証したイタリアからの報告です。
 
方法
電気化学的に活性化された次亜塩素酸(HOCl)水溶液を、床洗浄処理用のスクラビングマシン(ブラシのついた床清浄機器)に設置しました。このような革新的な機器を床清掃と衛生管理に使用し、従来の標準洗剤を使用した機器と比較して、HOClの微生物殺滅効果と有機物の汚れ除去力を評価しました。また、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて床材への潜在的なダメージも調査しました。ライフサイクルアセスメント(LCA)比較分析を実施し、HOClをベースとする機器と洗剤をベースとする機器の使用の持続可能性も評価しました。
 
結果
細菌数の減少率は、水、HOCl水溶液、洗剤の処理で各々84.9 ± 1.2%、96.9 ± 1.9%、96.9 ± 2.0% でした。真菌数の減少率は、水、HOCl水溶液、洗剤で各々85.6 ± 3.1%、99.3 ± 0.5%、99.3 ± 0.4% でした。HOCl水溶液処理による潜在的な損傷は、参考材料として石英コンクリートとコーティングされた木の床でテストしましたが、表面の形態に明らかな変化はなく、塩水結晶の堆積の証拠も見つかりませんでした。
また、HOClを床清浄用機器で使用することにより、全体的な GWP(地球温暖化係数)が1平方メートルあたり約30%削減されることが証明されました。

図1 各条件における細菌の減少率(青:水、橙:次亜塩素酸、灰:洗剤)


各条件における真菌の減少率(青:水、橙:次亜塩素酸、灰:洗剤)

考察
パンデミックの影響で清掃と消毒が緊急に必要とされている現在、環境への影響を確実に低減するシステムは、市民環境の清掃を管理する上で最も重要です。この研究は、工業的な洗浄作業における HOCl水溶液の適用に関する重要な結果を提供しています。洗浄の有効性と化学残留物がないことを排出量の削減と組み合わせる機会は、革新的なアプローチとなる可能性があります。さらに、HOCl水溶液を長期間使用しても表面はまったく損傷しません。有機汚れの除去と除染が満足のいくレベルに達していることは注目に値しますが、それにより平方メートルあたりの CO 2排出量が約 30% 削減され、化学洗剤の使用が回避されていることも重要です。
HOCl水溶液はすでに農業やレストラン、食品関連からヘルスケア用途に至るまで多くの業界で使用されており、床の清掃や衛生管理はこの技術のさらなる開発分野となる可能性があります。実際、HOCl水溶液は理想的な消毒剤に求められる効果の多くを備えています。使いやすく、安価で、優れた安全性プロファイルを備えており、広い範囲を迅速に消毒するのに使用でき、幅広い殺菌効果があります。
 
感想
HOCl水溶液は、日本では新型コロナウイルスのパンデミック当初に、安価で水道水から生成できる消毒剤として広く普及しました。しかし、感染対策の分野では、以前よりHOCl水溶液に対する効果について疑問視する実験データが周知されており、医療施設ではまったく普及しませんでした。
適切に精製されたHOCl水溶液は、次亜塩素酸ナトリウムよりも消毒効果があり、消毒薬としての有効性は非常に秀逸です。しかし、精製後の安定性に欠き、水道水から生成されたものは、極低濃度で有機物存在下では消毒効果が望めない可能性が高いといわれています。
そのような問題を解決すれば、HOCl水溶液は医療環境の消毒薬として活用できます。今回の論文では、清浄機器に水道水を電気分解する装置を組み込み、HOCl水溶液を生成しています。イタリアの水道水はいわゆる硬水であり、NaClが水道水中に25–30ppmも存在しているため、安価で有効性の高いHOCl水溶液ができます。日本の軟水な水道水では、このような有効性の高い結果が得られないかもしれません。
しかしながら、安価で環境や人への負荷がない消毒薬は医療・福祉施設では歓迎されるアイテムであることは間違いありません。

Electrolyzed Hypochlorous Acid (HOCl) Aqueous Solution as Low-Impact and Eco-Friendly Agent for Floor Cleaning and Sanitation.
(Int. J. Environ. Res. Public Health 2023, 20(18), 6712)

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