95レスピレータvsサージカルマスク!! インフルエンザ予防効果比較

はじめに
N95レスピレータとサージカルマスクにおけるインフルエンザの予防効果については、小規模なstudyはあるものの明確な結論は出ていませんでした。今回ご紹介する論文は、米国疾病予防管理センター(CDC)が、米国の7医療センター・137外来部門で実施したクラスター無作為化プラグマティック効果比較試験によるN95レスピレータとサージカルマスクにおけるインフルエンザ等の予防効果を比較したものです。
※   クラスター無作為化プラグマティック効果比較試験は、比較対照試験の一つの方法です。地域や施設をひとつの単位(クラスター)として無作為化し、実際の現場で実施する研究で、保健分野やガイドラインを使用した無作為化比較検討試験のような場合に適しています。 
 
方法
2011年9月-2015年5月にかけて、米国7医療センターの外来部門137箇所の外来勤務医療従事者が、N95レスピレータまたはサージカルマスクを装着した場合のインフルエンザおよびウイルス性呼吸器感染症に対する予防効果を比較しました。
4年間の試験期間中、毎年、ウイルス性呼吸器感染症の発症率がピークとなる12週間に、各医療センター内の外来部門を被験者数や患者数などでマッチングし、可能な限りバイアスを取り除いています。被験者は、無作為にN95レスピレータ群とサージカルマスク群に割り付けられ、呼吸器感染症の患者に近づく際には指定された呼吸防護具を装着しました。
主要アウトカムは、検査で確定したインフルエンザの罹患率で、副次アウトカムは、急性呼吸器疾患、検査確定の呼吸器感染症、検査確定の呼吸器疾患、インフルエンザ様疾患の各罹患率などとしました。また、介入による呼吸防護具着用の遵守状況も評価しています。 
 
結果
被験者数は2,862人で、平均年齢は43歳、女性は82.8%でした。N95レスピレータ群は189クラスター1,993人、サージカルマスク群は191クラスター2,058人でした。
検査でインフルエンザ感染症と確定した例では、N95レスピレータが207例(8.2%)、サージカルマスクが193例(7.2%)となり、両群間に有意差は認められませんでした(P=0.18)。
副次アウトカムについても両群で有意差はなく、急性呼吸器疾患はN95レスピレータ1,556例vsサージカルマスク1,711例(P=0.10)、検査確定の呼吸器感染症は679例vs 745例(P=0.47)、検査確定の呼吸器疾患は371例vs 417例(P=0.39)、インフルエンザ様疾患は128例vs 166例(P=0.08)でした。
呼吸防護具着用の遵守状況は、「常に」または「時々」と回答した人の割合は、N95レスピレータ群89.4%に対し、サージカルマスク群90.2%でした。
また、N95レスピレータ群およびサージカルマスク群のリスクは、プライマリ結果(主要アウトカム)およびセカンダリ結果(副次アウトカム)における介入(呼吸防護着用)を修正しない場合(ITT)と、介入を修正した場合(PP)ごとに比較しています(図1)。1より大きい値は、サージカルマスク群と比較して、N95レスピレータ群の感染リスクが高いことを示します。


図1 N95レスピレータ群とサージカルマスク群におけるインフルエンザと呼吸器疾患リスク推定値

考察
外来勤務の医療従事者において、N95レスピレータとサージカルマスクでインフルエンザの発症率に有意な差はありませんでした。
  
感想
大規模な無作為化試験により、インフルエンザを始めとするウイルス性の呼吸器疾患の対策として、サージカルマスクで十分であることが判明したことになります。N95レスピレータは着用者の顔への密着性の確認であるフィットテストの実施が推奨されていますが、今回のstudyでは、このフィットテストも毎年実施されていたため、N95レスピレータがインフルエンザに対してはサージカルマスクとほぼ同等である信憑性がかなり高いといえます。
しかし、ひとつ疑問に感じることがあります。インフルエンザなどのウイルス性呼吸器感染症対策として、N95レスピレータがサージカルマスク程度の防御しかできないのであれば、同じウイルスで空気予防策が必要な麻疹ウイルスや水痘ウイルスなどにも、N95レスピレータの効果が期待できないのではないか?というものです。
そこでちょっと調べてみました。そもそもN95レスピレータは、0.1-0.3μmの微粒子を95%以上捕集する性能しかなく、飛沫核の定義は0.5μm以下ではあるものの、0.1μm未満の飛沫核粒子は捕集できないことになります。また、0.3μm 程度の粒子でも性能上5%は除去できないのです。麻疹ウイルスの大きさは0.1-0.25μm、水痘ウイルスは0.15-0.2μmであることから、5%ほどのウイルスはN95レスピレータをスルーするものの、両者に対するN95レスピレータの予防効果は比較的高いという評価になると思います。
では、なぜインフルエンザはN95レスピレータの効果が低いのか? 実はインフルエンザは麻疹や水痘ウイルスよりも小さく、直径は0.08-0.12μm程度といわれています。つまり、インフルエンザはN95レスピレータをスルーできてしまうのです。ここでまたひとつ疑問が湧いてきます。インフルエンザは飛沫によって感染が成立(接触感染もありますが)し、空気感染はしないといわれています。しかし、今回の論文やN95レスピレータの性能を考慮すれば、インフルエンザは飛沫ではなく空気によって感染が広まる可能性が高いという結論に達してしまいます。
事実、インフルエンザ感染者の呼気中にインフルエンザウイルスが含まれており(つまり、インフルエンザは飛沫に付着していない状態)、呼吸するだけで周囲に感染を広める原因になっている可能性が報告されています(Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Jan 30;115(5):1081-1086.)。
このように今回の論文は、図らずもインフルエンザの空気感染を示唆しているのです。

N95 Respirators vs Medical Masks for Preventing Influenza Among Health Care Personnel: A Randomized Clinical Trial
(JAMA. 2019 Sep 3;322(9):824-833. doi: 10.1001/jama.2019.11645.)

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